100万ユーロの資金を調達した
Astro Slide 5G Transformer
2020年3月30日、イギリスのスタートアップであるPlanet Computersはクラウドファンディングで新型スマホ「Astro Slide 5G Transformer」の資金調達を開始した。期間は40日で、目標金額は18万ユーロ(約2300万円)。キャンペーン開始後4時間でその金額を早々とクリアすると、終わってみれば全世界から1979名、104万7364ユーロ(約1億3000万円)を集めることに成功した。キーボード付きスマホを求めるユーザーが世界中にまだまだいることを証明したのである。
Astro Slide 5G Transformerの定価は819ユーロ(約10万1000円)だが、クラウドファンディングでの早期応募では4割引きの491ユーロ(6万7000円)で提供された。Astro Slide 5G Transformerは5Gに対応するスマホだけに、この割引価格はかなり安いと言える。しかし製品の発送は2021年の3月、つまり応募しても1年以上も先になるのだ。それでも世界中から2000名弱の出資者が集まるほど人気となった。
Astro Slide 5G Transformerは6.53インチの大型ディスプレイを搭載、見た目は普通のスマホに見えるがディスプレイをスライドさせて立ち上げることで超小型のノートPCスタイルとして使うことができる。このスライドギミックは「RockUpスライドヒンジ」と呼ばれ、スムースな開閉作業ができるという。キーボードは指先でしっかり押せる大きさを保ちバックライトも内蔵。カメラは4800万画素、バッテリーは4000mAhだ。スマホの心臓部となるチップセット(SoC)はメディアテック製の低価格かつハイスペックなDimensity 1000を採用する。
実はPlanet Computersによるキーボード付きスマホはこれが3機種目となる。いずれの製品もクラウドファンディングで資金調達を行っており、2017年の「Gemini PDA」は目標金額に対して1200%、2018年の「Cosmo Communicator」は1080%とどちらも驚異的な金額を集めた。キーボード付きスマホの代名詞だったブラックベリーは事実上撤退してしまったが、Planet Computersが定期的に新製品を出してくれることで、全世界のキーボード付きスマホマニアたちは難民化から逃れることができたのだ。
手のひらの上で動くモバイルPC
キーボード端末の名機を復活
2016年創業のPlanet Computersは、スマホを手掛けるスタートアップとしてはまだ若い企業だ。しかし創業メンバーたちの経歴は長く、そのルーツを遡ると1990年代にたどり着く。
まだ世の中にはスマホは存在せず、携帯電話が電話をかける道具だったころ、ビジネスパーソンを中心に利用されたモバイルツールはPDA(Personal Digital Assistant)と呼ばれる製品だった。PDAは今のスマホの通信機能の無いような製品だ。その頃のノートPCはバッテリーが数時間しか使えず、外出先でも長時間使うことは難しかった。PDAはバッテリー駆動で1日以上使え、どこにでも持ち出して使えるモバイルPCとして専業メーカーからPCメーカーまで多くの企業が多数の製品を投入していた。
その中でもアメリカのPalm(パーム)と並んで人気があったのがイギリスのPsion(サイオン)だ。Psionは本体を折りたたむクラムシェル型のPDA「Psion Series 3」を1993年に発売、1997年にはノートPC同様に窪みのあるキーボードを搭載した「Psion Series 5」を投入した。このSeries 5のキーボードは本格的なタッチタイプが可能であり、「ペンを使った手書きならPalm、キーボードによる高速入力派はPsion」と、PDA市場の人気を二分していったのだ。
Psion Series 5は派生モデルが生まれるほど人気となり、「持ち運べるPC」として使える点に目を付けた通信企業の大手、エリクソンがOEM供給を受け自社ブランド製品も出したほど。エリクソンの携帯電話に赤外線アダプターを付けて外出先でもデータ通信を可能にした。Psionもクレジットカードサイズの通信モデム用アダプタを出してモバイルワークを推進するなど、1990年代後半はPDAも外出先でメールやWEBを利用できる時代になっていった。
Psion Series 5は本体のちょっとしたギミックにもこだわりを持っていた。ディスプレイを開くとキーボードが前にせり出し、机の上に置いた時に打ちやすいように傾斜するのだ。他社からも類似デザインのPDAは多数登場したが、文字入力の快適性でPsion Series 5に勝る製品は皆無と言えた。傾斜したディスプレイからキーボードに連なる外観デザインもエレガントであり、見た目にもこだわった仕上げとなっている。なおディスプレイは手書きもできるようにスタイラスペンが付属していたが、落としても転がってしまわないように断面は三角形で、指先がフィットしやすいデザインになっている。
