著者紹介:Mikhail Kokorich(ミハイル・ココリッチ)氏はMomentus(モメンタス)のCEO。同社は人工衛星向け宇宙輸送サービスを提供する最初の企業。
—
有人宇宙船Dragon(ドラゴン)の打ち上げに世界中が興奮した。この打ち上げ成功により、Falcon(ファルコン)ロケットの真っ赤な噴射炎が新しい時代―民間企業が宇宙産業に参入する時代―の到来を告げていることが、誰の目にも明らかになった。人類史上初めて、我々は単に「新大陸」を探索しようとしているのではなく、生物学的種として、新しい要素、つまり宇宙に進出しようとしている。
人類の歴史は、時間と空間をめぐる奮闘の歴史でもある。新たな領域を征服し、さらに遠くまで進んでいく。生活の向上や利益を求めて、あるいは、恐怖心や純粋な好奇心に突き動かされて、人間は、さらに速く簡単で、より安く安全に宇宙を征服する方法を見いだした。19世紀初頭にトーマス・ジェファーソンはナポレオンからルイジアナを買収した。これにより当時の米国の領土は実際に倍増したが、ジェファーソンは、大陸中央部の地域全体に入植者が住み着くまでに数千年かかると考えていた。
しかし、わずか数十年後にカリフォルニアで金が発見された。それにより、膨大な数の労働者が押し寄せ、資本的な動機が生まれ、新しい技術が必要になった。新しい入植者を乗せた数え切れないほどの幌馬車が往来し、鉄道が東海岸から西海岸まで糸のように張り巡らされ、町や定住地が生まれた。このようにして、200年以上前にジェファーソンが思い描いていたことが、わずか一世代の間に実現した。
私はモンゴルの小さな村で育った。最終的に史上最大の陸続きの帝国であるモンゴル帝国を築くことになるチンギス・ハーンが13世紀に諸部族統一を始めた場所の近くだ。そんなこともあって、私は早くから探検や探査の歴史に興味を持つようになった。シベリアの長い冬の間、薄明かりの中で、私はよく地理上の大発見に関する本を読んで過ごした。そして、あらゆる土地が発見され、あらゆるフロンティアが地図上に記録されてしまった退屈な時代を生きる自分の運命を嘆いた。
そのわずか数十年後に、人間による探索という面で、かつてなく心躍る時代を経験することになるとは想像もしなかった。
宇宙レースのこれから
近年、宇宙産業全体が、いわば宇宙版ゴールドラッシュとも言えるものを待ち望み続け、探し続けている。人間にとって宇宙がどれほど重要か、宇宙活動のために開発された技術が、衛星画像、気象情報、テレビ、通信といった地上の問題の解決にいかに貢献するかを語り尽くそうとすると、時間がいくらあっても足りない。しかし、いわゆる「宇宙フィーバー」、つまり、巨額の資金、エネルギーのある起業家、才能のあるエンジニアが一気に宇宙産業に流れ込むようなフィーバー状態が起こらないと、新しい「宇宙レース」を燃え上がらせることはできない。
現在、ロケット、通信、画像、人工衛星、有人飛行をはじめとする宇宙産業の市場規模は、全体で1000億ドル(約10兆7000億円)以下であり、世界経済の0.1%にも満たない。1990年代終わりのドットコムバブルの頃は、該当する産業に属する企業の総資本額が世界の合計GDPの5%を超えていた。1850年代のカリフォルニアで起こったゴールドラッシュの影響は非常に大きく、米国の経済全体を変え、西海岸は実質的に新たな経済圏の中心地となった。
現在の宇宙産業の市場規模は、世界経済に本当の地殻変動を起こすにはまだ不十分である。21世紀に変革を起こす可能性があるものは何だろうか。SpaceX(スペースX)のStarlink(スターリンク)、Amazon(アマゾン)のKuiper(カイパー)、それよりも規模が小さいいくつかの企業が宇宙インターネットのメガコンステレーションを展開していることは広く知られている。しかし、現在の市場規模で、真の宇宙版ゴールドラッシュを引き起こせるのだろうか。ちなみに、世界の通信市場の規模は1.5兆ドル(約150兆円)という見事な大きさで、世界経済のほぼ1.5%を占めている。
