オンラインやオフラインの文書作成ツールで文章を書く人なら誰でも、スペルが間違っている単語や拙い表現の下に必ず出現するあの波線にすっかり慣れていることだろう。しかし、別の意味合いを含む言葉や、堅苦し過ぎる表現、または馴れ馴れしい表現を使ってしまった場合、あるいは、ある集団に対して今は使われなくなった呼称を使ってしまった場合はどうだろうか。Writer(ライター)は、文章を打ち込んでいるときに指定のスタイルガイドや価値基準から外れている言葉を入力すると、その場で警告してくれるサービスだ。そのWriterが最近、事業を拡大するために500万ドル(約5億3000万円)を調達した。
Writerのサービスを利用する個人も企業も、単に文法やつづりの誤りを検知する以上のレベルで、文章の質を向上させたいと願っている。もし、インクルーシビティ(包含性)を大切にすると主張する企業のプレスリリースや社内ブログに時代錯誤な考え方や偏見を示す表現が散見されたら、その企業がインクルーシビティを大切にしたいという思いはその程度のものなのだ、と示すことになってしまう。
Writerの創業者兼CEOのMay Habib(メイ・ハビブ)氏はこう語る。「企業は自分たちの発言を裏付ける行動をしようと躍起になっている。ユーザーとの接点があるすべての場所で、一貫性のあるメッセージを発信できるようになりたいと考えているためだ。そこでWriterは、配慮に欠けた言葉やネガティブに受け取られかねない表現が文章に含まれていた場合に、それを作成者に知らせるサービスを提供し、企業がブランドのガイドラインを設定するサポートをしている」。
企業が提供するコンテンツや公式なコミュニケーションにおいては普通のことになっているとはいえ、従業員が使う言葉を企業が指図するなんて少し不吉な感じがすることは否めない、というのが第一印象だろう。 しかし、今回注目したいのは、権力を振るうために言論を統制するという側面ではなく、意思伝達を完璧に行える人間は存在せず、誠実であるためには助けが必要であるという事実を認めることである。警察というよりも、物知りの天使が「その弁護士のことを『エキゾチック』と表現して大丈夫?」と耳元でささやいて教えてくれるようなものだ。
我々は皆、言葉の使い方の点で数えきれないほどの失敗をするものだ。気づかれにくいものもあるが、だからといって人を傷つける可能性が低くなるわけではない。広報の現場では特に、特定の集団を表すために、こちらが真っ先に思い浮かべた名称ではなく、その集団が好む名称を使うことが重要である。このような情報について、Writerは、当事者のコミュニティから収集した最新のライブラリを備えている。中には、ここ数年の間に政治的に別の意味合いを含むようになったフレーズもあるが、それを知らなくても心配はいらない。Writerが代替案を教えてくれる。必要以上に性別を意識させる表現を使いたくないと考えて言葉遣いに配慮したくても、ところどころでミスしてしまうことは誰にでもある。そんなときも、Writerを使えばそのミスに気づくことができるし、先述される代名詞と関連づけて判断して、匿名の情報源を性別に結びづけずに言及できる。
Writerには、「ポリティカル・コレクトネス」に関する非難が付いて回るだろう。しかし、ハビブ氏は次のように説明する。「これは政治的に正しいかどうか以前の問題である。特定の生き方または在り方をしていて、特定の表現の使用を好む人々を尊重するかどうか、という問題なのだ。自分の居場所があると誰もが感じられるコミュニティを企業が築けるようにすること、当社はその手助けをしている」。我々がテクノロジー業界で繰り返し目にしてきたように、企業がある理念をどんなに熱く語っても、同じ企業がその理念とは相反する方法で従業員を扱っている、というのはよくある話だ。正直なところ、単に適切な言葉を使うだけというのは、スタート地点としてはハードルが低すぎるのではないかと思う。
しかし、Writerは単に要注意表現をリスト化して更新していくだけのサービスではない。Writerの中核であるNLP(自然言語処理)エンジンは、文章構造の複雑さ、段落の長さ、語調などにも深く配慮して開発されている。Writerにはそのような奥深い理解が必要である。「指摘するために下線を表示するだけでは不十分である。どの箇所をどの表現で置き換えるべきかを理解する必要があり、その表現を文章になじませる必要もある。これらはNLP上の難問だ」と、ハビブ氏は説明している。
