ヘッドホンでのマルチチャンネル再生は、意外に、というよりかなり難しい。耳を取り囲むように複数のドライバーを設置することが困難という前提に立てば、頭部伝達関数など演算により仮想的な音場を再現(バーチャルサラウンド)するしかなく、現在販売されているサラウンド対応をうたうヘッドホンはその考え方で実現されている。
「EXOFIELD」(エクゾフィールド)をマルチチャンネル再生に発展させた「EXOFIELD THEATER XP-EXT1」
この困難な課題に対し新たなアプローチを試みたのが、JVC KENWOOD/Victorブランド。同社では耳穴に専用マイクを装着して個人の耳型や頭部の形状、スピーカーやリスニングルームを含むすべての音響特性を特性し、その音場を専用ヘッドホンで再現する「WiZMUSIC」を製品化しているが、そのベースとなる技術「EXOFIELD」(エクゾフィールド)をマルチチャンネル再生に発展させたのだ。
それが「EXOFIELD THEATER XP-EXT1」。測定用マイク内蔵の専用ワイヤレスヘッドホンと頭外定位音場処理を担うプロセッサーユニット、それらをコントロールするスマートフォンアプリで構成され、ヘッドホンでマルチチャンネル再生を実現する。
ここで留意したいのが、専用ワイヤレスヘッドホンは測定用マイクを内蔵し独自の2.4/5GHz帯デュアルバンドで接続されることを除けば、おおむね通常のステレオヘッドホンということ。
あらかじめ測定しておいた個人専用データ(EXOFIELDデータ)をもとに調整した頭部伝達関数と外耳道伝達関数を使い、プロセッサーユニットで演算処理することにより「自分の耳でマルチチャンネル再生を聴いたときの音」を再現、ヘッドホンに送信しているのだ。
バイノーラル録音した音源をヘッドホンで再生すると類似の効果を得られるが、それを演算により個々人に最適化して再現するといえば理解しやすいだろうか。
Dolby ATMOSやDTS:Xといったイマーシブオーディオ規格に対応
もうひとつのポイントが、Dolby ATMOSやDTS:Xといったイマーシブオーディオ規格に対応していること。対応するチャンネル数は最大7.1.4ch、プロセッサーユニットには3系統のHDMI入力端子を装備、BDプレイヤーやFire TV Stickなどで再生したコンテンツを再生できる。NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画ストリーミングサービスは、(契約プランや映画タイトルにもよるが)Dolby ATMOS対応コンテンツを増やしているため、サラウンド音源不足の心配もない。夜中でもサラウンドの爆音で映画を見放題という夢のような環境が手に入るのだ。
簡単な導入作業で、パーソナル・ホームシアターが完成
導入は簡単。プロセッサーユニットとヘッドホンを付属のケーブルで接続し、ヘッドホンを正しい位置に装着し専用アプリで測定を開始する。なにやらパチパチ聴こえるが、それが測定音だ。数分で作業は完了、完成したEXOFIELDデータをプロセッサーユニットに転送すれば準備OK、テレビやBDプレイヤーをHDMIケーブルでプロセッサーユニットに接続し、測定用ケーブルを外したヘッドホンを装着すれば、パーソナル・ホームシアターの完成だ。
扱いは繊細だが
もし「バーチャルサラウンド」を標榜するオーディオ機器を試聴した経験が(何度も)あるのなら、「本当に背後や横から音が聴こえるのか?」と効果を訝しく思うことだろう。それくらいバーチャルサラウンドは難しいし、効果があったとしても人によって程度が違う。耳や頭部の形/音の聞こえ方の個人差は、一律の頭部伝達関数では埋めきれないからだ。
きちんと個々人の聴こえ方を測定するXP-EXT1も、同一人物ですら効果にバラつきが生じる可能性はある。測定時と再生時でヘッドホンの位置が少しでも異なると、プロセッサーユニットが意図した音とズレが生じ、音の反射する方向など様々な要素に影響してしまうからだ。
つまり、ヘッドホンを測定時より少し下に、やや斜めに装着しただけでもサラウンドの効きは変わる。人間の聴覚はさように繊細なもので、それがXP-EXT1というデバイスの扱いの難しさでもある。
幸い、XP-EXT1にはEXOFIELDデータを4つまで登録できる。家族4人がそれぞれのデータを登録するもよし、ヘッドホンの微妙な装着ズレに備えひとりで4つのデータを登録するもよし。映画を見始める前に毎回測定し直すという使い方もアリだろう。
筆者はといえば、測定/装着に慎重だったせいか、映画で効果をはっきりと実感した。
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(音声はDolby ATMOS)冒頭のシーンでは、主人公の脳内に響く心の声がいろいろな方向から聴こえるし、イモータン・ジョーの追跡部隊とのカーチェイスも臨場感たっぷり。
「スターシップ・トゥルーパーズ」(音声はリニアPCM 5.1ch)では、バグズの群れの真っ只中で機関銃を撃ちまくる気分に。スピーカーで聴くリアルサラウンドとはニュアンスの違いがあるにせよ、確かなサラウンド感がある。このコンテンツの場合、5.1chから7.1.4chへアップミックスされる ― XP-EXT1には2chや5.1chを7.1.4chの全方位の音に変換する機能がある ― ことも効果につながっているのだろう。
気になる点がないわけではない。付属のヘッドホンは密閉型でイヤーパッドは分厚く、通気性はいまひとつ。映画1本で平均2時間、装着から30分も経過すると耳もとが気になり始めるのは減点材料といわざるをえない。サラウンドを再現するための演算は専用ヘッドホンを前提とするため、自分好みのヘッドホンに交換できないこともウイークポイントだ。
「サラウンドらしいサラウンドをヘッドホンで楽しめる」という、代えがたい特長
それでもこのXP-EXT1には、「サラウンドらしいサラウンドをヘッドホンで楽しめる」という余人(機?)をもって代えがたい特長がある。
同じEXOFIELD技術を利用する「WiZMUSIC」が、東京・千駄ヶ谷にあるビクタースタジオの音をかなり忠実に再現するほどなのだから(筆者も経験している)、まだまだ伸び代はあるはず。
サラウンドを再現するための演算アルゴリズム、演算を行うプロセッサー、EXOFIELDデータを測定するためのマイク、そして音を出すヘッドホンと検討項目は多いが、願わくはシリーズ化され、ヘッドホンの選択肢も増え、さらにリアルサラウンドへ近づかんことを。
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カテゴリー: ハードウェア
タグ: サラウンド、Victor、レビュー
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/10/19/wireless-audio-reviews-0003/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Shinobu Unakami