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トヨタの未来都市、ソニーの未来モビリティがCESの話題をかっさらったが……

もはや、CESはクルマ抜きでは語れない、と思う。2020年1月、ラスベガスで開催された世界最大級の家電ショー「CES」では、自動車メーカーやサプライヤーの存在感が高まっている。自動運転、電動化、コネクテッド、そしてシェアのようなサービスを、お客様の需要も変わる中で、今後、どのように適正に提供しているくか?…年明け早々にラスベガスに飛び、自らの目で見て聞いて触れる、次世代の最先端とは?

富士の裾野にスマートシティは
トヨタの巨大な実証実験場

松の内も明けぬ間に、ラスベガス行きの飛行機に飛び乗る。ここ数年で身についた私にとっての”新年のスタート”だ。世界最大級の家電ショーであるCES(=Consumer Electronics Show)を取材するためだ。なぜ、自動車ジャーナリストが家電ショーを取材するのか? という疑問はごもっともだが、聡明な読者諸氏ならすでにテレビなどのニュースでご存知の通り、トヨタがスマートシティの開発を発表し、ソニーがコンセプトカーを発表するといったことだけでも、いかにCESが自動車分野を俯瞰するために重要なショーになっているかがうかがえるだろう。

実のところ、CESにおいても、自動車産業はますます重要な位置を占めている。今年、最大の話題となったのは、もちろん、トヨタの”Woven City”だ。開幕前の話題は実は、トランプ大統領の長女で大統領補佐官であるイヴァンカ・トランプが「働き方の未来」について講演する、というものだったが、プレスデー前夜になって、「豊田章男さんが自らプレゼンに来るらしい。今回は、相当インパクトのある発表に違いない」という噂がまことしやかに囁かれていたのだ。

Woven Cityのランドスケープを担当したデンマークの有名建築事務所「ビャルケ・インゲルス・グループ」、通称「BIG」の代表を務めるビャルケ・インゲルスさんと握手を交わす豊田章男社長。175エーカー(約70ヘクタール)というから、ディズニーランドの約1.5倍の広さとなる。ランドスケープの設計に巨費を投じただけではなく、工場の跡地に最先端のスマートシティを建てて、最先端のMaaS(=Mobility as a Service)を走らせて、その上、AIまで活用した街にしようと考えている。通信インフラも最新の5Gシステムが投入されると目される。2021年に着工が始まった後、社員や引退後の社員に加えて、海外からのエクスパッドや参画する研究者なども住むことができる。当初、2000人の居住を予定しており、徐々に増やす方針だ。

プレゼンテーションを目前に控えた会場で、この数年のトヨタの変革をアメリカから担ってきた人物であるギル・プラットさんと対話することができた。以前はDARPA( 米国防高等研究計画局)に所属しており、アメリカのエンジニアなら誰もが知る”ロボティックスの神!”みたいな人物だった。その彼が突然、トヨタ自動車に移ったというニュースは、シリコンバレーどころか、全米を駆け巡った。

「TRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)のCEOに就任してから約3年が過ぎました。トヨタほどの規模の企業に変革を起こすのは容易とは言い難いですが、章男さんは根気よく対話を重ねて、今現在、生じている破壊的イノベーションを、どのように大企業にとって有効な形で取り入れていくかに心を砕いてきました。東京・日本橋にもTRI-ADを開設し、まだこれから取り組むべきことが山のようにありますが、私たちはこれまでもこれからも、着実に変革期に生き残るために必要な仕事を進めていると考えています」

舞台が暗転すると、神々しい富士山の初日の出が映し出されて、豊田章男社長が現れた。日本語訛りの英語ではあるものの、自らの言葉で語り出した。

「CESE(=コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる技術やサービスによる未来づくりに取り組んでいます。加えて、人工知能、ヒューマン・モビリティ、ロボット、材料技術、そして持続可能なエネルギーの未来を追求しています。そして、ふと思ったことがあります。『これらすべての研究開発を、ひとつの場所で、かつシミュレーションの世界ではなく、リアルな場所で行うことができたらどうなるだろう』と。リアルな街に人々が住んで、働いて、遊んで、生活しながら実証に参加する街を、富士山の裾野にある工場跡地に建築することに決めました」

