今でこそ街中で見かける機会が減っている50cc(原付一種)クラスのスクーターですが、1980〜90年代には一大ブームで多くの車種がラインナップされていました。その当時の高校生は、16歳になると同時に原付免許を取得しスクーター(多くは中古車両)を入手。そしてリミッターカットなどのカスタム(当時はチューニングと呼んでいた)を施すところまでが、いわばお決まりのパターンでした。
今では信じられないような風潮ですが、当時の高校生にとっては原付はカスタムするものというのがお約束のようになっていたのです。そんな熱かった時代を、当時流行ったカスタムパーツとともに振り返ってみたいと思います。
■CDI、ハイスピードプーリー、強化ベルトが“3種の神器”だった
「当時はCDIとハイスピードプーリー、強化ベルトがスクーターカスタムの3種の神器でした」と語るのは、バイクのカスタムパーツメーカーとして知られるデイトナの織田哲司社長です。デイトナといえば多種多様な車種向けのカスタムパーツをリリースしており、信頼性の高さには定評があったメーカー。織田社長は1980〜90年代にかけてスクーターパーツの開発チームに在籍し、当時盛んだったスクーターレース用のパーツの研究開発も手掛けていたので、その頃のカスタムパーツの最前線を知る人でもあります。
当時の高校生にとって「デイトナのCDI」は原付を購入したら真っ先に装着すべきパーツでした。というのも、その頃の原付には速度リミッターが付いており、規定のスピードになると点火を間引いてそれ以上速度が出ないようになっていました。それを解除するのが「リミッターカット」ですが、デイトナのCDIはこの機能に加えて点火時期を最適化し、よりエンジンの出力を引き出すように設計されていたので、“速さ”を求めていた当時のバイク乗りにとってはなくてはならないパーツだったのです。
「実はCDIも年々進化していて、チューニングエンジンを想定した『レーシングCDI』のほか、3種類の点火タイミングを選べる『サンダーボルトCDI』もラインナップしていました。その後、フルデジタル化し、低速域では点火時期を早めて加速を重視し、逆に高速域では少し遅くすることで伸びを実現したモデルも開発しています」(織田社長)というように、点火系のパーツ1つでも進化は目覚ましいものでした。
CDIの次に装着が定番となっていたのが「ハイスピードプーリー」です。これは、スクーターの無段変速機構の要となるパーツで、交換することで最高速がアップするだけでなく加速も鋭くなるという、当時の高校生ライダーにとっては夢のようなパーツでした。
実際には、内部のウエイトローラーの移動距離を外側に延長したり、移動角度を車種専用に設定することで最高速と加速を両立する機構でしたが、そうしたメカニズムをきちんと理解していたライダーはごくわずかだったと思われます。内部のベルトも合わせて強化品に替えるのが定番でした。
■チャンバーまで交換すると迷路の始まり
“3種の神器”と呼ばれたパーツは、エンジンや吸排気系がノーマルでも速さを引き出すことができたため人気が高かったわけですが、そこからマフラー(当時は2ストロークエンジンが主流だったため「チャンバー」)を交換すると、セッティングに苦労する人も多かったようです。
「エンジンのパワーが出る回転数が変わるため、駆動系もウエイトローラーの重さを変えるなどしてセッティングを合わせる必要がありました。エンジン特性と駆動系のセッティングが合っていないと、せっかくパーツを替えてもスピードが出なくなる場合もあるので。当時はそういうユーザーさんからの問い合わせが多く、1日中電話でセッティングの相談に乗っているようなこともありましたね」と織田社長は笑いながら振り返ります。
自社製パーツの組み合わせであればまだしも、チャンバーは他社製で駆動系がデイトナのパーツである場合や、その逆などもあるため電話口ではまず車種と装着しているパーツの仕様を聞き出す必要があったとのこと。
「その上で症状を聞いて、色んなところを一気にいじるとどうにもならなくなるので、まずはウエイトローラーを1g軽くしてみて改善しなかったらまた相談してくださいと伝えるなど、1件の問い合わせに対して1時間近くかかることも珍しくなかったですね」(織田社長)
当時はデイトナ製のチャンバーだけでもいくつも種類があり、それぞれに特性が違いました。まして、設計思想が異なる複数の会社製パーツを組み合わせると、セッティングに苦労するユーザーも少なくなかったようです。筆者も高校時代に、何度もウエイトローラーを交換しているうちに、プーリー取付部のスプラインが傷んでしまい、泣くに泣けないような状況に陥ったことがありました…。インターネットもなかった時代なので、困った人は電話で相談するしかなかったのでしょう。