無人自律運転車の乗客によるマルチメディアコンテンツ利用の急増、「モノのインターネット」分野の急成長など、複数の要因が同時に発生すれば、人工衛星を利用した通信サービスが中期的に1兆ドル(約100兆円)以上の規模に成長する可能性がある。そうなれば、このセグメントが宇宙産業の市場規模をさらに成長させる原動力になる可能性がある。もちろん5%(ドットコムバブル期の数字)には満たないが、世界経済の1%に達すれば見事な数字だ。
ただし、通信、衛星画像、ナビゲーションは重要ではあるが、これらは宇宙時代の創始期から何十年も使用されている伝統的な宇宙向け応用技術である。どれも付加価値の高い応用技術であり、多くの場合、地上での代替手段がない。地球の監視とグローバルな通信を宇宙以外の場所から行うことは難しい。
そのため、過去の宇宙向け応用技術では、宇宙資産のコストが高いことが大きな障壁となっていた。宇宙資産のコストが高いのは、主に打ち上げのコストが高いことと、それまでに積み上がった1キログラムあたり数万ドル(約数百万円)というコストが原因だ。宇宙の真の産業化と、宇宙向けの新しいサービスやプロダクト(その多くは現在地上で製造されているものを置き換えることになる)を実現するには、カーゴを打ち上げて宇宙で輸送するコストに革命を起こす必要がある。
宇宙輸送
新しい領域を征服するには輸送が不可欠だ。鉄道、飛行機、コンテナなど、人や物を移動させる新しい方法が発明され、広まったことで、我々が知っている現代の経済が作られた。宇宙の探査も例外ではない。しかし、宇宙の物理的性質に起因する非常に大きな課題がある。地上では、我々は巨大な重力の井戸の底にいる。
重力に打ち勝ってカーゴを軌道に投入するには、秒速8キロメートルという驚異的なスピードまで加速する必要がある。これは弾丸の10~20倍の速さだ。ロケットの初期質量のうち、軌道に到達するのは5%未満である。鍵は再利用性と大量生産にある。ロケット科学を支配しているツィオルコフスキーの公式も、ロケットのサイズを大型にする必要がある原因となっている。スペースXやBlue Origin(ブルーオリジン)などの企業が戦略的に、大きな(というか巨大な)再利用可能ロケットであるStarship(スターシップ)やNew Glenn(ニューグレン)などを開発しているのもそのためだ。宇宙への打ち上げコストはすぐに、1キログラムあたり数百ドル(約数万円)を切るようになるだろう。
しかし、ロケットが効果的なのは、巨大な質量を地球低軌道に打ち上げる場合のみだ。別の軌道にカーゴを投入する場合、または重力の井戸の最上部、つまり静止軌道、高軌道、ラグランジュ点、月の軌道などに投入する場合、デルタブイをさらに増やす必要がある。秒速3~6キロメートル以上の追加が必要だ。従来型のロケットをこの用途に使用すると、失われる質量の割合は5%から1%未満に削減される。多くの場合、軌道に投入される質量が、低コストの巨大ロケットの容量を大幅に下回ると、さらに高額な(輸送されるカーゴ1キログラムあたり)小規模および中規模の発射装置を使用する必要がある。
これにはマルチモーダル輸送が必要だ。その場合、カーゴを地球低軌道に投入する低コストの巨大ロケットと、カーゴを目標の軌道、より高い軌道、月、太陽系の他の惑星まで輸送するためのスペースタグなどを使用する。Momentus(モメンタス)が2020年12月に最初の商用ミッションをファルコン9のライドシェアで飛ばすのはそのためだ。モメンタスは私が2017年に設立した会社で、「ハブアンドスポーク」方式による宇宙へのマルチモーダル輸送で使用するスペースタグを開発している。
スペースタグでは、最初は地球から運ばれた推進剤を使用できる。だが、宇宙における輸送規模が拡大し、地球低軌道よりも大幅に遠くへカーゴを輸送する需要が生まれると、地球の表面からではなく、月や火星、小惑星(地球近傍小惑星を含む)から入手できる推進剤の使用が必要になる。幸い、太陽系の進化のプロセスがもたらした恵みがある。それは水だ。ロケットの燃料として考え得る選択肢の中で、水は太陽系内に最も広く分布している候補物質である。
水は月でも発見されており、極に近いクレーターには巨大な氷が存在する。火星の地中にも、水が凍った巨大な海がある。火星と木星の軌道の間には、広大な小惑星帯がある。太陽系形成の初期に、木星の重力の影響で1つの惑星が形成されず、その欠片が数十億の小惑星という形でばらばらになった。そのほとんどには水が含まれている。木星のその重力の力によって小惑星が定期的に内部太陽系に「投げ出され」、地球近傍小惑星のグループが形成された。数万の地球近傍小惑星が知られており、それらのうち1000個近くが直径1キロメートルを超えている。
