この10年で、中国と米国のテック企業のダイナミクスは大きく変わった。かつて中国は米国の有望な市場とみなされていたが、中国の技術革新と投資力が目に見えて高まるにつれ、その立場は逆転した。また、中国共産党のサイバーセキュリティ規制の対象が拡大されると、データプライバシー侵害を懸念する声が高まった。しかし、そんな中でも、両国が互いにアイデアを交換できていた期間は何年もあったように思う。ところが、関税戦争という政治的背景もあり、また最近、TikTokとWeChatに対してトランプ政権の大統領命令が発令されたせいで、そうした良い関係もすっかり損なわれてしまった。
米国商務省は先週、TikTokとWeChatの米国での利用停止を強制する予定だったが、両社に対する命令の執行は延期された。WeChatについては、米国地方裁判所裁判官は利用停止の一時的な保留を命じた。一方、TikTokの所有会社であるByteDance(バイトダンス)は、Oracle(オラクル)との複雑な交渉の最終段階を迎えている。
TikTokとWeChatをめぐる紛糾は、米国の中国テック企業に対する見方が大きく変化したことを明確に示している。TikTokは、中国企業による消費者向けアプリとして初めて米国で大きな地盤を築いただけではなく、米国の大衆文化にも大きな影響を与えた。ほんの10年前、いや5年前でさえ、このような事態になろうとは、ほとんど想像もできなかっただろう。
進出先としての中国
14億人の人口を抱える中国は長い間、中国政府による検閲が強化されていた時期でさえ、多くの海外テック企業から、もうかる市場とみなされてきた。2003年、中国公安部は、一般に「万里のファイアウオール」と呼ばれるGolden Shield Project(金盾)を開始した。目的は、中国のインターネットユーザーがアクセスできる海外のサイトやアプリを制限することだ。万里のファイアウオールは当初、主に反中国共産党コンテンツが掲載された中国語サイトに対するアクセスを制限していたが、やがて、より多くのサービスをブロックするようになった。
中国共産党によるオンライン検閲は厳しくなる一方だったが、それでも多くの米国のインターネット企業は中国への進出を熱望していた。当時最も注目されていたのはGoogle(グーグル)だ。グーグルは2000年に、Google.comに中国語のサポートを追加した。
グーグル検索エンジンへは部分的にしかアクセスできず(ファイナンシャル・タイムズ紙の2010年版記事アーカイブによると、この原因は、中国の認可を受けたインターネットサービスプロバイダーによる「広範なフィルタリング」である可能性がある)、2002年には短期間ブロックされたこともあったが、それでもグーグルは、グーグルニュースの簡体字中国語版など、中国のユーザー向けに新しいサービスの提供を続けた。
2005年には、中国にR&D部門を設置する計画を発表した。そして翌年には、Google.cnを正式に立ち上げた。グーグルは、Google.cnを立ち上げるために、政治的にセンシティブなトピックの検索結果を排除することに同意し、物議を醸した。
このように中国政府に対して譲歩の姿勢を見せていたのにもかかわらず、グーグルと中国との関係は悪化し始めた。このことは、他の海外テック企業、とりわけオンラインサービスを提供する会社が中国市場への参入を試みるとどういう結果になるのかを暗示していた。YouTubeへのアクセスについては、ブロックと解除が繰り返されたが、Lhasa(ラサ)のデモに参加したチベット人を容赦なく殴打する場面を撮影したとみられる動画がアップロードされた後、2009年に完全にアクセス禁止となった。同じ年、フェイスブックとツイッターへのアクセスもブロックされた。
2010年1月、グーグルは中国でのネット検索の検閲を中止し、必要なら同国から撤退すると発表した。また、Google.cnでのすべての検索クエリをGoogle.com.hkにリダイレクトする措置も開始した。
ただし、中国でのR&D活動は継続し、セールス部門もそのまま残された(2018年のThe Interceptの調査で、グーグルは、Project Dragonflyというコードネームで中国での検索の検閲を再開したことがわかっている)。グーグル以外の米国テック企業も、たとえ自社のサービスが中国でブロックされても、中国市場への進出を諦めなかった。
フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグ氏は2010年代の半ばに、数回に渡って中国を訪問した。2015年には、研究開発の最先端である清華大学を訪問している。ザッカーバーグ氏はその前年に同大学の理事会メンバーとなっており、標準中国語で何度か一般講演を行っている。フェイスブックが同社サービスの中国版をリリースするという憶測が飛び交ったが、中国本拠の企業は、当時もその後も、フェイスブックの最も重要な広告収益源であった。
さらに、国内企業の競争力強化を目指して策定された中国政府のポリシーが成果を上げ始め、2015年までには、大半の米国テック企業は中国市場に参入するために中国国内のパートナーを見つける必要に迫られることになった。中国が米国の技術イノベーションを求めるという図式は、こうして逆転し始めたのである。
ダイナミクスの変化
Google Playが中国でブロックされると、サードパーティー製Androidアプリストア登場の道が開けた。その1つが、中国インターネット大手Tencent(テンセント)のMy Appだ。
しかし、テンセントで最も影響力のあるアプリは、2011年にリリースされたメッセージアプリWeChatである。WeChatリリースの2年後、テンセントは、TenPayとの統合化によりモバイル決済サービス分野にも進出する。5年も経たないうちに、WeChatは、数億人のユーザーの日常生活に欠かせないアプリとなった。WeChat Payと、その主な競合相手であるAlibaba(アリババ)のAlipayは、中国の決済市場に革命を起こした。シンクタンクCGAPの調査によると、今や、中国の消費者決済の3分の1はキャッシュレス化しているという。
2017年、Wechatは、「ミニプログラム」をリリースした。このミニプログラムにより、開発者はWeChat上で動作する「アプリ内アプリ」を作成できるようになった。Tencentによればミニプログラムはあっという間に軌道に乗り、2年にも満たない短期間で、その数は100万、1日あたりのユーザー数は200万人に達したという。グーグルでさえ、2018年に独自のミニプログラムを密かにリリースした。
こうしてWeChatは中国国内では広く普及したが、その存在は世界的にはまだあまり知られていなかった。特に、別のメッセージアプリWhatsAppと比較するとその差は歴然としていた。WeChatの月間アクティブユーザー数は10億人を超えていたが、そのうち海外のユーザー数は推計で1~2億人程度だった。その多くは、WeChatを使って中国本土の家族や仲間と連絡を取る中国人移民たちだ。というのも、WhatsApp、Facebook Messanger、Lineといった他の人気のメッセージアプリはすべて中国ではブロックされているからだ。テンセントは、Tesla(テスラ)、Riot Games(ライアットゲームズ)、Snap(スナップ)など、多くの米国企業に大口の投資を行っており、スナップの創業者Evan Spiegel(エヴァン・シュピーゲル)氏を含むテック起業家たちの間ではインスピレーションの源だと言われていたが、世界的な大ヒットアプリはまだ生み出したことがなかった。
その間、別の企業が競争優位を獲得し、テンセントが成功できなかった分野で成功を収めていった。
2012年にマイクロソフトのベテラン社員Zhang Yiming(チャン・イーミン)氏によって創業されたByteDance(バイトダンス)もやはり、創業当初、中国政府とのゴタゴタに巻き込まれた。同社が最初にリリースしたアプリはNeihan Duanziと呼ばれるソーシャルメディアプラットフォームで、そのユーザー数は2017年に2億人に達したが、翌年、中国国家広播電影電視総局によって不適切なコンテンツがあるとの指摘を受けたあと、利用停止を命じられた。こうした初期の挫折はあったが、バイトダンスはToutiao(中国トップのニュースアグリゲータ)などのアプリをリリースし、成長を続けた。
