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5つの進化で読み解く なぜ、東芝ライフスタイルは復活できたのか?

東芝ライフスタイルがいよいよ新たな進化を始めた。2016年7月に東芝グループから世界的白物家電メーカー・Mideaグループ傘下に。2018年に東芝本体が昭和から続く有名な国民的長寿TVアニメのCM放映権を手放したことが、お茶の間に大きな衝撃を与え、同社とはすでに直接の関係がなかったにも関わらず、東芝ブランドの家電商品が国内市場からすべて消え失せてしまうのではないかと、まことしやかにささやかれ、多くの人がそれを信じた。

だが、そんな逆風下でも、同社はMideaグループから新たな支援を受け、着々と日本の上質なモノづくりを続け、同グループ中にあっても、他とは一線を画す上質な日本ブランドとしての立ち位置を確立していった。

2018年、社長も現在の小林伸行氏へと代わり、着々と経営の健全化を進めながら、売上を伸ばし続ける東芝ライフスタイル。Mideaグループ参画前の2016年度には、60億円以上の赤字を計上していた状況からわずか2年。2018年度(2018年1月~12月)の決算では、売上高2620億円超で黒字転換を果たす。

東芝は言わずと知れた日本を代表する電機メーカーであり、これまで145年以上もの歴史を積み重ねてきている。時代時代において人々の生活を少しでも便利かつ豊かにするために、数々の“生活家電の国産一号機”を開発し続けてきた。2019年に「タイセツを、カタチに。■」というブランドステートメントを表明した東芝ライフスタイルだが、高い技術力で人々の暮らしに役立つ生活家電を生み出すDNAは、創業時からずっと変わらない。時代の変化にあわせて人々に伝わりやすい言葉に変換しただけで、体制変更後も、もちろん脈々と、より強く受け継がれている。常に衣食住という人々の暮らしの全方位を便利で豊かにすることを目的として、この先もその想いが揺れ動くことはないだろう。

2020年は新生「東芝ライフスタイルの生活家電」が、Mideaグループの力も活用しながら、日本だけでなく、さらに世界のライフスタイルシーンへと大きく羽ばたく時となる。本誌はそんな時だからこそ、彼らのモノづくりに対する想いや高い技術力はもちろん、安全や品質保証などについての考え方にも着目。この日本を代表する生活家電メーカーの全貌をもう一度正しく伝えるため、ここに特集としてまとめてみた。


Corporate philosophy

企業理念

人々に素敵なくらしを

イノベーティブな『人を想う』製品・サービスを提供し続けることで世界中の人々に、より安心で快適なライフスタイルをお届けします。

 

Brand statement

ブランド ステートメント

タイセツを、カタチに。

仕事や家事、育児でどんなに忙しくても、
カタチにしたい、タイセツな想いがある。
そんな一人ひとりのタイセツに、私たち東芝ライフスタイルは、
細部までタイセツにした、家電でこたえていきます。
タイセツをカタチにしたいあなたへ、タイセツをカタチにした家電を。

 

Comfortable CLOTHING, EATING & HOUSING for Everyone

東芝ライフスタイルの5つの強みで
衣食住すべてに家電でタイセツを、カタチにしていきます。

ライフスタイルは、時代と共に大きく変化し、家族のあり方や人々の生き方も多様化しています。しかし、どんなに世の中が変わっても、バランスのとれたおいしい食事、清潔で心地よい空間、きれいに洗い上がった衣服など、毎日の暮らしの中には変わらないタイセツなものがあります。

これまで東芝は、毎日の暮らしに欠かせないイノベーティブな製品を145 年以上に渡って作り続けてきました。女性の多くが家事に一日の大半を費やしていた時代に、人々を家事の重労働から解放し、暮らしを快適にするために生活家電の国産第一号機を数多く開発してきました。

2016年7月からは、200カ国以上で生活家電事業を展開する Midea グループに参画した東芝ライフスタイルグループは、その東芝のDNAを継承し、生活家電専業メーカーとして、時代の変化するスピードに対応できるよう、さらに体制を強化しています。

技術力とアイデアで、今後も東芝ブランドの生活家電事業を拡大し、世界中の一人ひとりのタイセツをカタチにした家電をお届けしていきます。


住むを快適に
HOUSING

エアコンが苦手という家族にも
きれいな空気と快適さを同時に届ける。
家族には健康でいてほしいから。

東芝ライフスタイルの強み①
お客さま中心

さまざまなお客さまの生活にあわせた
家電の企画・開発・製造を続ける。

今や家庭用エアコンのスタンダードといえばセパレート形。これを1961年(昭和36年)に世界で初めて誕生させたのは東芝でした。その後、ロータリーコンプレッサーを採用したエアコン(RAS-81B)を発売したのが1969年(昭和44年)のこと。従来に比べて部品点数が少ないため、小型化できて省電力。その上、低騒音という快適性から「木かげ」という名称で発売されました。

