ウォレットアプリ「Kyash」や決済プラットフォーム「Kyash Direct」を展開するKyashは3月31日、シリーズCラウンドで約47億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
Kyashにとっては昨年7月に実施したシリーズBに続く調達で、本ラウンドを含めた累計調達額は約74億円となる。
今回興味深いのはリード投資家を務めたGoodwater CapitalとGreenspring Associatesを筆頭に、海外投資家が多く参画していること。具体的な投資家リストは以下の通りだが、既存投資家でもあるジャフコ以外は全て海外勢となった。
- Goodwater Capital(既存投資家 / 米国VC)
- Greenspring Associates(米国ヘッジファンド)
- Altos Ventures(米国VC)
- Greyhound Capital(英国グロースキャピタルファンド)
- Partech Partners(米国VC)
- Broadhaven Capital Partners(米国ヘッジファンド)
- Tekton Ventures(米国VC)
- ジャフコ(既存投資家)
- Rahul Mehta氏(DST Globalのマネージングパートナー)
Kyash代表取締役の鷹取真一氏によると、同社にとって今回の調達は「決済からその先を作っていく」ことを目的としたものだ。以前から鷹取氏が言及していたデジタルバンク(チャレンジャーバンク)への進化に向け、関連するライセンスの取得なども含めて体制や事業基盤を整えていくという。
新しくなった「Kyash Card」を発表
Kyashでは昨年7月のシリーズB以降、いくつかのアップデートを行ってきた。
個人向けのウォレットアプリ・Kyashでは10月より新たなインセンティブプログラム「Kyashポイント」の提供をスタートし、2020年2月からは新しくなった「Kyash Card」の申し込みも開始した。
概要発表時にも紹介した通りだが、Kyash CardではICチップを搭載して新たにサインレス決済やVisaタッチ決済にも対応。これまで以上にスムーズな決済体験を実現するとともに、1回の利用限度額(30万円)と1ヶ月の利用限度額(100万円)を従来のリアルカードから大きく拡張した。
鷹取氏いわく「(従来の)ライトなプリペイドカードから、カード事業者としてより深く決済事業に入り込んでいくフェーズに差し掛かっている」状況だ。
法人向けのKyash Directについても10月にサービスを始めた。これはKyashがウォレットアプリを通じて培ってきた決済技術を外部企業でも使えるようにする取り組みで、カード発行からプロセシング業務まで、決済に関わる一連のプロセスをAPIを通じてワンストップで提供する。
利用企業にとっては長期の開発期間と大規模な初期投資が必要とされてきた法人Visaカードを、スピーディーかつ低コストで発行できることが大きな特徴だ。この基盤を用いたサービスとして、経費精算サービスと一体となった法人プリペイドカード「Stapleカード」がすでに発行を開始している。
ペイメントからバンキングへの進化へ
鷹取氏の中ではこの2つのサービスをAmazonにおける「Amazon.comとAWS」のような関係性だと捉えていて、今後のKyashにおいても両サービスを軸に展開していく計画。ただ足元ではウォレットアプリの方が1つの大きな転換期を迎えつつあり、これから決済・送金アプリからチャレンジャーバンクへの進化に向けた動きもありそうだ。
「現時点で開示できる情報は限られるが、バンキング関連の準備が徐々に整ってきている。今までは決済および送金ができるペイメントサービスの色が強かったが、今後はそれを軸に周辺の金融サービスも含めて横断的に提供することを目指していく」(鷹取氏)
Kyashが狙っているのは、ローンの引き落としや貯蓄といったセービングアカウントではなく、日常生活での支払いなどで活用するチェッキングアカウントとしての役割だ。
海外ではこの2つが明確に分けられている場合が多いそうだが、日本では「銀行口座」として1つにまとめられている。まずは国内で利便性の高いチェッキングアカウントとして使えるように、関連する機能を準備していく計画だという。
