本稿を執筆したRachel Sheppard(レイチェル・シェパード)氏は、世界中でプレシード・アクセラレータ投資を行うFounder Institute(ファウンダー・インスティテュート)のグローバルマーケティング部門ディレクターだ。
—
どんな災厄でも、一番悲惨な影響を受けるのはすでに社会の主流から取り残された人々だ。だから、新型コロナウイルス感染症によるロックダウン(都市封鎖)の中で、雇用や事業経営に関して、女性や民族的少数派の市民が他の誰よりも深刻な影響を受けていることも驚くにはあたらない。
今年4月、米国の女性失業率は15.5%に跳ね上がった。これは、男性に比べて2.5%も多い数字である。また、アフリカ系市民とラテンアメリカ系市民の失業率は白人よりも高く、ラテンアメリカ系市民の失業率は過去最高の18.9%に達した。
女性たち―特に社会的に不利な条件下で生活する女性たち―はコロナ禍の中、自宅で介護や看護など家族を世話する責任を一手に担うことになる。そのため、職場では解雇の対象になりやすい。同時に、雇用の確保が危機に瀕している今、過小評価されている従業員の多くはこれまでよりさらに会社から軽視されていると感じることになるかもしれない。
ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包含性)が現在の状態まで推進されるに至るには、多くの苦労があった。ゆっくりと、だが確実に、ダイバーシティとインクルージョンがどの企業でも目に見えて重視されるようになってきたのだ。しかしコロナ禍により世界中の企業が窮地に立たされ、ダイバーシティとインクルージョン(D&I)推進の取り組みが後回しにされた結果、これまでの成果が危うく台無しになりそうになった。ジョージ・フロイド氏殺人事件とそれに続く抗議活動がD&Iの取り組みを大々的に再燃させたが、この勢いと決意を今後も長い期間にわたって確実に維持していくために、我々スタートアップ経営者はどうしたらよいのだろうか。
今回の衝撃的な出来事によって、ダイバーシティ推進がお飾りや企業アピールの手段ではなく、従業員1人ひとりが送る毎日の生活と切り離せない重要な要素であることをビジネス界全体が認識するようになるだろう。昨今は、消費者も、あなたと同じ職場で働く従業員たちも、社会的課題に対する意識の高い会社を求めている。だからこそスタートアップとしてバランスの取れた企業になるには、D&I推進に取り組むことが絶対に必要なのである。これは、より大規模に経済を復興させるためにも欠かせない。新型コロナウイルスとの戦いに際してD&Iの維持と改善をなおざりにすると、平等性の実現を目指す取り組みにおいて何年分も後退するばかりでなく、社会全体として力を合わせてこの動乱の時代を無事に乗り切る可能性を低下させてしまう。
D&I推進なくしてビジネス存続なし
今後、ほとんどのスタートアップが存続していくだけで精いっぱいになるのは仕方がないことだと思う。しかし、D&I推進を自社にとって不要不急の課題として脇に押しやるべきではない。不要不急どころか、その正反対の位置づけとすべきだ。ダイバーシティが優れていることは、業績も優れていることを示す指標となることが知られており、不景気の中でも成長していく可能性を高めることにもつながる。
ダイバーシティにより社内でイノベーションが促進されるという話はよく聞く。今、それがいかに重要であるかを考えてみてほしい。前代未聞の危機に直面している今、賢明なロックダウン戦略を見つけ出すには、さまざまな知見や解決策を比較検討することが欠かせない。我々ビジネスリーダーは、世界の現状がどうなっているのかを知る必要がある。そして、それを知るには、あらゆる背景の人々が何を経験しているかを理解しなければならない。
また、現在の行動が長期的に及ぼす影響も無視するわけにはいかない。存続のために会社の理念を犠牲にしてはならないのである。今、ダイバーシティを犠牲にするとどうなるのだろうか。当面の間は従業員をつなぎ留めることができるかもしれないが、それは単に彼らが失業を恐れているからにすぎない。実際は、経営者に対する従業員の信頼が損なわれ、労働市場が改善した暁には、彼らはいとも簡単に会社を辞めていくだろう。同じことは顧客にも当てはまる。今回の危機により、世間はパーパス・ドリブン型(社会課題解決を志向した経営を実践している)かつダイバーシティを実践している企業をこれまで以上にサポートするようになっている。そのため、これらの価値観を実践しない企業は取り残されていくことだろう。
雇用を増やせなくてもD&Iは推進できる
