かつて世界のビジネスを牽引したメイドインジャパン。戦後、製造業を中心に世界のイノベーションをリードしていた“ゴールデンタイム”もいまや過去。近年はユニコーン企業がアメリカ、中国を中心に、日本はイノベーションにおいて大きく差をつけられている。その問題はどこにあるのか。
リブ・コンサルティングにおいて、ベンチャー企業・大手企業の事業開発コンサルティングを行う森一真氏に、日本がイノベーション分野で世界に後れを取った原因と日本に求められる改善策についてご寄稿いただいた。
かつてのイノベーションカンパニー、“ユニコーン”企業が少ない日本
日本のスタートアップエコシステム(大企業や大学の研究機関、公的機関などが連携を図り、スタートアップを生み出すシステム)が世界的にあまり注目されていないことは周知の事実だろう。
その理由のひとつには、言語や文化の壁があることが挙げられる。しかし、イノベーション発展において注視すべき点は「日本では多くの“ユニコーン”企業が生まれない」と認識されていることではないだろうか。
ユニコーン企業とは、企業評価額が10億ドル以上で設立10年以内の非上場企業である。通常、設立から10年以内に企業評価額が10億ドルを超えることは非常に難しく、2013年にユニコーン企業という言葉が使われ始めた頃は世界で数十社しかなかったという。
このような希少性から、伝説の生き物であるユニコーンという名前がつけられたのである。
ユニコーン企業と呼ばれるためには、「設立から10年以内」「企業評価額が10億ドル以上」「非上場企業」「テクノロジー企業」の4つの条件をすべて満たしている必要がある。
現状のユニコーン企業がどれくらいいるのだろうか。2022年時点では、米が554社、中国が174社、GDPが日本の3分の1しかない韓国が12社のユニコーンを輩出しているのに対して、日本のユニコーンはわずか10社に留まっているようだ。日本のユニコーンが少ない理由と、実際にこの認識が正しいかを検証するためには、日本のスタートアップが置かれている状況を理解する必要がある。
国別ユニコーン企業輩出ランキング(2022年7月時点)を見ると、世界各国でユニコーン企業が誕生しているが、中でもアメリカと中国が圧倒的な比率を占めているという。
近年、多くのユニコーン企業を輩出しているアメリカに続いて、中国やインドでもユニコーン企業が増えているという。では、ユニコーン企業を生み出すためのヒントを探っていくため、いくつかの分野に分けた取り組みを見ていく。最後に、スタートアップの取り組み状況についても整理する。
日本のイノベーション開発に不足しているピースは何なのか?
日本のイノベーション開発に不足しているピースは、主に3つ挙げられる。
新たな価値を生み出すために必要な「研究開発」、アイデア創出や事業化の推進までをリードする「人材」、事業としてアイデア創出を行う「オープンイノベーションに向けた取り組み」だ。
本章ではこの3点について解説し、日本でユニコーン企業を生み出すためのヒントを探っていく。
①研究開発
企業部門の研究開発費の国際比較をみると、日本企業の研究開発費用は2009年に落ち込んだ後、微増傾向にある。一方アメリカは、長期的に世界トップの規模を保っており、2017年は40兆円を超えている。中国は、2000年代以降に急激に研究開発費が増加しており、2012年にはEUを上回り、2017年には39.4兆円とアメリカに迫る勢いで増加している。
企業部門の研究者数の国際比較をみると、日本の企業の2018年における研究者数は、約50万人で日本の研究者数は2000年代後半から横ばいに推移。そのほかの国については、中国が105.6万人と世界第1位の規模であり、次いでアメリカが97.3万人、以降ドイツが24.7 万人、フランス17.4万と続く。この図から分かる通り、日本の企業の研究者数は、先進国の中でも多く、規模としては3位と高い水準を誇っている。
研究者数や従事者数が世界でも高い水準にあり、現状は世界トップクラスのイノベーション体制を維持しているにもかかわらず、日本企業でイノベーション創出が進んでいない原因とはいったい何だろうか。
多くの日本企業が感じているイノベーションの阻害要因としては、「新しい技術・知見獲得の機会不足」「必要な研究能力と既存人員のミスマッチ」「新技術への投資の不足」といった内容が挙げられる。以上のように、日本企業の研究開発における取り組み状況をみると、研究開発費や従事者数は、米・中に次ぐ第3位と世界でも高い水準にあり、現状は世界トップクラスのイノベーション体制を維持している一方で、新技術・知見を獲得する機会の不足や、必要となる研究能力と人材とのミスマッチなどが課題として見受けられた。このように、日本は研究開発の規模は高水準である一方で、研究開発環境や人材不足など、将来の研究開発能力の低下につながる要素が潜在しているのである。
②人材
日本では終身雇用制度のあり方に関して問題視されているが、イノベーション創出を目指すにあたって、人材の流動性が大きな論点になると考えている。