Toyota Moven Cityが完成すると、富士の裾野にこのような近代都市が現れる予定だ。モビリティの速度差や移動目的によって、3つに道を分けることで静かな住環境を作り上げることに加えて、自動運転とスマートシティのインフラの実証を加速すべく、人間、動物、車両、ロボットなど様々なユーザーが行き交う幅広い種類の交差点を生み出す目的もある。カーボンニュートラルな木材で作られた家屋では、日本の伝統的な建築手法も取り入れている。太陽光発電用のパネルを屋根の上に、水素燃料発電や雨水ろ過システムをはじめとするインフラは地下に、それぞれ配置されている。自動配送ネットワークは地下に備わっている。

は? と、一瞬、自分の英語力を疑った。いくらトヨタが大企業とはいえ、自動車メーカーが独自にスマートシティを開発し、そこに人を住ませて、モビリティを含む最新テクノロジーの実証試験まで行うという巨大プロジェクトを実施した例はない。

Woven Cityは絵に描いた餅になるか
新たな都市が生まれるか?

デンマークの有名建築事務所であるビャルケ・インゲルス・グループ」、通称「BIG」である。インゲルスさんによれば、敷地内の道は、速度差によって、ゼロエミッションの自動運転車が走る道と、歩行者と低速車が走る道、そして公園のような遊歩道に分かれる。富士山を眺めることのできるスマートシティに住んで、e-Palletが配送車やライドシェアの乗り物として走り回る街を描いているという。

自動運転やMaaSの実証試験を行うテストベッドと舐めることなかれ!加速する人工知能やロボティックスの分野を、日々の暮らしに取り入れてみるよりと、より快適で効率のよいユーザー体験を持たさせてくれるか?という実証も行う。スマートホームは、センサーに搭載される人工知能技術を使って、冷蔵庫を自動で補充したり、ゴミを捨てたり、健康状態を自動でチェックするなど、つながる技術を最大限活用する方針だ。

しかし、だ。カンファレンスが終わった後、なんだかモヤモヤした感じが残った。それは、素晴らしい都市のハコモノだけ見せられて、都市に必要とされるコンテンツの提案がなされなかったからだろう。豊田章男社長自身も、映画『チャーリーとチョコレート工場』の登場人物であるウィリー・ウォンカの日本版と皮肉ったように、今現在、単なる工場跡地であり、「学区は良いのかしら?」「美味しいパン屋さんやスーパーマーケットは近くにあるかしら?」と考えて住む場所を選ぶ今現在を生きる人たちにとっては、トヨタが打ち出すWoven Cityは非現実的に映るに違いない。

トヨタ創業の礎である豊田自動織機の当時の様子がわかる資料。発明家として知られた初代の豊田佐吉さんの息子である喜一郎さんが、アメリカの視察で最先端を目の当たりにした後、帰国してまもなく、自動織機はすでにたちゆかない産業になると気づいて、自動車産業に投資をした。当時すでにアメリカでは、T型フォードの製造がスタートしたばかりだったものの、アメリカ視察で自動車産業の勢いを目の当たりにした喜一郎さんだったからこそ、トヨタの軸足を自動車産業へと大きく舵を切ることを決められたのだろう。

トヨタが投じる額については想像するしかないが、工場の建設や新車の開発といった巨額の投資に慣れている業界である上に、トヨタは元々、織機や紡織といった繊維産業からスタートして、豊田喜一郎さんの時代に、繊維産業で得た巨万の富を自動車産業に投じて、世界有数の自動車メーカーへと続く礎を築いたという経緯がある。Woven Cityは2021年に着工し、まずはトヨタの従業員と家族、退職者が入居し、小売店やプロジェクトに参画する科学者、パートナー企業などを合わせて2000人程度の入居を想定している。稀代の建築家に依頼し、鳴り物入りで造成するスマートシティだが、実際に人が住み出した後、どれだけ魅力的なコンテンツを備えた都市へと成長するかによって、プロジェクトの真価が問われるだろう。都市のコンテンツを生み出し、都市を育てることをできるか? 事業のトランスフォームを旨とするトヨタのお手並み拝見である。

ソニーがクルマを作ったのは
未来のやるべきことを見誤らないため

CESを賑わせたもう一つの話題は、なんといってもソニーが作ったコンセプトカー「Vision-S」だろう。自動車業界の都市伝説として、「ソニーが自動車メーカーになりたいらしい」という噂は、何年かに一度、必ず浮上するものだったが、とうとう、ソニーがクルマを作るのか!と各国のメディアが浮き足立ったものの、よくよく聞いてみると、ソニーとして自動車を製造するつもりではないとのことだ。