では、まだ慣れないこの新しい日常の中で、スタートアップはどのようにダイバーシティ推進に優先的に取り組み続けることができるのだろうか。確かに、これ以上雇用を増やすことはできないかもしれない。しかし、ダイバーシティを推進するには他にも方法がある。よい機会なので、ここで少し時間を取って社内の文化について見直してみよう。同僚の自宅の様子が垣間見えたり、仕事に影響する個人的な問題や、逆にプライベートに影響を及ぼす仕事上の問題について耳にしたりなど、コロナ禍により我々は自社のビジネスを違う角度から見ることを余儀なくされている。まずは、会社の文化が従業員の問題の原因にならないようにしよう。
経営者は近づきやすい存在でなければならない。中には自分が抱える問題について経営者に話すのを恐れる従業員もいる。あなたは経営者として、従業員の士気が大幅に下がっているのに何の改善策も実行できずにいるだろうか。もしそうなら、職場の雰囲気をより開放的で、誰もが参加しやすいフレンドリーなものにする必要がある。これは単にZoomで朝のコーヒータイムを一緒に過ごして楽しく会話するとか、終業後にお互い知り合う時間を設けるとかいうことではない。自分の心配事を意見として表明する従業員が何らかの煽りを食うような仕組みを社内から一掃する、意見を遠慮なく言うよう従業員に促す、上級管理職だけではなく、チーム内のどのメンバーについても、ミーティングに出席しているどの参加者についても、その貢献度を認めるという意味だ。
ロックダウンが実施された結果、多くの人がリモートで効果的に働けるということが証明された。これを今後、自宅がオフィスから遠い従業員や、子どもや高齢の親族を世話しなければならない従業員が成功するチャンスを広げるために活用できないだろうか。多くの企業の人事部では今、新規雇用を見送っていることだろう。その代わり人事部には、個々の従業員が成功できるよう、各スタッフが抱える独特の問題を見きわめて解決することに注力してもらうのはどうだろうか(こうした仕事にフルタイム社員を1人、担当者として割り当てることも検討できるかもしれない)。
このような取り組みは、過小評価されている従業員(多くの場合、職場環境について同僚よりも気苦労が多い)にとって今も、これからも居心地のよい会社を作るのに欠かせない。また、そのような従業員が成長しても、ずっと働き続けたいと思うような会社にするのにも役立つ。さらに、将来的により多様性のある従業員プールを確保することにもつながる。
雇用を増やせる場合は、より多様性のある求職者を引きつけるのに革新的なソリューションがある。Joonko(ジューンコ)が提供するテクノロジーは、募集企業側の応募者トラッキングシステムに統合でき、過小評価されている人材の中から候補者を見つけやすいようにしてくれる。Pitch.Me(ピッチミー)では、偏見を防ぐため、経験とスキルに関する情報のみが記載された匿名プロフィールが提供される。このプロフィールには、性別、年齢、民族的な背景に関する情報は掲載されていない。DiTal(ディタル)などのように、テック企業と多様性に富んだ候補者とのマッチングを行うサービスを提供している企業もある。
社内における成功の尺度を見直す
コロナ以前、あなたの会社のKPI(主要業績評価指標)は営業担当1人あたりの売上や週あたりのリード獲得件数だったかもしれない。現在、そのようなノルマは今、非現実的であるばかりでなく、より重要なこととして、同僚と比べて手持ちの時間が少ない従業員―家族を世話する責任を担う人(多くの場合は女性)や可処分所得が少ない人―にとっては、達成することが非常に困難になる。また、統計によると、民族的少数派に属する人の方がコロナウイルスの影響を受ける可能性が高い。
経営者は、他の人より時間や資金が少ない従業員でも仕事で目標を達成できるような労働環境を整えなければならない。最も価値のある仕事のうち80%に、チームが持つ時間の20%が費やされているという話をよく聞く。であれば、スタッフが自分の持つ力のほぼすべてをその貴重な20%のエネルギーとして費やせるようにしよう。また、会社としての短期的な目標を見直す新たなビジネスプランを作成し、その目標を絶対に達成するための新しいメトリクスを設定しよう。そのことが、共に働く仲間1人ひとりが困難に直面しても目標の達成に向けてやる気を日々維持していくためにどれだけ重要か考えてみてほしい。さらに、従業員の福祉に配慮して柔軟性を示すことは称賛に値する特質であり、簡単に忘れ去られることはない。
ここで重要なことが1つある。各従業員が成功できるよう助けるということは、そうするために必要なリソースを各々に支給するということである。例えば相応の性能を備えたノートパソコンや他のデバイス、高速インターネット接続など、この「ニューノーマル(新たな常態)」に適応するのに必要なツールを全従業員に支給すべきである。このようなものを必要とする従業員のために投資することをためらってはならない。
キャリア開発に力を入れる
