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言語AIで物書きの仕事はなくなるのか。話題の文章作成AI「ELYZA Pencil」に見る、人間とAIの未来

AIは人間を超えるのかーー。

ニュースなどでよく見るこの問いに、そわそわしている人もいるのではないでしょうか。実際、近年のAIの進化は目を見張るものがあります。

たとえば、2022年3月に株式会社ELYZAが一般公開したELYZA Pencil(イライザ ペンシル)は、キーワードを入力するだけで日本語文章を生成するAI。その精度の高さにSNSでは驚きの声が上がっています。

今回は、ELYZA Pencilの開発秘話のほか、近年のAIを取り巻く状況や今後について、ELYZA PencilのAI開発責任者を務める平川雅人氏に取材しました。

キーワード入力後、約6秒で日本語文章を生成する「ELYZA Pencil」

—— 株式会社ELYZAの事業内容についてお聞かせください。

平川:株式会社ELYZAは、東京大学・松尾研究室発のAIスタートアップです。日本語の大規模言語AIに焦点を当てて、企業との共同研究やクラウドサービスの開発をおこない、ホワイトカラー業務のDXを推進しています。

具体的には、「まとめる、書く、読む、話す」といった、これまで難しいとされていた自然言語処理を実用化することを目指しています。

たとえば、2021年8月に一般公開したELYZA DIGEST(イライザ ダイジェスト)は、「まとめるAI」。入力された文章を3行に要約します。

続いて2022年3月に公開したELYZA Pencilは、「書くAI」です。入力されたキーワードをもとに、約6秒で日本語のタイトルや文章を自動生成します。ニュース記事やビジネスメール、職務経歴書の文章生成の機能を提供しています。

——実際にELYZA Pencilで文章を作ってみたのですが、意図した通りの文章ができて驚きました。

平川:社内検証では、東大生に比べELYZA Pencilの執筆時間は56分の1。そして流暢性は同水準という結果が出ています。

パラダイムシフトが起きている自然言語処理領域

——過去にも同じような文章作成ツールを試したことがあるのですが、こんなに精度は高くなかったように感じます。

平川:じつは、自然言語処理は、この3、4年でパラダイムシフトが起きている領域なのです。

当社がスタートした2018年9月の時点では、言語分野のAIはまだ人間に及ばないとされており、ビジネスシーンでの利用はチャットボットなど精度を求められないものに限られていました。私たちとしても、言語処理において、AIが人間に追いつくには数年かかるだろうと考えていたのです。

しかし、創業から1か月後の2018年10月、ブレイクスルーが起き、状況が大きく変わりました。Googleより大規模言語AI「BERT」が発表されたのです。2019年には「人間を超える」精度を達成するなど、言語分野のAIの成長スピードは著しいものがあります。

——大規模言語AIの登場によって、具体的に何が変わったのでしょうか。

平川:AIに学習させる方法が大きく変わりました。

たとえば、韓国語を学習したことがない人に韓国の大学入試を解かせたいとしましょう。これまでは、いきなり韓国の大学入試問題10年分を渡し、解答するよう指示しているようなものでした。

大規模言語AIの登場以降は、まずは韓国に留学して韓国語をマスターしてから問題を解くよう指示する流れになったのです。

——ELYZA Pencilも、大規模言語AIを活用して開発したのでしょうか。

平川:当社独自の大規模言語AIを使っています。

AIに人間が意図した通りの文章を書かせるというのは、難しいことです。どうやって指示しようかと考えていたところ、長文を書く際に、まずは言いたいことを箇条書きにし、肉付けしていく方法があることを思い出しました。

そこからヒントを得て、ELYZA Pencilには、このような文章を書いてほしいというアウトラインから本文を作成することを学習させています。

日本ではあまり知られていない大規模言語AIのすごさ

——そもそも、どうしてELYZA Pencilを開発し、公開することにしたのでしょうか。

平川:より多くの方々に、大規模言語AIに触れていただきたいからです。

2012年頃から、ディープラーニングの登場をきっかけに第3次AIブームが起こっています。このブームのなかで、画像認識や音声認識のすごさはよく知られており、私たちの生活にもSiriやAlexaなどの形で溶け込んできています。

しかし、ここ3、4年で起きた言語AIのパラダイムシフトについて、海外では知られているものの、日本ではあまり知られていない状況なんです。

——その理由はなんでしょうか。

平川:パラダイムシフト後の技術である大規模言語AIに取り組んでいるプレイヤーが少ないことなどがありますが、何よりも大規模言語AIに触れる機会が少ないことが理由だと当社では考えています。

そこで、ELYZA Pencilをデモサイトという形で無料公開することで、気軽に体験しやすくしました。「言語AIって、なんだかすごいらしい」という感覚を腹落ちさせることができるのではないかと考えています。

——企業からも業務効率化に活用したいとの相談が寄せられていると聞きました。

平川:大規模言語AIを活用することで、主にホワイトカラー領域における大幅な業務効率化が実現できる可能性があります。実際に導入していただいている企業も多数あります。

たとえば、多くのビジネスパーソンにとって、業務時間のうちメールを書くのに充てる時間は決して少なくありません。また、コールセンターで働く方々は、電話対応後に記録を残すことに多くの時間を割いていると言われています。

これらホワイトカラー業務の10%以上をELYZA Pencilを含む大規模言語AIで代替できる可能性があるのではないかと想定しています。余った時間を使って、仕事の質と量をアップできるでしょう。

ビジネス以外ですと、日本語で文章を書くことを練習したい方々にアドバイスするなど、教育面でも活用できるのではないかと考えています。

——精度に関して課題はありますか。

平川:課題はまだまだたくさんありますが、人間にとって一般常識のようなことをAIが理解できていないために生じる問題があります。

たとえば、時間の問題です。4月10日にイベントがあるとします。人間なら案内をメールで送るときに、「出欠は4月8日までにお知らせください」など、出欠返信の締め切りをイベント前に設定しますよね。

一方、AIは時間の関係を学習することが難しいため、出欠返信の締め切り日をイベント後に設けてしまうことがあるのです。

このような問題が、解決すべきこととしてあります。

言語AIで物書きの仕事はなくなるのか

——記者やライターのような、書くことを仕事にしている人たちは、言語AIの進化によってどのような影響を受けると考えますか。

平川:ストレートニュースの翻訳や要約といった仕事はAIが代替していくと考えます。

一方で、企画や、どのような形で読者に届けるかを考えることなどは、AIが対応するのはまだ難しいと感じています。

——よく「AIは人間の仕事を奪うのか」という議論を耳にします。人間とAIは今後、どのような関係になっていくと考えますか。

平川:基本的に単純作業と呼ばれるものは、今後はAIがおこなうでしょう。AIにもまだ課題があるので、完全に代替するまでとなると、まだまだ先のことではないでしょうか。

当社が目指しているのは、人間とAIの共存です。ELYZA Pencilという名前も、鉛筆のように、多くの方々にとって慣れ親しんだツールになってほしいという想いを込めています。

ただ、そのような存在になるためには、先ほどお話したような課題があるのが現状です。今後も引き続き文章執筆AIの精度向上に努め、社会実装を通じて日本語における自然言語処理の発展に貢献していきたいと考えています。

(文・和泉ゆかり)

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