先に開催されたY Combinator(Yコンビネータ)のデモデイでは医療分野とバイオテック分野が登場し、その中で10社近くの企業が筆者の目を引いた。最近のスタートアップはこの分野で特筆すべき実績をあげているため、来年のトップニュースでいくつかの企業について報道されても不思議ではない。
スタートアップが大手製薬会社に挑む
Atom Bioworks(アトム・バイオワークス)は、とても短いスケジュールで非常に大きな可能性を見せている企業の1つである。筆者がデモデイに登場した注目企業に関する2番目の記事で書いたように、同社はDNAのプログラミングが可能な解析装置の実現にかなり近づいているようだ。これは、生化学における究極の目標の1つでもある。このようなツールによって分子を実質的に「コード化」して特定の物質や細胞型に密着させることで、さまざまなフォローアップが可能となる。
一例として、あるDNA解析装置は、新型コロナウイルス感染症のウイルスに取りついて感染を示す化学信号を出してから、ウイルスを除去できる。がん細胞やバクテリアにも同じ原理を適用できるというわけだ。
アトムの創業者は、その技術の詳細をNature Chemistry(ネイチャーケミストリー)誌で発表している。新型コロナウイルス感染症の検査に加え、コロナウイルスやその他の疾患に対する治療法にも取り組み、同社では今のところ9桁台の売上を見込んでいるという。
LiliumX(リリアムX)も、このような方向性を持つ企業の1つである。リリアムXは、プレハブ式のDNA解析装置のような「二重特異的抗体」を目指している。ヒトの抗体は学習できるため、さまざまな病原体や老廃物、体内で不要な物を標的にできる。カスタマイズした抗体を注射すると、がん細胞にも同様のことが可能だ。
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リリアムXは、効果がありそうな抗体の構造を生成するのに、アルゴリズム的アプローチを採用している。これはAIに精通したバイオテック企業が採用する手法と同じだ。同社では、ロボットによる試験装置を使って抗体を間引きながら試験管で結果を出すことで、有望な候補を選び出している。見込み客を獲得するというのは困難だが、このような活動で同社の価値はさらに高まっている。
Entelexo(エンテレクソ)はその先を行っており、自己免疫疾患の治療に活用できるエクソソームという有望な治療法の開発に取り組んでいる。この小さな小胞(細胞間でやり取りするパッケージのようなもの)は、あらゆる種類の物質(他の細胞の挙動を変えられるカスタマイズされたmRNAなど)を運ぶことができる。
細胞の挙動を系統的に変更することにより、多発性硬化症のような疾患を軽減できる可能性があるが、その厳密なメカニズムに関する詳しい説明を同社は発表していない。簡潔に説明できるような内容ではないだろう。同社はすでに動物実験に入っている。スタートアップとしては驚くべきことだ。
さらに進んでいる企業をあえてもう1社挙げるとすれば、Nuntius Therapeutics(ヌンティウス・セラピューティクス)だ。同社は細胞特異的(骨格筋や腎細胞など)なDNA、RNA、CRISPRに基づく治療を提供する方法に取り組んでいるが、こうした最先端の治療には課題がある。このような治療法で標的とする細胞型と接触できれば的確に処理できるが、その細胞に治療薬が到達するかどうかは確実ではない。住所を知らない救急車の運転手のように、治療薬が目標とする細胞を見つけられなければ効果を発揮することはない。
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ヌンティウスは、多岐にわたる標的細胞に対して遺伝子治療のペイロードを届ける確実な方法を考案したと主張している。だとすれば、Moderna(モデルナ)のような大手製薬会社が開発した技術を上回る。同社は独自に薬の開発とライセンス供与も行っているため、この技術をヒトにも活用できれば、ある意味で遺伝子治療の包括的なソリューションを提供できる。
同社は治療薬だけでなく、人工臓器の分野でも成長を遂げている。生体適合性材料を使用しても拒絶反応のリスクがともなう場合があるため、人工臓器は実験段階にとどまっている状態だ。Trestle Biotherapeutics(トレッスル・バイオセラピューティック)は腎不全という特定の疾患に取り組んでおり、実験室で培養された移植可能な腎組織を使用して、腎不全の患者が透析を回避できるように支援している。
腎置換療法を開発することが最終的な計画ではあるが、腎不全の患者にとっての1週間や1カ月という時間はとても貴重である。透析を受けていれば、ドナーが見つかる可能性や待機リストの順位が繰り上がる可能性は高くなるが、誰も好んで定期的に透析に行っているわけではない。透析しなくてもよくなるのであれば、非常に多くの患者は喜ぶだろう。
