【編集部注】本稿は米国スタートアップやテクノロジー、ビジネスに関する話題を解説する ポッドキャスト「Off Topic」が投稿したnote記事の転載だ。
こんにちは、草野美木(@mikirepo)です。
2019年7月にニュースレターサービス「Substack」(サブスタック)がAndreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)から1530万ドル(約16億5000万円)のシリーズA調達を実施しました。
Substackをはじめとする、個人をエンパワーメントするプロダクトが人気を集めています。今回は、パーソナルメディアをテーマに話をしたいと思います。
エンジニアとジャーナリストが作った Substack
Substackは、メッセンジャーアプリ Kikの元創業者兼CTOだったChris Best(クリス・ベスト)さん、Kikのエディトリアルアドバイザーであり、ジャーナリストだったHamish McKenzie(ハミッシュ・マッケンジー)さん、同じくKikのデベロッパーだったJairaj Sethi(ジャライジ・セティ)さんの3人で創業しました(FORTUNE記事)。
2017年に有料ニュースレターの企業を設立し、ポッドキャストなどの配信することができます。サービス全体の有料購読者数は10万人(未訳記事)に突破。また、新型コロナウィルスの影響で6月のインタビューでは最初の3カ月で読者とライター数は2倍、収益も60%増になったそう!(protocol記事)。私自身、SNSのタイムライン上でも、元アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーのLi Jin(リ・ジン)さん(C向けサービスに凄い詳しい)や元TechCrunch記者のJosh Constine(ジョシュ・コンスティン)さんなど、業界の有名人もSubstackを始めている人がとても多い印象です。
読者との強いつながりとプロダクトのシンプルさ
これまでの個人メディアサービスとの大きな違い点は、読者と直接繋がっているということ。別の言い方をすると、独自のコミュニティを作れるということです。また、プロダクトが超シンプルというのも人気の理由。
サービスのUIも、とても洗練されていて機能を絞り、誰でも使いやすいデザインになっています。ライターへの収益モデルもわかりやすく、有料ニュースレターの10%の手数料。一方Mediumの場合だと、パートナープログラムという月額5ドルで限定記事を無制限で読むことができる、ライターの収益はクラップ(いいね)などエンゲージメントで決まります。最近は、Mediumでもニュースレター機能が追加されるなど、Substackの成長を意識している証拠。
また、Substackは、これまでのブログとRSSの関係と比較されることがあります。そこでの違いは、直接読者を抱えることによって、ニュースアグリゲーターに制御されずにコンテンツを配信することです。RSSサービスの中でも特に人気だったGoogle Readerが2013年にサービス終了し、そこから流入を集めていたブロガーやニュースメディアは、多くの読者を失いました。
ファンを生むニッチで奥が深いコンテンツ
昨年、元アンドリーセン・ホロウィッツのLi Jinさんが提唱しているパッションエコノミーの記事でもSubstackについて述べていました。個人でサービス提供し、発信する。個人であることが強みであり、それをサポートするツールである。パッションを持ったライターやジャーナリストが使う。Substackで人気を集めているトップのニュースレターは、気候変動、政治資金の話、スポーツなど、ニッチでありながら、奥が深いコンテンツが多い。
いま現在、最も購読者数のいる有料ニュースレターである「The Dispatch」は、今年の3月時点で1万人(無料では6万人)ほどと言われています(未訳記事)。毎月10ドルの購読料なので、単純計算で年間収益は、100万ドルを超えています。元保守系政治メディアWeekly Standardの編集長だったステファン・ヘイズが立ち上げ、現在は8名のフルタイムメンバーで運営。さらにThe Dispatchを会社として約6億円の資金調達を実施しているなどひとつの企業が生まれています。その次に人気のニュースレター「Sinocism by Bill Bishop」は、中国に関連するコンテンツを配信している。
ほかにも、毎週おすすめの音楽を届けるニュースレターもある。「Flow State」では、仕事中に最適な2時間の音楽を選曲してくれ、アーティストや曲の紹介してくれるニュースレターだ。有料購読者になれば、プライベートプレイリストとポッドキャストミックスが聴くことができる。
クリエイターエンパワーメント企業としてのSubstack
Substackでは、独立したライターやジャーナリストを支援するために、「Substack フェローシップ」というプログラムを行っています。このプログラムは、ニュースレターの質を向上させるために奨学金と3ヶ月のメンターシップサポートを受けられるというもの。
また、最近では新型コロナウィルスの影響で、経済的困難に直面しているユーザーに対して約1,000万円の助成金を寄付することを発表しました。Substackは、単なるニュースレターサービスではなく、ライターやジャーナリストを支援し、成長させるクリエイターエンパワーメント企業としての姿勢が書き手からの信頼に繋がっているのだと思います。
パーソナルメディア増加でバンドル化が増える?
