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ハードだけでは成立しない「空飛ぶクルマ」の実用化、安全な空の移動に欠かせないインフラとは

全世界で「空飛ぶクルマ(eVTOL)」の開発が加速し、自由な空の移動を気軽に楽しめる未来が現実味を帯びてきました。

一方、実際のサービスインを想定した場合、機体の本体はもちろん、安全な空の移動を支えるインフラ構築も欠かせません。

エアモビリティ株式会社(以下、エアモビリティ社)は、「空飛ぶクルマ」の販売プラットフォームに加え、安全な運航を支えるシステムプラットフォーム「AirMobility Service Collaboration Platform(以下、ASCP)」の構築を進めています。

同社の代表取締役社長&CEOを務める浅井 尚 氏に、今後重要度が一層高まる「空のインフラ」について伺いました。

「空飛ぶクルマ」は機体の開発のみにあらず

――まずは、エアモビリティ社を立ち上げた経緯について教えてください。

浅井:新規事業の立ち上げなどをおこなう、イーグルマーケティング社という別会社があり、私は同社の代表も務めています。国内外からさまざまな新規事業の引き合いがあり、そのなかで事業性があると判断したら、会社として独立させています。

いわゆる「空飛ぶクルマ」に関しては2017年ごろから取り組んでいて、2019年8月に事業会社として独立させたのが、エアモビリティ社です。

――「空飛ぶクルマ」の事業だと、機体の開発も選択肢にあったと思います。インフラ開発を選んだのは、どんな経緯があったのでしょうか?

浅井:空飛ぶクルマのメーカーであるVRCO社(イギリス)から、「日本でのパートナーシップを結ばないか」と持ちかけられたのがきっかけです。

そこで「空飛ぶクルマ」の事業を詳しく調査していくと、「単なる販売代理店契約を結んでも、おもしろくないな」と思ったんです。日本で取り組むなら、まだ前例がないインフラやプラットフォームの構築に取り組んだほうがいいだろうと考え、エアモビリティ社の設立へとつながりました。

「販売+システム」2つのプラットフォーム

――御社が掲げる「空のプラットフォーム」構想について教えてください。

浅井:われわれが開発するプラットフォーム事業は、大きく2種類に分かれます。

まずは、空飛ぶクルマの輸入販売プラットフォーム事業です。これは輸入や販売に加え、リース、保険、離発着場の建設やメンテナンスまでのプロセスを、オールインワンでおこなうプラットフォームです。

たとえば、輸入や通関であれば商社、保険なら損保会社といった具合に、それぞれのプロセスに強い事業者が国内には数多く存在します。各プロセスに1社ずつ、できれば出資という形で参加していただき、システム連携によりバリューチェーンを形成する仕組みです。

海外の「空飛ぶクルマ」メーカーから見ると、全てのプロセスがシームレスにつながっていて、このプラットフォームを通せば、独自に輸出入事業や販売市場を開拓する必要はなく、機体の開発に専念できるわけです。

「AirNavi」で安全な空の移動を

――もう一つのプラットフォームについても教えてください。

浅井:もう一つ開発を進めているのがインフラのシステムプラットフォームで、われわれは「ASCP」と呼んでいます。「空飛ぶクルマ」を運航させるには、安全な運航を支援するルート設定やナビシステムが必要です。

ASCP上にも色々なシステムが必要となりますが、その一環として「AirNavi」を開発しました。現在、数社と協業してさらなる開発を進めています。

また、実際のサービスインを想定した場合、運航ルートのリスクアセスメントも重要です。「空飛ぶクルマ」を運航する際は、ドローンと同様に損害保険が必要になります。ただ、従来の損害保険では、リスクを評価して状況に応じた最適な保険を提案するのは難しい、と考えています。

――たとえば、どのようなリスクを考慮するべきなのでしょうか?

浅井:まず晴天と雨天では、リスクの度合いは当然異なります。また、学校などの施設の上空を飛ぶ場合は、休日なら建物への損害を想定し、平日なら人的な被害も想定する必要があります。

条件に応じた保険のダイナミックプライシングができて、運航時に最適な保険を選択できるようなシステム「Dynamic Risk Acesment System(DRAS)」の開発を進めています。

――それらを「ASCP」のプラットフォーム上で展開するわけですね。「AirNavi」は空飛ぶクルマにとっての「カーナビ」というイメージでしょうか?

