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【第1回】コロナ第7波のとき、医療は壊れた。現場が感じる“社会との隔たり”とは?

2022年7月から9月までは「コロナ第7波」と呼ばれています。この時期には、人員不足により救急車受け入れを含めた救急診療を停止する病院が多数存在しており、全国の救急外来が機能不全に陥っていたといいます。

医療現場の状況は、どのようなものだったのでしょうか。今回は民間病院で救急外来の看護師を務めるくまさんR.N.氏に、第7波当時の医療現場の様子をご寄稿いただきました。

※本記事の内容は筆者の私見であり、所属する医療機関の方針等を代表するものではありません。
※本記事にはいくつかの患者情報が含まれていますが、多数の患者情報を統合した上で個人が特定できないように症例を再構築したものであり、特定の患者を指し示してはいません。

コロナ第7波で全国の救急外来が機能不全に

私は神奈川県にある民間病院で救急外来の看護師をしています。2022年7月から9月までの新型コロナ(以下、COVID−19)の「第7波」の時期に、私の職場ではこのような叫び声が響き渡っていました。

「90分かけて100件以上の病院に断られた76歳男性、発熱・呼吸困難が来ます」
「もうベッドが足りない!院内からかき集めてきて!」
「COVID−19の検査キットがなくなりそうだから、なんとか節約できないか?」
「院内にある解熱薬の在庫が枯渇しそうだから処方を制限しないといけない」

鳴り止まない救急ホットライン、医療機関に殺到する患者、廊下に溢れている診察待ちの患者、満床になるベッド。処置室や病床が埋まり、廊下やナースステーションの片隅で検査や処置をする光景は珍しくありませんでした。

他部署のスペースを借りて臨時病床やCOVID−19臨時病床を開設したり、ストレッチャーやベッドを借りたりして、ギリギリのところでなんとか間に合わせていました。

検査キットが不足するほか、解熱鎮痛剤であるカロナール(アセトアミノフェン)が需要の激増を理由に出荷制限がかかったため、薬の処方すらままならない状況でした(注:カロナールは手術後の傷の痛みやがん性疼痛の治療などに欠かせない重要な薬剤です)。

第7波の時期に救急車の受け入れを継続できていた医療機関はまだいい方で、中には人員不足により救急車受け入れを含めた救急診療を停止する病院も多数存在していました。日本全国の救急外来が機能不全に陥っていたのです。

人々がコロナに慣れた頃。医療現場は過去最悪な状況に

しかしその一方で、世間では次のような意見が多かったのではないでしょうか?

「COVID−19はただの風邪だ」
「新しい株になってから致死率も下がっており、重症化率も下がっている」
「重症ベッドはガラガラで病院は空いている」

2022年7月から8月までの期間、全国の主要地点・歓楽街の人出は8月中旬に僅かな減少を見せただけで、大きな変化はありませんでした。

私が友人に会おうと誘った際は、ごく自然に「じゃあどこで会う?」と返され、SNSを眺めていると夏休みを使って大人数で外出している投稿が多数流れてきました。

そんな中、医療現場は実際どのような状況だったのでしょうか?医療従事者によって意見が割れるとは思いますが、医療状況としては過去最悪の水準であったのではないかと思います。

京都府の医療機関が「災害レベルに達した新型コロナ第7波について-重症患者受け入れ医療機関からのお願い-」で報告しているように、COVID−19は生物学的災害として救急医療システムを破壊しました。

2022年7月から9月にかけて、私の職場には開院して以来最多の救急車が搬入されていました。前年比にして10〜20%増であり、COVID−19によって救急医療が文字通りひっ迫していた状況だったと言えます。

同時に、救急搬送拒否件数は平時に比べて数十倍から100倍に上りました。応需できなかった救急車のほとんどは、COVID−19が疑われる発熱患者です。

早期治療が必要な脳卒中疑いの患者(注:発症から4.5時間以内に診断をつけて治療を開始しなければならない)であっても発熱があるという理由で搬送先の選定ができず手遅れになるケース、搬送先が見つからずに病院にたどり着いたときにはすでに急変して状態が極めて悪くなっているケースがありました。

また、COVID−19対応ができないために治療を先延ばしにした結果、死亡退院となってしまったケースもあり、枚挙にいとまがありません。

そして、日本国内におけるCOVID−19の死者数は2022年9月2日の347人/日を頂点として過去最多となりました。その数は致死率が高いとされていたデルタ株やオミクロン株の流行時を上回ります。

つまり、日本国内におけるCOVID−19流行では、第7波のときに最も多くの人々が亡くなったということになります。

「コロナはただの風邪」ではない

「COVID−19はただの風邪だ」と言いながら感染を拡大し続ける社会があり、その裏には崩壊している医療システムの中で限界に達した状態で患者を受け入れ続けている医療機関がありました。

COVID−19に感染した場合は統計上の数字で「1」とカウントされ、死亡した場合は統計上の数字で「1」とカウントされます。テレビやニュースで時報のように流れてくる数字をぼんやり眺めている社会の裏では、かけがえのない“1人の人間”が人生の最期を迎えているのです。

私は看護師として救急医療機関で勤務する中で、医療機関とそのほかの社会の間に大きな隔たりを感じるようになりました。

この隔たりはなぜ作られ、社会にどのような意味をもたらしているのでしょうか?今回を含めて3回に分けて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

第2回はこちら
第3回はこちら

<著者プロフィール>

くまさんR.N.
アメリカ心臓協会BLS/ACLSインストラクター
アメリカ心臓協会ACLS-EP/PEARS/PALSプロバイダー
ELNEC-Jコアカリキュラム/クリティカルケアカリキュラム修了

上智大学総合人間科学部看護学科卒業(看護学学士)。2019年に看護師免許を取得。大学病院勤務を経て神奈川県の民間病院で勤務する。COVID−19病棟の立ち上げメンバーとして勤務した後に心臓血管外科集中治療部へ異動し、その後救急外来でCOVID−19対応に従事する。2023年4月から大学院へ進学予定(クリティカルケア看護学)。

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