2019年に登場した「マツダ3」の真打ちといえば、新世代ガソリンエンジン“スカイアクティブX”搭載モデルだ。
1.5リッターのガソリンエンジンと1.8リッターのディーゼルターボ搭載車は、2019年5月24日、2リッターのガソリンエンジン搭載車は同7月下旬に販売が始まった。そして同12月5日、いよいよスカイアクティブX搭載車の国内販売がスタート。これでようやく、マツダ3のラインアップが完成したというわけだ。
■名だたるメーカーがあきらめた悪夢のエンジンを実用化
スカイアクティブXの最大の特徴は、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの特徴を合わせ持つ、世界初の燃焼方式を実用化したことだ。一般に“HCCI(均一予混合圧縮着火)”と呼ばれる方式である。
ガソリンエンジンは、燃料と空気をよく混ぜた状態=混合気にし、スパークプラグで点火。すると、火をつけたところを起点に緩やかに燃え広がっていく。一方、ディーゼルエンジンは、圧縮して高温になった空気に燃料を噴射。すると、高温の空気と燃料が混ざり合って自己着火(圧縮着火)し、急速に燃焼する。
スカイアクティブXが採用したHCCIは、燃料と空気をあらかじめよく混ぜておくという点についてはガソリンエンジンと同じだが、スパークプラグは用いない。高圧縮や排ガスの再吸入などで混合気を高温の状態にし、自己着火させるのだ。
この燃焼技術を用いると、火花点火(一般的なガソリンエンジン)では着火しない、燃料に対して空気の比率が極めて高いリーンな(燃料の薄い)混合気でも点火。例えば、通常のガソリンエンジンより2倍以上リーンな混合気でも、ディーゼルエンジンのように急速に燃焼する。高い圧縮比とリーンな混合気の形成、それに急速燃焼は、エンジンの効率を高める代表的な手段であり、HCCIは複数の方法を一気に実現することで、飛躍的な効率向上を狙うことができる。
だからHCCIは、“夢のエンジン”とか“究極の内燃機関”と称され、研究が重ねられてきた。開発が活発化したのは1990年代半ばだ。メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズ、ホンダなどが開発に着手し、テストを重ねた。だが、2010年代に入ると各社ともトーンダウン。HCCIという言葉を耳にすることはほとんどなくなった。
壁にぶちあたったからだ。実用化を阻んだ大きな壁のひとつは、混合気の温度管理。マツダの説明によれば、燃焼安定性と騒音を満足させる“要求温度範囲”は3℃以内であり、その範囲を外れて燃焼の発生が早すぎると騒音が出てしまうし、遅すぎると失火してしまう。HCCIの開発をあきらめた他の自動車メーカーは、こうした問題の解決に労力を割くよりも、別の技術に取り組んだ方策が得策と判断したのだろう。
だが、マツダはあきらめなかった。点火プラグによる着火とその後の火炎伝播をトリガーとし、自己着火させる技術を成立させたのだ。マツダは独自に確立したこの燃焼技術を“SPCCI(スパーク・コントロールド・コンプレッション・イグニッション/火花点火制御圧縮着火)”と名づけた。このSPCCIによって、夢が現実になったのだ。実現不可能だと思われていた技術を実用化した点は、半世紀前にマツダが実用化にこぎつけたロータリーエンジンと重ねたくなる。
数々の困難を乗り越えてまでマツダがガソリン圧縮着火の実用化にこだわったのは、エンジンの熱効率が飛躍的に向上するからだ。いい換えれば、ムダ(損失)が減り、燃費が良くなる。その上、ディーゼルエンジンの特徴である反応の良さを備え、ガソリンエンジンの特徴である高回転の伸びも手に入る。要するに、気持ち良く走れて燃費がいい。モーターに頼ったハイブリッドでも、ディーゼルでも、過給ダウンサイジングターボでもない。新しい選択肢として満を持してマツダが送り出した画期的なエンジンが、スカイアクティブXというわけだ。
■フロントグリル内のシャッターでエンジンルーム内の温度を調整
「夢のエンジンはどんな音がするんだろう?」と、期待に胸を膨らませてエンジンスタートボタンを押した。40年近く前のことだが、初めて買ったシンセサイザーの電源を入れ、最初にスピーカーから流れ出る音を待ち構えた時のようにドキドキした。そして、当時と同様の感動を期待したのだが、スカイアクティブXが発するアイドル音は、拍子抜けするほどにフツーだった。聞き慣れたガソリンエンジンの音と大差ない。