1973年(昭和48年)のオイルショック以降、エアコンにも「省エネ」という新しい価値が求められるようになります。東芝は半導体や精密加工技術などグループ全体の技術力で1988年(昭和63年)に「インバーターエアコン」(RAS-225PHKHV)を、家庭用エアコンとしては世界で初めて発売。これにより市場におけるエアコンの省エネ基準は大きく前進しました。

それから10年後の1998年(平成10年)には、空気清浄適用床面積最大14畳の高い空気清浄能力を備えたエアコン(RAS-285BDR)を発売。清潔という新たな価値観を市場に提案。シリーズ名も「大きな省エネ、清らかな空気、快適な空気」という願いを込め「大清快」としました。

ライフスタイルの変化に伴い、エアコンは春秋のちょっと寒い時期などに、小電力で室温を安定させて使うニーズも増えてきました。そんなお客さまの声を受けて、2004年(平成16年)に開発したデュアルコンプレッサーは革命的な技術でした。2つのシリンダーを搭載し、立ち上げ時には2つのシリンダーを高回転させてパワーを作り出し、室温が安定してきたら1つのシリンダーを止め、もう1つの回転数も下げて小電力で運転する独自技術。自転車でこぎ出す時はペダルを回し、スピードが出たらこぐのを止めて車輪の回転力だけを使って進むイメージです。小電力で室温を安定させられるため高い省エネ性と快適性の両立を実現しました。

ただし、近年でもエアコンに対するネガティブなイメージ。それは、直接風に当たることによるストレスです。それが原因で気温が高いのに自ら電源をオフにしてしまう人も数多くいるといわれています。そんな課題を解決すべく、2019年(令和元年)から東芝ライフスタイルが搭載した技術が「無風感冷房」。これは特殊なルーバーを搭載することで、空気が体に当たっていることを感じにくい「無風感」を作り出し、風は感じないのに涼しさを届ける冷房を実現。一見相反する矛盾を独自技術で解決することで、エアコンの風が苦手な人でも熱帯夜に快適に眠れるように配慮しました。

 

EPOCH-MAKING
  • 現代エアコンの原点
    今のエアコンの基本形となったセパレート形を1961年(昭和36年)に世に誕生させた。
  • エアコンの省エネ技術の礎
    1988年(昭和63年)、今では当たり前のインバーターを家庭用エアコンとして世界で初めて発売。

 

掃除をするのは楽しい時間。
帰ってきた時に部屋がきれいだと
誰でも嬉しいから。

掃除機は、人が移動させながら使用する数少ない家電です。そのため、掃除機は住宅のトレンドにあわせ、吸引力と共に道具として使いやすいものを開発しなければなりません。

1931年(昭和6年)に東芝(当時は芝浦製作所)は、日本初のアップライト型真空掃除機(VC-A型)を発売。家屋に土埃が入り、掃き掃除が欠かせなかった1963年(昭和38年)には、吸塵量が他社製品の7倍となる「マジックバッククリーナー」(VC-37HD)を発売し、話題となりました。

1970年代は団地が急増。当時の集合住宅では、床の音が伝わりにくい絨毯が普及。今まで以上の吸引力が求められたことで、1978年(昭和53年)に「3倍吸えるゴミプレス」(VC-8300)を発売します。大量にゴミを吸うことができ、ゴミ捨ても簡単だったことから大ヒットとなりました。

1986年(昭和61年)には、本体の他に日本初となるヘッド部にモーターを搭載したパワフルな掃除機を発売。吸い込み仕事率が上がった反面、絨毯にヘッドが吸い付いて操作が重くなるという不満を解消するため、1991年(平成3年)に自走式でスイスイ掃除できる「パワステヘッド」搭載モデルを発売しました。

吸引力と操作性という問題が一旦解決し、お客さまの不満として残っていた運転音を下げるため、2008年に世界初の「クワイエ機構」を搭載した低騒音モデル「クワイエ」(VC-1000X)を発売。その後、フローリングが普及。床材のトレンドが変わってきたことから、2010年(平成22年)にサイクロン式の「トルネオ」を発売。人間工学に基づいた形状や軽さがヒットし、「トルネオ」シリーズが市場に浸透しました。現在はコードレススティック掃除機が流行し、より手軽に掃除できるタイプが求められています。

掃除は何かを生み出すわけでなく、元の状態に戻すリセット家事。年齢や性別を問わず、吸引力が強く、軽く、お手入れを含めた使いやすさが掃除機に求められる条件です。開発担当者は掃除を好きになってもらえるような製品を今後もお届けするために、日々アイデアを出し合い、新製品の開発にチャレンジしています。

