【編集部注】本稿はSophia Wood(ソフィアウッド)氏による寄稿記事だ。同氏はMagma Partnersのベンチャーパートナーで、英語でラテンアメリカのテックニュースを配信するLatAm Listの共同創設者でもある。
コロナウィルスの影響に備え、世界中で都市と資本の動きがロックダウンされる中、ブラジルのスタートアップたちは今も変わらず国際的な注目を集めている。今月、3件の大型買収がラテンアメリカのテックニュースに大きく取り上げられた。いずれもこの地域で最大の国に起きたことだ。投資が徐々に衰えを見せる中、これらの買収によって、ラテンアメリカにおけるスタートアップのエコシステムの流動性がいくらか高まるのではという期待が生まれている。
今月の初め、ブラジルの不動産リーダーであるGrupo ZAPが、クラシファイド広告プラットフォームとして現地の不動産マーケットでの地位確立を目指すOLXブラジルに6億4000万ドル(688億3000万円)で買収された。この買収によってOLXは、4万件の代理店と個人から集まる1200万件以上のリスティング広告を同社の顧客に提供できる。
Grupo Zapは2017年12月、不動産レンタルプラットフォームのVivaRealと合併し、事実上国内最大の不動産ポータルとなった。それぞれのブランドは個別に運営されてきたが、合計で月間4000万件を超えるアクセス数があり、ブラジルの人々の賃貸物件や購入用不動産探しに利用されてきた。買収は現在ブラジルの独占禁止法当局(CADE)による調査中で、契約は年内に完了する見通しだ。
一方、Peixe Urbanoは、メキシコのGrinとブラジルのYellowが合併してできた代替モビリティ企業のGrow Mobilityを買収する意思を表明した。Peixeは、近年利益が伸び悩んでいたこの電動キックボードとバイクシェアのスタートアップ企業で株式の過半数を保有する予定だ。Grin Mobilityは2019年にRappiと有望なパートナーシップ契約を結んだものの、昨年2月に14都市から撤退した後、現在はブラジルの3大都市とラテンアメリカのいくつかの都市でのみ営業している。Grow Mobilityは2019年1月のGrinとYellowの合併時に1億5000万ドル(161億3000万円)の資金調達を行い、その時点では最も成長の速いスタートアップと目されていたが、今回の取引はスタートアップ投資家から見れば全くの回収不能案件であると噂されている。
また、スウェーデンのクラウド通信プラットフォームのSinch ABは、Movileの戦略的通信企業であるWavyを6830万ドル(3億5400万ブラジルレアル、73億5000万円)と同社の150万株以上の上場株式により買収すると発表した。Movileはブラジル最大のテック企業のひとつで、この地域のTencentを目指す通信企業である。Wavyはブラジル第2のメッセージングプロバイダーで、メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ、アルゼンチン、パラグアイにも事業を展開し、年間130億件以上のメッセージを中継している。Wavyは現在この地域の9つの拠点で260人以上を雇用しており、Sinchはこの買収でラテンアメリカ市場への参入を果たす。買収時点でWavyは年間200%の成長を示しており、今後数年にわたり新規事業で力強い成長を見せることを伺わせていた。
また、Movileは3月の最終週、新たにPatrick Hruby氏をCEOに迎えると発表した。Hruby氏の前任者であり1998年から共同創設者兼CEOを務めたFabricio Bloisi氏は取締役社長に就任し、引き続きiFoodのCEOを務める。Hruby氏はかつてMovileに客員起業家として招聘された5か月間の間にiFood、MovilePay、PlayKids、Sympla、Wavy、ZoopといったMovile傘下の企業と協力して事業を行ったことがある。Movileはブラジルでも知名度の低いユニコーン企業のひとつだが、10億人を超える人々にインパクトを与えることを目標に、この地域にモバイル帝国を着々と築いている。
Credijustoが1億ドルを調達し困窮するSMEを支援
メキシコの信用供与サービスプロバイダーのCredijustoは3月中旬、新型コロナウイルスにより経済的な影響を受けた中小企業向けの融資を行いスタートアップを支援するために、クレディ・スイスから1億ドル(107億6000万円)の借り入れを行ったと発表した。メキシコの中小企業はすでに銀行からの資金調達にアクセスできず苦しんでおり、また目下の経済見通しから金融機関が当面の間は高リスクの投資を見合わせる可能性がある。
一方で、この貸し渋りがCredijustoの商品である中小企業向けオンラインローンへの興味を湧き上がらせた。このスタートアップはリスクと金利を迅速に計算するアルゴリズムを使い、金融不安に直面している中小企業にとって極めて重要な流動性を提供する。また、Credijustoは近頃、2019年9月のシリーズBラウンドでゴールドマン・サックスとPoint72 Venturesから調達した4200万ドル(45億2000万円)以外にも、ゴールドマンから1億ドルの資金調達を行っている。
CornershopとiFoodが新型コロナウイルスの影響によるデリバリー需要に対応
アメリカでは、InstacartとAmazonが急増するデリバリー注文の需要に必死に応える一方で、ラテンアメリカではデリバリー大手のCornershopとiFoodが同様の課題に直面している。メキシコとチリでデリバリーアプリを運営するCornershopは昨年4億5000万ドル(484億円)でUberに買収されたが、前例のないオーダー量に直面しながらも運転資金が残すところ9か月であることを明らかにした。