ニュースレターを購読することに慣れると、受信箱がいっぱいになり購読しまくってくることに気づく。有料のものだったらなおさら整理したくなる。人気ニュースレター「Divinations」と「Superorganizers」はバンドル化の販売をスタート。
Divinationsは、元ProductHunt、Substack(!)のネイサン・バスチェスさんが立ち上げたプロダクト戦略系ニュースレター(月額約2,000円)。Superorganizersは、起業家であり投資家でもあるダン・シッパーのスタートアップビジネスニュース(月額2000円)。この2つのニュースレターを組み合わせて、月1,600円で提供している。バンドル化することによって、ニュースレターの激しい購読者競争を避け、お互いの購読者を増やすことができる。バンドルの機能は、Substackで提供はされておらず、ユーザーが独自にやっている。
アプリでも、同じ動きがある。「Stoop」は、ニュースレター専用のRSSアプリ。
Stoopに登録すると、独自のメールアドレスを発行され、アプリ上でそのアドレスを使ってニュースレターが登録できる。自分のメールアドレスを使わないので、受信箱がいっぱいになることもないし、購読解除も1タップでおわり。こういったニュースレターまとめアプリは、作っている会社は多く、FeedlyもニュースレターRSSを開発中らしい(@santoshsankar投稿)。ほかにも気になる人はListoryやSlickもチェックしてみてください。
次世代のジャーナリストとは?
2019年のメディア企業のレイオフのニュースはとても多く、BuzzFeedやVice Media、CBCなど約7,800人が職を失いました(Business Insider記事)。新型コロナウィルスのパンデミックより、さらにこの流れは加速しました。
先月、Substackの共同創業者のハミッシュ・マッケンジーさんが「What’s next for journalists?」(ジャーナリストの次はなにか?)というブログを投稿しました。彼の投稿の中で、熱く語っていたことは、優秀なジャーナリストがたくさんいるにもかかわらず、壊滅的なビジネスモデルにより大量解雇など大きな損失を生んでいると。また、米国での大手新聞メディアの倒産や合併によりローカルメディアの衰退は明らかです。メディア業界の大量解雇の一番の要因のひとつは多くのメディアのマネタイズが広告モデルであること。GoogleやFacebookなどの大手プラットフォームの広告ビジネスからは抜け出せない状況が続いています。Substackは広告に頼らず、他のプラットフォームに依存しないジャーナリストのためのプロダクトを作りました。
実際に、ギズモードが運営するメディアSplinterに所属していたライターは、パンデミックの影響で仕事を辞め、Substackでインディペンデントのメディア「Discourse Blog」を設立。他にも、スポーツメディアのSBNationで働いていたライター達も独自でSubstackに「Let’s Go Warriors」をスタートさせました。
今後について、Substack上にあるニュースレター同士のコミュニケーションはないが、これからSubstackというネットワークに組み込むことを目指しているとも述べていました。キュレーション化やコミュニティ機能のようなものが増えるのかもしれません。最近では、Substackは、招待者限定のニュースレター機能「プライベートモード」を追加されました。
進化するメールクライアント
補足として、SuperhumanやSpike、最近リリースされたBasecamp社のHeyのようなメールクライアントサービスの進化という背景もニュースレターサービスの台頭に大きく影響していると思います。Heyは、プロジェクト管理ツールのBasecampが作ったアプリ。Heyの機能のひとつに、受信箱と別に「The Feed」というニュースレター専用のトレイを用意しており、ニュースレターの存在が大きいことがわかります。