 

EPOCH-MAKING
  • 吸塵量で差をつける
    1963年(昭和63年)に発売。「マジックバッククリーナー」(VC-37HD)は、吸塵量で他社と差をつけた。
  • 絨毯に合った掃除機
    「3倍吸えるゴミプレス」を搭載したVC-8300は、1978年(昭和53年)に発売し、大ヒット。
  • 軽くて使いやすい「トルネオ」
    2010年(平成22年)に「トルネオ」(CG510)を発売。使いやすさと吸引力を両立した。発売して10年経過しているが、年々進化している。

着るを気持ちよく
CLOTHING

ワイシャツだってお洒落着だって
買った時のきれいなままで
いつまでも着続けたいから。

東芝ライフスタイルの強み②
技術の高さ

服は着ていれば傷み、汚れてしまうもの。
そんな当たり前も家電の技術で諦めない。

洗濯板にゴシゴシと洗濯物をこすり付けて洗っていた1930年(昭和5年)。東芝(当時は芝浦製作所)は、国産第一号の洗濯機「ソーラーA型」を世に送り出します。女性が家事に追われる日々を、当たり前に送っていた時代に開発した画期的な家電です。

日本初のタイムスイッチ付きの噴流式(VB-3型)を開発したのは1950年(昭和30年)。その翌年には、二槽式の洗濯機すら世に出ていない時代にもかかわらず、日本初のドラム式全自動洗濯機(DA6型)を発売します。

昭和40年代からは二槽式洗濯機全盛の時代へ。1966年(昭和41年)には二槽式洗濯機「銀河」を発売、手廻しローラーから脱水が自動でできる二槽式時代の到来を告げました。1980年(昭和55年)には日本で初めて洗濯と脱水を同時進行できる「シャワーリンス銀河」(ASD-500N)を発表。家事をすばやく済ませて、時間にゆとりを持ちたい、そんな考え方が次第に高まっていた時代だったこともあり、空前の大ヒットへとつながります。

バブル崩壊後、女性の社会進出が急増し始めた1997年(平成9年)。早朝や深夜に洗濯したいというお客さまの声にこたえ、発売された「DDインバーター銀河」。人々のライフスタイルが多様化し始めたこの時期に、どんな時間帯でも近所に気兼ねなく洗濯ができると注目が集まったほか、画期的な生産技術に対して贈られる大河内記念技術賞も受賞しました。

今や専業主婦がいる世帯の数を共働き世帯数が大きく追い抜き、夫婦で家事に当てられる時間は圧倒的に少なくなりました。直径1μm未満のナノサイズの泡で、洗剤の洗浄力を高めるウルトラファインバブル洗浄を搭載した洗濯機「ZABOON」(TW-127X8)は、常温の水を使い、短時間でしっかり汚れを落とせることで話題に。各社が近年採用を始めた洗剤・柔軟剤自動投入機能ももちろん搭載していますが、実は1987年(昭和62年)に東芝は当時主流だった粉末洗剤を自動投入できる全自動洗濯機を発売しています。多様化する家族構成やライフスタイルにあわせ、お客さま目線に立った上で時代を先取りし続けてきた東芝らしいエピソード。東芝ライフスタイルは技術と人をつないで、より快適な生活をサポートできるような新製品の開発に取り組み続けています。

 

 

EPOCH-MAKING
  • 日本初の洗濯機
    1930年(昭和5年)に発売された、国産第一号の洗濯機「ソーラーA型」。日本で初めての洗濯機となった。
  • 60年以上前に発売
    ヨーロッパでは主流だったドラム式全自動洗濯機を(DA6型)を1950年(昭和30年)に国内で初めて発売。
  • 洗濯と脱水を同時に進行
    1980年(昭和55年)に登場。洗濯と脱水を同時進行できる「シャワーリンス 銀河」(ASD-500N)ば大ヒット。
  • 静かさで大ヒット
    1997年(平成9年)に発売された「DDインバーター銀河」は、常識を覆す低騒音・低振動を実現。

 

やっぱりシワのないシャツを毎日手軽に着られるって
とても気持ちがいいことだから。

アイロンの歴史は古く、日本では平安時代に炭火で使う「火熨斗(ひのし)」という道具が使われていました。時を経て1910年頃、アメリカで電気アイロンが実用化。国内初の電気アイロンが登場したのは翌1915年(大正4年)で、東芝の前身である芝浦製作所から発売されました。その後、1955年(昭和30年)にはスチームアイロン(EI-3)、1967年(昭和42年)にはアイロンのかけ面(HIS-61F)にフッ素加工を施すなど、革新的な進化を遂げていきます。