大規模な買収であるものの、Cornershopのケースは現在もメキシコの独占禁止法当局(COFECE)による調査中だ。COFECEは以前WalmartがCornershopに提示した2億2500万ドル(242億円)の買収オファーを阻止したことがある。Cornershopの共同創設者でCEOのOskar Hjertonsson氏は、コロナウイルスの懸念から食料品デリバリー需要が急増する中で同社が直面している課題をTwitterでシェアした。同氏によれば、食料品デリバリーは厳しい隔離措置が取られている多数の地域で今や不可欠なサービスになったものの、買収の行方が不透明なままで、Cornershopは現在の需要に応えるだけの資力がないとのことだ。
メキシコの2つの規制当局がこのケースの管轄権を争っており、6か月が経過したが未だ解決していない。Cornershopは2018年6月のWalmartによる最初の買収話以来、メキシコ当局に翻弄されている。ヤトンソン氏はTwitterで、資金化の機会を得てロックダウン中の数百万人にのぼるラテンアメリカの人々を支援するため、またデリバリースタッフを守るのに必要な資金を招き入れるために、至急判断を進めるようメキシコ当局に対し強く求めた。
時を同じくして、ブラジルの食品デリバリーの最大手企業であるiFoodは、小規模のレストランが新型コロナウイルスによる経済の混乱を生き延びられるよう支援を行うファンドを立ち上げると発表した。多くのレストランはわずかな利益率で日々をしのいでいるため、食品業界はこのパンデミックで最も大きな打撃を受けている業界のひとつである。この状況に立ち向かうべく、iFoodは980万ドル(10億5000万円)のファンドを設立してiFoodネットワークの小規模レストランをサポートする。
また、同社は小規模業者が追加の費用負担なしで7日以内に支払を受けられるよう、4月と5月の支払処理を急ぐと発表した。この方法でさらに1億1700万ドル(125億8000万円)がブラジルのレストラン市場に投入される。最終的にiFoodは同社のレストランパートナーに対し、コロナウイルスが流行した期間中のデリバリー料金を全額返金することで支援しようとしている。この期間を生き抜くためにレストランはデリバリー注文に依存する必要があるという事実を踏まえ、iFoodはこれらの措置をブラジルの1000都市にある12万店以上のレストランパートナーに拡大した。
ニュースとメモ:Vai.Car、ClassPass、Superlogica、NotCo
COVID-19にまつわる公衆衛生と経済の懸念にも関わらず、ラテンアメリカのスタートアップエコシステムは今月も活況で、国内や海外の企業から同じように大規模ラウンドを実施するスタートアップがある。ブラジルの自動車レンタルスタートアップのVai.carは、2019年にIPOを達成したブラジルの投資プラットフォームのXP Investimentosから8500万ドル(91億4000万円)を調達した。このスタートアップは若者市場をターゲットに中期の自動車レンタルを行う。自動車はユーザーの自宅に届き、ロック解除には顔認証テクノロジーが使われている。また、Vai.carはUberと99ともパートナーシップを締結し、保有する2万5000台以上の自動車にドライバーがアクセスできるようにする。
アメリカのジムシェアリングプラットフォームのClasspassは今月、チリのMuvpassとアルゼンチンのClickypassを買収し、ラテンアメリカへの積極的な事業展開を見せた。これらのプラットフォームはClasspassと同じように機能し、ユーザーは国内のジムやフィットネス教室のネットワークにアクセスできる。Classpassは2019年12月にブラジルにローンチし、2020年の初めのシリーズEで2億8500万ドル(306億5000万円)を調達して2020年代最初のユニコーンとなった。
ブラジルの支払管理プラットフォームのSuperlogicaは、3月中旬にWarburg Pincusから6350万ドル(68億3000万円)の資金調達ラウンドを行った。Superlogicaは人工知能によるサブスクリプションモデルで企業の定期的な支払いの管理を支援する。このスタートアップは現在、同国の4万5000件を超える賃貸物件の顧客にサービスを提供している。
チリのプラントベースフードテックのスタートアップ企業であるThe Not CompanyはBurger Kingとのパートナーシップ契約を締結し、アメリカ国内でビーガン向け食品の開発を行うと発表した。「RebelWhopper」は植物由来の肉と、チリでは瞬く間にどの家庭でもおなじみの商品になったNotCoの代表作で動物性製品不使用のマヨネーズ「NotMayo」を使用している。The Not Companyは、2019年にBezos Venturesと他の投資家から3000万ドル(32億3000万円)を調達し、昨年はアルゼンチンとブラジルに迅速に事業展開した。
新型コロナウイルスが世界中のあらゆる国で流行し、この6週間は経済と国際関係についての世界的な不確実性が際立っていた。しかしながら、ラテンアメリカへの取引の流れは3月も引き続き力強く、特にブラジルでは、パンデミックの拡大防止に向けたロックダウンを拒否している中にあっても大規模な取引といくつかの買収があった。特筆すべきことだが、移動制限が課されるなか、今月の多くの取引は外国のVC主導で行われ、投資家が移動することなく資金を支出している。このことから、この地域のフィードバックループの迅速さが伺われる。
この先、世界的にも何がニューノーマルになるかを現時点で予想するのは難しい。特にラテンアメリカのベンチャーとテック企業に関してはなおのことだ。ほとんどすべての国が国境を閉ざし、ある国々では他の国々よりもいっそう強権的な手段を使い、多くの国々が何らかのレベルの隔離措置を取りながらパンデミックが過ぎ去るのを待っている。近隣諸国がビジネスを停止させる中で、この地域で最大の経済規模を持つメキシコとブラジルだけは頑なに自国の都市を普段どおり機能させ、市民にバーやレストランや美術館に行くようにさえ勧めている。この判断が将来、この地域のスタートアップ企業と投資に、また市民生活と政治の安定にどのように影響するかは、いずれ時間が経てば明らかになるだろう。
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(翻訳:Dragonfly)