先進技術を搭載した新型車が続々と誕生する一方、ここへきて1980年代後半から’90年代にかけて発売された中古車の人気も高まっています。本企画では、そんな人気のヤングタイマーの中から、モータージャーナリストの岡崎五朗さんがもう一度乗りたい、記憶の残る旧車の魅力を解き明かしていきます。
今回採り上げるのは、メルセデス・ベンツのW124型「Eクラス」。今でも魅力を語り継がれるドイツを代表する高級車は、過去30年間のクルマの進化について考えさせられる偉大なる存在でした。
■とにかく運転していて疲れないW124
――今回採り上げるのは、1984年秋に発表された「ミディアムクラス」、後にEクラスと改名したメルセデスのW124型です。11年間のモデルライフにおいて、ステーションワゴンのS124型、クーペのC124型、カブリオレのA124型といった派生モデルも登場。シリーズ累計で273万台以上のセールスを記録したヒット作です。
本来なら“もう一度乗りたい”過去の名車を採り上げる本企画ですが、実はW124は五朗さん自身、現在、所有されているクルマなんですよね。
岡崎五朗(以下、岡崎):実をいうと、それほど欲しいとは思っていなかったんだ。僕がこの仕事を’90年に始めたんだけど、当時、駆け出しのジャーナリストに700万円もする高額車のインプレッションなど依頼がなかった。なのでW124は、チョイ乗り程度の経験しかなかったんだよね。もちろん、ドアを閉める時に「ガチャリ」と金庫のような鈍い金属音がすることくらいは知っていたけれど、まさか自分で買うとは思ってもいなかった。
ところがある日、知人から、彼が乗っていたW124を売りたいという話があって、話を聞いてみたら「そんなに安くていいの?」という価格だったんだ。多くの人が名車だとか“最後のメルセデス”だと高く評価していたから、ならば試しに乗ってみようかと軽い気持ちで手に入れたんだ。で、実際に乗ってみると、コレが本当にいいクルマだった。
――W124がいいクルマだと思われるのは、どんなところですか?
岡崎:とにかく、運転していて疲れないところだね。僕のW124はクルーズコントロールが壊れていて作動しないんだけど、「“クルコン”なんていらないんじゃない?」と思わせるほど、ロングドライブでも疲れないんだ。
重く踏みごたえのあるアクセルペダルは昔ながらのメルセデス流で、乗り始めた頃は「なんでこんなに重いんだ?」とビックリした。でも、高速道路などで速度をキープし続けるにはバッチリの重さで、とても理に適っている。だから、高速道路で長時間、アクセルペダルに右足を載せていても決してイヤじゃない。自分が思っている以上にスピードが乗ってしまったり、逆に遅くなったりすることがなくて、無意識のうちに速度をコントロールできているんだ。
――ということは、例えば80km/hで走行中、「90km/hまで加速したいな」と思うと、スムーズに速度をコントロールできるという感じですか?
岡崎:それが、80km/hから81〜82km/hまで加速するといった、もっと緻密な速度コントロールも可能なんだよ。アクセルペダルが軽いと、ついつい踏み込み過ぎちゃうじゃない? そうすると、思った以上にスピードが出過ぎてしまい、いつの間にか前を走るクルマに近づいてしまう。すると今度は、アクセルペダルを戻さなきゃならなくなる。W124はそういった煩わしさがなくて、思った通りに速度をコントロールできる感じなんだ。
――まるで右足とエンジンのスロットルとがダイレクトにつながっている感じなんですね。
岡崎:一方で、フル加速したい時などは、アクセルペダルを深く踏み込んで明確に意志を示してやらないと加速してくれない。だから、W124は加速が鈍いと感じる人もいるようだけど、実際は、ドライバーが「急加速するぞ」と自覚してアクセルペダルを踏み、アクセルペダル裏のキックダウンスイッチを押してあげると、トランスミッションがシフトダウンしてエンジンの回転数が高まり、必要十分の加速力を発揮してくれる。こうしたアクセルペダルの操作感は、当時のメルセデスならではだよね。
――足回りの印象はいかがでしょう?
岡崎:サスペンションは、とてもねっとりした感じ。街中を20~40km/hで走っている時でも、サスペンションがしっかり、ゆったり動いているのを実感できる。でもそういうクルマって、サスペンションが柔らか過ぎる印象があるでしょ? ところがW124は、高速道路で80km/h、90km/h、100km/hとスピードを上げていくに連れて、どんどんフラットな乗り味になっていくんだよね。
――謎の足回りですね(笑)。W124には可変式のショックアブソーバーが付いていましたっけ?
岡崎:僕のW124にはそんなものは付いていないよ。可変式のショックアブソーバーが付いていないモデルで、ハイスピード領域に足回りのセッティングを合わせたクルマだと、しばしば街中で乗り心地が硬く感じることがあるんだけど、W124はそうじゃない。まるでアクティブサスペンションを思わせるような乗り味なんだよね。
――ちなみに、W124の時代のメルセデスといえば、大径のハンドルも特徴のひとつですよね。その操作フィールはいかがですか?