そして2016年に、同社を最も世に知らしめたアプリをリリースする。このアプリは中国でDouyin(抖音またはドウイン)と呼ばれている。バイトダンスは、海外でショートビデオ共有アプリを広める計画を以前から練っていた。中国のテックニュースサイト36Krのインタビューでチャン氏は次のように答えている。「中国のインターネット人口は世界全体の5分の1にすぎない。世界に進出しなければ、我々は、中国以外の市場に目を付けている同業他社に敗北することになる」。これは、中国を重要な市場とみなしてきた米国のインターネット企業の見方とまったく同じだが、(立場が逆転したという意味で)正反対であるとも言える。
ドウインの国際バージョンであるTikTokは、2017年にリリースされた。その年、バイトダンスはティーンエージャーに人気のリップシンクアプリMusical.lyを買収する。買収金額は8億ドル~10億ドル(約840億円~1050億円)と言われている。バイトダンスはMusical.lyとTikTokを統合して、両アプリの視聴者を一元化した。
2019年に入る頃には、TikTokは米国の10代~20代前半の若者の間で人気アプリとなったが、多くの大人たちは一体どこが良いのか理解に苦しんでいた。しかし、TikTokが一躍、Z世代文化の中心に出てくると、米国政府による監視の対象になり始めた。2019年2月、連邦取引委員会は、子どものプライバシー保護法に違反したとしてTikTokに570万ドル(約6億円)の罰金を科した。
その数か月後、米国政府は国の安全保障に関わる問題としてTikTokの調査を開始したと見られている。これが、その後8月に発表された同社に対する大統領命令、バイトダンスと「信頼できるテクノロジーパートナー」であるOracle(オラクル)との不可解な新合意をはじめとする一連の出来事へとつながっていった。
2017年のサイバーセキュリティ法の影響
TikTokが安全保障上の脅威とみなされている国は米国だけではない。インド政府は今年6月、「国家の防衛と安全保障」を脅かすとして、59の中国製モバイルアプリを使用禁止としたが、その中にTikTokも含まれていた。フランスのデータセキュリティ監視機関CNILも、ユーザーデータの処理方法に関してTikTokを調査している。
TikTokのデータ収集方法は、ターゲット広告からの収益に依存している他のソーシャルメディアアプリとほぼ同じだと考えているサイバーセキュリティ専門家もいるが、問題の核心は2017年に施行された中国のサイバーセキュリティ法にある。同法では、企業が中国国内で保存したデータについては、中国政府の要求に従う必要があると規定されている。バイトダンスは、米国ユーザーのデータは米国とシンガポールで保存されたものであるとし、中国政府による米国ユーザーのデータへのアクセスを拒否する、と繰り返し主張してきた。
2019年10月に出した声明の中でTikTokは次のように述べている。「当社のデータセンターはすべての中国国外に存在しているため、当社のデータはすべて中国の法律の対象外である。さらに、当社は、堅牢なサイバーセキュリティポリシー、データプライバシー、セキュリティ対策に特化した専任の技術チームも設置している」
同社はまた、同じ声明の中で、香港の抗議デモやウイグル人などのイスラム教徒グループに対する中国政府の弾圧に関する動画を含むコンテンツの検閲についても懸念を表明し、「中国政府からコンテンツ削除の要請を受けたことはないし、受けたとしても応じるつもりはまったくない」と断言した。
米国におけるWeChatとTikTokの不確かな未来
しかし、バイトダンスは中国の企業であるため、最終的には中国の法律の規制を受ける。今週始め、バイトダンスは、オラクルとウォルマートにTikTokの全株式の20%を売却した後、残りの80%を保有すると発表した。その後、オラクルの執行副社長Ken Glueck(ケン・グリュック)氏は、オラクルとウォルマートは、TikTok Globalという新しく創設される会社に対して投資すると発表し、さらに、バイトダンスはTikTok Globalに対する所有権をまったく持たない、と付け加えた。
この発言は新たな疑問を生むだけで、最も知りたいことに答えていない。この米国版TikTokはバイトダンスとどのような関係になるのだろうか、また、今後も、大きな懸念事項である中国のサイバーセキュリティ規制の対象になるのだろうか。
