ホンダのハイブリッドスーパースポーツ「NSX」が、限定モデル「タイプS」を最後にその生涯を終えることになりました。
この真の意味での最終進化形をドライブしたモータージャーナリストの岡崎五朗さんは、1990年にデビューした初代、そして2016年に誕生した第2世代ともに、「NSXは日本車唯一のスーパーカーだ」と感慨深げに振り返ります。
この先、NSXのDNAはどのようなカタチで次世代へと受け継がれるのか? ホンダ渾身の作=NSXタイプSのレポートともに検証します。
■スーパーカーはクルマ文化の成熟度を示すバロメーター
ホンダのNSXは日本車唯一のスーパーカーだ。「いやいや、スーパーカーはイタリア製に限るよ」とか、「最低でも8気筒以上じゃないとスーパーカーとは呼べないよ」という異論反論もあるだろう。が、少なくとも僕の中でのNSXは、フェラーリやランボルギーニ、マクラーレンと同じく“車界スポーツカー属スーパーカー科”に分類されるクルマである。地をはうようなフォルム、エンジン縦置きミッドシップ、ふたり乗りというキャラクターは、“速いハコ”である日産「GT-R」とは決定的に違う。
こういうクルマを出してくれたホンダには、ひとりの日本人としていくら感謝してもしきれない。イタリアにはフェラーリとランボルギーニが、イギリスにはマクラーレンが、ドイツにはアウディの「R8」が、アメリカにはシボレーの「コルベット」がある。実用性とは対極にあるこの種のクルマの存在価値は趣味性だ。趣味とは成熟した社会が生み出す文化といい換えることができる。つまり世界に通用するスーパーカーが存在しているかどうかは、その国のクルマ文化の成熟度を示すバロメーターでもあるのだ。中国や韓国にスーパーカーが存在しないのは決して偶然ではない。
しかし、残念なことに最終進化形であるタイプSを最後に、NSXはその生涯を終えることになった。全世界で350台、日本向け30台のタイプSはすでに嫁ぎ先が決まっていて、米オハイオ州の専用工場で間もなく生産が始まり、2022年12月にはそれも完全終了となる。
現行NSXが誕生したのは2016年。5年という寿命はあまりに短すぎる。マイナーチェンジをするなどしてなんとか延命できなかったのだろうか? もちろんそういう選択肢もホンダ社内では議論されたという。しかし、販売台数が目標である年間1500台の3分の1にとどまったことに加え、北米で近く実施される新たな環境規制(ガソリンタンクからの揮発成分を限りなくゼロに近づける)がとどめを刺した。新規制をクリアするにはガソリンタンクを新たに設計、製造する必要があり、それにはふたケタ億円の投資が必要になる。しかし、上述した販売不振もあり投資の回収見込みがつかないことから、継続は不可能という経営判断が下されたのだ。
このところホンダの4輪事業は不振が続いていて、同社の利益のほとんどは2輪事業が稼ぎ出している。加えて、三部敏宏社長が打ち出した2040年の“脱ガソリンエンジン”には莫大な開発費と人的リソースが必要になる。いくらホンダのDNAを表現するものだとはいえ、F1も、軽スポーツカーの「S660」も、そしてNSXも、今のホンダには続けていく余裕がなかったということである。
F1は、日本グランプリの中止で地元でのお披露目ができなかった。S660も、内外装を小変更した特別仕様車こそ出たものの、それが完売するとひっそり姿を消した。しかし、NSXは違った。たった350台のために「ここまでやるのか!」というほどの大幅改良を施してきたのだ。風洞で徹底的に空力を詰め、エンジンとモーターをパワーアップし、開発チームを市販車開発の聖地であるドイツ・ニュルブルクリンクに送り込んでサスペンションも鍛え上げた。これはもう間違いなく赤字覚悟の大サービスである。
この大赤字プロジェクトにゴーサインが出たことそのものが、ホンダのNSXに対する思い入れを如実に示している。たった5年で生産終了したことに僕は当初苦々しい思いを抱いていたが、タイプSに乗って「ここまでやったのだから納得しないわけにはいかないな」と思った。
■路面に吸いつくような安定感は2019年モデルを凌駕
試乗の場となったのは、北海道にあるホンダの鷹栖プルービンググラウンド。これまで日本メーカーだけでなく世界中の自動車メーカーのテストコースを走ってきたが、ニュルブルクリンクを模したという鷹栖のワインディングコースは、タフネスさに加え、美しさという点でも世界屈指のテストコースだ。
