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身近な感覚なのに正体不明。「におい産業」が持つ意外なポテンシャル

私たちのふだんの暮らしは、視覚から得た情報に大きく依存しています。一方、身近な感覚でありながら、じつはわかっていないことが多いのが「嗅覚」。においを感じるメカニズムには、いまだ不明な点も多いそうです。

においの不思議が明らかになることで、私たちの暮らしはどう変わるのでしょうか?株式会社レボーンで代表取締役を勤める松岡広明さんに話を聞きました。

「ロボットの鼻をつくりたい」が原点

――レボーンはどんな事業に取り組む企業なのでしょうか?

松岡:AIとIoTを活用した嗅覚のメカニズムの再現と、においに関する課題解決や新たなサービスづくりを推進しています。

具体的には、においの可視化による食品・化学メーカーなどの製品開発支援、人々の世界を豊かにする香りの創造、産官学との共同研究・開発などに取り組んでいます。

――松岡さんは、13歳のころロボカップ(※)のジュニア部門で世界2位になった経験があるそうですね。なぜロボットではなく、においの分野に取り組みはじめたのでしょうか?

松岡:じつは、ロボットづくりに熱中していた子どものころから、「ロボットには目と耳が付いてるのに、なんで鼻はないんだろう?」という疑問をずっと抱いていたんです。

その疑問から「ロボットに鼻をつくりたい」と考えるようになり、現在の活動につながっています。

※「西暦2050年までに、サッカーの世界チャンピオンチームに勝てる、自律移動のヒューマノイドロボットのチームを作る」ことを目標とした世界的な競技会。ほかに人命救助のシミュレーションなどの種目がある。

――起業しようと考えたのは、どんな理由があったんですか?

松岡:大学で研究に専念することも考えたんですが、その場合においのデータ収集が課題になります。

AIが学習するためのビッグデータを大量に集めるには、やはり商業化していろんな分野にサービスを広げていく必要があると考え、レボーンの設立に至りました。

意外と知らないにおいを感じる仕組み

――ところで、私たちはどのようなメカニズムでにおいを感じているのでしょうか?

松岡:鼻の奥にある嗅覚受容体がにおい分子を受け取って、最終的に脳がにおいを感覚としてとらえます。人間は約400種類の嗅覚受容体を持っていると言われています。

ただ、においの認知、記憶などがどのようなメカニズムで起こっているのか、いまだ解明されていない部分も多く、世界でさまざまな研究が進んでいるところです。

――誰もが持つ身近な感覚でありながら、わかっていない点も多いんですね。

松岡:AIやIoT技術で嗅覚を再現しようとすると、受容体が受け取った化学物質を人間がどう解釈し、どう感じるかをデータに置き換える必要があります。

光の波長や音の振動で表せる視覚や聴覚の情報とは違い、まずその点が難しいといえます。

さらに、約400種類の受容体は、同種のものでも人によって少しずつ性質が異なります。つまり、あるにおいを同時に嗅いでも、人によって感じ方が違うんです。

――御社は嗅覚の再現に向けてどのような取り組みをしているのでしょうか?

松岡:私たちが取り組んでいるのは、「においの物差し」を作ることです。

たとえば、赤・青・緑という言葉や色の定義があるから、私たちは色を認識できますし、色について会話できます。ただ、においに関しては感覚や好みで「いいにおい・好きなにおい」を抽象的に語っているのが現状なんです。

――その抽象的な部分を具体化していくと。

松岡:まずは、世界中のにおいの判別・識別を目標に掲げています。データが蓄積していけば、「人間の鼻はなぜこのにおいを感じるのか」や「どのにおいに人間の鼻は反応するのか」といったことも解明できるようになるでしょう。

――においを判別・識別するには何かデバイスを使用しているのでしょうか?

松岡:弊社が独自開発したセンサーを使用しています。従来のセンサーは、アンモニアなど特定の物質しか検出できないものが一般的でした。

ただ、ふだん「これはアンモニアのにおい」なんて表現は滅多にしませんよね。人間の鼻がにおいを認識するように、特定の物質だけではなく、におい全体を測定できるのが弊社のセンサーの特徴です。

IoTにおいセンサー「OBRE (オブレ)」

AI検査員やAIソムリエに応用

――収集したにおいのデータを、どうやって実際のサービスに活用しているのでしょうか?

松岡:たとえば、バナナを検品する工場で活用する場合、まずは通常のバナナと腐ったバナナの両方のにおいデータを収集し、集めたにおいをもとに「識別AI」を作成します。

その後、検品時にバナナのにおいをセンサーで取得して、「識別AI」が学習したデータと照合して異常を見つける、という仕組みに応用できます。

――AIが検品をおこなうメリットはなんでしょうか?

松岡:製品のにおいをチェックする場合、人の鼻でおこなうことがほとんどです。しかし、においの感じ方には個人差がありますし、体調の影響も受けます。AIによる高精度のチェック機能を提供することで、製造効率や品質向上に貢献できると考えています。

従来は、バナナとか柔軟剤とか製品ごとに専用のセンサーを作る必要があったんです。におい全体をとらえる弊社のセンサーなら一種類で事足りますから、その点がゲームチェンジャーになり得る要素だと考えています。

――そのほか、現在開発中のサービスについても教えてください。

松岡:現在、「官能評価AI」の開発も進めています。人間が感じる「よくわからないけどいい香りがする」といった曖昧なにおいの印象を定量化するサービスです。

たとえば、ソムリエによるワインの評価手法を、センサーとAIで置き換えることができます。

――どんな場面で使うことを想定しているのでしょうか?

松岡:ECサイトに「AIソムリエ」を置くイメージです。たとえば、AIが「このお酒のにおいはこんなチャートです」と瞬時に示せるようになります。

ワインに限らず、日本酒やコーヒーでも同じことが可能です。次のステップでは、利用者の好みと掛け合わせた提案もできるように開発を進めています。

――においの要素が商品選びに加わると、これまでとは違った選び方ができそうですね。

松岡:ソムリエには、においの構成要素を多角的に表示して細かい情報がわかるようにしたり、ワイン初心者には表示項目を減らして商品を選びやすくしたり、利用者に応じたチャート表示も可能になります。

いままでプロだけができたにおいの表現を誰にでもわかりやすくすることは、においに関する語彙力を増やすのと同じことです。

話せる言語が増えたのと同じように、プロと一般人がにおいについて会話できるようになる点が、このサービスの大きな価値だと思っています。

将来の「におい産業」とは?

――今後、においに関するサービスは拡大していくと考えていますか?

松岡:視覚や聴覚の再現としてカメラやテレビが発達して巨大な産業になったように、嗅覚の再現にも大きなポテンシャルがあると考えています。

昨年8月、香りの芳醇さを表す「香度」という造語を商標登録しました。弊社は、この指標を一般的な概念として業界に広めながら、サービスの開発を進める方針です。

――将来、におい産業ではどんなサービスが生まれるでしょうか?

松岡:映画の演出ににおいを使ったり、においセンサーで呼気を取得して病気を診断したり、SNSに写真とにおいを一緒にアップロードしたり、将来的なことも含めると本当にいろいろなサービスが考えられます。

ふだんは意識していないかもしれませんが、暮らしのなかで鼻を使う場面は意外とたくさんあります。そうした場面に向けたサービスが、今後続々と生まれるでしょう。

(文・和田翔)

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