「当時は高回転ではパワフルでも低回転はスカスカというような極端な性能のチャンバーなどもありましたからね。その中では弊社の『スーパーブラック』チャンバーはノーマルセッティングに対応していて音も静かなことで評価をいただいていました。ほかにも、より高回転型の『スーパースプリントチャンバー』や、さらにパワーを求めた『スーパーDASHチャンバー』というのもありました」(織田社長)
当時はレーサーレプリカブームということもあり、50ccスクーターであっても“速さ”が重要視されていた時代。メーカー各社のラインナップにも力が入っていました。1980年代には「R」や「RR」の名を冠したモデルも発売されたホンダの「DJ1」や、ヤマハの「チャンプ」(こちらも「RS」や「CX」などのバリエーションモデルも豊富でした)など“カッ飛び”系のスクーターがブームに。スクーターによるレースも盛んでした。
「私もスクーターレースに関わっていましたが、ノーマルクラスだとスズキの『ハイ』が速かったのが印象に残っていますね。縦型エンジンの『JOG』も速かったですが、水平エンジンになってからは各チーム苦労していたようです」と織田社長も当時の思い出を話してくれました。
各メーカーが発売する車種が豊富で、毎年のようにモデルチェンジが行われていた時代、カスタムパーツの開発も大変だったようです。「同じメーカーでも車種によって専用設計のパーツが多かったですし、年式ごとにパーツも新開発する必要がありました。新モデルが出たらすぐに購入して、テストを繰り返しながらチャンバーや駆動系のパーツを開発していました。なにしろ当時はスクーターのパーツは売れましたから」(織田社長)
当時はスクーター用のパーツだけで月に数千個を販売していたとのことなので、当時のライダーがどれだけカスタムに血道をあげていたかが伝わってきます。
■カスタムパーツも合法化の時代へ
スクーターであっても“速さ”が重視された時代は、レース用のパーツをストリートマシンに装着するケースも少なくありませんでした。そうした車両による騒音問題もあり、1989年に全国二輪車用品連合会(JMCA)が設立され、カスタムパーツにも合法化の波が生まれます。
「カスタムパーツを販売するのはスピード違反の幇助に当たるのではないかと警察から問い合わせが入ったこともありました。もちろん、スピードを出すのはライダーの意思ですから、幇助には当たらないといういうことになるのですが、そうしたこともあってパーツごとに公道走行がOKなのかレース用なのかを明確化するようになりました」(織田社長)
チャンバーなどにもJMCAの認可マークが付いたものが一般的になり、爆音マフラーは鳴りを潜めていきました。
2000年代になり、軽量・ハイパワーだった2ストロークエンジンが姿を消すと、それに合わせるように50ccスクーターの車種や販売台数も減少していきます。
近年は125ccクラスの原付二種が人気で、販売台数でも原付一種を抜くほどの勢い。そうした時代の流れに合わせてカスタムパーツのトレンドも大きく変化しているようです。
「今、最も売れているのはスマホをバイクに取り付けるためのホルダーですね。ナビゲーション機能などを使うためには不可欠の存在ですから。かつてのようにバイクを“速くする”という需要は減って、なにかをするための“ツール”として使う方が主流になっているようです」(織田社長)
こうした傾向を踏まえ、同社ではバイクを趣味の道具として楽しむためのアイテム開発に力を入れているとのこと。具体的にはツーリングを快適にするバッグや、ソロツーリング用のテント、持ち運びやすい焚き火台などが人気のようです。
「私も趣味でツーリングをしますが、キャンプ以外にも釣りやカメラなどバイクと相性の良い趣味は多い。そうした趣味を楽しめるアイテムをリリースすることで、年齢が上がってきたライダーの方にももっとバイクを楽しんでもらえればと考えています」(織田社長)
また、今年4月頃の自粛期間には、在宅で久々にバイクをいじる人が増えたためかメンテナンスグッズの売り上げが伸びたとのこと。その後も、公共交通機関を避けてバイク通勤する需要が増え、原付関連のパーツも好調に推移しているようです。確かに筆者の周りでも、この時期はバイクいじりに時間を使う人が増えていました。
バイクのカスタムパーツも、確実に時代の流れやトレンドを反映するもの。熱きバイクブームの頃に青春時代を過ごした1人として、今後もバイク趣味を楽しみ続けられるようなアイテムがリリースされることを願わずにはいられません。
>> デイトナ
<取材・文/増谷茂樹>
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