そこで対面したタイプSは、ひと目で従来とは異なるモデルであることが分かるデザインに身をまとっていた。中でも最大の識別ポイントは顔つき。ボディ同色の樹脂パーツで鼻先が延長され、その先端にホンダのエンブレムが付いている。より低くシャープになり、精悍な印象だ。
エアインテークも冷却性能と空気抵抗を考慮した形状になり、新形状のリップスポイラーや大型化されたリアディフューザーと相まって空力性能を向上させた。これら空力性能の煮詰めは2020年から稼働し始めた最新式の風洞実験室で行われた。ここでは200km/hを超える超高速域での実験に加え、クルマの角度を変えた状態での計測も可能で、これにより高速コーナーでの安定感も向上したという。実際、200km/hオーバーでのコーナリングも試したが、路面に吸いつくような安定感は明らかに2019年モデルを上回っていた。
3.5リッターV6ターボにモーターを組み合わせ、さらにはフロントにも独立した2個のモーターを持つパワートレーン“SH-AWD”は従来通りだが、エンジンはターボのブーストアップやインタークーラーの性能向上により22馬力プラスの529馬力に。フロントモーターはギヤ比を20%低めると当時に制御ソフトのパラメーターを変更して出力も高め、システム総合出力は従来の581馬力から610馬力になった。
増強されたパワーに対応すべく、タイヤはコンチネンタルの「スポーツコンタクト6」から、より剛性とグリップの高いピレリ「P-ZERO」に換装。トレッドもフロントで10mm、リアで20mm拡大した。
走行シーンに応じて「QUIET」、「SPORT」、「SPORT+」、「TRACK」の4種類からセッティングを選べる“インテグレーテッド・ダイナミクス・システム”は、可変ショックアブソーバーの減衰力、電動パワーステアリング、SH-AWDの駆動力配分に変更を加えている。
■こだわり空力性能が実現した異次元の走行性能
まずは市街地走行を前提としたQUIETモードで走り出す。エンジンを始動させず、できる限りモーターのみで走るモードだが、それでも従来型は少し大きめにアクセルペダルを踏み込むとすぐにエンジンが始動していた。しかしタイプSは少々の上り坂でもモーターのみで走ってしまう。発進時の力強さも明らかに増している。フロントモーターのギヤ比低減と、バッテリーに蓄えた電力をより積極的に使うようリセッティングした影響だ。
ドイツのカントリーロードを模したコースに入ったところでSPORT+モードを選択。比較のために用意されていた2019年モデルと比べると、ショックアブソーバーの減衰力もタイヤの縦バネも上がっている(硬め方向)のだが、驚いたことに乗り心地は全く悪化していない。シワ状の凹凸が連続する路面でもサスペンションはなめらかに動き、何よりバネ上の上下動がスッと一瞬で収まるのが気持ちいい。硬くはなっているが、ドライで気持ちのいい、いかにもスポーツカーらしい乗り味に進化したということだ。
ペースを上げていくと、SH-AWDのセッティング変更がはっきりと分かる。開発を指揮した水上聡氏は「巻きつくようなコーナリングを狙いました」というが、まさにそれで、タイトコーナーでアクセルペダルを踏み込んでいっても、タイプSはラインがふくらむことはなく、外側の前輪を増速させることによる“トルクベクタリング効果”によって、まるでレールの上を走っているかのようなオンザライン感覚のコーナリングを楽しめる。平均的なスキルの持ち主なら自分のドライビングテクニックが上手くなったような感覚を味わえるだろうし、上級者であれば、物理法則をクルマが覆して異次元のコーナリングをするという、従来の経験則では説明のできない新鮮なドライビングプレジャーを満喫できるはずだ。もしこの独特の感覚に馴染めないなら、SPORTモードを選択すればいい。トルクベクタリング効果は薄まり、アクセルのオンオフによる姿勢制御を積極的に使えるようになる。
カントリーロードを抜け、よりハイスピード領域での運動性能を試せるハンドリングコースへと移動する。ここで推奨されたのがTRACKモードだ。このモードではエンジン、モーター、スロットル、9速のデュアルクラッチ式トランミッション、SH-AWD、電動パワーステアリング、横滑り防止装置といったすべての項目が最もスポーツ寄りにセットされる。いわばサーキットでコンマ1秒を削り取るのに最適化されたモードだ。
