米国スタートアップTriomicsが取り組むのは、生成AIによるがん医療の改革だ。
MITのバイオテクノロジー研究者Sarim Khan氏とAdobeのAI研究者Hrituraj Singh氏により、2020年にサンフランシスコで設立された同社。2023年5月にはシリーズAラウンドで1,500万ドル(約20億円)の資金調達を実施した。インド出身の創業者2人は、インド工科大学に通った友人でもある。
がんの研究は日々進化しており、新たな治療法も開発されている。効果が望める場合には、新しい治療法を患者に試験適用する。臨床試験だ。しかしながら患者に対して臨床試験を適切にマッチングするのは、これまでのやり方では難しくなっている。このことについて、同社で医療ディレクターを務める医師Daniel Novinson氏に話を伺った。――これまでの、がん患者と臨床試験のマッチングにはどのような問題があるのでしょうか?
Daniel: 医療従事者の負担は年々増加しており、がん試験の登録に遅れが生じています。たとえば、かつては単に肺がんとだけ診断されていたものも、現在は細分化されています。ステージ3の小細胞肺がんや、非小細胞肺がんなどです。この詳細な病気の分類のためには、多くの患者データが求められます。そして、それぞれの癌のタイプに対して、特別に設計された臨床試験が実施されており、各試験には決められた参加条件があります。医療機関は、全ての患者に対して様々なデータを収集して検査して、正しくがんを分類して、最適な臨床試験を割り当てなければなりません。そのためには、増大し続けるデータの処理が必要となります。
――Triomicsの生成AIを活用すれば、がん患者と臨床試験のマッチング業務はどのように変わりますか?
Daniel: これまで、患者と臨床試験のマッチング業務は、院内の専門チームが担当していました。しかしAIを導入して業務を自動化すれば、はるかに速く、おそらく人間以上に正確に行えるようになるでしょう。さらには、継続的な患者の病状のモニタリングも可能です。もしソフトウェアが臨床試験の適格性における変更を検出できるならば、その状況に最も適した試験を提案し、見逃される可能性のある患者を捕捉することができます。
がんに特化した独自の大規模言語モデルOncoLLM
がんセンターと共同で、Triomicsが開発している大規模言語モデル、それが「OncoLLM」だ。OncoLLMは、医療記録や医療用語を正確に理解するように学習されたモデルである。Oncoとは、腫瘍学(Oncology)を意味する。
OncoLLMの精度は高く、がん患者に対して適切な臨床試験をマッチングするタスクにおいて、すでに専門医やGPT-4を超える正確性を示したという。
OncoLLMの強みはコンパクトさにもある。モデルが巨大だと、院内での運用は困難であるため院外のデータセンターに配置してインターネットでアクセスせざるを得なくなる。この場合、院内から外部データセンターへのデータ転送時における盗聴やハッキングのリスクが増大する。一方OncoLLMは、GPT-4よりもはるかに小さな容量で作られている。そのため院内でも運用が可能で、患者の個人情報を安全に管理できるようになるのだ。
――医療機関にOncoLLMを導入する際に気を付けていることはありますか?
Daniel: エンドツーエンドのアプローチを重視しています。エンドユーザーと密接に連携して、そのニーズに合わせたソリューションを提供することです。単に使い方のわからないAIモデルを与えても、それは高価な置物となってしまいます。私たちが提供するのは3層モデルのソリューションです。AIモデル、AIモデルを使用したサービス、サービスを利用するエンドユーザーです。特にエンドユーザーには、具体的な使用状況を考えて、サービスとトレーニングを弊社から提供しています。
このOncoLLMをベースに、同社のサービスは開発されている。
患者への適切な臨床試験のマッチングを支援するサービス「Prism」
OncoLLMを使用して、患者に適切な臨床試験をマッチングするサービスが「Prism」だ。すでにその高速さと正確さは、ウィスコンシン医科大学との共同研究で証明されている。資格のある看護師でも数日から数週間かかると思われる患者への臨床試験の割り当てを、わずか数分かつ95%の精度で終えることができたのだ。
さらに、誤った出力でないかのチェックには、根拠となるカルテが引用付きで提示される。なおPrismはあくまでマッチング業務のサポートであり、医師がPrismの出力結果を元に確認をする。
――Prismの特筆すべき強みは何でしょうか?
