終身雇用・年功序列が崩壊し、自らキャリアを切り開いていくことが必要とされている現在の日本。キャリアを教育する「キャリア教育」の必要性が叫ばれているものの、いまだに普及していない状況だといいます。
なぜ、キャリア教育が普及しないのでしょうか。株式会社Strobolightsで学生や若手社会人のキャリア教育サービスの運営に携わる羽田啓一郎氏に、キャリア教育が広がらない3つの理由についてご寄稿いただきました。
そもそもキャリア教育とは
「キャリア教育」という言葉をご存じでしょうか。「キャリア教育」は、“キャリア”に関する教育のことを指し、いわゆる就活指導とは異なります。
私の解釈も踏まえてキャリア教育を簡単にまとめると、「変化の激しい社会に対応する人間性を学ぶ教育」ということになります。私はこの業界に10年ほどいますが、10年前から必要性が叫ばれているにもかかわらず、なかなか普及しないのがこのキャリア教育です。
終身雇用、年功序列が崩壊した現在の日本で、グローバルレベルで変化の激しい現代社会で、自らキャリアを切り開いていく必要性は疑うまでもありません。
それを司るはずのキャリア教育がなぜ普及しないのでしょうか。こんなに必要そうなのに、なぜ普及しないのでしょうか。
私はこれまで企業の採用現場、小学生から社会人までのキャリア教育現場を当事者として関わってきました。その中で感じる”キャリア教育の課題”について、理論や理想論ではなく現場の感覚をお伝えしていきたいと思います。
高校、大学、企業、主担当がいない
民間企業でも公的機関でも、組織には必ず役割があり、役割によって達成すべきミッションがあります。ところが、“キャリア教育”だけを専門に扱う役割がなかなか生まれないというのが課題の一つです。
例えば、高校では進路指導の教員、大学ではキャリアセンター職員が在学生の進路に関する業務を行なっており、キャリア教育に隣接した仕事をしています。しかし、高校や大学は「大学合格実績」や「就職実績」を上げることを主目的とした組織です。
最近ではキャリア教育に取り組む学校も増えてきましたが、それでもやはりキャリアセンターの主なミッションは在学生の就職先支援です。つまり、教育現場にとってのキャリア教育は、本業の傍らで取り組むものなのです。
もちろん、教育関係者は短期的な進路だけでなく、在学生の人生を考えて支援していますが、進学先や就職先の支援だけで手一杯になってしまうのが現状でしょう。
キャリア教育に熱心に取り組もうとする教員がいたとしても、他の先生の理解が得られずなかなか進展しない……。こうした現場を私も数多く見てきました。
民間企業では新卒採用担当がもっとも学生に近い立場ですが、新卒採用担当者のミッションは自社で活躍する人材の採用であり、学生を教育することではありません。
新卒採用は長期化しており、採用活動は1年間かけて行うため、自社の採用と関係のないキャリア教育になかなかリソースが割けないのです。
教育機関も企業も、それぞれの担当者個人としてはキャリア教育の必要性は感じていても組織的な取り組みになりづらい。これがキャリア教育がもつ構造的な課題の一つです。
効果測定ができず、民間企業も参入しづらい
また、「効果を計りづらいこと」もキャリア教育が普及しない理由の一つであると考えています。他の教育科目と異なり正解がないのですから、これはある意味仕方のないことです。
期末テストで正解不正解を問う問題が作れるわけではなく、何をもって効果があったとも言えない。答え合わせは数年後、ひょっとしたら数十年後かもしれない。このように、施策に対する効果測定がしづらいのがキャリア教育なのです。
社会人講話をアレンジする、アクティブラーニングを導入する、インターンシップや企業見学イベントを開催するなど、各教育現場が試行錯誤をしながら、さまざまな取り組みを行っていますが、これらを実施したうえで「で、どういう効果があったのか?」となるわけです。
取り組んだものに対して成果が可視化されないというのことは、仕事をしていて辛いものです。「やったことの効果があったのか、なかったのかがわからない」と、組織として評価が難しく、次に向けた改善もしづらいでしょう。
効果を測定しづらいため予算がとれず、ビジネスとして成り立たないため民間企業も参入しづらい。就職支援会社や教育会社がこの10年間、さまざまなキャリア支援サービスを展開しましたが、結局マネタイズに苦戦し、撤退していきました。
効果を検証できないから、キャリア教育は広がらないのです。
主役である若者がそもそも必要としていない
そして最後の課題。それは、教育の受け手である若者たちに「キャリア教育」の必要性が届きづらいということです。
幸いにも日本はまだ経済大国であり、多くの若者の目の前には楽しいことが山ほどあります。成績評価に直接影響する科目の勉強が忙しいのに、遠い先の人生を考えて「評価がつきづらいキャリア教育」に熱心に取り組む必要性を感じないのもわかります。
「将来のことを考えなければならない」となんとなく感じていても、「今やらなければならない」こととして認識している若者はそう多くないのです。
それでも学校が用意したキャリア教育プログラムに積極的に参加する若者は一定数います。しかし、大抵こういう学生は元々志も能力値も高く、キャリア教育を大人が施さなくても自分でどんどん成長してくれる存在です。
一方、本来キャリア教育を届けなければならない学生には、大人がいくら誘ってもなかなか参加してくれない……。ビジネスで例えると、消費者が望んでいない商品を一生懸命作っているみたいなものです。これは普及しないですよね。
キャリア教育は今が過渡期
以上、簡単ではありますが、10年間この業界に現場で関わっている立場で書かせていただきました。やや悲観的に書きましたが、今後発展していく兆しはあります。企業の新卒採用方針、大学の入試制度改革、学習指導要領改訂など、徐々にではありますが変化しています。
GIGAスクール構想によって、子どもたちには1人1台PCやタブレットが貸与されました。小学生のうちからプレゼンテーションをしたり、パワーポイントで資料作成をしたりと、大人顔負けの経験をする機会が増え、「答えがない問題を仲間と議論しながら考える」ことに時間が割かれるようになりました。
まだまだ試行錯誤が続く教育業界ですが、いまが過渡期だと感じます。私もできることに取り組みながら、キャリア教育の普及に貢献していきたいと考えています。
<著者プロフィール>
羽田啓一郎
株式会社Strobolights 代表取締役立命館大学卒業後、株式会社毎日コミュニケーションズ(現マイナビ)に入社。大手企業を中心とした新卒採用営業に従事したのち、キャリア甲子園などのキャリア教育新規事業を責任者として多数立ち上げる。2020年3月にマイナビを退社し、独立。現在は企業のアドバイザーや大学での講師業の傍ら、自らも学生コミュニティを運営している。
- Original:https://techable.jp/archives/186289
- Source:Techable(テッカブル) -海外・国内のネットベンチャー系ニュースサイト
- Author:はるか礒部