地政学的な意味よりも、成長のほうをはるかに重視するテクノロジー分野では、米中間の「分離」を推進することは、回避できない脅威をもたらす。分離という概念があいまいであるため、その危険性は増すばかりだ。
米国の中国不信、とりわけテクノロジー分野における不信は今に始まったことではない。10年ほど前のオバマ政権時代に、議会は、Huawei(ファーウェイ)とZTEを米国の通信市場から締め出す処置を取った。しかし、ジョージ・W・ブッシュとバラク・オバマ政権時代には、中国との対話が広く推進され、2大経済大国で妥協点が見いだされた。中国がグローバル経済のリーダーとして台頭し、米国の重要な貿易相手として地位が高まると(1989年には米国輸入総額における対中国貿易量は2.5%だったが、2017年には21.6%とピークに達した)、中国を米国主導のグローバル貿易システムに組み込もうとする動きが出てきた。2005年には、国務副長官Robert Zoellick(ロバート・ゼーリック)氏が、グローバルな貿易システムへの中国の参入を受け入れることによって、このシステムは機能し続けるという仮定の下で「責任あるステークホルダー」としての中国という考えを提唱した。
その少し前、米国は中国の世界貿易機関(World Trade Organization)への2001年加盟に同意した。この時期は転換点として見られることが多いようだが、実際には単なる通過点に過ぎなかった。その年、米国の総輸入額に占める中国の割当はすでに9.0%に達していた。さらに、中国製品の輸入額の増大は、アジア貿易のリバランスに大きな影響を与えた。1989年から2017年の間に、米国総輸入額に占めるアジア諸国(中国も含む)の割当は42.3%から45.2%に増大したに過ぎなかったのだから。中国の相対的な成長は日本やマレーシアなどの国々のシェアを奪う結果となり、アジアにおける勢力バランスが書き換えられた。この変化は、標準的な貿易会計処理によって誇張もされた。中国で完成し、中国の付加価値を10%しか含まない製品でも、貿易統計では100%中国製とみなされるからだ。
製造国がどこであれ、重要なのは十分に成熟したアジアのサプライチェーンに中国が主要プレイヤーとして組み込まれたということだ。しかし、関係は深まっていたが経済システムがまったく異なるため、米中間の隔たりは蓄積していった。トランプ政権下では、新たな貿易障壁のほうが優先され,、対話は後回しにされた。米国が中国からの輸入品に数千億ドル(数十兆円)の関税を課すると、中国側も米国製品の関税を引き上げて対抗した。トランプ政権の関税政策は当初、最終的な政治目標を達成するための一時的な手段とみなされていたが、トランプ政権内部には、2国間の貿易量が減少することに価値を見いだしていた有力な政策立案者もいた。
トランプ政権で国家安全保障顧問代理を務めたMatthew Pottinger(マシュー・ポティンガー)氏は後に次のように書いている。「主要な米国機関、とりわけ財務およびテクノロジー関連の各機関は、数十年に渡る『深い関係性』(つまり、何よりもまず経済協力と貿易を優先する対中政策)によって自己破壊的な習慣に陥ってしまったのです」。そして、そこから抜け出すには「ハイテク分野で主導権を握るという中国の野心をくじくために」大胆な策を取るべきだとしている。バイデン政権は最近、長期に渡る検証の結果、トランプ政権の関税政策を維持すると発表し、議会はテクノロジー面での脱依存を支援するイニシアチブへの資金供給を後押ししている。中国への依存、とりわけテクノロジー面での依存を減らそうとするこうした動きは、広い意味で中国との「分離」になると考えられる。
米中間の分離を求める新たな声が強まっている現状を見ると、分離という言葉は明確に定義されていると思うかもしれない。だが、少し考えてみれば、この言葉は明確さに欠けることが分かる。もちろん、上記の関税障壁によって米中間の貿易量は減少する方向へと向かうだろうが、そもそもこの政策の着地点はどこなのだろう。
分離とは、米国が海外からの、および海外への直接投資を控えるということなのか。米国債の購入などポートフォリオ投資も禁止するのか。米国は中国企業によって製造された最終製品の輸入を回避するべきという意味なのか。中国で生産活動をしている欧州の企業についてはどうするのか。中国国外で製造しているものの、中国製の部品を使用している欧州や米国の企業はどうするのか。あるいは、中国市場で販売しているため、おそらく、中国の影響を受けていると思われる企業についてはどうするのか。
米中2大経済大国間の広範に渡る経済関係を考えてみれば、この2大国を完全に切り離すことなど不可能だということがわかる。中国を排除しようとしても、おそらく、勢力関係のリバランスが起こるだけで、中国がサプライチェーンから消えることなどありえない。これは、EU各国などグローバルな経済大国が、中国との分離など、たとえ漠然であっても考えてないことからも、間違いのないところだ。
このように米中の分離というものの性質が漠然としていることは、テクノロジー分野にとってとりわけ大きな脅威となっている。数十年に渡って、規模の経済性を活かし、製造コストを下げることを追い求めた結果、テクノロジー分野では製品のグローバルな製造が高度に統合されていった。特に、半導体など、最近登場した競争の熾烈な分野では、大規模な投資を事前に行う必要がある。そのため、急激なルール変更の影響を特に受けやすい。政策立案者たちは、サプライチェーンの中断という困難な時期に(分離という)疑わしい概念に実体を与えようと躍起になっている状況だ。議会が提案しているいくつかの法案のように、そうした分野に膨大な補助金を支給するという政策は魅力的に思えるが、日本などの国が同じように自国の企業に補助金を支給して対抗してくると、その効果は失われる。
米国が上記の質問に対して過激な答えを返し、中国との分離について絶対主義的な立場を取れば、米国は自国の技術力を損ない、グローバルな部品調達競争への参戦を自ら拒否し、他国に力を与えることになるだろう。現時点で政治的に実行可能な唯一の代替策として考えられるのは、米国が穏健な立場をとり、中立的な立場を模索するというものだ。そうなると、ルールは常に進化し予測不能となる可能性が高い。
いずれにしても、米中分離の支持者たちはこうした動きは非生産的であると気づくことになるだろう。その結果、戦略的政策に関する懸念を解決するどころか、米国のテクノロジー分野でのリーダーシップの翳りが真っ先にもたらされることになるだろう。
編集部注:本稿の執筆者Phil Levy(フィル・レビー)博士は、Flexportのチーフエコノミスト。それ以前は、ホワイトハウスや国務省で国際経済政策を担当していた。
画像クレジット:xPACIFICA / Getty Images
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(文:Phil Levy、翻訳:Dragonfly)