すでに定評のある日産「リーフ」に続いて、2020年から2021年初頭に掛け「ホンダe」やトヨタ「C+pod(シーポッド)」、マツダ「MX-30 EVモデル」が続々デビュー。さらにこの先、日産「アリア」の登場も控えているなど、国産EV(電気自動車)の新車ラッシュが続いています。
そんな状況もあってか、エンジン車はもちろんのこと、ハイブリッド車や燃料電池車なども禁止すべきだという“排他的EV推進論”が一部で浮上しています。そんな状況に警鐘を鳴らすのはモータージャーナリストの岡崎五朗さん。今回はいつもよりさらにマジメに、過熱する排他的EV推進論の真実に迫ります。
■豊田章男会長が急速なEV化に懸念を示す
2020年10月26日の所信表明演説で、菅義偉総理大臣は「2050年のカーボンニュートラル」を表明。続く2020年1月18日には「2035年までに新車販売の電動車比率100%を実現する」という一歩踏み込んだ発言をした。これで、ガソリン/ディーゼルエンジンなど内燃機関のみを搭載する乗用車は、2036年以降、販売禁止となることがほぼ既定路線になった。
とはいえ、少なくとも自動車業界はこの決定を冷静に受け止めている。今後予定されている厳しい燃費規制をクリアするには電動化は不可欠、というのは以前から皆、納得していたからだ。そもそも政府のいう“電動車”には、給油さえすれば走れるハイブリッド車も含まれるし、ハイブリッド車よりさらにコストの安いマイルドハイブリッド車も対象となる。マイルドハイブリッド車の燃費低減効果は5%程度にとどまるが、バッテリーやモーターが小さい分、価格アップも5万円程度とわずか。これなら軽自動車にも無理なく適応できる。実際、スズキは主力モデルの「ワゴンR」などにすでにマイルドハイブリッド機構を採用している。
つまり、2035年の電動車100%は決して絵空事ではなく、きわめて現実的ということだ。ではなぜ、日本自動車工業会の豊田章男会長は緊急記者会見(12月7日)を開き、急速なEV化への懸念を表明したのだろう? 政府の公式発言には“急速なEVシフト”といった文言など入っていないだけに、違和感を覚えた人も多いと思う。しかし、与党である自民党内に急進的なEVシフト論者が存在し、日増しにその影響力を強めているという事実を見逃すわけにはいかない。例えば、小泉進次郎環境大臣はそのひとり。このまま放置していたらイギリスのように「2035年以降はハイブリッド車さえ禁止」といった過激なルールができかねないのだ。
ここから先は僕の想像だが、そういった空気を察知した豊田章男会長が、事前に牽制球を投げたのがあの記者会見だったと見ている。緊急記者会見における発言の内容をかいつまんで紹介すれば「政府が掲げる2050年のカーボンニュートラルには賛同する」としつつ「すべてのクルマをEV化したら火力発電所20基、原子力発電所10基の増設が必要」、「充電インフラ整備には最大37兆円かかる」、「火力発電中心の発電では、将来、日本から製造業はなくなる」というもの。要するに「急速なEV化はそう簡単なものじゃないですよ、それでもやるというのなら、国が責任を持って安くてクリーンな電力を供給してくださいよ」ということ。まさにド正論である。
■排他的EV推進論が乱暴すぎる理由
一方、自民党の西田昌司参議院議員は、自身のホームページでテスラを「最高のクルマ」と持ち上げ(特にその加速性能に魅了されたらしい)、「テスラを見習わないと世界の潮流に乗り遅れて日本の自動車産業は滅びる」と指摘している。確かにそれも一理あるが、「エンジンはもちろん、ハイブリッド車や燃料電池車なんてもうやってる場合じゃない」という“排他的EV推進論”は間違いだ。
まず、火力発電がメインである現在の日本の電力構成を元に計算すると、少なくとも10万km走らなければEVのトータルCO2排出量は減らない。現在の技術では、バッテリー製造時に大量のCO2を発生するからだ。
