最近、日本においてライドシェアが解禁され、関連のニュースも多く報道されている。日本では始まったばかりのライドシェアだが、海外ではより一般的である場合も多い。
筆者が住むインドもその一つだ。インドでは、特に大都市を中心にライドシェアサービスが普及している。その中でも、UberとOla Cabsが市場を二分している。
本稿では、インド発のサービスであるOla Cabsに注目し、インドのライドシェアサービスの現状と将来の見通しを、筆者の体験も交えつつ考察していく。
インドのライドシェア市場の概況とOla Cabsの現状
インドのタクシー業界は歴史が古いが、今でも市場は組織化されておらず、約90%のタクシー運転手が個人事業主として活動している状況である。ちなみに日本では法人タクシーが全体の85%を占めている。
インドのライドシェア市場においては、現在グローバルサービスの「Uber」とインド国産のサービス「Ola Cabs」がシェアの多くを占める。
ただ、カバー範囲は決して大きくない。Uberのサービス提供が行われているのは、インド国内で100都市程度、Ola Cabsは200都市程度であり、これは全国の都市の約5%程度に留まる。
これは筆者の感覚にも合致する。筆者は、在住しているバンガロールでは毎日のようにOla CabsかUberを使っているが、地方都市では使えないことも多いからだ。
Ola Cabsは、ANI Technologiesを親会社に持つインド資本の会社で、2011年に配車事業を開始。近年は、インド以外でも、ニュージーランド、オーストラリア、イギリスにてサービス提供を行っている(ただし電動化とインド国内に注力するために、2024年4月末でこれらの海外事業を閉鎖予定)。親会社のANI Technologiesは、他にもタクシーのリース事業を行うOla Fleet、金融商品を提供するOla Financial Services、フードデリバリサービスのOla Foodsなど複数の事業を運営しており、電動二輪メーカーのOla Electricの株式も保有している。
そのANI Technologiesの中での売上高シェアをみてみると、配車事業のOla Cabsが全体の約71%(約365.9億円)を占めている。他で大きなものだと、タクシーのリース事業(Ola Fleet)が約7%(約35.0億円)、金融事業(Ola Financial Services)が約3%(約15.8億円)となっている。現時点では、Ola CabsがANI Technologiesの事業の中心であると言えるだろう。
※2022年度(2022年4月~2023年3月)
赤字も約308億ルピー(約566億円)から約108億ルピー(約199億円)と約3分の1に縮小している。(参考)
※ちなみにインドのUber(Uber India)は、配車事業での売上は約68億ルピー(約125億円)とOla Cabsの約3分の1程度、赤字は31億ルピー(約57億円)出している
Ola Cabsの乗車体験は悪くはないが……
インド南部の大都市であるバンガロール中心部に住む筆者は、二大巨頭のUberとOla Cabsはどちらも利用するが、最近はOla Cabsの方が早く配車される印象があるため、Ola Cabsを利用する頻度の方がやや高い。
「インドならでは」と思えるのは、車やバイクタクシーに加えて、アプリからリキシャ(トゥクトゥク)を呼ぶことができる点だ。価格も安く、また季節を選べば風も気持ち良いので、筆者もよく利用している。
筆者が利用している中では、Ola Cabsは大きなトラブルもなく、総じて問題なく利用できている。ただその中でも、配車確定後にドライバー側からのキャンセルが発生することがしばしばあり、これには少し困らされる。ドライバー側からのキャンセルは、お客さんのピックアップポイントが遠いなど、条件が良くないと、ドライバーが別の注文を受けた方が良いと考え、確保している注文を放棄することによって発生する。
特に朝や夕方などのピーク時には通常よりキャンセルが発生しやすい。筆者も、ドライバーからのキャンセルが発生する可能性を見越して、UberとOla Cabs両方で同時に車を呼ぶこともある。ドライバーにとっても迷惑な話なので申し訳ないが、こちらも早く、確実に車に乗りたい。キャンセルされる可能性も考えると、お互い様というわけだ。
しかしお互いにとってキャンセル前提のサービスになってしまうことは、利用者とドライバー双方の体験を害していると言える。
また、上述のキャンセル問題に加えて
・シートベルトが機能していない(ベルト側はあるが、バックル側がシートに埋まっており使えない等)
・車内があまりきれいではない(掃除が行き届いておらずホコリっぽいと感じる、ゴミが落ちている、シートがぼろぼろである等)
・運転中にドライバーが家族や友人と電話でおしゃべりしている
・運転が乱暴である
など「致命的な問題」とは言い難いが、日本のタクシーと比べるとやや快適さや安心感に欠けると感じることはよくある。
また筆者がベトナムのハノイ・ホーチミン、インドネシアのジャカルタなどで乗車したライドシェアサービスのGrab、同じく中国の上海や北京などで乗車したDidiと比較しても高品質とは言い難い。※筆者がインドにおいて、日本や他国基準のサービス品質を求めているわけでは全くなく、そうすべきとも思わない。ただ比較をした場合、上記のような表現になるということをご承知おきいただきたい。
また上記のような事象はOla CabsだけでなくUberでも発生している。
「Ola CabsとUberはどちらが高品質なのか」という話は、インド人に聞いても回答はまちまちである印象だ。
なぜドライバーからのキャンセルに対応しないのか?
