各国政府の補助金政策も追い風となり、欧州マーケットでは2020年に74万台強のセールスを記録したピュアEV(電気自動車)。日本でも普及はまだまだこれからといった状況の中、ここへ来て新型車が続々と登場しています。
そうした情報を耳にし、ここへ来て「EVが気になる」という人も少しずつ増えているようです。とはいえガソリン車とは異なり、EVの所有には高いハードルがあるのも事実。では、今、EVを買える&使えるのはどんな人なのでしょうか? モータージャーナリストの岡崎五朗さんが現状と将来の展望を交えながら考察します。
■EVはCO2削減に向けてキーとなる存在
このところ盛り上がりを見せているEV。「2035年にはイギリスや米カリフォルニア州などがEV以外の販売を禁止する」といった報道を見て、「世界はもう完全にEVオンリーに向かっているんだな」と感じている人も多いだろう。
しかしこれは、完全にメディアのミスリードだ。例えば「2030年までにエンジン車の禁止、2035年にはハイブリッド車も禁止」という方針を打ち出しているイギリスだが、2018年に出た政府の政策資料には「電力のみで50マイル=80km走行できるハイブリッド車はEVとして扱う」という文章が載っている。これが意味するのは、PHEV(プラグインハイブリッド車)は禁止対象から除外される可能性が高いということだ。またカリフォルニア州も、2035年にPHEVを禁止対象にするかどうかについては言及を避けている。
メーカー発表にしても同じだ。現段階でEVしか生産していない自動車メーカーは、メジャーどころではテスラのみ。先日、イギリスのジャガーが2025年にEV専門メーカーになると宣言したが、ジャガーの生産台数は年間わずか16万台。テスラの約3分の1にすぎない規模であり、しかもEV化に伴うコストアップを吸収しやすい高級車ブランドだから、EV専門になるのもそう無茶な話ではないだろう。さらに中規模クラスのプレミアムブランドの中には、今後EV専門化を打ち出すところが出てくることが予想される。
しかし、トヨタやフォルクスワーゲンといった大メーカーが今後10年や15年でEV専門になるのは現実的ではないというのが僕の見方だ。ある日、革命的なバッテリーが登場すれば話は別だが、そうでない限りエンジン車の需要は確実に残るからだ。今後、先進国ではEVシフトがさらに進んでいくのは間違いないが、それでも2035年時点で日本におけるEVの販売シェアは10%、多くても20%程度にとどまるだろう。
「いやいや、GM(ゼネラルモーターズ)も2035年にEV専門メーカーになるって宣言したよね?」という突っ込みをされるかもしれない。しかしあの報道も、実は日本のメディアの典型的なミスリードだ。英文の公式リリースを読めば、EV専門メーカー化は彼らの“願い”であることが分かる。もちろん、それに向かって努力はしていくのだろうが、決してコミットメントではない。実際、GMのエンジン開発部門では依然として多くのエンジニアが働いている。EV一本足打法は企業の存続にとってリスクが大きすぎるからだ。
こういった主張をすると「あいつはEV嫌いだ」とか「変化を嫌う守旧派だ」と批判されそうだが、決してそんなことはない。主要国が合意したパリ協定も、それに伴い日本政府が打ち出した“2050年のカーボンニュートラル”も、決めたからには守らなければならないというのが僕の基本的な立場だ。これからの30年間は、太陽光や風力といった再エネ発電の増加、CO2(二酸化炭素)の固定化、水素の活用、省エネ、気は進まないが安全性を高めた原子力発電の検討など、あらゆる技術を総動員してCO2を減らしていく30年間になる。
EVはそのためのキーとなる存在だ。火力発電が多い現在の日本の電源構成ではCO2削減効果に「?」がつくものの、今後、再エネ率が増えていけば優位性は高まっていくし、現時点でもハイブリッド車より環境性能が低いということもない。大量のバッテリーを搭載した車重2トンを悠に超える大きくて速いEVを“環境車”と呼ぶのには抵抗があるけれど、中級クラスであれば「環境のために乗る」という理屈は十分成り立つ。
ハイブリッド車を含め、エンジンを載せたクルマなど滅んでしまえといった排他論に与するつもりはないし、政府による禁止措置含みの急激なEVシフトは副作用が大きすぎるため賛成できないが、2050年に向かって徐々にEV比率を増やしていくのは必然だし、おそらくそうなっていくだろう。
■自宅で充電できて近距離移動が多い人には魅力的なEV
そんな動きを先取りして、今のうちからEVを選ぶのも悪いアイデアではない。上述した環境性能もそうだが、新しい時代を着る感覚を楽しむというのもありだし、振動や騒音がなく街中での加速性能に優れた走りも魅力的だ。