そのため、WriterのNLPエンジンは、インクルーシビティに配慮した表現だけでなく、さまざまな役割に適応できる。例えば、通常のスペルミスや文法ミスに加えて、フォーマルさの度合い、能動態、「生き生きした表現」(これが何であれ、筆者にはないものだ)など、ブランドのイメージを決定づける上で役立ついろいろなメトリクスに対応できる。
もちろん、Writerで自社独自のスタイルガイドを使うこともできる。そうすれば、編集担当者は目を皿のようにして、メインタイトルにシリアルコンマが使われていないか、emダッシュの代わりに二重ダッシュが使われていないか、「email」とすべきところが「e-mail」になっていないかをチェックする必要がなく、そのブランドとして一般に認識されるような文体を保つための細かいルールで頭をいっぱいにする必要もない。
Writerでは、複数のスタイルガイドを切り替えて使用することや、アプリやサイトによってスタイルガイドの調整や無効化を行うことができる。そのため、社内メールとプレスリリースでガイドラインを使い分けることも、ブログ投稿とニュースレターとでスタイルを分けることもできる。
この分野で明らかに最大のライバルとなるのがGrammarly(グラマリー)だが、ハビブ氏は、Grammarlyも、増え続けるブラウザ内・アプリ内校正サービスも、技術的な面にフォーカスしていると考えている。Writerにとっては、個々の文書作成者のミスを防ぐことよりも、複数の文書作成者の間で一貫性を確保し、言語面で同じ総合基準を守りながら作業できるようにすることの方が重要な課題だ。
もちろん、セキュリティも重要である。どんなに便利なツールだったとしても、キー入力した内容がすべて記録されることを望む人はいない。ハビブ氏は、Writerは現時点でブラウザ用プラグインとしてローカルで実行され、WordまたはChromeへのみ統合が可能だが、他のアプリやサービスにも今後対応していくと慎重な言葉遣いで強調した。同氏は「そのようなアプリやサービスのデータがWriterのサーバーに保存されることも、メタデータが生成されることもない。処理はすべてテキスト領域で実行される」と説明している。Writer側に送信されるデータは、例えば「should of」を「should have」に、「illegal aliens」を「undocumented immigrants」に修正したなど、提示された修正案が使用されたという事実のみだという。このモデルをトレーニングするためにユーザーのデータが使用されることはなく、修正そのもの以外のコンテンツがWriterに送信されることも、Writerのサーバーに保存されることもない。
Writerは現在、ベーシック版は1ユーザーあたり毎月11ドル(約1200円)で利用できる(もちろん、無料トライアル期間が必ず付いてくる)。複数のスタイルガイドが使用できて、盗用検出などの機能が使えるエンタープライズ版もあるが、利用料金は不明だ。また、対応している言語は英語のみである。もちろん、他の言語でもこのサービスのニーズはあるが、NLPモデルの奥深さと、同モデルが認識する表現がその言語において持つ特異性を考えると、他言語への展開は簡単にはいかない。例えば、スペイン語や韓国語に対応するには、まったく新しい製品を開発する必要があるだろう。そのため、現時点では英語のみの対応となっている。
Writerは創業して間もない企業で、NLPエンジンを(GitHubリポジトリで対ユーザー言語をモニタリングするという取り組みを前身として)18か月間、まるでステルスのようにひっそりと開発してきた。Upfront Ventures(アップフロント・ベンチャーズ)、Aspect Ventures(アスペクト・ベンチャーズ)、Bonfire Ventures(ボンファイア・ベンチャーズ)、Broadway Angels(ブロードウェイ・エンジェルズ)がリードしたシードラウンドで調達した500万ドル(約5億3000万円)が、同社のさらなる事業拡大を後押しすることは間違いない。同社の顧客にはすでに一流の有名企業が名を連ねている。その実績と今回の資金調達のおかげで、しばらくは安泰だろう。
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カテゴリー:人工知能・AI
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(翻訳:Dragonfly)