Daniel: 臨床試験への患者登録を、受動的なものから能動的なものへと変えていくことと私たちは望んでいます。従来の反応的な方法では、患者の情報がシステムに事前入力されていても、臨床試験は手動でマッチングされ、患者の来院後まですべての要素が揃わない可能性がありました。そのため、適切なマッチングに大きな時間が取られていました。しかしPrismなら、たとえばその週に来院する患者に先立って、候補となる試験を提案できます。もし来院前に予測ができれば、その後の来院をより効率的に進めることができます。がんの治療においては、時間がすべてです。患者の生命を変える可能性のある試験にできるだけ早く参加させるのが可能ならば、それは明らかに最良な選択肢です。
医療データの登録と分析を支援するサービス「Harmony」
Triomicsが提供するサービスは他にもある。電子カルテのデータの管理や分析をするサービス「Harmony」だ。同サービスを用いれば、がん登録に必要なデータの抽出時間を80%短縮し、報告対象のがんの特定にかかる作業量を60%削減すると同社は推測している。
――Harmonyは、どういったサービスでしょうか?
Daniel: Harmonyは医療の質の向上を目指す、データ管理・分析サービスです。アメリカの病院では、患者の治療改善などの目的で、がんの種類、ステージ、症状などのデータを登録して政府機関に報告しています。このとき、元となる医療データは常に整理されているわけではなくフリーテキストの場合もあります。Harmonyは、OncoLLMの能力を用いて非構造的な患者記録の情報を抽出する効率を向上させ、それをより使いやすい形式に組み込むことができます。
――取り込んだデータを医療に役立てることもできますか?
Daniel: はい。医療機関の運用や医療の質の向上にも活用できます。たとえば、どの治療法が効果的で費用も適切か、あるいは医師や設備をどう配置すれば最適か、などの分析ができます。また、保険会社の事前承認プロセスにも活用できる可能性があります。ただし重要な決定に対して、人間に取って代わることはありません。Harmonyはあくまで関連するデータを集約するサービスです。
医療機関の日々の運営を管理するサービス「Symphony」
Symphonyは、がん専門医と医療スタッフの日常業務を効率化するサービスだという。同サービスについて伺った。
――Symphonyは、どういったサービスでしょうか?
Daniel: Symphonyは医療機関の日々の運営を効率化するサービスです。たとえば、患者のデータを1つのビューにまとめて、患者の来院への準備に役立てます。これにより、医師や医療スタッフが患者の状況を素早く理解し、効率的に診療を行うことができます。
――具体的にはどのような業務の効率化でしょうか?
Daniel: 例えば、何百、何千ページもの医療記録から、患者カルテの要点をまとめるのに有用な情報を効率的に抽出します。これにより、患者が何の症状で来院したのか、どのような治療歴があるのかなどを素早く理解できます。また、紹介状の作成などの管理業務の効率化も可能です。さらには、患者が予約を申し込む際に、予約の緊急度の判断を助けるなど、様々な面で医療スタッフの業務をサポートします。
大規模ながん治療機関との契約を開始
VentureBeatの取材でKhan氏は下記のように語っている。
「現在、約6つのアカデミックメディカルセンターと積極的に協力してしており、夏の終わりまでにはその数は2桁になるはずです。また、できるだけ多くの患者の生活に影響を与えるために、顧客基盤をアカデミックメディカルセンターを超えて拡大し、大規模ながん治療機関との契約を開始しました。」
Triomicsのサービスは今後も拡大していくだろう。
参考・引用元:
Triomics
VentureBeat
ACCESSWIRE
(文・松本直樹)
- Original:https://techable.jp/archives/237596
- Source:Techable(テッカブル) -海外テックニュースメディア
- Author:松本直樹