現在、日本の乗用車市場における売れ筋といえば、軽自動車の“スーパーハイトワゴン”。各社がニューモデルを積極的に開発し、熾烈な競争が繰り広げられている同カテゴリーに、この春、1台の変わりダネが登場した。それが、三菱自動車の「eKクロススペース」だ。
今回はその実力を検証するとともに、ライバルにはないeKクロススペースだけの個性を探る。
■クロスオーバーSUV風の軽スーパーハイトワゴン
軽自動車のスーパーハイトワゴンは、背が高い分、室内は広くゆったりしていて、両サイドにスライドドアを備えるから乗り降りもしやすい。そうした実用性の高さが、圧倒的な人気を支える大きな要因となっている。
もちろん人気ジャンルだけに、ライバル間の競争は激しい。人気ナンバーワンのホンダ「N-BOX」を始め、このジャンルを切り拓いたダイハツ「タント」、スズキ「スペーシア」、さらには日産「ルークス」など、強豪がひしめき合っている。
とはいえ、軽自動車は規格でエンジンの排気量や車体サイズなどに制約があるため、ボディサイズを拡大してライバルより広い室内スペースを得るといった開発手法が使えない。結果、各社のスーパーハイトワゴンは性能が横一線の状況となり、「他車と比べると多少は違うけれど、大きくは違わない」といった印象を受ける。
そうした背景から、各メーカーの開発担当者は「スーパーハイトワゴンは類似モデルが多く、他との差別化が難しい」と頭を悩ませている。そんな状況に異変が生じたのは、2018年末のこと。スズキがスペーシアをベースとしたクロスオーバーSUV風の派生モデル「スペーシアギア」を発表したのだ。スーパーハイトワゴンにアクティブな雰囲気をプラスすることで、閉塞感が漂っていた市場に風穴を開けたのである。
スペーシアギアのヒットを見て、三菱自動車の開発陣は「自分たちの狙いは間違っていなかった!」と確信したことだろう。なぜなら彼らも、クロスオーバーSUV風のスーパーハイトワゴンを開発していたからだ。それこそが、今回採り上げるeKクロススペース。スーパーハイトワゴンの直球モデルである「eKスペース」の派生モデルだ。
■ベースとなったeKスペースは基本性能が充実
eKクロススペースの解説に移る前に、まずはベースモデルであるeKスペースについて紹介したい(eKスペースの詳細な試乗レポートは追って『&GP』でも掲載予定)。
2014年に初代が誕生したeKスペースは、今年2020年の春に2代目へと進化した。基本設計は日産自動車の「ルークス」と共用していて、車体そのものは同一。一部のエクステリアデザインや装備内容こそ異なるが、2台は兄弟車といっていい関係にある。
新型eKスペースの美点は、居住性と使い勝手に優れること。リアシートのヒザ回り空間はクラス最大で、スライドドアの最大開口幅も650mmとクラストップの大きさだから乗り降りしやすい。加えて、左右両側のスライドドアには、スイッチ操作のほか足の動きをきっかけに電動開閉させられる便利機能も備わっていて、両手が荷物でふさがっているような状況でも簡単に開け閉めできる。
一方、後席のシートスライド量が大きいから、後席の背もたれを畳まない状態でも多くの荷物を積み込めるようアレンジできるなど、ラゲッジスペースの使い勝手も上々だ。
さらに新型eKスペースは、運転支援機能も充実している。例えば、高速道路を走行中、前を走るクルマに合わせて速度を自動調整してくれる“ACC(アダプティブクルーズコントロール)”を一部グレードにオプション設定するが、渋滞時のノロノロ走行に対応するだけでなく、前のクルマが停止すると自車も自動で止まり、さらには、そのまま停止状態を保持してくれる機能が備わる(再発進の際はアクセルペダルを軽く踏むか、ハンドルにあるボタンを押す)。
ACC自体は、他の軽自動車にも採用車種が増えているが、前走車に合わせた停止機能や停止保持機能を備えるのは、eKスペースとeKクロススペース(それと、兄弟車のルークス)だけだ。
■雪道やぬかるんだ路面にも強い電子デバイスを採用
このように、基本性能が充実したekスペースをベースとするeKクロススペースは、軽自動車市場を面白くしてくれそうな1台。スーパーハイトワゴンは往々にして、利便性を重視したクルマ選びとなりがちだが、eKクロススペースはキャラクターで勝負できる珍しいモデルだからだ。
eKクロススペースのルックスからは、デザイナーのセンスの良さが伝わってくる。大胆なフロントマスクに始まり、タイヤ周囲のボディをグレーのデカールで囲んでオーバーフェンダー風に仕上げたり、ルーフレールを設定したりといった具合に、全身にクロスオーバーSUVらしい力強さを演出している。それは、他のスーパーハイトワゴンにはない個性であり、所有するだけで毎日を楽しくしてくれそうだ。