アイロンは小型になるほど技術的に難しくなりますが、東芝は腕への負担などに配慮し、小型で動かしやすいアイロンの開発に挑戦しています。2001年(平成13年)のコードレススチームアイロン「とってもラ・クー」(TA-FV1)は、東芝の開発努力が実り、大ヒットとなりました。同製品の特徴はオープンハンドルを搭載したこと。使う人によって一番フィットしやすい場所を自由に握れるようになったため、使いやすさが大きく向上。多くの人々にイノベーション効果をもたらしました。

さらにかけ面の素材にもこだわります。2004年(平成16年)発売の「とってもラ・クー」(TA-FVX2)から採用しているのが、ロケットのエンジンなどにも使われる素材「BORON(ボロン)」です。磨耗しにくく、ファスナーなど金属に引っかけてもかけ面には傷がつきにくい。さらに、高温になると滑りやすさがアップするため、よりスムーズにアイロンがけができるようになりました。

その後、2018年(平成30年)に、業界で初めてコードレスタイプの「衣類スチーマー」(TAS-X4)を発売します。

衣類スチーマーはアイロンと異なり、本体を垂直にした状態で使うこともあります。常にスチームを発生させるには水をくみ上げる電動ポンプが必要でした。そのため、「衣類スチーマーのコードレス化は難しい」といわれていました。そこで、水を安定的にヒーターに送り込むことができるバルブ(弁)を新たに開発。これにより、左右60°に傾けてもスチームが出る実用本位のコードレス衣類スチーマーが誕生しました。

現在、同社のアイロン、衣類スチーマーは、コードの有無を選べるなど、幅広いラインアップを用意しています。「お客さまの使用シーンを考えるとラインアップが自然と増えていった」と担当者が語るように、ライフスタイルによって最適なモデルを選択できるようになっています。

 

EPOCH-MAKING
  • 国産初電気アイロン
    1915年(大正4年)に芝浦製作所で発売された国産初電気アイロン。東芝の電気アイロンの歴史は、100年以上遡る。
  • オープンハンドルで大ヒット
    2001年(平成13年)に発売したコードレススチームアイロン「とってもラ・クー」(TA-FV1)。オープンハンドルにすることで取り回しがぐんと良くなった。
  • 衣類スチーマーもコードレス
    2018年(平成30年)には衣類スチーマーを業界で初めてコードレス化。最大12ml/分の強力なスチームを実現するほか、ボタンまわりなどの細かな部分のシワも取りやすい。

食べるをおいしく
EATING

家族においしい料理を作るため
肉や野菜をまとめ買いしても安心。
食材は常に新鮮なままだから。

東芝ライフスタイルの強み③
発想の飽くなき転換

諦めていた手間や使いづらさを
新たな発想でしっかりと覆す。

冷蔵庫が存在していなかった時代、人々は食べきれる分だけを購入し、その日のうちに消費するというライフスタイルが主流でした。1930(昭和5)年、「少しでも長く保存したい」という要望から生まれたのが、国産第一号機となる東芝(当時は芝浦製作所)の家庭用電気冷蔵庫(SS-1200)です。以来、東芝は日本初の機能を搭載した冷蔵庫を次々と世に送り出してきました。

1990年(平成2年)、当時の冷蔵庫は「冷凍室が上部、冷蔵室が下部」のレイアウトが主流でした。そんな時代に、冷凍室を引き出し式にして、冷蔵室を目の高さに配置したミッドフリーザー冷蔵庫(GR-W45MI)を発売。結果、これが現在の冷蔵庫のスタンダードに。使いやすさを最優先に考えたゆえ、冷蔵庫のレイアウトに革命を起こしたのです。

1998年(平成10年)には、日本で初めて2つの冷却器を搭載した「高湿ツイン冷却冷蔵庫」(GR-470K)を発売しました。冷蔵と冷凍で独立した制御をするため、安定した温度を保ちつつ、消費電力の無駄をなくせるのが特徴です。

東芝冷蔵庫の歴史を語る上で欠かせない存在なのが「VEGETA(ベジータ)」。野菜室を腰の高さに配置した「まんなか野菜レイアウト」で、かがむことなく野菜を取り出せ、立ったままの姿勢で奥までよく見えるので、日持ちしにくい食材の使い忘れを防ぐというメリットもあります。発売から10年経ちますが、現在でも採用されている人気のスタイルです。

このように東芝の冷蔵庫は、使う人の要望を受け、技術力で問題を解決し、使いやすさを徹底的に追求してきました。今後は保存性能などのハード面だけでなく、新しい使い方を提案するようなソフト面の充実にも力を注ぎます。

冷蔵庫は子どもからお年寄りまで、家族全員が日常的に使うもの。身体への負担をできるだけ軽減し、日常に溶け込む使いやすさが求められる家電なのです。お客さまの目線に立ち、冷蔵庫を開発していく姿勢はこれからも変わりません。