「今でも1ヶ月、1週間で必要な金額をKyashにチャージして支払いに使っているユーザーも多く、管理のしやすさやお金の流れを見える化できる点に利便性を感じてもらえている。その体験をより口座に近い概念で提供できると、もっと便利に使ってもらえる感覚がある」(鷹取氏)
鷹取氏の言う「口座に近い概念」が実現すると何が変わるのか。たとえば、そもそもチャージしなくても使えるようになる。わかりやすく言えば、Kyash上で給料を受け取れるという話だ。
もちろん現行の日本の労働基準法では電子マネーでの給与支払いが認められていないため、法律が変わらない限りは実現できない。ただこれについては以前から議論が進んでおり、規制の見直しが期待されている分野でもある。
Kyashでは電子マネーでの給与支払いが解禁されることも見据え、解禁後に少しでも早く対応できるようにライセンスの取得や体制の強化を進めていくとのことだった。
特定のライセンスに関する言及はなかったものの、現時点で同社は資金移動業者として登録されていないため、仮に給料をアプリ上で受け取れるようになっても現金で引き出すことができない。資金移動業の取得は当然視野に入っているだろう。
デジタルバンクとして新たな市場を作るチャレンジ
今回同社が新たに資金調達を実施したのは、上述したようにデジタルバンク事業を推進することが大きな目的だ。本ラウンドでは複数の海外投資家が参加しているが、投資家からは既存事業のトラクションやプロダクト基盤なども踏まえた上で「海外のデジタルバンクと今後同じ軌道を辿っていけると期待してもらえた結果、投資に繋がった」という。
「海外では『Monzo』や『N26』など自分たちより数年先を行っているプレイヤーがいるが、各社はバンキングになったタイミングで一気に評価額を上げた。(デジタルバンクは)モバイルファーストの体験によってユーザーの利便性を上げているだけでなく、顧客獲得コストや管理コスト、収益構造なども従来の金融機関とは全く異なる」
「そこに業界を変革できる可能性があることを海外の投資家はいち早く目の当たりにしている。今回のラウンドではテクノロジーカンパニーがこの市場を変えていくと本気で信じている投資家に参画してもらえたことが自分たちにとっても大きい」(鷹取氏)
実際にGoodwater CapitalやGreyhound Capitalなど、すでに海外のチャレンジャーバンクへ出資している投資家が加わっているのも興味深いポイントだ(前者はMonzo、後者はRevolutに出資済み)。
チャレンジャーバンクに関しては欧米を中心にグローバルで複数のユニコーンが存在し、競争が激しくなってきている。一方でこの領域は法規制や既存事業者の状況など地域ごとでも大きく環境が異なるため、各地でローカルのプレイヤーが生まれやすい側面もある。少なくとも今回の投資家陣は、Kyashには日本で市場を作っていけるポテンシャルがあると考えているのだろう。
とはいえ日本の競争環境もシビアだ。昨年末の「ヤフーとLINEの統合合意」や「Origamiのメルカリグループ参画」のニュースは大きな注目を集めたが、変化のスピードが早い上に、豊富な資本力によるパワープレイの要素も大きく、スタートアップが単独で生き残っていくことは簡単ではない。
その点について鷹取氏は「国内の競争環境は当然無視できないものであり、ユーザー視点でも複数の選択肢が存在することは事実」としつつも、「他社サービスに勝つ・負けるということ以上に、日本の金融市場や社会において(デジタルバンクという)新しい市場を作っていけるかが最大の挑戦だ」と話す。
「自分たちの特徴はニュートラルで中立性が高いこと。何か別で本業のミッションがあるわけではなく、『ユーザーのファイナンシャルサクセスを実現すること』に注力して事業に取り組んでいるのはユニークなポジションだと考えている。新しい道を切り開き、市場を作っていけるようなリーディングプレイヤーを目指したい」(鷹取氏)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/03/31/kyash-fundraising-series-c/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:masumi ohsaki