この夏、日本に上陸した新しいプジョー「208」。人々の目を惹きつけるキュートなルックスや、新世代プラットフォームによる優れた乗り味などが高く評価され、2020年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーにも輝いた実力派モデルです。
今回は、話題のフランス産ハッチバックの魅力を、モータージャーナリストの岡崎五朗さんが解き明かします。
■新型208の強烈なアイキャッチとなる“セイバー”
新車を買えば最低でも乗り出し200万円。所有しているだけで月々数万円が自動的に出ていく。クルマという商品はつくづく金食い虫だと思う。でも、だからこそ便利なだけじゃ満足できない。それだけの出費に見合った楽しさがないとね、というのが僕のクルマ選びのスタンスだ。当然、広いだけとか燃費がいいだけのクルマを買ったことはないし、今後も買うことはないだろう。例えミニバンを選ぶとしても、広さや使い勝手に加え、なんらかのプラスαがなければ欲しいとは思わない。
そんな観点で眺めると、新型208の非凡さが浮き立ってくる。我々モータージャーナリストが試乗レポートを書くのは、カタログスペックには表れない走りの楽しさや気持ち良さを評価するため。しかし208は走り出す前からすでに楽しいのだ。眺めただけで、あるいは自分のガレージに収まっているシーンを想像するだけで気分を大いに上げてくれる。これはすごいことだと思う。
その大きな理由になっているのがデザインだ。まず目を奪うのは3本のかぎ爪を内蔵したヘッドライトと、そこから伸びる牙のようなデイタイムランニングライトだ。プジョーが“セイバー(サーベル)”と呼ぶこの部分は強烈なアイキャッチとなっている一方、好き嫌いが分かれるポイントかもしれない。僕も最初は必要かな? と思った。しかし見慣れるにつれ、より正確にいうなら、さまざまな角度から観察していくにつれ、これはちょっとすごいデザインだぞと印象がどんどん好転していった。
正面から見ると、セイバーはフロントグリルと同じ弧を描いている。斜め45度から見るとヘッドライト最外端のかぎ爪から真っ直ぐ伸びている。そして真横から見るとフロントホイールアーチとピタリと同じ軌跡を描いているのだ。まるでだまし絵のような緻密さ。立体デザインをとことん突き詰めなければこうはならない。ここまでやられると、単に目立つために入れた遊びのデザインではないなと納得させられてしまう。
三角形の太いリアピラーとそこに配したエンブレム、左右のリアコンビランプを結ぶブラックバンドは1980年代から’90年代にかけて大ヒットした「205」へのオマージュ。それでいてクラシック感は微塵もなく、全身でモダンさを表現しているのもいい。過去を否定するわけでもなく、さりとて崇拝するわけでもなく、一定のリスペクトを持ちながら確実に前進している。そんなデザインフィロソフィという点でも大いに好感が持てる。
斬新なディテールに目が奪われがちだが、新型208のデザイン上の最大のポイントは実はプロポーションにある。サイドウインドウの面積は決して狭くはないが、それでもスポーティな印象が強いのは、短い前後オーバーハング、四隅でグンと踏ん張ったタイヤ、上屋の視覚的重量感をしっかりとタイヤに乗せている絶妙なピラーの太さ&配置によるもの。キャビン部を無理やり絞り込むことで表現したスポーティさではないから、とても健全に見える。
そして最後の仕上げとなるのが面の表情。キャラクターラインを排し、面の抑揚だけで上質感や豊かさを表現するという高等技術が光る。僕の経験上、ディテールだけに頼ったカッコ良さは、最初は新鮮だが飽きるのも早い。その点、プロポーションベースのカッコ良さは付き合えば付き合うほど愛着が湧く。その両方を備えた新型208は、現時点で文句なしにこのセグメントのベストルッキングカーだろう。
■クルマのプロでも評価が割れる独特なコックピット
新型208はインテリアもいい。クルマの高機能化が進むにつれ情報量は増える一方だが、3D表示のデジタルメーターはそれぞれの情報の重要度を整理し、ドライバーが最も必要とする情報を中央手前に、それ以外の情報を周辺、あるいは奥に表示することで、視覚だけでなく脳の認識という観点での視認性を大きく引き上げている。と同時に、何よりカッコいい。3D表現は写真やムービーでは伝えられないので、ぜひ実車で確認してみて欲しい。
ついでに必見なのがシート。座り心地もさることながら見た目が最高にイカしてる。特に上級グレードの「GTライン」におごられたシートは、とてもとてもコンパクトカーのシートとは思えない出来栄えだ。