Gmailでも、EメールのAMP化対応を開始し、よりリッチなニュースレターを作ることが可能に。Substackのようなニュースレターサービスではまだ対応していないが、今後ダイナミックなコンテンツを作ることも可能になるのかもしれません。
ファンコミュニティと直接繋がる時代に
Substackと同様に、ダイレクトに読者やファンと繋がるツールとして、「Community」というサービスがあります。Communityは、有名人やインフルエンサーから直接SMSが送られくるサービスで、投資家でもあるアシュトン・カッチャーを筆頭に、ポール・マッカトニーやDJのマシュメロ、ゲーム実況のNinjaなども利用しています。TwitterやInstagramよりも親密でクローズドなコミュニケーションができるのが特徴。
さらに言えば、広告やアルゴリズムにも依存せず、よりピュアなファンとのやり取りができると共に、ユーザー属性を細かく理解できるのも大きな特徴です。年齢や場所別に特定のグループにターゲティングしたメッセージを送る事ができます。
有名人やインフルエンサーのユーザーは、FastCompanyによると約500人(今年1月時点)が登録しており、数万人のウェイティングリストで待っており、テキストメッセージを受信しているファンユーザーの数は数百万人以上。しかし、こういったSMSで(テキストベース)のコミュニティの弱点は、米国外のファン層には届きづらい事。日本はもちろん、他国では、LINEやカカオトークなどメッセージアプリを利用していることが多く、SMSはあまり浸透していません。
人気バンドのジョナス・ブラザーズは、昨年9月に行われたコンサート中に、終了後のシークレットライブの告知をCommunityでメッセージを送りました。他にも、OneRepublicのコンサートでは、ライブでCommunityの電話番号を告知し、約2,000人のファンが登録。これにより、ファンの年齢層や場所を把握し、コンサートのグッズや特別グッズなど直接販売することが可能に。
最近では、有名人やセレブリティからビデオが頼めるサービス「Cameo」でも10分間のZoom通話ができるようになりました。ちなみで、サイトの予約数は過去2ヶ月で800%増加、参加するセレブリティの人数は6倍になったそう(W Magazine記事)。
面白い事例では、米国で有名なアレクサンドリア・オカシオコルテス議員がどうぶつの森で支持者の島に遊びに行き、サインをしたり、コミュニケーションを取るというイベントがありました。
さまざまなツールやメディアを通して、ファンやユーザーとの直接交流・関係構築することがさらに加速しはじめています。
その背景には、個人が力を持つようになり、今までのような個人と組織の関係が曖昧になってきていることが理由にあります。これまで有名人やセレブリティと呼ばれていた人とインターネットや若者の世界で活躍するインフルエンサーの影響力や活躍の場も境目がなくなっています。ライターやジャーナリストもメディア企業に所属しなくても(もしくは普通の会社員でも)Substackで面白い記事を書けば、記事を公開・収益化することができます。また、B向けのプロダクトでも似たような現象が起きていて、「プロシューマライゼーション(消費者のプロ化)」がトレンドで、コンシューマーとビジネスの差がさらに曖昧になっています。具体的には、Superhumanや Notionなど。これについては過去のポッドキャストでも話をしたのでぜひこちらもお聴きください!今後も個人の発信やコミュニティ作り、収益化作りなどのサービスがさらに増えそうです。
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/06/22/substack/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Hiro Yoshida