岡崎:軽い力でもしっかり握れる大径ハンドルの操舵フィールは、ゆっくり、ゆったりしたもの。だからW124は、決してワインディングロードを楽しむようなクルマではない。今でこそ、ハンドリングではアジリティ=敏捷性などをアピールしているメルセデスだけど、当時のモデルの乗り味というのは、ライバルのBMWとは明確にアプローチが異なっていたんだよね。
■W124はメカニカルエンジニアリングの頂点
――W124のインテリアに関して、何か特筆すべきところはありますか? パッと見た限り、質実剛健のデザインですが。
岡崎:確かにインテリアはデザインの色気が足りないね。でも、シートの出来は抜群だよ。W124のシートは、スプリングやクッションの間に馬の毛やヤシの実の繊維が挟まれていて、通気性がしっかり確保されている。だから暑い季節に長く座っていても蒸れないし、冬場はシートヒーターが付いていなくても冷たくない。天然の素材ってすごいんだなと改めて感じたな。
おまけに、クッションに使われているウレタンがカラダにきちんとフィットしてくれるからか、ロングドライブでも疲れにくいんだ。コーナーで横Gがかかってもカラダが一切動かないバケットシートのようなものではないけれど、カラダをしっかり支えてくれる。だから長く乗っていても、腰が痛くなったり、お尻が痛くなったりすることがないんだよね。
――エクステリアデザインに関して触れておくべきことってありますか? セダンとしてはオーソドックスなルックスですよね?
岡崎:W124は“セダンがセダンらしくいられた時代”のカタチをしているね。各ピラーも立ってるし、その分、運転していて視界がいい。左ハンドル車だけど、ちょっと振り返るだけで右斜め後方がすべて見渡せるんだ。そんなオーソドックスなセダンなんだけど、空力性能は相当突き詰められている。その分、現代のクルマと比べても、高速道路での風切り音などはとても静かだよ。
――購入されてからすでに2年間で2万km以上お乗りになられたとのことですが、W124と毎日を過ごされてみて、何かお気づきになったことはありますか?
岡崎:アクティブサスペンションを思わせる足回りとか、抜群の速度コントロール性など、W124は今の時代においても魅力的なクルマだし、各社の最新モデルは、可変式のショックアブソーバーやアクティブクルーズコントロールといった電子デバイスで、それを実現しようとしている。でもW124は、今から30年以上も前に、それらをメカニカルな技術で実現していたんだ。だからW124のハンドルを握っていると、この30年間のクルマの進化って何だったんだろう? と思っちゃうこともあるよね。
つまり、この30年間で進化したものって、電子デバイスや電子制御の領域がメインだったんだ。でも、電子制御に頼り過ぎたせいで、メカニカルな技術がスポイルされてしまったものもあるよね。
――多くの要素が機械の上に成り立っていたクルマというのは、メルセデスの場合、W124が最後かもしれませんね。そういう意味でW124は、ひとつの時代を極めたモデルといえるかもしれません。
岡崎:家具でも食器でも楽器でもそうだけど、モノづくりの世界において安く大量に生産することに注力してしまうと、職人さんが活躍できるステージはどんどん少なくなってしまう。世の中、シンセサイザーばかりになると、ピアノを手掛ける職人さんはいなくなってしまうよね? そういう意味でW124は、クルマというモノづくりにおいて、メカニカルエンジニアリングの頂点にあったんじゃないかな。
――それもあってか、今になって改めて、W124を研究している自動車メーカーもありますよね。
岡崎:とあるメーカーのエンジニアは、W124のリアサスペンションを分析していて「思わずクルマを抱きしめたくなった」といってたよ(笑)。なぜこういう構造になったのか、なぜこうした仕組みを採り入れたのか、それらを突き詰めていけばいくほど、W124の足回りを手掛けた開発者たちの理想の高さや思考の深さに、思わず感動させられたんだって。
実際、そのエンジニアが所属するメーカーは、W124を参考に、最新モデルの操舵フィールを従来のそれとは一変させてきた。電子デバイスがふんだんに採り入れられている最新モデルにおいても、W124にはリスペクトすべきところがあるというわけだね。
――なるほど。W124って知れば知るほど奥深いクルマなんですね。
岡崎:あとW124って、自分でクルマをいじる楽しみも味わえるんだよね。インテリアにはネジがむき出しになっている部分が多く、それらは簡単に外すことができるから、例えば、メーターパネルだって案外簡単に外せるんだ。おまけに、旧車だけどさほど壊れないし、徐々にキツくなってきてはいるけれど、トラブった時のパーツの供給体制も整っている。オーナーとしては助かる話だよね。
――そういればW124って、ショックアブソーバーとブッシュを交換すると、新車の時の乗り味が復活するという逸話がありますよね?
岡崎:ショックアブソーバーとブッシュの交換は、個人的にも非常に注目している。でも、新車時の乗り味を知らない僕としては、少しヤレたような今のクタッとした乗り味も捨てがたいと思っているけどね(笑)。
<SPECIFICATIONS>
☆300E(1990年)
ボディサイズ:L4740×W1740×H1445mm
車重:1470kg
駆動方式:FR
エンジン:2960cc 直列6気筒 OHC
トランスミッション:4速AT
最高出力:185馬力/5700回転
最大トルク:26.5kgf-m/4400回転
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コメント/岡崎五朗 文責/上村浩紀
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/316501/
- Source:&GP
- Author:&GP