中高速コーナー主体のこのコースは起伏に富み、前方がブラインドになっているところや、クルマが上下に大きく揺すられるポイント、さらにはジャンピングスポットまである。そんなタフなコースをタイプSは信じられないほどのスピードとスタビリティを保ったまま駆け抜けてくれた。重量物を車体中心に積むミッドシップではあるものの、必要以上にシャープな動きは抑え込まれ、ターンイン時の振る舞いは正確そのもの。だからねらい通りのクリッピングポイントにきちんとつける。
そこからステアリングを戻しながらスロットルを踏み込んでいくわけだが、SPORT+モード時のような、FUNでも曲がり続けるという独特の感覚は薄まり、前輪と後輪のグリップ限界を探りながらアクセルペダルの踏み込み量とステアリングの戻しをバランスさせていくといったドライビングスタイルになる。当然、乗りこなすにはそれなりのテクニックが必要になってくるが、すべてがバッチリ決まった時の快感たるや最高である。もちろん、こうしたドライバー中心のドライビングスタイルではあっても、その背後には複雑な制御が入っているのだが、それらがあくまで黒子に徹しているのがTRACモードの醍醐味だ。
もう一点、「スゴいな!」と思ったのが濃密な接地感だ。スムーズな路面だけでなく、荒れた路面でも接地感が全く失われない。水上氏によると、サスペンションのセッティング変更に加え、空力性能のブラッシュアップがかなり効いているとのこと。いわく「40km/hでも空力性能の向上を体感できる」そうだ。正直にいえば、僕の鈍い体内センサーでは70〜80km/h以下では分からなかったが、水上氏を始めとするホンダのスゴ腕集団が、風洞実験だけでは飽き足らず実際にテストコースを走らせて煮詰めていったというこだわり空力性能が、タイプSに異次元の走行性能を与えているのは間違いない。
■NSXを“最後の日本製スーパーカー”にしてはいけない
これほどの走りの実力を見せつけられると、返す返すも生産終了を惜しまずにはいられない。実際、用意した350台の生産枠は受注開始直後に埋まってしまったという。中でも日本向けの争奪戦はすさまじく、申し込み時に2794万円の全額一括払い、1年間は売買不可といった厳しい条件にもかかわらず30台が瞬殺。3台の販売枠を持つあるディーラーには150件の申し込みがあったという。中には値上がりを見込んだ財テクとして申し込んだ人もいるだろうが、できることならガレージに眠らせておくのではなく、たまにはワインディングやサーキット走行を楽しんでくれたらいいなと思う。
決して成功作とはいえなかったNSXだが、最後の最後に登場したタイプSの素晴らしい性能は、日本唯一のスーパーカーとして歴史にその名を刻むことになるだろう。2040年の脱ガソリンエンジンに大きく舵を切ったホンダが再びこの領域に参入してくるかどうかはなんともいえない。が、できるだけ早く世界をあっといわせるような電動スーパーカーを出してきて欲しい。フェラーリもポルシェも、それを作り続ける“人”がいるから素晴らしい商品を作れるわけで、開発をストップしたらノウハウの継承が途絶えてしまう。NSXを“最後の日本製スーパーカー”にしてはいけない。
<SPECIFICATIONS>
☆タイプS
ボディサイズ:L4535×W1940×H1215mm
車重:1770kg(カーボンセラミックブレーキローター装着車)
駆動方式:4WD
エンジン:3492cc V型6気筒 DOHC ターボ+モーター
トランスミッション:9速AT(デュアルクラッチ式)
エンジン最高出力:529馬力/6500〜6850回転
エンジン最大トルク:61.2kgf-m/2300〜6000回転
モーター最高出力(前/後):37馬力(1基当たり)/48馬力
モーター最大トルク(前/後):7.4kgf-m(1基当たり)/15.1kgf-m
価格:2794万円(完売)
文/岡崎五朗
岡崎五朗|多くの雑誌やWebサイトで活躍中のモータージャーナリスト。YouTubeチャンネル「未来ネット」で元内閣官房参与の加藤康子氏、自動車経済評論家の池田直渡氏と鼎談した内容を書籍化した『EV推進の罠』(ワニブックス)が発売中。EV推進の問題だけでなく脱炭素、SDGs、ESG投資、雇用、政治などイマドキの話題を掘り下げた注目作だ。
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- Original:https://www.goodspress.jp/reports/404706/
- Source:&GP
- Author:&GP