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コレは速い!楽しい!!トヨタのチャレンジが「GRヤリス」の卓越した走りを育んだ

9月4日にカタログモデルが発売となるトヨタ「GRヤリス」。社長の肝いりプロジェクトから誕生し、WRC(世界ラリー選手権)を戦うトヨタのワークスマシンとなることが決定しているなど、ストーリー性にも富むスポーツモデルだ。

そんな注目モデルのプロトタイプを、サーキットのショートコースとダートコースで試乗した。そこで見せた驚きの走りは、トヨタのチャレンジによって育まれたものだった。

■単なる「ヤリス」の3ドア版ではない

「トヨタはすごいクルマを作ったなぁ」。間もなく正式発売となるGRヤリスのプロトタイプをドライブして、素直にそう思った。

GRヤリスは2020年に登場する、もしくは今後しばらくの間にデビューする日本車の中で、最もドライビングが楽しいクルマとなるだろう。しかし、このモデルのインパクトはそれだけにとどまらない。開発がスタートしたきっかけから開発手法、生産方式やグレードラインナップに至るまで、これまでのトヨタ車とは多くのことが異なっているのだ。

GRヤリスはどんなクルマか? ひと言でいえば“トヨタ渾身のスポーツカー”である。メイングレードとなる「RZ」は、全長3995mmのコンパクトなボディに、272馬力を発生する1.6リッターの3気筒ターボエンジンを搭載。そこに、6速MTとスポーツ走行を前提に新開発された4WDシステム“GR-FOUR”を組み合わせている。小さな車体と高出力エンジンを組み合わせた、まさに“ホットハッチ”なのだ。

パーツ類の共用化が当たり前となった昨今の新車開発現場からすれば信じられない話だが、GRヤリスは、車体はもちろん、エンジンや4WDシステムといったメカニズムの要も新開発されたもので、現時点ではそれらが他のモデルに流用されるという公式情報はない。そう聞いただけでも、いかに特別なクルマであるかが理解できる。

そんなGRヤリスが初めて公式にお披露目されたのは、2020年1月に開催された東京オートサロン。その会場でトヨタ自動車の豊田章男社長は「トヨタが自ら手掛けたスポーツカーが欲しかった」とコメントしている。トヨタのラインナップには、「86」や「スープラ」といったスポーツカーが存在するが、2台はともにトヨタ単独ではなく、スバルやBMWとの協業から生まれたもの。もちろん、商品企画やデザイン、走りのチューニングなどはトヨタが行ってはいるものの、完全に“トヨタのクルマ”とはいいがたいのも事実である。一方、GRヤリスは、開発も製造も完全にトヨタが行ったモデル。そういう点において、トヨタにとっては大きな意味を持つスポーツカーなのだ。

もうひとつ注目したい点は、クルマ作りにおける考え方。GRヤリスは単なるスポーツカーではなく、モータースポーツへの参戦、中でも、WRC(世界ラリー選手権)で戦うことを主眼に開発されたベースマシンなのである。トヨタは従来、ラリーマシンを製作するに当たって、まずは一般ユーザーが普通に買えるクルマを開発・販売し、それを実戦の舞台で使えるよう改造していた。しかしGRヤリスでは、そうした手法を一新。まずはWRCで勝てるマシンを開発した上で、それを一般ユーザーが買える市販車へと落とし込むという、逆転の発想を採り入れている。

例えばボディは、単なる「ヤリス」の3ドア版ではなく、子細に見ていくと、実は全くの別物であることに驚かされる。ドアの枚数が異なるのはもちろん、前後バンパーやフロントフェンダーなどは専用デザインを採用。

中でも大きく異なる点が、ルーフラインだ。GRヤリスは後方へいくに連れて、ルーフの高さがかなり低くなっているが、その理由は、ラリーマシンの空力性能を向上させるため。WRCのマシンに装着される大きなリアウイングにしっかりと風を当て、強いダウンフォースを得ることを主眼としたフォルムなのだ。その分、リアシートの頭上空間がスポイルされるから、市販車としては大きなデメリットとなるが、それでも、ラリー参戦を前提としたクルマだから、居住性よりも空力性能の方が重要と割り切っている。このようにGRヤリスは、クルマ作りにおける目的が非常に明確なのだ。

その上で、ボンネットフード、ドアパネル、リアゲートをアルミ製とし、さらに、ルーフパネルはカーボン製とするなど、高価な素材をふんだんに使い、軽量化と低重心化を徹底している。またプラットフォームは、前半分こそノーマルのヤリスに近いものを使っているが、走行性能を高めるべく、後ろ半分はひとクラス上のものを採用している。

デザイン上のアクセントにもなっている張り出したフェンダーも、旋回性能を高めるためのもの。このボディサイズとしては異例の225サイズのタイヤを収め、トレッドも広げられるよう、フェンダーを大きく張り出させている。結果、GRヤリスの全幅は、ノーマルのヤリスより110mm広い1805mmとなっているが、これらもすべては“WRCで勝つため”のスペックなのだ。

■スーパーカーのような生産方式を導入

そんなGRヤリスは、生産方法も通常のトヨタ車とは異なっている。トヨタはなんと、GRヤリスを世に送り出すに当たって“GRファクトリー”と呼ばれる専用の製造ラインを新設。そこでは、量産車を手掛ける一般的な工場では常識となっているベルトコンベアによる流れ作業を行われておらず、車体を1台ずつ台車に載せ、熟練の職人が丹念に組み上げるという、まるでスーパーカーのような生産方式が導入されている。この方法は、製造時間の制約がなく、フレキシブルに組み立て作業を行えるのが特徴で、生産の自由度が高まるというメリットを持つ。いい換えれば、多品種少量生産を得意とする手法であり、派生モデルや他のスペシャルモデルの生産といった将来の発展も視野に入れた体制といえるだろう。