勤続年数別雇用者割合についての国際比較をみると、日本は勤続年数が10年以上の雇用者の割合が44.5%、1年未満の割合が8%となっている。この結果から、日本は勤続年数が長い傾向が強く、特に勤続年数が1年未満の割合は、他国に比べかなり低い水準と言える。 また、平均勤続年数をみると、アメリカが4.2年となっている中で、日本の平均勤続年数は12.1年であり、日本は他国と比較しても同一の組織での平均勤続年数が長い傾向にあることが分かる。日本において、平均勤続年数が長いことは必ずしも悪いことではない。これまで日本が「PDCAサイクル」を回して製品の質の高さを維持したり、持続的な改善を続けたりする中で、平均勤続年数が長いことは有利に働いてきてきた。
しかし、新たな事業の創出を目指すにあたっては、適した人材を必要に応じて獲得することや人材の流動性を促進させることが必要であると考えられる。
今回は解説を省くが、人材における課題としては流動性以外に多様性や成果を出す人材を活用する制度があるが、人材活用の制度が整備されていないことはイノベーション創出において深刻な課題となっていることも重要な論点と言えるだろう。③オープンイノベーションに向けた取り組み
日本のイノベーション創出のための取り組み状況をみると、研究開発における直近5年の状況としては、長期的な成果よりも、短期的な成果を求める傾向が強まっていることが考えられる。
オープンイノベーション活動の実施率においては、日本企業が47%、欧米企業が78%となっており、日本企業は、欧米企業と比較してオープンイノベーションに対する活動の実施率が低い傾向にある。
オープンイノベーションを実施しない理由としては、リソースの不足が23%、手間・時間の不足が21%、社内の理解の得にくさが18%など、必要な予算・人員の獲得が十分にできていないこと、社内の理解が十分に得られないことが挙げられる。この結果から、日本はオープンイノベーションに関するメリットとデメリットの理解や取り組みを十分に進めることができていない「発展途上の段階」であり、さらなる進化の余地があるのではないかと考える。
日本にユニコーンが少ない理由は「起業」のしづらさではない?
日本においてスタートアップを取り巻く環境はどのようになっているのだろうか。実のところ、日本ではベンチャー企業の開業数が海外と比べてもそれほど低くない。
「日本は開業率(=開業数を総企業数で割った値)が低い」と言われるが、それはこの計算の「分母」にあたる総企業数が多いことが要因であり、人口あたりの開業数は、アメリカよりも日本のほうが多い(人口1000人当たりの開業数は、米国1.6社、日本1.8社。人口1000人当たりの総企業数は、米国19社、日本35社)。
※中小企業白書 2022より
開業が少なくない日本で、ユニコーンが少ない・米中にユニコーンが集中する背景には、巨額の資金フローがある。ベンチャーキャピタル(以下、VC)の年間調達額は、アメリカが14兆円、中国が3.5兆円なのに対し、日本ではたった2,700億円。
もっとも日本だけが少ないわけではなく、欧州全体でもVCの年間資金調達額は1兆円にすぎず、米中だけが突出して額が大きいのだ。
ベンチャー企業がサービスを提供し、資本市場においてVCに流れ込む巨額の資金フロー。この大きな「市場」が、ベンチャー企業を短期間で成長させ、ユニコーン企業へと変身させる要因なのではないだろうか。
今あるVCの構造がユニコーン企業を生み出す要因になっていることから、この構造自体を短期間で変えることは現実的ではない。今後日本では、単純に「ユニコーンを増やす」とは違った選択肢を選ぶ必要があるのかもしれない。
現在、日本企業のイノベーション創出において、「新しい技術・知見獲得の機会不足」「人材が流動しにくく、インセンティブなど制度の整備が遅れていること」「オープンイノベーションに関する理解の不足」など、さまざまな課題がある。
ネガティブな情報が多いものの、日本は研究者数や従事者数が世界の中で高い水準を維持しているのは事実だ。これからは、その強みをリソースとして十分に活かす術や方策を考えていくことが大事になってくるだろう。
<著者プロフィール>
森一真
リブ・コンサルティング 事業開発事業部DXチーム
シニアコンサルタント公認会計士協会準会員。新卒で財務・M&Aコンサルティング会社に入社し財務コンサルティング業務を担当。その後、ゲーム会社にてスマホゲームのディレクター兼アナリストとして顧客データ分析、ゲーム企画、UI・UXプランニング、マーケティング業務を経験。
前職のデジタル系コンサルティング会社では、 国内大手データホルダーと協力しデータ活用デジタルマーケティングコンサルティングを実施。その後、同社においてAIコンサルティング新規事業の立ち上げを担当。コンサルティングの傍ら、AI系大手ベンダー複数社と連携しソリューション企画開発や登壇活動を行う。
リブ・コンサルティングではデジタル領域事業開発コンサルティング全般を担当。コアスキルはソリューション企画。特に、データ・AIのビジネス活用に強み。
- Original:https://techable.jp/archives/186185
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部