朝、目覚めたあとに、「まずコーヒー」という人は多いだろう。全世界でコーヒーは毎日22億杯飲まれている。つまり、(正確ではないが)世界人口の4分の1の人にとって欠かせない飲み物である。世界中で石油の次に多い流通量というのもうなずける。
しかし今のままでは、おいしいコーヒーを飲めなくなる時代がやってくるといわれている。「コーヒー2050年問題」だ。
その問題とは何か、何がその原因となっているのだろうか。コーヒー豆のダイレクトトレードプラットフォームを提供するTYPICAが開催したメディアセミナーで、それらに加え、同社の考える解決策や、実際に見られている成果について代表 後藤将氏に聞いた。
コーヒー2050年問題
私たちが普段飲んでいるコーヒーは、赤道を挟んで北回帰線(北緯25°)と南回帰線(南緯25°)に挟まれた「コーヒーベルト」と呼ばれる、地球上でもごく限られた地域で生産されている。そのため、消費量の多い欧米をはじめ、日本でも輸入に頼らざるを得ない。つまり、コーヒーは貴重な農産物なのだ。
しかし、過去30年間で世界のコーヒー生産は600万トンから1030万トンへと70%も増加している。
喜ばしいように見えるこの成長の裏にあるのが、これまで生産していなかった国のコーヒー業界への台頭だ。以前であれば主要な生産国はコロンビア、メキシコ、エチオピア、グアテマラ、エルサルバドルなどであったが、最近ではベトナムといった東南アジアでも生産が盛んになってきている。
もともと生産量の高かったブラジルと、近年になって生産を開始したベトナム。この2国による大量生産が、コーヒー生産の増加の85%を牽引している。
では何が問題なのか。
コーヒーの品種(原種)にはアラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種があり、全流通の60%をアラビカ種が占めている。
このアラビカ種は、高品質で、いわゆる「おいしい」コーヒー。缶コーヒーなどでも、誇らしげに「アラビカ豆使用」とプリントしてあるものを目にしたことがあるだろう。
おいしくて高品質な反面、アラビカ種は病害虫に弱く手間がかかる。つまり、コストがかかるのだ。
しかし、気候変動による収穫量の減少、収穫可能なエリアの変化、買い手が価格を決める「先物市場」という取り決めなどにより、生産者が1年もの間、手間ひまかけて生産したコーヒーで生活できなくなりつつある。しかも、大量生産する国が生産量を上げてきたことから、需要と供給のバランスが崩れ、価格が下がり気味。流通量が増えれば増えるほど、小規模生産者の手取りが減り、コーヒーで生活できなくなってしまうのだ。
そうすると、生活のためにマンゴーやバナナといったリスクが少なくコストのかからない農産物へと添削する農家が増える。その結果、これまで小規模ながらも高品質で希少なコーヒー豆を輩出していた生産者が減り続け、2050年には「普遍的」で「平準化」されたコーヒーは飲めても、おいしくて高品質、かつ個性豊かなコーヒー(ケニア、メキシコ、エルサルバドルといった産地のもの)を飲めなくなってしまうと予測されているのだ。
これがコーヒー2050年問題といわれているものだ。
サステナビリティ×DX=TYPICA
では、30年後の世界にもおいしいコーヒーが存在し続ける方法はないのだろうか。
それを解決する1つの鍵は、生産者がコーヒー豆の生産で生計を立てられるようにすることだ。つまり、生産者が生活を続けられるようにすることが、おいしいコーヒーのサステナビリティにつながる、というわけだ。
TYPICAは、コーヒー豆生産者が国際価格で売らざるを得ない状況から、世界各地のロースターに適正価格でダイレクトトレードできるような仕組みを整えた。
それが、社名にもなっているコーヒー豆のダイレクトトレードプラットフォーム「TYPICA」だ。
TYPICAの仕組みはこうだ。
コーヒー豆の生産者がニュークロップ(収穫し精製したて)のコーヒー豆を、TYPICAのオンラインプラットフォームに登録(オファー)する。ロースターは更新されたオファーリストから、購入したい生産者のコーヒー豆を選び、価格を確認して予約する。単位は麻袋で、1袋に約60キログラムの生豆が入る。
予約数が確定したところで、TYPICAが総数を取りまとめ、輸入する。国内到着後、各ロースターに配分。在庫を持たず、在庫から受注分を配送するわけではないため、到着したばかりのフレッシュな生豆をロースターに届けられる。もちろん、在庫を持つことによる余計なコストもかからない。
一般的に、個人店のロースターが生豆を購入するのは問屋や卸業者からである。それら業者は、商社がコンテナ単位(約18トン)で仕入れて流通させたものを取り扱う。その結果、チェーン店ではないロースターは、「一般的」な「よく知られている」生豆を仕入れるほかない。独自性を打ち出すとしたら、焙煎方法やブレンドの比率を変更するぐらいしかなかったのだ。
しかし、TYPICAを利用することにより、名前を知ることがなかったような中小規模の農園が作る、高品質で希少なコーヒー豆に出会えるため、他店との差別化を図れるようになる。