ちなみに生産ラインでは、組み上げられた車体の状況を1台ずつ計測。製造時にどうしても生じる、わずかな製造誤差に合わせてサスペンション選別し、所期の性能をできるだけ引き出せるよう工夫されている。また、エンジンの工程においても、納品されたピストンの重さを1点ずつ計測。わずかな重量差に応じて3タイプに区分し、同じ重量のものを選んで組み上げるなど、レーシングカー・エンジンの組み立て時に行われる“バランス取り”に近い手法を採り入れている。

このようにGRヤリスは、市販車としては異例ともいえる“人の手が入った工業製品”だ。トヨタはこれまで、生産効率を高めることによる大量生産を得意としてきたが、GRヤリスではそうしたトヨタの常識を自ら打ち破ったのである。これは同社とって、とてつもなく大きなチャレンジといえるだろう。

■スポーツドライビングに直結するすべての要素が骨太

今回、そんなGRヤリスのプロトタイプを、サーキットとダートコースで試乗する機会を得たのだが、その乗り味は期待を裏切らないものだった。

まず素晴らしいのは、クルマとの一体感が濃密なこと。小さくて軽量なボディは四隅の感覚をつかみやすく、まるで車幅が肩幅のように感じられる。これは、サーキットはもちろん、狭く曲がりくねったラインディングを走る時や、ラリーで林道のようなコースを走る時などにも、大きなアドバンテージとなるだろう。

サーキット走行では、強靱なボディ、しなやかなサスペンション、そして、ブレーキの効きや制動時のフィーリングなど、スポーツドライビングに直結する要素のすべてが骨太に感じた。272馬力というエンジンパワーは、イマドキの高性能車としては決して“超ハイパワー”とはいえないものの、多くのドライバーにとっては、これくらいがアクセルを気持ちよく踏み切れる上限となるだろう。

電子制御式の4WDシステムは、多板クラッチによって前後輪に分配されるトルク量を変動させる仕組みで、加速時に強力なトラクションを得られるのはもちろん、状況に応じてリアタイヤへ多くのトルクを伝達してくれる。その際の、後輪駆動車のようにスッと向きを変える操縦特性は、運転していてとても楽しい。また、S字コーナーの切り返しなどで、アクセルを戻すと同時にハンドルを切れば後輪がスッとスライドするなど、運転スタイルによって軽快なハンドリングも味わえる。

一方、滑りやすいダートコースでは、アクセルを踏み込むに連れて、どんどん曲がっていこうとする挙動が特徴的で、ドライバーを楽しませてくれる。

このように、舗装路でもダートでも、単に速いだけでなく、運転を楽しめるところがGRヤリスの真骨頂といえるだろう。

■走りに特化した競技用グレードやFF仕様もあり

RC

GRヤリスは、車体構造、メカニズム、そして製造方法などのすべてにおいて、トヨタのこだわりが感じられるクルマである。その分、価格は決して安くはない。先頃、事前予約が締め切られた「ファーストエディション」の価格は396万円〜456万円(カタログモデルはもう少し安くなるだろう)と、ヤリスと考えればかなり高額だ。

しかし、30年前に日産自動車から発売されたR32型「スカイラインGT-R」の当初の価格は445万円だったこと。そして、現在の状況に合わせて10%の消費税をプラスすると約490万円になることを考えれば、結構、割安に感じられる。いずれも凝った4WDシステムを組み込んでいるが、GRヤリスはR32型GT-Rと比べ、ボディにより多くのコストが投じられているし、エンジンも気筒数こそ半分の3気筒だが、出力はほぼ同じだ。その上、GRヤリスは、GT-Rにはなかった先進安全装備なども充実している。その中身を考えれば、GRヤリスはかなり頑張ったプライスタグを掲げていることが分かる。

そんなGRヤリスのカタログモデルには、高性能を手の届きやすい価格で手に入れられる魅力的な選択肢が用意されている。それが、基本的な走行性能を変えることなく、オーディオやエアコンなどの快適装備や先進安全装備を非搭載とすることで価格を抑えた競技用グレード「RC」で、価格は330万円ほどといわれている。

RC

見た目は通常モデルと変わらず、内装もかつての「セリカRC」とは違い、いかにも質素という仕立てではない。もちろん、エアコンなしはさすがに厳しいが、メーカーオプション(13万円強とのウワサ)で用意されているから心配は不要だ。純正オーディオなど快適装備を割り切れる人には、オススメしたいグレードだ。

このほかGRヤリスには、120馬力の1.5リッター3気筒自然吸気エンジンを搭載し、トランスミッションにCVT、駆動方式にFFを採用したエントリーグレード「RS」も用意される。一見すると、GRヤリスのルックスだけを拝借した、ただの廉価モデルに思えるが、限られたパワーを上手に引き出してやれば、ショートサーキットでも望外なドライビングプレジャーを味わえる。

RS

欲をいえば、MTの設定は欲しいところだが、こちらFFのスポーツモデルとしては十分魅力的な選択肢といえるだろう。


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文/工藤貴宏

工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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