【スニーカーとヒト。Vol.6】
ことの始まりは2022年2月。 SNSのタイムラインに流れてきたとある投稿。そこには「イキソレ〜ル」という名の発明品がクラウドファンディング中であるという内容と、吉田武郎(よしだ・たけろう)という発信者名が記されていた。吉田武郎? はて、どこかで聞いた気が…。あ、TKRさんの本名だ!
筆者は、20代前半から31歳で結婚を機に脱退するまで、ライター業のかたわら地元・千葉でレゲエのサウンドクルーに属していた。そこで知り合ったのがレゲエディージェイの“TKR”さん。SNSに流れてくる情報を知る限り、現場で一緒になっていた当時のレゲエ仲間の多くが音楽以外の職業を生業とし、家庭を持って働いている。…なんてのは各ジャンルでよく聞く話だ。しかし、そこで知り合った先輩が、アーティストから発明家に転身していたとなれば俄然興味が湧いてくる!
現在は千葉県木更津市在住だが、都内まで足を運んでもらえるというので、レゲエミュージックとも縁の深い代々木公園を待ち合わせ場所に指定させてもらった。約束の時間ピッタリに、愛犬・なごみちゃんを連れて現れたTKRこと武郎さん。その足元に履かれていたのは、真っ赤なTimberland(ティンバーランド)の「MERGE CHUKKA PREMIUM」だった。
■“みんなを幸せにするため”に発明する男の燃える足元
【お気に入りの1足】
Timberland
「MERGE CHUKKA PREMIUM」
そもそもなぜ発明? しかも「イキソレ〜ル」って? 次から次へと湧き上がる疑問をぶつける前に、彼の経歴について軽く触れておくとしよう。
武郎さんは熊本県出身の両親の元に生まれ、幼少期は大阪育ち。中学までガンプラやモノ作りが大好きな少年だった。高校卒業後にサーフィンを上達させるべく千葉県に移住し、大会のアフターイベントでレゲエミュージックに出会う。そこで感じたコンシャスな“優しさと強さ”に惹かれ、関東を中心にレゲエDJとして15年間活動し、シングル2曲を配信(代表曲「ONE」)するも、2010年の結婚を期に活動終了。その後、物流業に就いて、フォークリフトのオペレータを務めていた。
そこで感じていたのが、とある不満。「現場ではマスク着用が義務付けられていましたが、眼鏡を掛けているとレンズが曇るんですよね」。この日常に潜む小さなストレスを、ずっと個人的な悩みと放置していた武郎さん。しかし新型コロナウィルスが蔓延し、マスク生活が日常になった中で、その小さくも重大な悩みが自分1人の問題ではないと捉えるようになる。「みんながマスクを着用しているのに感染が拡大する理由は“肌とマスクとの間に隙間にあるから”。そのせいで眼鏡が曇るし、ウィルスも侵入する。では、それをどう解決すれば良いのかと、常に考えるようになりました」。 2020年、彼は動き始めた。
漠然としたアイデアはあった。「要はマスクと肌の隙間を埋めれば解決できるんじゃないかと、試しにティッシュを詰めてみたんですが、ダメでした…」。普通ならここで諦めるが、逆にチャレンジ魂に火が着いた。より機密性を高めるべく、100均で購入したシリコンシートを鼻に合わせて切って、遂に試作第1号が完成。「装着した状態で眼鏡をかけても曇らなかったらゴール。そう目標を定めて試験運用を開始したところ、100%成功とはならずも意外に好感触。これに成功を確信し、さらに開発にのめり込んでいきました」。工作道具や歴代試作モデルを見せながら、開発過程について話す武郎さん。「もし最初から商品化を目指していたら、多分止めていたんじゃないですかね。“完成させる”という実現性の高い目標を設定したことで、試行錯誤の日々にも飽きたり諦めたりせず、少しずつ階段を登っていくように進んで行けたんだと思います」
そして2021年8月、発明家をサポートする組織「発明学会」に所属したことで開発速度も劇的アップ。彼の頭の中にあったアイデアは徐々に形になっていき、翌2022年2月からは完成したサンプルを携えて、クラウドファンディング活動を開始。同年9月、遂に鼻元スキマを追従する発明品「イキソレ〜ル3Dパッド」として商品化された。こうして彼の地元である木更津に、キサラ・キカクという屋号の49歳新米発明家が誕生したのである。
クリエイターにとって自分が生み出した製作物は、我が子にも等しいという。商品化という悲願を叶えた武郎さんに、手塩を掛けて育てた「イキソレ〜ル」の手応えを聞いた。「まだまだこれから。楽天、Yahoo、amazonという三大ネット通販マーケットにおいて展開中ですが、最近になって1位を取れるようになりました」。重畳である。ついでに発明家がどのような日々を過ごしているのかも気になるので尋ねてみたら、起床は朝5時半! 朝食を作り、幼稚園に行く子供の着替えや身支度をしてあげて、洗濯や掃除などの家事を全て終わらせると午前9時。そこから午後3時ぐらいまでが発明に費やす自身のワークタイムだそう。
「妻が保育士として働き、発明活動を応援してくれている分、自分が担う家事のウェイトを増やしています。最近では『イキソレ〜ル』のプロモーションに力を注いでいて、その合間に次の発明のアイデアを考えています」。誰しもが不便だと感じていても、なかなか1歩を踏み出すことはない。それを実現させる原動力となったのが、“しっかりマスクを着用することが、大事な家族を守ることに繋がる”という想いと、それを支える家族の絆だった。さて、ここらで本題となるスニーカーについて。
