「マツダ3」、「CX-30」と続いたマツダ“第7世代商品群”の第3弾として、先頃登場した「MX-30」。“フリースタイルドア”と呼ばれる観音開き式ドアを備えた個性派SUVですが、その中身は先行デビューしたCX-30がベースとなっています。
そこで今回は、モータージャーナリストの岡崎五朗さんに2台の特徴、美点、性格の違いなどをチェックしてもらい、それぞれどんな志向の人に向くのか検証してもらいました。
■MX-30のデザインを理解できる人は少数派
MX-30とCX-30のスペックは似通っている。基本骨格も全長も全幅もホイールベースも共通であり、スペック表を並べても大きな違いを見つけるのは困難だ。せいぜい全高が10mm違うぞとか、室内長が5mm違うぞとか、室内高が5mm違うぞとか、その程度。唯一違いらしい違いが、ドア構造の差からくる重量の違い(MX-30の方が60kg重い)で、それを除けばスペック的にMX-30とCX-30はほぼ同じといっていい。
しかし、遺伝子のわずかな違いがヒトとチンパンジーに決定的な違いをもたらしているのと同じように、MX-30とCX-30はまるで違うクルマに見える。クロスオーバーSUVという共通点はあるものの、CX-30は凜とした正統派で、MX-30は愛嬌のある個性派。デザインはもちろんのこと、乗り味も違えば使い勝手も違う。
そして何よりクルマがオーナーにもたらす“気分”が全く違う。例えばエビフライと海老天は同じ素材を同じ方法(油で揚げる)で調理しているが、全く違う料理だ。で、どちらが美味いかという議論には意味がなく、重要なのはどちらが好きか、あるいは今どちらを食べたい気分なのかという点。
それでいくと、より多くの人に理解されやすいのは間違いなくCX-30だろう。デザインは透き通ったスープのようにアクがなく、かといって退屈さも感じない。周囲の映り込みまで計算し尽くした緻密な面形状や、緊張感とスピード感を醸し出す研ぎ澄まされたプロポーションは、これまでマツダが磨き上げてきた“魂動デザイン”の真骨頂である。正直なところ、これほど美しく、かつ高い完成度のデザインに文句をつけるのは難しい。
それに対し、MX-30は個性の塊だ。大きく傾いたリアピラー&リアウインドウと、それに伴う短めのルーフからしてSUVデザインの文法からは明らかに外れているし、直線基調のサイドビューは“スピード感”なるものを全く伝えてこない。小さなグリルも、顔の強さ競争の様相を呈している最新流行とは一線を画す。つまり、個性的でありながら流行を追っていないという、きわめて野心的なデザインテーマの持ち主なのだ。
想像するに、こうしたデザインを理解できる人は少数派だろう。実際、国内月間販売目標台数はCX-30が2500台でMX-30は1000台。つまりマツダ自身、MX-30を多くの人に向けたクルマではないと考えているのだ。
しかし、他のどんなSUVとも一線を画す超個性的、かつ暖かみのあるキャラクターに惹かれる人は絶対にいるはず。僕自身「カッコいいのはどっち?」と聞かれたら「CX-30!」と即答するが、「好きなのはどっち?」と聞かれたら「MX-30!」と答える。自宅ガレージに停まっている姿や信号待ちでショーウインドウに映り込んだ姿を見た時、新しい服で乗り込む時、あるいはお気に入りのレストランに乗って行く時…そうしたさまざまなシチュエーション下で自分の気持ちがどんな風に動くかを想像してみるといい。センスのいいインテリアデザインを含め、気持ちをよりアゲてくれるのはMX-30だなと僕は感じる。だから「好き」なのだ。
■フリースタイルドアは実用性“低下”を抑えるためのもの
ここまで来てようやくフリースタイルドアに言及できる。MX-30の大きな特徴に「RX-8」以来の復活となる観音開き式のフリースタイルドアがある。しかしフリースタイルドアはそれ自体が目的ではなく、ある目的を達成するために採用された手段に過ぎない。その目的とはズバリ、デザインだ。
RX-8のフリースタイルドアがスポーツカールックと乗降性を両立するために開発されたのと同様に、MX-30のフリースタイルドアは、SUVデザインの常識とは一線を画す傾斜したリアピラーを与えつつ乗降性の犠牲を最小限にとどめるためのアイデアである。マツダは「景色のいいところに停めてドアを開け放つと…」みたいなこともいっているが、それは明らかに後づけの理由であって、真の理由はデザインと乗降性の両立にある。