 

EPOCH-MAKING
  • 国産第一号機の冷蔵庫
    1930(昭和5)年に発売した家庭用電気冷蔵庫(SS-1200)。当時は高価だったので憧れの対象だった。
  • 冷蔵室を上に設置
    1990年(平成2年)に発売したミッドフリーザー冷蔵庫(GR-W45MI)は、冷蔵室が上に移動して使いやすくなった。
  • ツイン冷却で温度が安定
    2つの冷却器を搭載した「高湿ツイン冷却冷蔵庫」(GR-470K)を1998年(平成10年)に、日本で初めて発売。

 

ごはんが毎日おいしいって
当たり前のことだけど、
家族にとって何よりタイセツだから。

炊飯器(電気釜)が国内で初めて誕生したのは1955年(昭和30年)のこと。当時の主婦は、朝早く起きてかまどに火を起こすという仕事がありました。東芝は、「炊事の負担を少しでも軽減できないものか」という想いから、自動式電気釜(ER-4)を発売。日本の生活を一変させました。その後、東芝は一貫して「家事の低減」「食事準備の時産」「おいしさ」をコンセプトに掲げ、炊飯器を時代のニーズにあわせて進化させていきます。

1968年(昭和43年)に発売された炊飯器(RC-10LHF)は、内釜にフッ素加工を施し、ごはんのこびり付きを軽減させることに成功。洗いものの手間を減らしました。2006年(平成18年)に発売した炊飯器(RC-10VS)では長時間保温機能を搭載します。当時、「長く保温したごはんは、おいしくない」と、日本人の多くが諦めていました。そんな中、東芝は長時間保温してもおいしいごはんとは何かを追求。内釜を真空・密閉状態にすることで水分の蒸発を防ぎ、ごはんの乾燥や黄ばみなどを抑えておいしく保温することに成功します。この真空技術は吸水工程にも採用。米の芯まで水をしっかり吸水させ、加熱した際にムラなく炊き上がるという画期的な技術でした。

ごはんは大火力で一気に炊き上げることでさらにおいしくなります。そのキーとなるのが内釜です。1994年(平成6年)登場の炊飯器(RCK-W10Y)の内釜に採用した「溶湯鍛造製法(ようとうたんぞうせいほう)」は、自動車部品の製造に使用されるような高度な技術。大火力での連続加熱・連続沸騰を必要とする、東芝の求めるおいしいごはんには欠かせない技術でした。

羽根付きで丸底の内釜形状にもこ
だわりました。研究を重ねて、ようやく2012年(平成24年)の(RC-10VPF)で商品化に成功しました。毎日使う炊飯器だからこそ、お客さまに安心してお使いいただける製品を、という発想のもとに研究・開発を進め、東芝ライフスタイルは2008年から「内釜5年保証」を謳っています。2018年(平成30年)登場の真空圧力IH炊飯器(RC-10ZWM)では、従来110分かかる玄米の炊飯時間を53分に短縮するなど、「早くて・おいしい・さらに健康!」という時代のニーズにあわせた価値観を提案しています。

東芝ライフスタイルの炊飯器は日本を代表する米産地、新潟県で製造されています。その工場は金属加工の町として有名な燕三条地区に隣接しています。米と金属加工。お米を愛する人々が、高い技術力を持って「おいしさ」と、「家事の低減」に挑み続けるのが同社の炊飯器スピリットなのです。

 

EPOCH-MAKING
  • すべての炊飯器はここから始まった
    1955年(昭和30年)に、日本の朝の風景を変えた自動電気式電気釜(ER-4)。
  • 朝炊いたごはんが夜でもおいしい保温の革命
    長時間保温で食事準備の時短の貢献した2006年(平成18年)の炊飯器(RC-10VS)。
  • 困難を乗り越えて実現した高度な金属加工技術
    試作を繰り返し、ようやく実現した羽釜形状の内釜は技術力の結晶(RC-10VPF)。

 

週末も平日もどんな時でも
いろいろな料理を時短で簡単。
苦労しなくてもおいしく作れるから。

神奈川県川崎市の東芝科学館に展示されている人の背丈ほどの四角い箱は、1959年(昭和34年)東芝が日本で初めて完成させた電子レンジ(DO-2273B形)です。初任給約1万円*1だった時代に125万円という価格でしたが、短時間調理と火を使わない安全性が評価され、デパートや新幹線の食堂車などに導入されました。

それから9年後の1968年(昭和43年)に他社に並び、家庭用電子レンジを発売。蒸し器でごはんを温めるのに20分程の時間がかかるのに対し、電子レンジなら数分で温められることから、「昭和最大の発明」と話題になりました。