過小評価されている従業員にとって昇進は他の同僚より難しいのが常である。そのため、彼らにとってキャリア開発は非常に重要だ。マイノリティに属する人は、そうではない人に比べて、他ならぬ「ビジネス界でマイノリティだから」という理由で、ビジネス上の人脈が弱い。この悪循環と戦うことを決してやめてはならない。
あなたのチームを見渡して、キャリアアップを手助けできる人がいないか考えてみよう。今は特に過小評価されているグループを中心にそのような人材を探そう。なぜなら、過小評価されている人たちは、ロックダウンによってより深刻な影響を受ける可能性が高く、立ち直ることもより困難になりがちだからだ。彼らを利他的な動機で見ることができなくても、過小評価されている従業員を今からリーダー職に抜てきすれば地元経済の回復に貢献でき、さらには会社の業績も改善することになるだろう。
もう1つの方法として、スポンサーシップ制度を設け、経営者であるあなたや他の上級管理職が選抜した従業員を直接指導し、そのキャリアアップを後押しすることができる。これは、ビジネスリーダーたちが積み上げてきた人脈や影響力をより多様な人材プールの中で均等に分け合うようなものだと考えるとよい。
自社のブランドにダイバーシティを組み込む
これまでは社内に目を向けてきたが、次に対外的な側面について考えてみよう。あなたの業界に対して人々が抱くイメージを、危機に面しているこの時期であっても好転させるにはどのようにしたらよいのだろうか。例えばファッション業界におけるブランディングのように、これまで我々が目撃してきた目に見える大きな変化は、強い影響力を持つ人たちが業界において権威のある場で決断することによって実現してきた。しかし皮肉なことにその方法は、物事をより不均衡な状態へと簡単に傾ける可能性も秘めている。
それを防ぐには、そのような重大な決断を経営者であるあなた自身が下すこと、そして他の人の賛同を集めることで団結を促すことが必要である。自社のブランドを活用して、社内で推進したダイバーシティを―例えばスタートアップ企業にアドバイスするメンターからオンラインイベントで登壇させる講演者に至るまで―対外的に行うすべてのことにおいて前面に押し出そう。対外的なマーケティングに可能な限りダイバーシティを反映させるよう意識的に取り組む必要がある。コロナ禍のせいで広告におけるダイバーシティ基準が低下するのではないかと危惧されている今は特にそうすべきだ。
過小評価されている創業者を支援する
資金に余裕がある場合、苦戦する創業者がロックダウンを乗り切れるように支援しよう。女性やマイノリティ市民によってあなたのコミュニティで経営される中小企業が支援を必要としているかもしれない。自社の従業員に支援物資やギフトを贈る計画があれば、そのための物品を、過小評価されている市民が経営する地元企業から調達するために余分の手間をかけることを惜しまないでほしい。何も難しいことではない。米国各地にあるそのような企業を見つけるのを助けてくれるWomen Owned’s business directory(ウィメン・オウンズ・ビジネス・ディレクトリ)やHelp Main Street(ヘルプ・メイン・ストリート)などの組織を活用すれば簡単だ。
大企業はHello Alice(ハロー・アリス)と協力して、退役軍人からLGBTQ+まであらゆるタイプの過小評価グループに属する創業者が経営する小企業へ直接資金を提供できる。IFundWomen(アイファンドウィメン)は女性が創業した事業が多数登録されているネットワークで、どの企業に出資または参画するかを利用者が自分で選ぶことができ、有色人種の女性が経営する会社だけを集めた部門もある。あなたはビジネスリーダーとして、常に多様な創業者とのコラボレーション機会を探すことができる。例えば、米国の巨大なラテンアメリカ系市場をカバーするラテンアメリカ系創業者をまとめたこちらの優れたリストをチェックしてみてほしい。こうした創業者はまた、ビジネスにおいてダイバーシティを向上させる方法も知っている。
NAACP(全米黒人地位向上協会)は1世紀以上にわたり有色人種の市民に平等の権利が与えられるよう戦ってきた。重要な改革の実現を目指す運動に参加する、頭角を現している黒人経営企業に注目する等の方法でNAACPとその取り組みを支援することもできる。
今はダイバーシティ推進の手を緩めるべき時ではない。単なるお飾りだと考えたい誘惑にかられるのはわかる。しかし、コロナ禍を乗り切るだけなく、業界全体がより平等な社会を目指して何十年もかけて苦労して築き上げてきたものを台無しにしないためにも、今こそダイバーシティを推進することが絶対に必要である。
カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:コラム
[原文へ]
(翻訳:Dragonfly)