バイトダンスがオラクルとウォルマートとの交渉を発表したのと同じ頃、米国の地方裁判所裁判官は、U.S. WeChat Users Alliance(米国WeChatユーザー同盟、米国ユーザーのWeChatへのアクセス保護を求める弁護士グループによって創設された非営利団体)が米国政府を相手取って起こした訴訟の一環として、WeChatの全国規模での使用禁止を一時的に延期する決定を下した。Laurel Beeler(ローレル・ビーラー)裁判官は自身の見解として次のように書いている。「政府は、中国の活動は米国の安全保障に対する重大な懸念を提起するものであると明言しているが、すべての米国ユーザーに対してWeChatの使用を事実上禁止することでそうした懸念が軽減されるという証拠はほとんどない」。
同じサイトで、米国WeChatユーザー同盟は、8月6日のWeChatに対する大統領命令は、「米国憲法および行政手続法の多くの条項に違反している」と確信している、と述べている。同ユーザー同盟は、WeChatの使用禁止は、WeChatを使用して家族、友人、仕事仲間とコミュニケーションを図っている「米国の数百万人のユーザーの生活と仕事に重大な支障をきたすものだ」と主張している。
WeChatは厳重に検閲されているものの、ユーザーは、中国政府が神経質になっているトピックに対する検閲をうまく回避する方法を見つけていることが多い。例えば、ユーザーたちは、絵文字やPDF、およびKlingonなどの架空の言語を使って、Ai Fen(アイ・フェン)氏のインタビューを共有している。アイ氏は武漢市中心病院救急科主任の医師で、中国政府が新型コロナウイルスに関する情報を隠ぺいしようとした最中にあって同ウイルスについて警鐘を鳴らし続けた最初の人物の一人だ。
広がる格差
TikTokとWeChatに対する米国政府の措置の背景には、緊迫の度を増す政治情勢がある。Huawei(ファーウェイ)とZTEは2012年、超党派の下院委員会の報告で、米国安全保障の潜在的脅威として最初に名指しで指摘されたが、世界最大の通信機器サプライヤであるファーウェイに対する法的措置は、トランプ政権のもとでエスカレートしていった。具体的には、司法省によるファーウェイの刑事告発や最高財務責任者Meng Wanzhou(モウ・バンシュウ)氏の逮捕および起訴などだ。
米国政府の措置は、国の安全保障という名目で行われたものの、その影響を受けるのは、中国政府や中国の大企業だけではない。中国人留学生の入国ビザ規制が非常に厳しくなるなど、個人にも大きな影響が及ぶ。
同時に、習近平体制の下で万里のファイアウォールによる制限が強化されており、中国のサイバーセキュリティ法がますます強権的になり、市民データに対する当局のより広範なアクセスを許可するようになっている。また、ウイグル人やその他の少数民族の監視に、より洗練された監視テクノロジーが使われるようになり、2017年に強化が始まったVPNサービスの取り締まりにより、中国在住の人たちが万里のファイアウオールを回避するのはますます困難になっている。
そうした社会問題と比較すれば、ビデオ共有アプリの将来など比較的小さな問題と思えるかもしれない。しかし、この問題が、過去10年間の米中関係で最も不安な展開を見せていることは間違いない。
2016年のワシントン・ポスト紙の「中国はイノベーションを起こせないと信じたい米国を愕然とさせるテック業界の真実」と題する記事は、この展開を予見していたかのようだ。この記事で執筆者のEmily Rauhala(エミリー・ラウハラ)氏は「中国のテック業界は中国というパラレルワールドで繁栄している」と書いている。TikTokが米国の文化に与えた大きな影響は、2つのパラレルワールドが結合すると何が起こるのかをうかがわせるものとなった。しかし、地政学的な緊張という背景の中、今回のTikTokとWeChatをめぐる騒ぎによって別のことが明らかになった。それは、ニ大大国の市民によるアイデアと情報の相互交換は、彼らが制御できない状況の中でますます制限されるようになっているという事実だ。
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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
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(翻訳:Dragonfly)