浅井:自動車の場合は道路標識がありますが、上空には設置できません。ですから、ナビシステムが最適なルートを提示して、安全な運航を支援する必要があると考えています。

「AirNavi」のシステムを利用すると、機体情報や気象データ、3D地図データや離発着場のデータを取得して運航ルートを作成できます。さらに、航空監視システムとコミュニケーションをとって、航空機やドローンと干渉しない安全な運航ルートを確保することが可能です。先ほど申し上げた保険の選択と決済も、システム上でおこなえるよう開発しています。

エアモビリティが推進する開発の現在地

――昨年12月には「AirNavi」の実証実験を三重県でおこないましたね。検証した内容を教えてください。

浅井:現在、「空飛ぶクルマ」の実用化に向けて、三重県と東京海上日動、弊社の3者で包括協定を結び、取り組みを進めています。

実用化に向けては、大きく3ステップで計画しています。まずは、ドローンを空飛ぶクルマに見立てて「AirNavi」のシステムで運航する。次に実際の「空飛ぶクルマ」を用いた無人運航。最後に利用者を乗せて運航する、という計画です。今回検証したのはその1段階目にあたります。

――実証実験の手応えはいかがでしょうか?

浅井:われわれのようなサードパーティによるナビシステムが作ったルートを、ドローンが自動で運航するのは、非常に画期的な試みです。実証では2.7kmのコースを安全に飛ぶことができ、結果には満足しています。

――あえて課題を挙げるとしたらなんでしょうか?

浅井:課題となったのは、通信の安定性です。今回は高度40~50mのドローンによる運航でしたので、4Gの電波を利用しましたが、一時的に地上と上空の通信が途絶える場面がありました。

――通信が途絶えてしまった場合、飛行ができなくなるのでしょうか?

浅井:いえ、飛行前に運航ルートのデータを機体にアップロードしますから、ルート上を飛ぶ分には問題ありません。

しかし、通信が途絶えると、緊急時の連絡ができなくなります。たとえば、ゲリラ豪雨などで天候が急変した場合、速やかに最寄りのポートに停車する指示を送らないといけません。ですから、常に通信できる状態を維持する必要があるんです。

――現在、5Gの普及が進んでいますが、それでは解決しない問題なのでしょうか?

浅井:じつは4Gも5Gも、「空飛ぶクルマ」の通信には不向きなんです。将来的に「空飛ぶクルマ」は、ドローン(50~150m前後)よりも高い300~500m前後を飛ぶ想定です。

5Gでも地上から高さ方向に100m程度しか電波が飛びませんから、使用するのは現実的ではありません。今後は、イリジウムのような衛星通信システムの利用を検討する必要があります。

今後のテーマは「社会受容性」?

――今後、国内では「空飛ぶクルマ」の実用化に向けてどのような流れで進んでいくのでしょうか?

浅井:ドローンや空飛ぶクルマの開発競争は過熱していて、アメリカやヨーロッパをはじめ、世界各地でテストフライトなどがおこなわれています。日本でも一部で進んでいますが、世界の状況と比較すると遅れているのが正直な現状です。

――御社をはじめ、国内各社は2025年を一つの目標としているようですが。

浅井:現在、2025年の大阪・関西万博を現実的なターゲットとして捉え、各社が取り組みを進めている状況です。一方で、国内での許認可制度という課題があります。日本にはJCAB(国土交通省航空局)による許認可制度があるのですが、現状では機体の認証を取得するのに2~3年かかります。

そのほか、パイロットが操縦する有人飛行の場合どういうライセンスが必要なのか、どの高度なら飛んでいいのか、そうした点を決めていく必要もあります。

――それがアメリカやヨーロッパと比べた遅れにもつながっているんですね。

浅井:将来的には、アメリカのFAA(アメリカ連邦航空局)やヨーロッパのEASA(欧州連合航空安全局)の規格に準拠することになると考えています。海外メーカーの機体を輸入することも想定する必要がありますから。ただ、今のところ明確には決まっていない状況です。

――御社は万博で、どのような取り組みを披露する計画なのでしょうか?

浅井:「AirNavi」のシステムを使用して「空飛ぶクルマ」の運航をおこないます。また、自動離発着場システム「Intelligence Vertiport(IVport)」を開発し、無人での離発着デモもおこなう計画です。

ただ、見せ方には色々な選択肢があると思っていて、実際に乗客を乗せて飛ぶのか、デモ展示をするのか、これからの開発スピードや業界の情勢次第だと思っています。

――今後、「空飛ぶクルマ」が普及するにあたって、重要な点はなんでしょうか?

浅井:先ほど述べた機体認証や制度の構築などはもちろんですが、それより重要なのは「社会受容性」だと思っています。

――「空飛ぶクルマ」が社会にどれだけ受け入れられるか、ということですね。

浅井:今のままでは、「自分の家の上空を飛んでほしくない」と誰でも思うはずなんです。よくわからない機体の運航に対して、不安を抱くのは当然のことだと思います。

――住民の理解を得るためには、どんな取り組みが重要になるでしょうか?

浅井:受容性を高めるには、社会的なニーズが高い分野から導入を進めることが大切だと考えています。とくに、災害支援や救急搬送など、人命に関わり緊急性が高い分野ですね。

ほかにも、三重県の事例を挙げるなら、公共交通が整っていない地域や、離島間の輸送など、移動に関する課題を解決することで、住民の理解を得られると思っています。サービスの開発に加えて、住民説明会など地道な活動もおこない、社会受容性を高めていく考えです。

(文・和田翔)

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