シングルオリジンやトレーサビリティを特徴とするコーヒーの「サードウェーブ」は、日本には2015年のブルーボトルコーヒー上陸と共に到来した。すでに次なるフォースウェーブについて予測が始まっている近年、キーポイントとなり得る要素の一つに挙げられるのが「自家焙煎機の普及」だ。
まさにその時代を先取りするかのようなマイクロロースター「Single d23」が、イスラエル発の新興フードテックansā社によって販売されている。電子レンジに使われる誘電加熱の原理をコーヒー豆の焙煎に応用したもので、高温や騒音・煙を気にすることなく、自家焙煎を楽しめるという。
しかも焙煎プロセスはAIが管理し、焙煎の進捗はアプリを使ってスマホ画面で確認可能。コーヒー豆の焙煎という、感覚や経験を必要とするアナログな作業に先端テクノロジーを融合させた製品となっている。焙煎の経験がない初心者でも、自分で選んだコーヒー豆を自分で焙煎し、煎りたての豆で淹れたコーヒーを自宅で気軽に味わえる。そんな新たな経験を実現する、まさに“超ローカルロースター”な新時代をリードする製品といえそうだ。
電子レンジと同じマイクロ波過熱を応用、1杯分を5分で焙煎
Single d23は名前のとおり「シングルドーズ」1杯分のコーヒー生豆を5分でを焙煎するロースター。特許出願中の焙煎技術は、電子レンジと同じマイクロ波加熱を応用した誘電加熱プロセスを用いている。余熱やクールダウンは不要、通常の焙煎にはつきものの200℃以上の高温や騒音・煙が発生しない。
使い方は簡単で、付属の計量スプーンで1杯分のコーヒー豆を量ったら、スプーンをそのまま本体に差し込んで反時計回りに回すだけ。表示ランプが緑になったら焙煎終了だ。
また、Single d23には焙煎の進行状況を追跡するカメラが搭載されている。コンピュータビジョン・アルゴリズムを使用してAIが焙煎プロセスを把握、豆の一粒一粒に及ぶエネルギー量をリアルタイムで計算し、生豆の芯から殻の部分まで効率的に加熱するという。焙煎の進捗は専用アプリを使ってスマホ画面で確認可能だが、人間の介入なしで完全に均質な焙煎を実現できる。生コーヒー豆を供給するシステムでスペシャルティ・コーヒーを家庭に配達
自家焙煎が簡単になっても、生コーヒー豆の調達方法が気になる人もいるかもしれない。ansā社は消費者が気軽に自家焙煎できるよう、焙煎機の開発・販売だけでなく生コーヒー豆の供給システムも構築。生豆の販売・配送サービスを展開している。
仲介業者やカプセル包装などの手間を回避しつつ、シングルオリジン、スペシャルティコーヒー、100%アラビカ豆を100%リサイクル可能な容器で消費者に直接届けるシステムだ。プレミアムなシングルオリジンの生コーヒー豆を直接調達することで、コーヒーの品質向上はもとより原産地にポジティブな影響を与えるという企業ミッションも果たすことになる。「我が社は“典型的なコーヒーカンパニー”ではない」と主張するansā社が、企業として推進するサステナブルな取組みである。
起業の芽吹きは日本のコーヒーチェーン、社名は日本語の「アンサー」
CoffeeTech分野のスタートアップであるansā社は、Yuval Weisglass氏、Matan Scharf氏、Jonathan Scharf氏の3人によってパンデミック中の2020年末にイスラエルで設立された。
PR Newswireの報道によると、社名の「ansā」はなんと日本語の「アンサー」だそうだ。起業のきっかけは日本で開催されたビジネスカンファレンス(コーヒーとはまったくの無関係)でYuvalさんとMatanさんが出会ったこと。2人は日本のコーヒーチェーンでカプチーノを飲みながらコーヒービジネスについて盛り上がったという。
現在同社でXOを務めるJonathanさんはMatanさんの弟で、コーヒーを直接調達・焙煎するチェーン店「MAE Cafe」の創業者。Matanさんが弟をYuvalさんに紹介し、3人での起業となった。
NYにコンセプトストア開設、飲食店用に「Variety e23」も
2022年にはアメリカのダラスにも拠点を構え、ansā Roasting, Incを設立。持続可能性の観点から先進的な市場であるニューヨークのブロードウェイに同社初のコンセプトストアを設けた。2024年3月時点で、Google Mapでは主にカフェとして50人から☆4.9という高い評価を受けている。
ストアでは焙煎したての豆で淹れたコーヒーを提供するのはもちろん、コーヒー豆や焙煎機も販売。他に、予約制のワークショップも開催されており、専門家がフレーバーやアロマについて講義してくれる。このコンセプトストアの人気ぶりが示すとおり、同社のロースターは家庭だけでなくカフェ、レストラン、ホテルのロビーなどでも活躍する。しかし、飲食店では当然1杯分ずつ焙煎するのは非効率。そこで役に立つのが「Variety e23」だ。
一度に焙煎できる量が多く、本体上部のろうと型受け皿には900グラムまで、焙煎が終わった豆が溜まる容器には1200グラムまで豆が入るとのこと。基本の構造はs23と同じだがe23の方がやや大きく、幅34.3×奥行き24.0×高さ52.8センチとなっている。 生の豆が1杯のコーヒーになるまでのプロセスにおいて完璧なソリューションを提供するため、ansāのロースターは通常の飲食店用コーヒーマシンやその他の抽出機器と連携するように設計されている。「静かで煙を出さず、触っても熱くない」小型焙煎機なので、チェーンのコーヒーショップはもちろん個人経営のカフェでも導入がしやすそうだ。シリーズAラウンドで調達した資金を北米展開に投入
ansā社の最新資金調達ラウンドは2023年8月。このシリーズAラウンドを主導したのはのテルアビブを拠点とするイスラエル企業JIBE Ventures社で、Millennium Food-tech、Sweetwood Capitalなどのフードテック企業も参加している。北米での製品ローンチに向け900万ドルを調達することができた。
新たな資金調達ラウンドの発表の場で、共同創設者兼CEOのYuvalさんは「当社のマイクロロースターはすぐにでも市場に出せます。当社は2023 年中に、業界トップクラスのディストリビューターと全米で商業契約を締結しました。ロサンゼルス、ニューヨーク、アトランタ、シアトルといった都市でのサービス開始が期待されています」と述べたとのこと。
同社の中核である自家焙煎機は、アメリカのオフィスコーヒーユーザー向けの試験運用を含む数年間の製品開発を経て、現在市場投入準備がすでに整っているという。彼らの使命は、「家庭や職場での超ローカルロースターによるコーヒーを通じて、コーヒーの新しい未来を先導すること」なのだ。
アメリカを中心として拡大と浸透を続けるスペシャルティコーヒー文化。世界のスペシャルティコーヒー市場規模は、2023年から2030年にかけてCAGR 11.3%で成長し2030年までに約514億ドルに達するという予測もある。スペシャルティコーヒーだけを扱うコーヒーカンパニーansā社は、画期的な自家焙煎機によるオンデマンドなコーヒー文化の先駆けとして存在感を発揮していくだろう。引用元:ansā公式サイト
(文・たに おさむ)
- Original:https://techable.jp/archives/229965
- Source:Techable(テッカブル) -海外テックニュースメディア
- Author:芥田かほる