Ola Cabsのアプリの評価コメント、またX(旧Twitter)の公式アカウントへのリプライなどを見ると、ドライバーからのキャンセルについての非難コメントが多く寄せられている。
東南アジアを中心に使われている配車サービス「Grab」、中国のDidiをはじめとした各国の配車サービスは、ドライバーからのキャンセルにペナルティを課しているところが多い。しかし、Ola Cabsにおいては、2024年4月時点では、ドライバーからキャンセルした場合でも、ドライバーにペナルティはないようだ。
※Uberは提供国によるようだが、調べた限りではインドで提供されているUber(Uber India)ではペナルティがないようである
これはどうしてだろうか。
おそらく、現在はOla Cabsにとってドライバーを増やすフェーズなので、サービスの質を向上させるよりもドライバーへのマイナスを減らし、ドライバーになりたい・続けたい人を増やしたいということではないだろうか。
つまり、現在発生している「ドライバーからのキャンセル」という事象・顧客からの批判に対しては、意思を持って対応していないのだろう。
プラットフォームサービスであるOla Cabsは、ドライバーと乗客どちらもがお客さんである。乗客の「ドライバーからのキャンセルが多い」という批判に全力で対応し、ドライバー側にペナルティを課すような施策を実施した場合、顧客満足度は上がるかもしれないがドライバー側としては不都合だ。
ドライバーからのキャンセルがしづらく儲けづらい、となるとOla Cabsのドライバーになりたがる人は増えない。
そうすると、配車数は増えず、結果「車がつかまらない」サービスとして乗客の体験が悪くなることにつながるわけだ。
Ola Cabsの試行錯誤
しかし、このキャンセル問題にOla Cabsがまったく対応していない、というわけではない。
2023年5月28日、Ola Cabsは「Ola Prime Plus」という新しいサービスをバンガロールでローンチした。
このサービスの最も大きな特徴は、ドライバー側からのキャンセルが不可能であることだ。これにより、利用者はより安心してサービスを利用することができるようになっている。
最初は一部の乗客に向けたパイロットプロジェクトとして始まり、現在ではバンガロール、ムンバイ、プネー、ハイデラバードの4都市で展開されている。「Ola Prime Plus」の価格は他の選択肢よりもやや高い。また配車数も少ないためいつでも利用できるわけではないが、筆者にとっては、「ドライバーからのキャンセルがない」ということは大きな安心であるため、積極的に利用している。
※「キャンセルがない」以外に「高品質」を謳っているサービスだが、ドライバーの対応品質や車内環境などに、相対的に悪い点はないものの際立った点はないと感じた(筆者主観)
先述の通り、乗客優先の施策ばかり行うのは良い手ではない。ただ、乗客視点での明確な問題を放置することによるブランドイメージ毀損などのリスクもある。多少多くのお金を払ってでも高品質なサービスを求める人が多い都市部では、穴埋め的にサービスを提供して、バランスをとっているのだろう。
加えて「キャンセルなし」は新興の配車サービスである「BluSmart」が売りとしている点でもある。
BluSmartは2019年1月に創業されたスタートアップで、市場に占める割合はとても小さいが、サービスを提供しているバンガロールとデリーエリアでは存在感を示している。
参考記事:【レビュー】インドの新興配車サービス「BluSmart」は、なぜ高品質なサービスを提供できるのか? | Techable(テッカブル)
Ola CabsはBluSmartの「キャンセルなし」のモデルをベンチマークし、「キャンセルなし」サービスのポテンシャルを探っているとも考えられる。
インドのライドシェア市場は、今後も技術革新と消費者ニーズの変化に応じて進化を遂げることが予想される。現在大きなシェアを占めるOla Cabsは、その変化を牽引し、市場全体の拡大に寄与していくことだろう。今後の動向に注目だ。【著者プロフィール】
滝沢頼子/株式会社hoppin
東京大学卒業後、UXコンサルタントとして株式会社ビービットに入社。上海オフィスの立ち上げ期メンバー。
その後、上海のデジタルマーケティング会社、東京のEdtech系スタートアップを経て、2019年に株式会社hoppinを起業。UXコンサルティング、インドと中国の市場リサーチや視察ツアーなどを実施。インドのバンガロール在住。
- Original:https://techable.jp/archives/233077
- Source:Techable(テッカブル) -海外テックニュースメディア
- Author:Haruka Isobe