初見でつい二度見してしまった。なにせアッパーやシューレースはおろか、ソールからライニングにいたるまで全てが衝撃的なほど真っ赤! ブランドは、ヒップホップやレゲエといったブラックミュージック好きにはお馴染みのティンバーランド。2004年に登場した「Merge」というブーツスニーカーのプレミアムモデルだとか。程良いボリューム感や六角型のハトメなど“ならでは”のDNAが随所に見てとれるが、それ以上にカラーリングのインパクトが勝る。
手に入れたのは約10年以上前。「当時、ワントーンカラーのスニーカーが欲しいと思い探していたところ、ストリート、クラブとどんなシチュエーションでも1番自分のテンションをアゲてくれる色、レッドカラーという点にひと目惚れして購入。ティンバーランドは以前にもブーツを愛用していたし、好きなブランドだったので迷わず選びました。スウェードなど汚れやすい素材はシューケアが下手な自分には不向きなので、光沢のある上質なレザー素材で汚れも目立たなそうだったのも決め手のひとつです」。
さらによく見れば、インソールにasics(アシックス)の文字が。「以前、ランニングをする際に履いていた『GT-2000』というランニングシューズのインソールが気に入っていたので、コレに移植しました。着地時の衝撃を吸収してくれるので疲れにくく、長時間着用でも履き心地は快適。今日もですが、ファッションに対するこだわりがなく、40代からは年中ワントーンコーデばっかり。最近は家族で外出する際に履いているので、出番は週2回といったところでしょうか」。
海、山、フェス、遊園地など様々な場面を共に過ごしてきた、まさに相棒だ。真っ赤で強烈なカラーリングに対し、真面目な履き心地。さながら、攻撃的ながらもコンシャス(社会情勢に対する意識的な態度)なスタイルで知られ、“炎の化身”とも呼ばれるレゲエディージェイ、ケイプルトンを彷彿とさせる。また同時に、TKR(武郎)さん自身を体現しているようにも思える。
取材当日は、冬の晴れ間の陽気とはいえ1月初旬。風が吹けば肌寒さを感じて当然。折目正しいネック高めのカットソーに、柔和な印象を与えるニット素材のラペルドジャケット、さらに細身のダウンジャケットとすっきり3層のレイヤード。ストレッチの効いたスリムテーパードのスラックスも含めて、全てのアイテムをネイビーで統一。素材ごとの質感の違いが着こなしに奥行きを持たせつつ、足元を見事に引き立てている。そういえば、発明家っぽい格好という定義はあるのだろうか? マンガや映画に登場するフィクション上の発明家といえば、白衣やエプロンのイメージがあるのだが…。
「世代的にも、もう仕事をリタイアしているような年齢の方が多いので、皆さん落ち着いた格好をしていますね。それこそ年配の男性だと、スラックスにシャツにチョッキ(ベスト)とか。中にはスーツ姿の人もいるし、本当にバラバラ。僕の場合は、『今日は何を着よう』と悩むことなくほぼノータイムで選べるという理由で、いつも同じようなワントーンスタイル。時間を無駄にすることなく、家事や発明活動にすぐ取り掛かれるようになります。ただ、“ジャケットを着ていると説得力がある”というのはあるかも。そういったイメージ作りは大事で、発明家としての土台ができたらメディアに出る機会もあるだろうし、色々とスタイルやキャラクターを作っていったほうが良いのかなとは考えています」。
若かりし頃は、バギーデニム、ハイブランド、スウェットのセットアップなど色々なアイテムにチャレンジしたり、流行りのシルエットに合わせたりもしたというが、年齢やライフスタイルの変化と共に、自身のスタイルが最適化&確立されたということだろう。
今後の展望を聞くと「まずは『イキソレ〜ル』をしっかり育てるというのが、今の大きな目標」と即座に答えた武郎さん。「そして発明でしっかり資本を作って、発明や音楽に頑張っている後進たちを支援する活動ができたらうれしいですね。自分の才能なんて微々たるもので、沢山の人々との繋がりに支えられているというのを強く感じているし、自分もそうやって誰かの役に立てるようになりたい」と続ける。真面目で、ブレない芯のある先輩だと思っていたが、その生き様が発明という新たなフィールドで実を結ぶとは、あの頃は思ってもみなかった。「まずは自分の手の届く範囲から始めて、沢山の人々を幸せにできればと考えています」。
* * *
そういえば、武郎さんの代表曲「ONE」は、“一つ 一つなんだ”というフレーズから始まる。すべては最初の1歩から始まり、やがて世界が繋がるように、世の中全体に広がっていく。彼の発明がそうなればいいと心から念じながら、「キミんちのパパはすごいね」と、横で退屈そうにしていたなごみちゃんに視線を向ける。彼女は誇らしげに「ワン!」と鳴いた。
>> スニーカーとヒト。
<取材・文/TOMMY>
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- Original:https://www.goodspress.jp/columns/507291/
- Source:&GP
- Author:&GP