ただし、すべての人にEVをオススメできるような状況ではないのも事実。ではどんな人ならEVを便利に使えるのか? まず大前提となるのが“自宅で充電できること“だ。自宅充電器の出力は一般的には3kW=3000ワットと、急速充電器(50kW)より低出力だが、寝ている間に充電しておけば朝には満充電になるケースがほとんど。通勤で片道30km、往復60km走る程度なら、2、3日に1回の夜間充電で事足りるだろう。また、夜間電力が割安になるプランを選択していればばランニングコストもガソリン車より安くつく。車両価格はまだまだ高いが、補助金を含めて考えればランニングコストでエンジン車との価格差を埋めることも可能。つまり、自宅で充電でき、通勤や買い物、送り迎えといった使い方がメインなら、EVはかなり魅力的ということだ。
ただしガソリン価格の半分は税金であり、道路や橋といった交通インフラの補修に使われている。今後EVが普及していくとその財源が足りなくなるため、なんらかの形でEVにも走行税がかけられる可能性があることを考えておく必要があるだろう。
気になる長距離ドライブはどうか? 例えば日産「リーフ」のバッテリー容量は40kWh。平均電費を7.5km/kWとすると航続距離は300kmとなり、途中充電しないで済む“安心距離”は片道120〜130km程度となる。同様に、62kWhという大容量バッテリーを積む「リーフe+(イー・プラス)になるとそれが片道200km弱になる計算だ。どの程度のバッテリーを搭載するEVを選ぶかを含め、自分が長距離ドライブをする機会がどの程度あるかが大きなポイントになる。
もちろん、道中にある高速道路のサービスエリアや道の駅にある急速充電器を使えば航続距離はさらに伸びる。その時のバッテリー残量にもよるが、出力50kWの急速充電器で30分充電すれば、およそ150km分の航続距離を稼げるし、宿泊旅行の場合は充電器のあるホテルや旅館を選べば充電問題は解決だ。確かに、充電する場所やタイミングに縛られる感はなくはないけれど、その程度の手間なら受け入れられる人は多いと思う。
もしも自宅に太陽光パネルがある環境なら、さらに素敵だ。EVと太陽光パネルを接続すれば自家発電の運用効率や柔軟性はさらに高まる。また、そういった環境を増やすために政府は最大80万円の補助金を用意している。
■ランニングコストは低いが元を取るのは至難の業
逆にEVをオススメできないのは、自宅に充電器がない人だ。従業員駐車場に充電器を用意してくれているような親切な会社に勤めているなら話は別だが、夜、寝ている時に充電ができないとなると頼りは公共の高速充電器ということになる。バッテリー残量が少なくなってきたら、わざわざ充電器のある場所に行って充電しなければならないのはかなり面倒だ。
しかも急速充電器はバッテリー残量80%まではグイグイ入るが、それ以降はバッテリー保護のため充電速度が遅くなる。加えて、他の人のために充電は30分を1回のみがマナーとされ、“お代わり充電”は推奨されていない。つまり急速充電器のみでは、事実上100%充電はできない。これは週末のロングドライブにも悪影響を与える。特に大容量バッテリーを搭載した電費の悪いEVはこの傾向が強まる。テスラはそれを考慮し、自前の超高速充電器網を整備しているが、利用できるのはテスラ車に限定されている。
ランニングコストに関しては、急速充電器だけを使っても、例えば日産自動車が用意している定額プランに加入すれば、15km/L走るガソリン車と比べて出費を半分程度に抑えることができる。毎月の燃料代が1万円から5000円に減ったとして、5年乗ると合計30万円も浮く計算だ。とはいえ、EVの価格設定を考えると元を取るのは至難の業。加えて高速充電の多用はバッテリーの劣化を早めるし、何より使い勝手の悪さは如何ともしがたい。
どうしてもEVに乗りたいというなら止めはしないが、自宅で寝ている間に充電できるというEV最大のメリットをあきらめてまで手に入れるのは得策ではない、というのが僕の考えだ。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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- Original:https://www.goodspress.jp/reports/356572/
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