シートに座ってステアリングに手を伸ばすと、独特の空間設計に驚くはずだ。小径ステアリングを低い位置にセットし、ステアリング上端ごしにメーターを見るというプジョー独特のドライビングポジションは、モータージャーナリストの間でも評価が割れている。僕は肯定派で、愛車として「308」に乗っていた経験上、ステアリングの切りやすさ、メーターの視認性、そして何より手を低い位置に置くことによる腕と肩の疲れにくさを気に入っていた。
とはいえ、ドライビングポジションの自由度はやや低下するので、体型やドライビングポジションの好みによっては馴染めない人がいるのも事実だろう。この辺りもぜひ実車で確認して欲しい部分だ。
■ドイツ車とはひと味違うソフトな乗り味
新型208に用意されるパワーユニットは、今のところ1.2リッター3気筒ターボのみだが、間もなくEV(電気自動車)版である「e-208」のデリバリーも始まる予定。こちらはフル充電で450km走れる十分な航続距離が確保されていて、補助金やランニングコストを含めればガソリン車とEVのトータル保有コストは同等というのが売り。用途や好みでパワーソースを選択できるというのは興味深い。
e-208の試乗車はまだ用意されていないので、今回はガソリン車の印象について報告する。結論からいって、3気筒ターボの完成度はかなり高い。まず、3気筒でありながらスムーズさでは下手な4気筒をしのぐほどだし、騒音レベルも低く抑えられている。そして低回転域から発生する厚みのあるトルクと、このクラスとしてはかなり贅沢な8速ATとの組み合わせが、街中から高速道路、山岳路といったさまざまな状況で思い通りの走りを生み出す。
最高出力はたかだか100馬力だから、いわゆる“カラダがシートに押しつけられる”ような加速は望めないものの、日常領域での力感はスペックから想像する以上だし、アクセルペダルを深く踏み込めば胸のすくような加速を味わえる。
8速ATはトルコン式でありながら、トルコンのスリップをとことん嫌い発進時以外はほぼ常時ロックアップしている。僕はこのダイレクト感を好ましく感じているが、ルーズなATやCVTに慣れた人が乗るとギクシャクした動きになるだろう。この辺りはやはり、MTの国=フランスのATということか。アクセルを丁寧に操作する習慣をつければ気持ち良く操れるようになる。
フットワークは程良くスポーティで程良くしなやかというプジョーらしい仕上げ。同じプラットフォームを使うDSブランドの「DS3クロスバック」と比べると、路面によっては乗り心地にやや雑味を感じる部分もあるが、ドイツ車とはひと味違うソフトさもしっかり表現されている。より濃密なフランス車らしさを味わいたいなら16インチタイヤを履くグレードの「スタイル」か「アリュール」を、キビキビ感を重視するなら17インチタイヤを履くGTラインをオススメする。
全長4095mm、全幅1745mm、全高1445mm(GTラインは1465mm)という体躯は、欧州でBセグメントと呼ばれるコンパクトハッチの標準的なサイズ。大人4人と人数分の荷物を載せて長距離を…という使い方をするなら、ひとつ上のCセグメント(プジョーなら308)、もしくはSUV版の「2008」がベターだが、1〜2人乗車、もしくは多人数乗車でも近距離ユースがメインなら、このサイズ感は最高に使いやすい。コンパクトでありながら、所有する歓びを含めた楽しさの追求に一切の妥協を感じさせないクルマづくりが新型208最大の魅力だ。
<SPECIFICATIONS>
☆GTライン(赤)
ボディサイズ:L4095×W1745×H1465mm
車重:1170kg
駆動方式:FF
エンジン:1199cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:100馬力/5500回転
最大トルク:20.9kgf-m/1750回転
価格:293万円
<SPECIFICATIONS>
☆アリュール(青)
ボディサイズ:L4095×W1745×H1445mm
車重:1160kg
駆動方式:FF
エンジン:1199cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:100馬力/5500回転
最大トルク:20.9kgf-m/1750回転
価格:259万9000円
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/323921/
- Source:&GP
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