ちなみにPsionが開発したモバイルOS「EPOC」はその後ノキア、エリクソン、モトローラと合同で別会社が設立され、「Symbian OS」となり各社が採用を進めた。ノキアはこのSymbian OSを採用したキーボード付きスマホ「Nokia 9210 Communicator」を2000年に発売し、ビジネスモバイルコミュニケーターとして製品をシリーズ化した。すなわちこれはPsion Series 5をスマホ化した製品でもあったのだ。そしてSymbian OSはiPhoneが登場するまでスマホのOSとして絶対的な存在感を誇るほどの存在だった。
一方PisonのPDAは1999年に「Psion Revo」を出すが、その後市場は本格的なスマホ時代となり、通信機能を持たないPDAは衰退してしまったのだった。なおPsionは他社を買収し現在はPsion Teklogix社となっている。
Planet ComputersのメンバーはこのPsionのPDAを作り続けた男たちなのである。通信回線の高速化とクラウドサービスの普及により、「手のひらの上で使えるスモールコンピューター」は夢ではなく現実の製品となった。しかし市場にあるスマホはどれもタッチパネルだけを備えた製品であり、キーボードを使った長文入力には向いていない。またキーボード付きスマホの代名詞だったブラックベリーでさえも、ノートPCのようにストレスなく文字入力をするのは難しい。Planet ComputersのスマホはPsionのPDAをスマホ化し、快適に使えるキーボードを搭載した真のモバイルPCなのだ。
Planet Computersの過去の製品を振り返ると、初代モデル「Gemini PDA」はPsion時代の「PDA」という名前を冠している。また2機種目となる「Cosmo Communicator」はノキアのCommunicatorと同じ名前であり、PDAに通信機能を内蔵したキーボード付きスマホとして世の中に君臨した同製品に敬意を示してつけられたと思われる。そして最新モデルの「Astro Slide 5G Transformer」は本体ギミックであるSlideと、変形する新世代の製品としてTransformerという名前を付けたのだろう。Planet Computersが送り出すキーボード付きスマートフォンには、それぞれの製品に対する熱い想いが込められているのである。
新しい世界観の時代がやってくる
キーボード付きスマホは最適だ
スマホのサイズが大型化したことにより、スマホの文字入力も大きいディスプレイに表示されるソフトウェアキーボードを使い快適に行える。しかし文字を打つたびにキーボードが表示エリアを覆ってしまう。メッセージなど短い文章を打つ時には気にもならないだろうが、長文を入力するときはキーボードの領域が邪魔になってしまうと感じる人もいるだろう。
フリック入力や音声入力で長文が打てる人もいるが、原稿やブログを書くときは頭で思考しながら文字を打つ。ディスプレイに余計なものは表示されないほうが思考も遮られない。ただ単に文字を打つのではなく、「文章を推敲し、それを自分の表現として文字にする」ためには、キーボードの優位性は今でも高い。カフェで景色を見ながらふと思いついた文章を書き留める、そんな時にテーブルの上に置いたAstro Slide 5G Transformerのキーボードの上で指先を走らせれば、頭の中で言葉にできなかった想いも文字にすることができるだろう。
もちろんビジネスツールとしてもAstro Slide 5G Transformerは優秀だ。キーボードを引き出せばディスプレイ全体にスプレッドシートやプレゼン資料を表示しながら文字入力もできる。さらにオンライン会議をするときもスマホをスタンドに立てる必要もなく、ディスプレイを見ながらビデオに参加できる。これからの時代のオフィスワークに最適な製品と言えるだろう。
プライベート利用でもYouTubeの動画を見たり、ライブ配信を見ながらチャットに参加することも簡単だ。自らライブ配信するときも使いやすい。クリエイティブツールでありビジネスユースに最適で、さらにプライベートでも活躍する。Astro Slide 5G Transformerはキーボード付きスマホと思いきや、新型コロナウィルス後の新時代を見据えた新世代スマホと呼んでも過言ではないだろう。
- Original:https://www.digimonostation.jp/0000125175/
- Source:デジモノステーション
- Author:山根康宏