1977年(昭和52年)には多様化する調理レパートリーに対応するため、オーブンレンジが誕生。その後、時を経て最大の転機となったのは2002年(平成14年)のこと。「もっとオーブンレンジを調理器具として活用してもらいたい」という想いからオーブン機能を強化し、パンやピザを焼く石窯にヒントを得て、遠赤外線でじっくり焼き上げる「石窯オーブン」(ER-V9)を誕生させ、たちまちヒット商品となりました。

2009年(平成21年)に登場した「石窯ドーム」(ER-GD500)は、本物の石窯のように天井部分を湾曲させました。庫内にコーティングを施し、遠赤外線の放射性能を向上。さらに角皿にスリットを入れるなど庫内に熱を行き渡らせる工夫を凝らし、最高温度350℃、予熱200℃約5分を実現。パン・お菓子作りを趣味とする人から指名買いされ、「オーブン調理なら東芝」という認識が、またたく間に定着しました。

次に取り組んだのは小型化でした。大型オーブンレンジの購入者から寄せられる設置に関する不満を解決したいと考えた開発チームは、奥行き40センチ以下の商品開発に挑みます。しかし、レンジはマイクロ波を庫内にとどめるために十分なスペースが必須です。最高350℃の耐熱設計も必須。安全性に配慮しながらも、庫内の容量はしっかりと確保し、なおかつ外形寸法を小さくするのは困難を極めました。「ムリといわれても何か方法があるはずだと、みんなで知恵を絞りました」と、商品企画と開発担当者は口をそろえて当時を振り返ります。

開発チームは、オーブンレンジのコンパクト化に関する特許を次々と申請。技術イノベーションにより、困難といわれた小型化に成功したのです。

日本初の電子レンジから半世紀以上もの時を経て、今なお進化を続ける東芝ライフスタイルのオーブンレンジ。これまでもこれからも、「おいしいものが作れる本格的な調理器」の開発が続きます。

 

EPOCH-MAKING
  • 電子レンジ第一号機
    1959年(昭和34年)に、新幹線のほか上野動物園やデパートの食堂などに導入された国産初の電子レンジ。
  • 業界初の湾曲天井
    湾曲した天井が「石窯」を連想させるインパクトのあるデザイン。2009年(平成21年)に発売。
  • 奥行きコンパクト石窯ドーム
    「大きくて置ける場所がないから買えない」というお客さまの不満を技術で解消したコンパクト化。2016年(平成28年)に発売。

MADE with
TOSHIBA QUALITY

最先端イノベーションと匠な手仕事を融合する理由

最先端のスマート化された製造工程と手作業を重視した匠の技。適材適所にそれらを組み合わせることで上質な製品を生み出す。これが東芝のモノづくりクオリティを支えています。

東芝ライフスタイルの強み④
組織改革の成功

Mideaグループに参画し、
上質な日本の家電を世界中にスムーズに届ける。

Mideaグループの南沙工場は、広州市南沙区に立地する2011年に稼働した最先端のインテリジェントスマート工場です。Mideaグループの主力製品である家庭用エアコンを中国国内外向けに1600機種以上、2019年には計約610万台を生産しています。

自動化された設備をネットワークでつないだ南沙工場では、管理センターで生産状況や物流、および品質などのデータをリアルタイムで把握できる環境を実現しています。

生産ラインでは、レーザー刻印設備がエアコン本体に製品情報を自動的にラベリングし、精密画像を使った位置決め技術を駆使したロボットによるパネル組み立て、CCDカメラなどの導入で精密加工や品質管理の自動化を実現。これらのシステムにより、品質が確保された製品のみが生産ラインを流れます。

南沙工場ではスマート化により従来のラインと比較して、生産効率、コスト、品質管理などの分野で大幅な改善を果たし、Mideaグループの中でも効率No.1を誇ります。2015年時点で生産ラインのスマート化のために10億元以上を投資、グループのパイロット工場としての役割を果たしています。スマート化推進により、702台のロボットで22000人分の労働力を削減することに成功しています。

そんなMideaグループの本社近くにある順徳工場内には、年間130万台の生産能力を有する東芝ライフスタイルの日本向けエアコン用の工場があります。

こちらの工場には、エアコンの室内・室外機用の3本の生産ラインがあります。日本向けのエアコンは多品種少量生産であるため、本工場では主に小回りの利くセル生産方式をベースに生産ラインを構築することで、効率的に多機種の生産に対応しています。そのためスマート化された南沙工場に対し、ここでは手作業が多用されています。それぞれの生産ラインには特別な適性試験に合格した作業員だけが並び、日本と同じ検査・生産設備を使用し、日本で生産していた時の品質を変わりなく維持しています。

 