幹細胞科学と組織工学に関する豊富な経験を持つチームから、今回のYale(エール大学)とHarvard(ハーバード大学)の協力関係が生まれた。共同で実施されたヒト組織の3Dプリントも、間違いなくこのアプローチの一環である。
治療以外の取り組み
YCバッチでは、さまざまな疾患に対処するための技術だけでなく、そのような疾患や技術を研究して理解するプロセスの改善にも、かなりの力を注いだ。
多くの業界では、Google Docs(グーグル・ドックス)のようなクラウドベースのドキュメントプラットフォームを利用して、共有やコラボレーションを進めている。コピーライターや営業担当者の場合は、おそらく標準のオフィススイートで十分である。だが、科学者には専門分野で固有の文書やフォーマットを使用する必要があるため、このようなツールが使えるとは限らない。
Curvenote(カーブノート)は、そのような分野に従事するユーザーのために構築された、共有ドキュメントプラットフォームである。Jupyter(ジュピター)、SaturnCloud(サターン・クラウド)、Sagemaker(セージメーカー)と連携し、さまざまな読み込み・書き出しオプションに対応している。さらに、Plotly(プロットリー)のような可視化できるプラグインを統合し、Gitでバージョンを管理している。あとは自分の部署の責任者に、お金を払う価値があることを納得だけだ。
Pipe | bio(パイプ|ビオ)にアクセスすると、専門分野にさらに特化したクラウドツールを入手可能だ。パイプ|ビオはリリアムXと同じように、抗体薬物を開発するためのバイオインフォマティクスに取り組んでいる。バイオテック企業のコンピューティングおよびデータベースのニーズは非常に特殊であることに加え、すべての企業にバイオインフォマティクスの専門家が揃っているわけではないため、ここで詳しく説明するのは難しい。
データサイエンスが専門の大学院生に研究室で夜勤してもらう代わりに、お金を払うだけで使えるツールがあるというのは望ましいことだ(会社名に特殊文字を使わないのも望ましいのだが、これは実現しないだろう)。
専門分野に特化したツールはPCだけでなく作業台でも使用できる。これから紹介する企業はしっかりと現状を見据えている。
同社では、非常に細かくパターン化された表面で細胞を個別に観察し、収縮やその他の形状変化を特に注視している。細胞の物理的な収縮や弛緩は、いくつかの主要な疾患とその治療における重要な要素であるため、その変化を観察・追跡できれば、研究者が有用な情報を入手できる。
フォーサイトはこうした細胞の特性に作用する薬剤の実験を大規模に実施できる企業として自社を位置づけており、すでに肺線維症に有効な化合物を発見したと主張している。同社のチームはNature(ネイチャー)誌に掲載され、NIHから250万ドル(約2億7500万円)のSBIR賞を受賞した。これは非常に珍しいことだ。
Kilobaser(キロベイサー)は、成長を続けるDNA合成の分野に参入することを目指している。企業は多くの場合、DNA合成に特化した研究所と契約してカスタムのDNA分子群を作成するが、作成する量が少ない場合は社内で作業したほうが効率が良い。
技術的な知識がない従業員でも、キロベイサーの卓上型マシンをコピー機のように簡単に使うことができる。アルゴン、試薬供給、ミクロ流体チップ(同社がもちろん販売している)があれば、デジタル形式で送信したDNAを2時間以内に複製できる。これにより、別の施設に依頼することで制約があった小規模ラボでの検査スピードを速めることができる。同社はすでに、1台につき15000ユーロ(約194万円)のマシンを15台販売したが、かみそりの替え刃にコストがかかるように、実際のコストは材料などを補充する際に発生する。
Reshape Biotech(リシェイプ・バイオテック)の取り組みは、おそらく最もわかりやすいと言えるだろう。研究室での一般的な作業を自動化するために、それぞれの作業に合わせたロボットを作成するというアプローチだけに特化している。口でいうほど簡単でないことは明らかだが、レイアウトと設備が類似している研究室が多いことを考えると、カスタムのロボットサンプラーや高圧滅菌器が多くの研究室で採用される可能性がある。定時制の大学院生を雇う必要がなくなるわけだ。
バイオテック分野と医療分野で注目すべき企業は他にもある。すべての企業を1つずつ紹介できるスペースが紙面にはないが、ハードルが高いために参入しにくかった分野でも、技術やソフトウェアの進歩により、スタートアップが参入しやすくなっているということを最後に付け加えておこう。
カテゴリー:バイオテック
タグ:Y Combinator、新型コロナウイルス
画像クレジット:Peter Dazeley / Getty Images
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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)