ベース車のeKスペースとは異なる“ダイナミックシールド”と呼ばれるデザインテーマを採用したフロントマスクは、同社のミニバン「デリカD:5」のそれに通じるもの。あまりに似ているので“ミニデリカ”とさえ呼びたくなる。デリカD:5が先のビッグマイナーチェンジで現在のフロントマスクへと変身した際には、正直いって違和感を覚えたが、eKクロススペースにはとても似合っていると思う。もしかしたら、デザインに時代が追いついたのかもしれない。
遊び心あふれる仕立ては、インテリアも同様だ。運転席回りには小物を置いたり収納したりするのに便利なトレーやポケット類が充実しているし、上級グレードには、樹脂製のラゲッジボードとPVC(塩化ビニール)仕様の後席シートバックをオプション設定していて、濡れたりドロが付いたりしたアウトドアギアなども、気兼ねなく積み込めるのだ。
そんなeKクロススペースで興味深いのは、日産ルークスとの方向性の違いだ。例えば、ルークスに設定される上級グレード「ハイウェイスター」は、ベースグレードよりも上質でスポーティな仕立てとなる一方、eKクロススペースはベースとなったeKスペースに対してスポーティさや高級感を追求するのではなく、クロスオーバーSUV仕立てという変化球を投じてきた。この違いは「日産と三菱で同じ方向を目指してもしょうがない」という開発現場の判断から生じたものだろう。
そんなルークスとの違いは、見た目だけに留まらない。例えばトランスミッションは、eKクロススペースのターボ車にはパドルシフトが備わるものの、ルークスには全グレードとも設定すらない。また、急な下り坂での車速を制御する“ヒルディセントコントロール”や、雪道や滑りやすい路面でタイヤのスリップをコントロールしてくれる“グリップコントロール”など、eKクロススペースには全グレードに悪路走破力を高める電子デバイスが用意されるが、こちらもルークスには設定がないのだ。
それぞれのキャラクターに合わせ、2台をこれほどまでに作り分けた開発陣には思わず拍手を送りたくなる。eKクロススペースだけの特別な機能は、確かに利用頻度が高いものではない。しかし、ヒルディセントコントロールやグリップコントロールは、例えば、キャンプ場周辺の荒れた道を走ることや、ウインターレジャーのアシとしての用途を考えると、重宝する人も多いはず。単に、クロスオーバーSUV風のルックスだけでなく、走破力を高める電子デバイスにまでこだわっている点は高く評価したい。
さて、eKクロススペースには「M」、「G」、「T」という3つのグレードが設定されるが、筆者のイチオシは最上級のTだ。本革巻きステアリングホイール、助手席側の電動スライドドア、オートエアコン、非接触式キーなどを備えるGと同等の上級装備に加え、エンジンが動力性能の余裕を大幅に引き上げてくれるターボ仕様にアップグレードされるからだ。それでいて、Gとの価格差は9万円に満たないから買い得感も高い。
eKクロススペースのターボ車は、パワーにゆとりを感じられるのはもちろん、坂道を上る際や高速走行時などもエンジン回転数を低く保てるので、車内の静粛性が高いというメリットもある。
悪路走破力を高める専用の電子デバイスがおごられ、趣味やレジャーのアシとしても活躍してくれそうなeKクロススペース。走りへのこだわりはもちろんのこと、その楽しそうな雰囲気だけでも思わず選びたくなる、稀有なスーパーハイトワゴンといえるだろう。
<SPECIFICATIONS>
☆T(2WD)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1780mm
車重:970kg
駆動方式:FF
エンジン:659cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:64馬力/5600回転
エンジン最大トルク:10.2kgf-m/2400〜4000回転
モーター最高出力:2.7馬力/1200回転
エンジン最大トルク:4.1kgf-m/100回転
価格:185万9000円
文/工藤貴宏
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/309341/
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- Author:&GP