東芝ライフスタイルの強み⑤
真摯なモノづくり姿勢

良いものを作るための挑戦に次ぐ挑戦。
妥協なきモノづくりスピリットが、
働く人々に深く根付いている。

コシヒカリに代表される豊かな米どころ、国内トップレベルの金属加工技術を持つ燕三条エリアに隣接する新潟県加茂市で、同グループの東芝ホームテクノはメイド・イン・ジャパンの炊飯器を作り続けています。炊飯器は上流工程でプレス、溶湯鍛造(ようとうたんぞう)、成形を行ない、次工程で塗装などを手掛け、最終工程では組み立てを行います。ごはんのおいしさの決め手ともなる内釜の技術イノベーションが「溶湯鍛造製法」です。700℃の熱で溶かしたアルミを、さらに800トンのプレス装置で成形することで内釜の厚みを自在に制御、釜底にはウェーブ状の凹凸加工が施されます。この加工が内釜内に高い熱伝導率を生み、釜底からより強い沸騰を起こしてごはんの旨みを十二分に引き出します。

工程の中でも人の手が多く入るのが組み立てです。流れてくる一つひとつの製品を手作業で仕上げていきます。世界中の人々が求めるメイド・イン・ジャパンの東芝炊飯器は、こうして最後は人の手によってカタチとなっていきます。

ひとつの製品が出来上がるまでには多くの作業が必要で、プレスや溶湯鍛造のような大型機械を使いこなす職人もいれば、細部の仕上げを行なう職人もいます。そんな工場で働く人々のほとんどは地元新潟の採用。モノづくりのDNAが脈々と受け継がれている土地でもあり、働く人々は職人としてのプロフェッショナル気質を持ち、作業に取組んでいます。

その一例としてあげられる金属加工の技術は、1000分の1ミリの世界。『1/1000でカジる(かじり付く※焼き付き現象)、3/1000でバリが出る(切り口面のまくれ)、2/1000でちょうど良い』といわれますが、機械を使いこなすのも職人技です。その根幹をなす成形金型やカム機構(回転軸に取り付ける機械要素)などは燕三条の企業とも連携し、高いレベルのモノづくりを実現してきました。

東芝ホームテクノの試みは技術の継承、コスト削減に留まらず、環境にも拡がっています。現場から出る廃棄物に対してもリサイクルを意識して「ゴミを資源に」、小さな一歩が大きなステップへ。創業から77年という歴史ある工場ながら、常に新しい試みを続けています。

炊飯器の内釜製造工程には、大型の機械が並びます。ここでは、400トンの大型プレス機で内釜発熱部を切り出し、溶湯鍛造を経て切削を行ないます。切削は内釜特有の曲線を形作る工程です。内釜には刻印を入れるなど、品質管理も徹底しています。本工程ではこのほか、プラスチックの樹脂成形も行ないます。炊飯器の外側と内側の部品製造が行なわれるエリアです。

DATA OF TOSHIBA LIFESTYLE
数字で知る東芝ライフスタイル

KEYWORD:145

ルーツとなる2つの会社

Our History
東芝、145年の歴史

製造の礎をも築いた田中久重。そしてもうひとり、「日本のエジソン」としてその名を知られた白熱電球製造のパイオニア、藤岡市助。歴史上の偉人であり、東芝のルーツを語る上で欠かせない人物です。重電の田中久重が遺した芝浦製作所(旧田中製造所)と、軽電の藤岡市助による東京電気(旧白熱舎)が1939年に合併し、東京芝浦電気株式会社が誕生。そして1984年、社名を株式会社東芝に変更します。田中久重が銀座に工場兼店舗を構えて2020年で145年。東芝ライフスタイルは、東芝の生活家電の歴史を引き継ぎました。

 

KEYWORD:2016

美的グループに参画

the NEXT STAGE
東芝ライフスタイルの新たな船出

2016年、東芝ライフスタイルは、世界的な家電メーカーMideaグループに参画しました。東芝とMideaグループは20年以上にわたって技術・事業提携を行なってきた歴史があり、長年にわたり培われてきた信頼関係がありました。Mideaグループ傘下として再出発した東芝ライフスタイルは、同年の下半期に黒字化。相乗効果がカタチになり、その後も増収増益の成長を続けています。

 

KEYWORD:8+

生活を支える東芝家電

TOSHIBA HA Products
主力の生活家電

東芝ライフスタイルは、生活家電の企画、開発から製造・販売までを行う会社です。生活家電は、人々にとても身近な存在。東芝の前身となる芝浦製作所時代から電気アイロンや電気洗濯機、電気冷蔵庫や自動式電気釜、業務用電子レンジ、ルームエアコンなど、日本初となる生活家電を開発してきました。日本の高度経済成長を支えた東芝のモノづくりのDNAは、東芝ライフスタイルとして現代に引き継がれています。

 

