先日、Salesforce(セールスフォース)とSlack(スラック)の取引が正式に発表されたが、その数字はにわか信じがたいものだった。Salesforceは270億ドル(約2兆8000億円)以上を投じてSlackを買収し、Salesforceのファミリー製品へと取り込んだ。Salesforceに欠如している重要な鍵をSlackが握っていると同社は見ており、Slackを手に入れるために驚くほどの金額を費やした理由はそこにあるという。
Slackの獲得によってSalesforceは、CEOのMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏が「すべてへのインターフェース」と呼び、長年熟考を重ねてきたものを手に入れることができた。同社は2010年に自社で解決しようとソーシャルツールChatterの構築を試みたものの、それが大々的に日の目を見ることはなかった。しかし、Slackでそれがついに実現することになる。
「私たちは10年以上前から常に、ソーシャルエンタープライズに対するビジョンを持っていました。弊社のCustomer 360と統合された、アプリケーションとエコシステムを備えた協同的で生産的なインターフェイスとはどのようなものなのか、という課題に特化したDreamforcesを開催したこともあったほどです」とベニオフ氏は振り返る。
皮肉にもSalesforce Parkのすぐ隣のビルにSlackの本社があるという。コラボレーションにはもってこいのロケーションである(あるいは、単にSlackを使うという手もあるが)。
ChatterからSlackへ
Battery Ventures(バッテリーベンチャーズ)のジェネラルパートナーであるNeeraj Agrawal(ニーラジ・アグラワル)氏によると、ベニオフ氏は何年も前からエンタープライズソーシャルに関心を持っており、今回の方法はそれに対する同氏なりの答えだという。「Chatterを覚えていますか?ベニオフ氏はこのトレンドに非常に的確でした。彼は約7~8年前にYammerをMicrosoftに奪われ(Microsoftが12億ドル、約1250億円で買収)、その後Chatterを立ち上げました。これは大きな賭けだったもののうまくいかなかった。SlackはChatter 2.0と呼んでも良いでしょう」とアグラワル氏は言う。
Tact.aiのCEO兼共同創業者であるChuck Ganapathi(チャック・ガナパティ)氏は、2009年にSalesforceでChatter製品のプロダクトリーダーを務めていた。同氏はTechCrunchに共有してくれた近日公開予定のブログ記事で、Chatterの失敗要因には様々な理由がるものの、大きな要因はやはりSalesforceがしょせんデータベース専門家の集まり以外の何者でもなく、エンタープライズソーシャルは大きく異なる分野だったからだと書いている。
「問題の多くは技術的なものでした。SalesforceはOracle(オラクル)出身者がリレーショナルデータベースを基盤に設立したデータベース中心の会社です。DBアプリケーションとChatterやSlackのような構造化されていないコミュニケーションアプリケーションは、コンピュータサイエンスの全く異なる分野であり、重複している部分がほとんどありません」と同氏は書いている。そのため、アプリケーションを正しく構築するための専門知識が欠落していた上に、当時市場には多くの類似製品が出回っていたため、Chatterが日の目を見ることはなかったのだと同氏は感じている。
しかし、Salesforceプラットフォームにソーシャルを組み込むというベニオフ氏の野心が失われることはなかった。ただ、それを実現するためにはさらに10年ほどの歳月と莫大な資金が必要だったわけだが。
相性の良し悪し
以前SalesforceでAppExchangeを運営していたOperator Capital(オペレーターキャピタル)のパートナーLeyla Seka(レイラ・セカ)氏は、SlackとSalesforceの統合には将来性があると見込んでいる。「SalesforceとSlackが1つになることで、世の中の企業がより効果的に連携して仕事をするために役立つ強力なアプリケーションを提供することができるでしょう。COVID-19によって、従業員が仕事をするためにはデータがいかに重要かが露わになっただけでなく、仕事を成功させるためにはコミュニティと繋がれることが非常に重要であるということが明確になったと思います。この2社の融合によってまさにそれが実現するのではないでしょうか」とセカ氏は言う。
CRM Essentials(CRMエッセンシャルズ)のプリンシパルアナリストBrent Leary(ブレント・リアリー)氏もその買収価格には驚きを隠せないようだが、今回の買収には、たとえそれを手に入れるために多額の金額を払わなければならないとしても、欲しいものを追い求めることを決して恐れないSalesforceの姿勢が表れていると述べている。「Salesforceはこの取引きに関して微塵の恐れもないということが分かります。彼らのプラットフォームにこの製品を追加することで大きな見返りがあると確信しているからこそ、この買収にこれだけの大金を投じるのでしょう」。
