近年、アパレル業界では「商品の供給過多」が課題となっているといいます。なぜ、商品を作りすぎてしまうのでしょうか。
小売業向けの在庫分析システム『FULL KAITEN』を開発・提供するフルカイテン株式会社の瀬川直寛氏に、業界が抱える課題や利益体質な経営に変革していくための対策についてご寄稿いただきました。
アパレル小売業界の在庫問題の現状
アパレル小売業界の在庫問題の現状は「供給過多」に尽きると思います。
これを裏付けるデータをご紹介します。当社が開発するクラウドシステム『FULL KAITEN』を利用する企業の導入当初のデータを用いて、アパレル・ライフスタイル34社(導入ブランド数:168)を対象に調査を行いました。
すると、各企業が抱えている全商品のたった20%の商品で利益の8割を生み出していることが分かりました。
利益を生み出していない残りの下位80%の商品にも店舗の固定費や人件費は割り当てられるため、商品単位では赤字と見られます。
そして、それらの商品は販売するために過度な値引きをして利益を毀損する傾向があります。そのような商品が全体の80%にも及ぶということは、商品が供給過多であるという事実を表していると言えます。
なぜ、そんなに作りすぎてしまうのでしょうか。ここでは、実例を交えて解説します。(下図参照)
まず、繊維産業の市場規模です。
1991年は14.7兆円だったのに対し、2019年は10.4兆円まで減少しており、約30年間で4.3兆円縮小しています。これは市場規模が約3分の2に縮小しているということです。
次に、繊維産業の国内供給点数です。1990年は約20億点でしたが、2019年に約40億点となっているので、2倍に増えています。
繊維産業の市場規模は縮小しているのに生産量は増えており、衣類を作りすぎていることが分かります。これでは商品が売れるわけがなく、結果的に供給過多になっていると言えます。
この背景にあるのは、人口減少と高齢化です。よく耳にする問題だと思いますが、どのくらいの影響があるのか数字のファクトを用いてご紹介します。
まず、日本の人口減少についてです。国立社会保障・人口問題研究所の人口動態の統計データによると、日本では毎年60万人以上の人口減少が継続しており、これは鳥取県と同程度の人口です。
人口動態の統計データからも、この人口減少と高齢化はこの先50年は続くことが明白ですので、アパレルの市場規模はこれから益々縮小するでしょう。
現在の繊維産業の国内供給点数は約30年前と比較して2倍ですが、今後は市場縮小に伴って2倍以上になる可能性もあります。今でこそ全商品の20%から利益の8割が生まれるという構図ですが、このバランスが更に悪化するかもしれないということです。
また、長らく続くデフレで消費者は価格に敏感になっているため、アパレル各社は原価率を抑える方向に力点が寄りがちです。
これは生産量が増えるトリガーにもなっています。さらに、昨今の円安が原因で原価率は上がってしまいましたので、もっと生産量を増やして原価率を抑えるか、それとも値上げするのか、という議論も出てきています。これが、今アパレル小売業界で起きている供給過多の実態です。
なぜ不良在庫化するのか
前述した全商品のたった20%から利益の8割が生まれているという話からも分かるように、利益を生み出していない残り80%の在庫が不良在庫化していると言えます。
なぜそんなに不良在庫化するのかというと、「需要予測」というところに大きな問題があります。アパレル小売業を例に出すと、半年先に販売する商品を今企画しているようなイメージです。
コストを抑えるため海外でまとまった数を生産する必要があり、そのために海外の工場へ早期に発注し完成したら輸入するというような流れです。このように、一般的には半年先の需要を読む予測を行っています。
しかし、半年先のトレンドや天気は当然分かりません。
現在の科学技術では、AIを用いても遠い未来のことは予測できないのです。これは、「予測した後に起きる変化は予測に反映しようがない」というのが理由なのですが、本記事のメインテーマではないため詳細は割愛します。
話を戻すと、アパレル小売業の現場では、商品を企画する段階では何が売れるか分からないため、少しでも売れる確率を上げるために商品の種類(すなわち品番数)を増やすことになります。
品番を増やす(取り扱うカテゴリを広げ商品数を増やす)ことを、「在庫を横に持つ」という言い方をします。しかし在庫を横に持った品番の中でも、どの品番がよく売れるか分からないので、品番あたりの在庫数を多くして欠品を極力避けようとするのです。
これを「在庫を縦に持つ」と言います。つまり、在庫を横に持つと、自ずと縦にも持たざるを得なくなり、在庫量が掛け算式に増えてしまうということです。
このように、用意した在庫の中から利益を生み出す20%の在庫が生まれ、残りの80%の在庫は利益を生み出せず売れ残ってしまうのです。
当たるわけもない半年先の需要を予測して利益を生み出そうと考えていることが、在庫過多の業務フロー上の最大の原因だと言えるでしょう。
ところで、実際は商品を売り始めないと、どの商品が売れるかは分かりませんよね。そのため売れ始めてからのデータを分析して、計画と実績の差異を見ながら販売戦略の軌道修正をしなければなりません。