写真を見ればすぐに分かるが、もしMX-30のデザインに一般的なリアドアを付けたら乗降時に上半身を極端に折り曲げる必要がある。その点、フリースタイルドアはドア前方、つまりルーフの最も高い部分を使って後席にアクセスすることを可能とした。いい換えれば、フリースタイルドアは実用性を高めるために採用したものではなく、実用性の低下を最小限に抑えるために採用したものなのだ。
実際、一般的なドアと比べると、フリースタイルドアには「開口部が狭い」、「リアドア単独で開閉できない」、「開ける時は前が先、閉める時は後ろが先」といった制約がある。一方、メリットとしては「脱いだコートなどを後席に置いた時に出し入れしやすい」、「子どもをチャイルドシートに乗せやすい」などがあるが、かといってフリースタイルドアをわざわざ選択するほどの理由にはならないと思う。ちなみに「子どもが勝手にドアを開けて飛び出したり隣のクルマに傷をつけたりしないで済む」という意見もあるけれど、これは一般的なドアでもチャイルドロックを利用すれば防げるリスクだ。いずれにしても、フリースタイルドアは決して利便性で選ぶものではない。
■癒やし成分を多く含んだMX-30の乗り味
で、そこが分かれば話は早い。MX-30に向いているのは、(1)このクルマのデザインを気に入り、(2)そのためなら多少の不便には目をつぶってもいいと考えている、(3)デザイン指向の強い人たち、となる。
もちろん、デザインには好みもあるし、実用性の判断にはライフスタイルやライフステージが大きく影響してくる。例えば、デザイン指向の強い人であったとしても、家族でキャンプに行くのが趣味ならCX-30を選んでおいた方がいい。MX-30はリアピラーが倒れている分、かさばる荷物の収納性が犠牲になってしまうし、後席の窓は小さく、しかも開かないから、長距離・長時間走行には向かないからだ。
逆に、後席はたまにしか使わないか、使ったとしても近距離が中心ならMX-30でもなんら問題はない。後席は広さの面でも座り心地の面でも大人がきちんと快適に過ごせ、日常的なシーンであればラゲッジスペースの容量も必要にして十分。乗降性についても、ディーラーなどで体験してみれば思ったより悪くないことを実感できるだろう。
「MX-5(「ロードスター」の海外名)」と同系列のネーミングやクーペ的ルックスから、MX-30は走りも刺激的に仕上げていると思いがちだが、実は逆。しっかり感の強いCX-30に対し、MX-30は癒やし成分を多く含んでいる。
乗り心地はいいし、ステアリング操作をいい意味で意識させない素直でマイルドな躾(しつけ)が癒やしにつながっている。ただしペースを上げてワインディングロードを走るようなシーンでの楽しさはCX-30に軍配が上がる。
個人的なことを書けば、すでに子どもが成人しているので後席の使用頻度はかなり低く、なんなら2ドアでもいいと思っているほど。ラゲッジスペースもゴルフバッグが2セット、スーツケースなら大型1個か小型2個が入れば十分。IKEAで大きな家具を買ったとしても配送サービスを使えばいい。つまりMX-30ほどの実用性があれば御の字というのがホンネだ。
もちろん、実用性はクルマ選びにとって非常に重要な要素だが、「どうせなら乗車定員は多い方が」とか「どうせなら後席は広い方が」とか「どうせなら荷物はたくさん積めた方が」というように実用性にとらわれすぎるとクルマ選びに制約が出てきてしまうのも事実。冷静になって自分のクルマの使い方を考え、ある程度のレベルで実用性に折り合いをつければ、クルマ選びはもっともっと楽しくなるだろう。MX-30は、そんなことを考えさせてくれるクルマだ。
<SPECIFICATIONS>
☆MX-30(2WD)
ボディサイズ:L4395×W1795×H1550mm
車重:1460kg
駆動方式:FF
エンジン:1997cc 直列4気筒 DOHC+モーター
エンジン最高出力:156馬力/6000回転
エンジン最大トルク:20.3kgf-m/4000回転
モーター最高出力:6.9馬力/1800回転
モーター最大トルク:5.0kgf-m/100回転
価格:242万円〜
<SPECIFICATIONS>
☆CX-30 XD Lパッケージ(4WD)
ボディサイズ:L4395×W1795×H1540mm
車重:1530kg
駆動方式:4WD
エンジン:1756cc 直列4気筒DOHC ディーゼル ターボ
トランスミッション:6速AT
最高出力:116馬力/4000回転
最大トルク:27.5kgf-m/1600~2600回転
価格:330万5500円
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/333268/
- Source:&GP
- Author:&GP