しかし、大差ないのはアイドル音だけ。街中を低速で走っている際、アクセルペダルに載せた足に少し力を入れて加速しようとすると、「カリカリカリ」といった音が耳に届くことがある。実はこれ、圧縮着火に特有の音。マツダとしては乗員に聞かせたくない音だ。この音をありがたがるのは、(筆者のような)新しい技術に心酔する類くらいのものだろう。一般的にはノイズに分類される音なので、マツダはエンジンをカプセル化して遮音している。
これは、遮音のためとともに、主に冷間始動時の温度管理のためでもある。ボンネットフードを開けると、エンジン上面が巨大なカバーで完全に覆われているのが分かる。さらに、目視はできないが、残りの5面もカバーされている。その上で、カプセルの外の空気の流れだけでなく、カプセル内側の空気の流れも、熱制御の観点から計算しつくされている。
それはまるで、F1マシンのエンジンカウル内部のようだ。F1の場合、空力性能に軸足を置いてエンジンをカプセル化しているが、徹底ぶりはマツダ3も共通している。マツダ3は大開口のフロントグリルを備えているが、メッシュのグリルに近づいてよく見ると、その奥は樹脂製のシャッターで閉じられていることに気づく。これも、音と温度制御の観点からであり、他のエンジンを搭載する仕様とは異なる点だ(空気抵抗の低減にも効いている)。
そして、“アクティブエアシャッター”と呼ばれるこのシャッターは、6段階に開閉の度合いを制御することで風量をコントロールし、エンジンルーム内の温度を適切に管理している。こうした技術はほんの一例で、スカイアクティブXには専用の制御や部品が惜しげもなく採用されている。前例のない燃焼技術をなんとしても実用化しようとした、マツダの意地と努力の現れだ。
■スカイアクティブXだけの技術“Mハイブリッド”の完成度も高い
スカイアクティブXの排気量は2リッターで、既存のガソリン2リッター版“スカイアクティブG 2.0”と同じである。しかし、最高出力/最大トルクはスカイアクティブXの方が24馬力/2.5kgf-m高く、180馬力/22.8kgf-mを発生する。ちなみに、カタログに記載される“WLTCモード燃費”をFF車どうしで比較すると、スカイアクティブG 2.0の15.6km/Lに対し、スカイアクティブXは17.2km/L。カタログが示す数字は、スカイアクティブXの方がよく走り、燃費がいいことを示している。
実際に走った印象も、そうしたスペックが示すとおりだ。特に中間加速でアクセルペダルを踏み増した際、スカイアクティブXでしか味わえない気持ち良さが顔を出す。踏み増した直後、グッと背中を押すような加速感を返してくれるのだ。知らず知らずのうちに、その一瞬の気持ち良さを求める運転になっていることに気づく。
また、スカイアクティブX搭載車には、他のエンジン搭載車にはない装備がある。それが“Mハイブリッド”と名づけられたハイブリッドシステムだ。従来のオルタネーターを“インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター”に置き換えた小規模・小出力(6.5馬力/6.2kgf-m)のシステムで、減速時の運動エネルギーを電気エネルギーに置き換え、燃費を向上させる狙いがある。
Mハイブリッドはアイドリングストップ機能を備えているが、エンジン再始動時の振る舞いが素晴らしい。歯車のかみ合いで始動を行う通常の方式とは異なり、Mハイブリッドはベルト伝達でクランクシャフトを回転させ、再始動させる。その制御の巧みさもあって、音も振動も感じさせず、気がついたら再始動している印象。一度でもMハイブリッドの洗練されたエンジン停止(完全に停車するのを待たず、減速中に停止する)と再始動を味わったら、他のシステムは「もう御免」と思わせるほど、完成度は高い。
マツダ3のスカイアクティブX搭載車は、マツダだけが実用化できた世界初の画期的な技術を自分のものにし、体感する歓びをオーナーに与えてくれる。セットで搭載されるMハイブリッドの出来も、また素晴らしい。価格設定を含め、課題はまだまだ残されているが、夢のエンジン=スカイアクティブXは、パワーユニットの新境地を開いたといえる。
<SPECIFICATIONS>
☆ファストバック X Lパッケージ(FF/6AT)
ボディサイズ:L4460×W1795×H1440mm
車重:1440kg
駆動方式:FF
エンジン:1997cc 直列4気筒 DOHC
トランスミッション:6速AT
最高出力:180馬力/6000回転
最大トルク:22.8kgf-m/3000回転
価格:338万463円
(文/世良耕太 写真/&GP編集部)
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/274003/
- Source:&GP
- Author:&GP