天体力学の観点で、水は地球から運ぶよりも小惑星や月から運ぶ方がずっと簡単だ。地球には強力な重力場があるため、重力の井戸の最上部(静止軌道、ラグランジュ点、月の軌道)に運ばれるペイロードと初期質量の比率は1%未満である。一方、月の表面からは元の質量の70%、小惑星からは99%を運ぶことができる。
これが、モメンタスでスペースタグの推進剤として水を使う理由の1つだ。我々が開発した新型のプラズママイクロ波推進システムでは、太陽光発電を電源として、水を推進剤(単純に反応生成物として使用)として使用して、宇宙で乗り物を推進できる。水を使用することで、宇宙用の乗り物がさらにシンプルかつ費用対効果に優れたものになる。
大規模かつ再利用可能で低コストのロケットが急増し、宇宙での最終地点まで運べるようになったことで、旧型の輸送方法の価格帯では不可能だったチャンスが生まれる。地球低軌道から月低軌道までの、地球と月の間のほぼあらゆる地点にカーゴを運ぶ価格は、5~10年以内に1キログラムあたり1000ドル(約10万円)を大きく下回ると想定される。楽しみなのは、従来の通信、監視、ナビゲーション以外の、まったく新しい種類の宇宙応用技術を導入するチャンスが生まれることだ。それにより、宇宙の真の産業化が始まり、地球から宇宙への産業の移行プロセスが引き起こされるだろう。
ここで、宇宙の未来に思いをはせてみたい。そして、今後5~10年で宇宙版ゴールドラッシュを引き起こしそうなものを予測してみようと思う。低コストの宇宙輸送で実現できる、次のフロンティアとなる応用技術は何だろうか。1兆ドル(約100兆円)規模の宇宙産業ビジネスになりそうなものはいくつかある。
エネルギー生成
世界経済におけるエネルギーのシェアは約8.2%であるため、エネルギー生成は最初に挙げられる最大のゴールドラッシュ候補だ。宇宙での発電には複数の素晴らしいメリットがある。まず、継続的に発電できることだ。宇宙では、太陽が24時間年中無休の大きな核融合炉となる。夜間や天気の悪い日のために電気を蓄える必要がない。結果的に、同じ表面積で、24時間あたりで地上の10倍のエネルギーを集めることができる。
気づきにくいことだが、薄暮時や夜間がなく、雲、大気、堆積した塵がない宇宙では、独特の発電環境を作り出せるのだ。微少重力によって、宇宙発電所の構造は大幅に軽量化され、最終的には地上の発電所よりずっと低コストになる可能性がある。エネルギーはマイクロ波かレーザーを使用してビームで地上に送ることができる。ただし、宇宙発電所を建設する場合、解決すべき大きな課題が少なくとも2つある。1つ目は、宇宙への打ち上げコストと宇宙内での輸送コストだ。
巨大ロケットと再利用可能なスペースタグを組み合わせることで、地球から最適な軌道に物品を輸送するコストが、1キログラムあたり最大で数百ドル(約数万円)削減できる。これにより、輸送のシェアが1キロワット時あたり1セント未満になる。2つ目の問題は、太陽輻射圧によって押しのけられる巨大なパネルを安定させるために必要な推進剤の量である。発電能力1ギガワットあたり、年間で500~1000トンの推進剤が必要となる。そのため、米国と同じ発電能力(1200ギガワット)を持つには、年間で最大100万トンの推進剤が必要になる(1時間でファルコン9を8回、または1時間でスターシップを1回打ち上げる必要がある量)。
地球と月の間で、発電は最も多く推進剤を消費する要素であるが、地球から推進剤を運ぶのは経済的にあまりに非効率である。答えは月にある。月の北極近くには常に光が届かないクレーターが40か所あり、そこには推定6億トンの氷がある。それだけで、宇宙での電力を使ったオペレーションを数百年は十分に支えることができる。
データ処理