しかし現状ではよく売れている”売れ筋商品”の分析にとどまっているケースが多いため、全体の20%の商品からしか利益を生み出せていないという結果になっているわけです。
SKU(ストック・キーピング・ユニット/品目)数が何万・何十万という規模になってくると、全商品を対象としたデータ分析を行うのは物理的に困難ですので、一部のよく売れている商品の分析にしか手が回らないという実情があります。
これは別の見方をするとある意味、博打のようなビジネスになっていると言えるかもしれません。
計画に対する軌道修正がなされていないというのは、抱えた在庫を上手に利益に変えるという発想が乏しく、抱えた在庫の中でどれが売れるか/売れないかという、当たり外れだけを見ているに等しいからです。
現場で起きている混乱
ここまで在庫問題は市場縮小や予測偏重が原因だという話をしてきました。
次は組織運営上の課題に視点を移してみたいと思います。
年商約30億円を超えるあたりから、組織のサイロ化(細分化)という課題をよく見かけます。例えば、商品企画、仕入れ、マーケティング、物流、販売などという具合に、組織がサイロ化していきます。
年商が30億円を超え社員数も増えてくると、組織を役割ごとに分けるのは自然なことだと思うのですが、この時に業務やKPIが部分最適化してしまい、利益で横串を刺す全体最適な観点が薄れていってしまうのです。
よく見かける部分最適を紹介してみます。
・商品企画や仕入れ
「売れ筋商品を企画してほしい」「売れ筋商品を欠品させないで」と販売現場から言われる
・マーケティングや販売
「手元にある商品で売り場をつくり、売り上げを立ててほしい」と商品企画や仕入れから言われる
・物流
「売れ筋商品をもっと送ってほしい」と販売から言われる
もう何十年と組織のサイロ化が浸透してしまった企業も多いので、利益で組織に横串をさせる人材が社内にいないという問題も起きています。
抱えた在庫の半分も定価で売れない在庫過多が常態化した時代に、利益を軸に全組織の全体最適を図ることができないというのは、経営にとって大変大きな利益の機会損失を生む結果になります。
組織にこういった課題があると、市場縮小やそれに伴うビジネスモデルの変革に組織が追いつくことは困難です。だから余計に、「需要予測が全てだ」という予測偏重の考えが濃くなっていくという側面もあるのかもしれません。
全体最適を妨げるデータ分析上の課題
ところで、サイロ化した組織に利益で横串を刺そうとした時に、留意すべきデータ分析上の課題も存在します。それは、遅行指標と先行指標の使い分けです。
まず遅行指標についてですが、これは結果を表すデータのことです。小売企業がよく分析しているデータの中で遅行指標の代表的なものと言えば、在庫消化率、在庫回転率、交差比率などです。
これらはその時点の数字を集計した結果なのですが、問題は、遅行指標は結果を確かめるために使うものなのに、改善のために使おうとしてしまう企業が多いことです。
結果は結果に過ぎませんので、それを見て未来を変えることは不可能です。結果が出る前に改善の手を打たないと、結果は変わらないからです。
例えば算数のテストで50点をとったとします。もし仮に親から「70点ぐらいは取ろう」と言われたとしても、それは不可能です。
なぜならそのテストはもう終わっているからです。これが遅行指標です。本当に70点をとりたいのなら、チャンスは次のテストということになります。
しかし親から「次のテストは70点とってね」と言われても、70点とれるかどうかは不確実性が高いです。なぜなら気持ちの問題になっているからです。
実際は次のテストで70点をとりたければ、算数の勉強時間を増やすことなどを考えないといけませんよね。そうすれば次のテストで70点をとれる可能性が出てくるからです。
このように結果(遅行指標)に影響を与える指標のことを「先行指標」と呼びます。
アパレルの在庫に話を戻すと、プロパー消化率(販売した商品のうち定価商品の占める割合)を上げたい場合、マネージャーが担当者に「プロパー消化率を50%から70%に上げてください」と指示をしても簡単には上がりません。
おそらく担当者は「今までもそのつもりでやってきたのにどうすればいいの?」と頭を抱えるはずです。プロパー消化率は遅行指標だからです。
ということは、プロパー消化率の改善に影響を与える先行指標を見つける必要がありますよね。ちなみにプロパー消化率に影響を与える先行指標は2つあります。
1つは、完売するまでにどれぐらいの日数あるいは週数がかかるかという「完売予測日数(週数)」。もう1つは、これから未来の売上や利益にどれぐらい貢献するかという「売上・利益貢献度」です。
このような先行指標を見て仮説を立て、販促施策の実行数を増やすことでこの先のプロパー消化率が変化していくのです。
FULL KAITENはどんなデータを分析しているか
ここまでで、市場縮小・予測偏重・組織の部分最適・誤ったデータ分析という4つが在庫問題を複雑化しているという話をしました。
最後に少しだけ、当社が提供している「FULL KAITEN」について触れてみたいと思います。