国内で名前の知られていない中小規模の農園で作られたコーヒー豆の買い付けに不安を感じさせないよう、TYPICAでは次のようなものを提供している。
- サンプルリクエスト:オファーリストの中から、生産者(農園または精製所)の扱っている品種を選び、リクエストする。ロースターは、届いたものをカッピング(ワインでいうところのテイスティング)して購入を検討する
- カッピングコメント:カッピングしたロースターは、オファーリスト内にカッピングコメントを書き込める。それを参考にして購入を検討する
- 生産者情報:コーヒーの味を決めるのは品種だけでなく、エリアや標高も関係している。開示されている生産者情報をもとに味を予測し、購入を検討する
実際に、サービスを利用しているロースターの1人である石井康雄氏(Leaves Coffee Roasters)は、「新しい農園を発見することにより、他店との差別化が図れる。大規模ロースターのようなネームバリューがなくても、高品質なコーヒーを入手するチャンスが与えられている」とコメントした。
ケニアでコーヒーカンパニーを経営しているピーター・ムチリ氏(ロックバーンコーヒー)は、「生産者からロースターの元へ豆が届くまでの費用に透明性があるおかげで、生産者のモチベーションが上がっている。なぜなら、彼らにきちんとした対価が支払われていることがはっきりわかるからだ」とコメント。ボリビアで精製所を経営しているフアン・ボヤン・グアラチ氏(ナイラ・カタ)は、TYPICA側の人がインタビューのために生産者と会うので、信頼関係が生まれ、モチベーションもアップして、コーヒーの生産を続けるという意志が生まれている。また、ヨーロッパやアジアのロースターに、自分たちの豆が届く、ということも、彼らに良い影響を与えている」と語った。
なお、TYPICA自体のサステナビリティも気になるところだが、現在のところロースターから得る手数料(15~30%。購入袋数によって段階的に遷移)によってマネタイズしているという。
世界59カ国でサービスを開始したとはいえ、まだ赤字状態が続いている。「2025年が損益分岐点になるだろう。今は、投資を受けつつ、面を取りにいく段階にある」と後藤氏は語った。
コーヒーを愛するすべての人がコーヒーを愛し続けられるように
「これまで、ロースターが、離れた場所にいる生産者について知るすべはほとんどなかった」と後藤氏。「今回のように我々がオーガナイズしたイベントに、生産者とロースターにオンラインで参加してもらうことで、お互いの顔を見られるようになった。それが、ロースターにも生産者にも良い影響を与えている」という。
また、「今まで、中小規模の生産者は、世界にオファーできなかったが、TYPICAのプラットフォームを通じて、ダイレクトトレードが可能になった。ロースター側も中小規模の生産者からオンラインで購入できるようになった」と述べ、「これがコーヒー業界のDXたる所以だ」と説明した。
共同代表の山田彩音氏は「大規模生産されたものが大量に流通するようになったため、コーヒー豆の生産地に依る多様性が失われているという声がある。また、どのロースターに行っても、同じような品種しか置いていない。TYPICAというプラットフォームを利用することで、ロースターはオリジナリティを発揮できるし、客側としてはスペシャリティコーヒーを身近なロースターで楽しめるようになる。生産者の生活も守られ、持続性に役立つと考えている」と、TYPICAが果たす役割についてまとめたていた。
鈴木洋介氏(ホシカワカフェ)は、「遠い国にいる生産者も、私たちと同じように生活しているんだ、という意識を改めてもてるようになった。彼らの中には、自分たちが生産したコーヒーを飲んだことのない人がいることだろう。『あなたの育てたコーヒーは、こんなふうに焙煎されました』と、生産者に飲んでもらえる仕組みを作ってもらえたら」とコメントとともに要望を出した。
今後の展望については、「マンツーマンで、オンライン商談できる場を提供したいと考えている。言語の壁があるので、通訳付き。チケット制にして30分間、直接商談してもらえるようになる」と後藤氏。それがもたらす「おいしくて高品質」なコーヒーの持続性への効果について、次のように期待を込めて語った。
「これにより、中小規模の生産者であっても、世界中のロースターを相手に取引できるようになり、農園を続けるモチベーションを保ってもらえる。また、自分たちが販売した価格と、ロースターが購入した価格の差について透明性が保持されているため、搾取されているという気持ちが生まれない。正当な対価が支払われていると感じてもらえる。
コーヒー生産で生活できるようになれば、農園を続けたいと考えたり、もっと質の高いものを生産したいと試行錯誤したりしてくれるようになる。それが、多様で希少なコーヒーのサステナビリティへとつながるのだ」と後藤氏はいう。
画像クレジット:YASUAKI HAMASAKI
- Original:https://jp.techcrunch.com/2021/12/06/typica-coffee-dx/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Marika Watanabe