次に、EVの価格はまだまだ高い。EVの価格を押し上げているバッテリーコストのうち3分の2は、ニッケル、リチウム、コバルトといった原材料費だが、EVの増加もあって原材料費は高騰中であり、大量生産したからといって価格が下がるものではない。実際、日本で最も普及しているEVである日産「リーフ」のエントリー価格が332万6000円なのに対し、ハイブリッド車のトヨタ「プリウス」は260万8000円、同「アクア」なら181万8000円で買える。リーフの“クルマとしての格”はプリウスとアクアの中間程度なので、それを勘案するとざっくり110万円は高くなる計算だ。つまり、EVだけに絞るという政策は「クルマに300万円以上は出せないよ」という人たちに「新車を買うな」といっているようなもの。そしてここが重要なポイントだが、クルマの売れ線はまさに300万円以下のゾーンなのである。
補助金を積み増せば確かに買える人は増える。しかしいつまでも大量の補助金を出し続けるわけにはいかないだろうし、百歩譲って高額の補助金を出し続けたとしても、東京の戸建住宅比率はわずか28%。全国平均でも66%にとどまることまでは変えられない。しかも所得の低い若年層になればなるほど、充電環境の整備が難しい集合住宅に住んでいる割合は高い。いくら補助金を使って安く購入できても、自宅で充電できなければ、ガソリンスタンドに行く手間が省けることやランニングコストの安さ(急速充電器の電気料金は高い)といったEVの長所はスポイルされ、充電待ちや航続距離の問題といった短所が前面に出てきてしまうだろう。
もちろん、決してEVを否定しているわけではない。特に戸建て住宅に住んでいる人にとってEVは実用段階に入りつつある。ただし、EVを正しく運用できる人ばかりではない以上、「他はやめてEVだけに絞るべきだ」という考え方は乱暴すぎる。
■抜け落ちている電源政策の指針
そもそも、国の方向性を決めてきた国会議員が、化石燃料依存の電源構成を放置したまま、いきなり「EV以外はダメだ」といい出すのはあまりに無責任だといわざるを得ない。西田議員は原発賛成派なのだから、EV一本化を主張するなら批判を恐れずそれを含めて訴えるのが筋だし、一方、原発反対の小泉進次郎環境大臣がEV一本化を主張するのなら、いかに安価で安定した再生可能エネルギー由来の発電を増やしていくかの筋道をきちんと示すべきだ。
しかし残念なことに、原発には触れず、再生可能エネルギー発電増加の具体的方法論も示さず、また日本つぶしともいうべきハイブリッド排除政策を打ち出す海外勢にきちんと反論することもなく「テスラ最高! EV以外はダメ!! 日本は遅れてる!!!」と、国務大臣までもが声高に主張しているのが今の政治の実態である。せめて「安価でクリーンな電力は国が責任を持って用意しますからEVやって下さい」くらいのことをいわないと。豊田会長が危機感を覚えるのは当然だ。
一方で、小泉大臣は日本経済新聞のインタビューでこうも語っている。「2050年までに技術革新を生めばいいと勘違いしている人は間違いだ。いつ花開くか分からないイノベーションだけに頼るのではなく今の技術と政策の強化でできる取り組みを徹底していく」。とても素晴らしい考え方である。であるならばこそ、EVもやるが、燃料電池車もハイブリッド車もシンプルで燃費のいい軽自動車も、また、水素を原料とした液体燃料やバイオ燃料を含め、今、日本が持つすべての技術を総動員してCO2を低減していくのが正解だろう。にもかかわらず、クルマになるとなぜかEV1本に絞りたがる。理由をぜひ聞いてみたいものだ。
EVは今後増えることはあっても減ることはないだろう。しかし、急激な一本化は雇用を含め社会に大きな影響を及ぼすし、電源構成が変わらなければ環境への寄与率も高まらない。したがって、EVは再生可能エネルギー比率の増加に応じて徐々に増やしていくべきなのだ。また、EVは車両コストの30〜40%をバッテリーが占める。国内のバッテリー産業を育成しないままEVを増やすということは、莫大なカネが中国を中心とした海外に流出することになる。それを防ぐため、EUはすでに域内のバッテリー産業や水素バリューチェーンの育成に多額の投資を始めている。かつて“経済一流、政治三流”といわれていた日本だが、このままでは両方が三流になってしまう。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
- Original:https://www.goodspress.jp/reports/350784/
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