データの計算と処理を行うデータセンターは、地上においてエネルギー消費量が最大規模であり、使用量が急増している。この10年で効率性が改善されたが、大規模なクラウドベースのサーバーファームの需要が増加しただけだった。米国のデータセンターだけで、年間で約700億キロワット時の電力を消費している。データを処理および保存するシステムの運用に必要な電力以外に、それらのシステムを冷却するためのエネルギーと環境への影響に対応する巨額のコストがかかる。そして、そのコストは政府と民間企業が支払うことになる。
どんなに運用を効率化しても、データセンターが拡張し続け、電力需要が増加し続けることは、経済面でも環境面でも持続可能ではない。マイクロ波やレーザーを使用してエネルギーをビームで地上に送るのではなく、宇宙でのデータ処理にエネルギーを使用できる。テラバイト規模やペタバイト規模のデータを地上に向けてストリーミング送信する方が、電力を地上に送るよりもはるかに簡単だ。AIなど、電力を多く必要とするアプリケーションは、遅延に対する耐性があるため、簡単に宇宙に移行できる可能性がある。
宇宙鉱山
人類が宇宙で生きる場合、結局は小惑星と月が鉱物の主な採掘場所となる。新しい宇宙経済、宇宙の産業化、宇宙での居住場所を構築、実現するには、希少金属や貴金属、建設資材に加え、レゴリスも使用されるだろう。ただし、月や小惑星から最初に採掘する資源は水だ。水は将来、宇宙経済における「石油」となる。
水には、小惑星や他の天体に分布しているという事実に加え、分布場所からとても簡単に抽出できるという利点がある。熱して氷を溶かすか、水和物から水を抽出すればよい。水は低温システム(液体酸素や水素など)がなくても保存できる。さらに、高圧タンク(イオンエンジンの推進剤である貴ガスなど)も不要だ。
同時に、水は異なる推進技術で使用できる独自の推進剤だ。電熱式ロケットエンジン(モメンタスのマイクロ波電熱式エンジンなど)で水として使用したり、化学ロケットエンジンで水素と酸素に分離したりできる。
マニュファクチュアリング
宇宙での輸送コストに価格破壊が起こると、人類にとって宇宙は新しい工業地帯になる可能性がある。極小重力は、光ファイバーなどの地上で利用する新しい素材の作成に役立つ可能性がある。強力な重力場で作成する場合に必ず発生する微少な傷も、宇宙では発生しない。このような傷があると、信号損失が増え、送信された光が大幅に減退する原因となる。また、未来の宇宙経済では、微少重力を使用して発電用のメガストラクチャー、旅行者向けの宇宙ホテル、そして最終的には人間の居住場所を構築できる。宇宙では、地球上では実現不可能な真空を簡単に用意できる。この真空は、結晶、ウエハース、まったく新しい素材など、超高純度の素材を作るうえで極めて有用だ。原材料の主な産地が地球ではなく小惑星や月になり、製品が主に宇宙での産業で消費されるようになったら、すでに宇宙での製造が支配的になっていると言えるだろう。
宇宙輸送の価格破壊によって将来実現する市場がもたらすビジネスチャンスは巨大だ。宇宙旅行がなくても、10~15年で宇宙の居住市場はほぼ2兆ドル(約200兆円)の規模になる。今後数世代にわたる人類文明の発達を推進する宇宙版ゴールドラッシュにつながることは間違いない。
最後のフロンティア
ソビエト連邦の最後の数年間、私は高校で学んでいた。ソビエトの経済は崩壊しつつあった。家の中は不衛生で、電気が使えないことも多かった。そのような暗い夜に、私は石油ランプの光で物理学や数学の本を読んで勉強していた。地元にはよい図書館があり、ノボシビルスクやモスクワなどの大都市にある大きな図書館から書籍や雑誌を取り寄せることもできた。それは私にとって、世界を見るための窓だった。素晴らしい経験だったと思う。
私は、宇宙船ボイジャーの飛行や太陽系探索についての本を読み、自分の将来のことを考えていた。科学と数学が大好きで得意でもあることを自覚したのはその頃だ。そして宇宙工学エンジニアになることを決めた。1993年の地元紙のインタビューで、私は記者に次のように言った。「高度な推進技術を勉強したいと考えています。宇宙探査に参加して、火星へ飛ぶこともできるようになること、そんな未来を夢見ています」
その未来が今、すぐそこまで来ている。
関連記事:ボーイングとNASAは無人軌道飛行の再挑戦を2020年9月に設定
カテゴリー:宇宙
タグ:コラム
[原文へ]
(翻訳:Dragonfly)