FULL KAITENが在庫分析のためにインプットしているデータの一例は以下の通りです。
- 商品マスタ
- 店舗マスタ
- 売上データ
- 在庫データ
これらを導入店舗ごとや商品カテゴリーごとに切り分けるなどし、店舗ごとあるいはカテゴリーごとの年間の売れ方や年間を通じた季節ごとの売れ方の特徴を数値化し、未来の予測に反映しています。
FULL KAITENがアウトプットする未来の予測値の一例を挙げます。前章で述べた「完売予測日数(週数)」と「売上・利益貢献度」という2軸の予測値で全商品の在庫リスクを可視化しています。
具体的には、下図のように「この先何月何日までに売り切れるか?(X軸)」「この先どれ程の売上を生むか?(Y軸)」という2つの軸で在庫一つひとつを評価し、店舗(実店舗・EC)ごとに在庫の「質」を可視化します。
実はこれはほぼ全ての企業で起こっています。Betterの存在に気づけずに販売機会を失っているから、値引きが多くなってしまうのです。
冒頭紹介した「残り80%の在庫」の多くはBetterに含まれているので、これらの存在をタイムリーに把握して在庫リスクが悪化する前に販促をできるだけ値引きを抑えて優先的に行うことによって、いま手元にある在庫からこれまで失っていた利益を確保しつつ売上を立てていくことができます。
つまり利益の機会損失を抑制できるということです。私たちはこれを「在庫の運用効率を上げる」という言い方をしています。
膨大なデータをクラウドに連携する際の苦労
当社ではデータ連携を行う専門チームがありますが、専門チームといえども、お客様のデータ構造を把握しデータ連携していく作業には苦労します。しかし、これは大きなやりがいを感じるプロセスでもあります。
今まで様々なお客様のデータを拝見しましたが、面白いことに同じ業種であっても商品マスタが同じ構造というお客様はいません。これは、各企業で管理したい情報が異なるためですが、商品マスタ構造の業界標準が存在しないこともデータ分析力が育たない一因だと私は思っています。
例えば商品を管理する品番体系1つをとっても、品番の上位何桁がカラーコードで、 下位何桁はサイズコードという組み合わせで1つの品番になっているケースと、カラーコード、サイズコードを分けて管理している会社もあります。
このように、各社のデータ仕様が統一されていないという事情が、分析手法の統一が業界全体でなされにくいという風土を生んでしまっていると感じています。
もし各社のデータ仕様が統一されていれば、うまくいっているA社の在庫分析手法を共有することで、各社の分析レベルが統一され全体のレベル向上につながります。しかし各社がそれぞれの分析を行うと、成功パターンが業界全体で共有されないまま時間が経過していきます。
FULL KAITENではこの問題を解決するために、バラバラな指標を統一し各社の成功パターンを横展開しやすくしています。業界として分析レベルを上げることで、利益体質な経営の実現を目指しています。
利益体質な経営に変革していくために
本記事では、日本のアパレル小売業における在庫データの問題について、市場縮小、予測偏重、組織の部分最適、誤ったデータ分析という4つの視点から原因と解決策を述べてきました。
日本は人口減少と高齢化が同時に進み、市場はどんどん縮小しています。そのような環境下で、これまでのように在庫の物量で勝負する経営は持続可能と言えるでしょうか。
今までのように当たるわけもない半年先の需要を予測して利益を生み出そうとするのではなく、「抱えた在庫を上手に利益に変える」という発想のもと、商品を売り始めてから計画と実績との乖離を軌道修正することが重要です。
そして結果を示す遅行指標だけを見るのではなく、結果の改善に影響を与える先行指標を見つけることで利益の機会損失を抑制できるのです。
ぜひ自社にあった先行指標を見つけ、仮説を立てて実行数を増やすことで利益体質な経営に変革していただきたいと思います。
<著者プロフィール>
瀬川 直寛
フルカイテン株式会社 代表取締役慶應義塾大学理工学部で天然ガスの熱力学変化に関する予測モデルを研究。ベビー服ECの経営者として、在庫問題が原因で3度の倒産危機に直面。それを乗り越える過程で外的要因や予測不能な変化に強い小売経営モデルを生み出し、『FULL KAITEN』を開発。
2017年11月、FULL KAITENをクラウド事業化し、SaaS型システムとして販売を開始。2018年9月にはEC事業を売却し、FULL KAITENに経営資源を集中している。
小売業の「在庫」を「利益」に変えるクラウドサービスとして評価を確立。現在、全国の大手アパレル企業やスポーツメーカーなどで導入が進んでいる。
当社は2021年7月、ジャフコ グループ株式会社が運用する投資事業有限責任組合を引受先とする第三者割当増資により、5億円の資金調達を実施。累計調達額は8億円超となり、FULL KAITEN新機能のリリースも控えさらに注目を浴びている。
- Original:https://techable.jp/archives/185865
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部