KEYWORD:11000

東芝ライフスタイルを支える人々

ONE TEAM
受け継がれる「技術の東芝」プライド

「11000」という数字。これは、東芝ライフスタイルグループで働く人々の数です。かつて、さまざまな日本初を開発してきた「技術の東芝」のプライドを継承する人々がONE TEAMとなって、飽くなき挑戦を続けています。日本はもとより、世界中の製造・販売現場で、タイセツをカタチにして。

 

KEYWORD:7

きめ細かなサポート

Professionals
7つの専門会社

東芝ライフスタイルの国内グループ会社は7つ。そのうち2社は製造会社で、5社が販売・修理・各種ソリューション事業、小型音響機器事業などを手掛けています。東芝製品のバックアップも万全です。

 

KEYWORD:9

世界の東芝ライフスタイル

Globalization
アジアから世界へ発信

東芝ライフスタイルは、タイと中国にあわせて5つの製造工場と、ベトナム、マレーシア、タイ、香港に販売会社を展開しています。アジア9拠点から世界へ。グローバルな発信力はこうして生まれています。


Brand Statement Story

ブランド ステートメント ストーリー

私たちは、目まぐるしく変わり続ける時代に生きています。
女性はますます活躍の場を広げ、男性はより変化を求められる。
人々の生き方や、家族のあり方は、ますます多様化していくことでしょう。
しかし、どんなに世の中が変わっても、変わらないタイセツなものがあります。
それは、仕事や家事、育児でどんなに忙しくても、カタチにしたいタイセツな想いです。
おいしい食事で特別な時間にしたい、タイセツ。
お気に入りの場所で、心地よくくつろぎたい、タイセツ。
きれいに洗いあがった服で、家族に自信を持ってほしい、タイセツ。
食卓を、笑顔で満たしたい、タイセツ。
東芝ブランドを担う私たちすべては、お客さまをタイセツにし、
お客さま一人ひとりの生活におけるタイセツを意識する。
そして、お客さまそれぞれにとって素敵なくらしを届けられるよう、
人の想いに向き合い、取り組む日々の中で新たな価値をカタチにしていく。
一人ひとりが創造する価値を一つにし、東芝ライフスタイルグループは
細部までタイセツにした、家電というカタチでこたえていきます。
タイセツをカタチにしたいすべての人へ、タイセツをカタチにした家電を。

 

東芝ライフスタイルはこのストーリーから

タイセツを、カタチに。

というブランドタグラインを生み出しました。


Brand Statement for Everyone

東芝レッドスクエアとは?

レッドスクエア。これが東芝ライフスタイルのブランドシンボルです。

レッドは、東芝が長年使用しているコーポレートカラーであり、この赤いロゴは国内のみならず世界中で広く認知されています。赤に込めた想いは情熱やあたたかさ、活動的、リーダーシップ。長い歴史を誇る東芝ブランドとして培われてきたカラーを東芝ライフスタイルは継承していきます。

スクエアのデザインには歴史の中で受け継がれてきた実直さ、規律性、安心感、信頼感の意味が込められています。これまでも独創的な製品の開発を行い、生活家電の第一号機を数多く世に送り出してきた東芝。暮らしと密接に関わってきた歴史と共に、徹底的な管理の下での高品質なモノづくりは、国内はもとより、海外でも信頼性の高い日本ブランドとして評価されています。

シンプルでわかりやすく、一目で東芝ブランドとわかるレッドスクエア。これまで長年愛されてきた東芝の欧文ロゴと同様、未来をつむぐ東芝ライフスタイルのブランドシンボルとして社会に発信していきます。


Social Environment Activities

社会環境活動

環境経営の推進
● 環境への取り組みを、経営の最重要課題の一つとして位置づけ、経済と調和させた環境活動を推進します。
● グローバル企業として、事業活動を行う全ての地域でグループ一体となった環境経営を推進します。
● 環境に関する法令、自主基準などを遵守します。
● 事業活動、製品・サービスに関わる環境側面について、生物多様性を含む環境への影響を評価し、環境負荷の低減、汚染の防止などを推進します。
● 監査の実施や活動のレビューにより、環境経営の継続的な改善、レベルの向上を図ります。
● 経営者、従業員の環境意識を常に高め、全員で環境活動に取り組みます。

事業活動による環境への負荷低減
● 製品、事業プロセスの両面から地球資源の有効利用を促進し、積極的な環境施策を展開します。
● ライフサイクルを通して環境に配慮した製品・サービスを提供するため、省エネや省資源・リサイクル材活用・特定化学物質の削減などの環境配慮設計に積極的に取り組みます。設計から廃棄まで、すべての事業プロセスで環境負荷低減に取り組みます。

地球内企業として
● 環境経営を通じて、社会に貢献します。
● ステークホルダーとの相互理解の促進のため、積極的な情報開示を行います。

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