ソニーが放ったコンセプトカー「VISION-S」は、世界の名だたるメガサプライヤーのパートナーシップを得て制作された。車両の組み立てを担当したのは、カナダの自動車部品大手の「マグナ」の子会社である「マグナ・シュタイヤー」だ。加えて、ボッシュ、コンティネンタル 、ZFといったドイツのメガサプライヤーに加えて、自動車シャシー大手の「ベントラー」、リアルタイムOSで有名な「ブラックベリー・キューニックス」、HDマップのベンダーである「ヒア」、AIコンピューティング企業として成長株の「エヌビディア」、通半導体大手の「クアルコム」などが技術的なサポートを行った。ソニーのセンシング技術に加えて、AI、通信、クラウドなどの活用により、車載システムの継続的なアップデートにも対応する。

「自動車の部品をたくさん作っているのですが、従来は自動車メーカーから言われた通りのスペックで開発・製造をしてきました。ところが、自動車産業の変革期においては、自動車メーカーすらも技術の向かうべき方向を見極めることが難しいと感じています。それであれば、私たち自身がクルマを作るという経験を通して、自動車の未来に望まれる性能を実現するための部品とは、どんなものだろうか? と積極的に考えてみよう、ということになったのです」と、ソニーにてAIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部 統括部長を務める矢部雄平さんは語る。

ソニーにて、AIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部 統括部長を務める矢部雄平さん。

現在、ソニーはCMOSに代表されるイメージ・センサーを大量に生産していおり、世界的な標準となりそうな予感だ。とはいえ、もし今後の自動車技術の発展の方向性を見誤れば、感度の高さ、画素数、フレームレートといった性能のパラメーターをどこまで高めていくべきなのかを見誤りかねない。いちからクルマを作ってみて、必要とされるスペックを割り出すことができれば、早晩、この分野におけるデファクト・スタンダードを取れる可能性も高い。加えて、ソリッドステートのライダーや、カメラとミリ波レーダーをまとめて使いやすいようにセンサーフュージョンするなど、センサーの設計だけではなく、使いこなす能力も存分に披露している。

室内を見回すと、すぐに目につくのがAピラーの恥から端まで届きそうな大型ディスプレイだ。エンタテインメントの提供はもちろん、「サンロクマル・リアリティ・オーディオ」なる没入感を重視した立体的な音を提供するシステムや、後席向けのディスプレイも備わる。室内には、車内モニタリングやジェスチャー操作に使用するToFカメラを搭載する。なお、左右に備わるのは、ミラーレス用のディスプレイだ。

ソニーはこれまでも、複雑なアーキテクチャをシンプルにしたり、高性能化することを得意としてきた。自動車の分野でも、走る曲がる止まるといった基本性能はあくまで自動車メーカーが積み上げてきた経験が役立つ分野だが、簡素化、高効率、高性能化、安全といった目的を達成できるアーキテクチャーを提案する力をつけたいと考えて、慣れないクルマ作りをいちから手がけたのだ。思いの外、ソニーらしい試みで、グッと胸が熱くなった。

崩れ始めた自動車産業が原動力!?
新事業や新たなプレイヤーを生む

CESに送り出されていた自動車のテクノロジーを語るには、紙幅が限られるがゆえに、ここで一旦、結論めいたことを言えば、トヨタもソニーも自動車産業がディスラップしていることには気づいた上で、あえて創業精神に立ち返ったとも考えられる。トヨタはクルマ作りで培ったナレッジを生かして、スマートシティとそこで生活する人のために働くモビリティサービスやAIへ投資して、次の世代に”トヨタ”の名を紡ごうとしている。ソニーも「新時代にふさわしき優秀ラヂオセットの製作・普及、並びにラヂオサービスの徹底化」謳った創業の精神に沿って、新時代にふさわしいモビリティやモビリティサービスについて考えたに違いない。そして、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」を、自動車の分野でも夢に描いているかのようだ。

トヨタが描くモビリティとAIと人間が融合する理想郷「Woven City」の姿が見えてくるまでには、まだ年単位で待たなければならないが、どんなにクールな都市設計にせよ、そこに住むエンドユーザーにとって、暖かい心が通う都市へと成長させてほしい。

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