Slack側にとっては、企業のビッグリーグへの近道だろうとリアリー氏は考える。「Slackについては、AMOSS(Adobe、Microsoft、Oracle、SAP、Salesforce)と競合していた立場からそのうちの1社となったわけで、またチームを組む上で最も理にかなっていたのがSalesforceだったのだと思います」。
SMB Group(SMBグループ)のアナリスト兼創設者のLaurie McCabe(ローリー・マッケイブ)氏もリアリー氏の見解に同意しており、Salesforceは価値を見出したら躊躇しないのだと話している。「今回のケースでは、Slackが非常に強力な力を発揮することになります。Salesforceは、CRMやTeamsなど成長を続けているMicrosoftのクラウドポートフォリオに対抗し、より効果的に競争することが可能になるでしょう」と同氏は言う。
今後のお金の流れ
Battery Venturesのアグラワル氏は、収益の創出がこのディールにおける全目的であり、だからこそ大きな変化をもたらすために10億ドル単位の非常に高額なプライスを支払うことも厭わなかったのだろう言う。最終的にはMicrosoftに追いつくか、少なくとも時価総額で1兆ドル(約104兆円)に到達することが目標だと同氏は予測する。
ちなみに今のところ投資家らがこの取引きを好意的に受け止めている様子はなく、株価は記事執筆時の12月3日だけで8%以上下落しており、先週の感謝祭休暇前にSalesforceがSlackに興味を持っているという噂が浮上して以来16.5%下落している。これは180億ドル(約1兆876億円)以上の時価総額の損失を意味しており、おそらく同社が期待していたような反応ではないだろう。しかしSalesforceの規模は十分に大きく、長期戦を闘う余裕があるため、Slackの助けを借りて財務目標を達成することができるだろう。
「時価総額1兆ドルに到達するためにSalesforceは今、MSFTに正面から挑まなければなりません。これまで同社は製品面ではほとんどの場合、独自のコースに留まることができました。[…]市場規模1兆ドルを達成するためにSalesforceは、2つの巨大市場での成長を試みる必要があります」とアグラワル氏は述べている。この2つとは、ナレッジワーカー/デスクトップ(2016年のQuip買収を参照)かクラウド(Hyperforceの発表を参照)のことである。同社の最善の策は前者であり、それを手に入れるために並外れた額を支払うことも厭わないだろうとアグラワル氏は言う。
「今回の買収により、Salesforceは今後数年間において20%以上の成長率を維持できるようになるでしょう」と同氏。最終的にはそれが収益の針を動かし、時価総額を上昇させ、目標達成に貢献すると同氏は見込んでいる。
注目すべきは、Salesforceの社長兼CEOであるBret Taylor(ブレット・テイラー)氏が、SlackをSalesforceの製品ファミリーにしっかりと統合する計画がある一方で、スタンドアロン製品としてのSlackの底力と有用性を認識しており、それを妨げるようなことは何もするつもりはないと述べたことだ。
「基本的には、Slackがテクノロジーにとらわれないプラットフォームであり続けられるようにしたいと考えています。Slackは毎日何百万人もの人々に利用されており、地球上のあらゆるツールをつなげてくれていることを理解しています。非常に多くの顧客が独自のカスタムツールを統合しており、これを使用するチームの中枢神経系にもなっています。私たちは決してそれを変えたくはありません」とテイラー氏は述べている。
ここまで大規模な取引きの良し悪しを現時点で判断するのは難しい。テイラー氏が言うようなSlackの独立性を確保しつつ、両社がどのように調和をとっていくのか、またSlackをSalesforceのエコシステムに上手く組み込むことができるのかなどを見極める必要がある。もし両社が呼吸を合わせることができ、SlackがSalesforceのエコシステムを完成させることができるのなら、この取引が成功に終わる可能性は十分にある。しかしもしSlackがイノベーションを止め、企業の重鎮の重圧に耐えられなくなってしまったら、今回の金額は無駄使いに終わってしまうかもしれない。
どちらに向かうかは、乞うご期待である。
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カテゴリー:ソフトウェア
タグ:Slack Salesforce 買収
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(翻訳:Dragonfly)