かつて日本でも「サファリ」の名で販売されていた日産のオフロードカー「パトロール」をご存じだろうか。第一世代の誕生はなんと1951年、来年は発売75周年という日産随一のロングセラーモデルである。現在では中東湾岸諸国を中心に日本国外で展開するが、世に数多ある優れたオフロードカーを差し置いて、中東ではなぜ「パトロール」が支持されるのだろうか?
■「ああ、あのサファリか!」
日産「パトロール」といってもクルマ好きでもなければピンとくる人は少ないだろう。それもそのはず。2007年を最後に日本では販売されていないし、しかも車名は「サファリ」だった。
「ああ、大門軍団の!」と手を打つあなたは昭和男子(笑) そう刑事ドラマ『西部警察』でも特装車としてブラウン管で大活躍したオフロードカーこそが日産「サファリ」。現行モデルは2024年秋発売の7代目「Y63 Patrol」であり、今年6月にはその「NISMO」モデルの発売もリリースされている。
SUV人気、本格オフロードカー人気に沸く昨今である。なぜ日産のお膝元、日本では未発売のままなのか。「パトロール」の現在と未来をキーパーソンに質すべく、神奈川県厚木市の日産テクニカルセンターを訪ねた。
■「このクルマは“砂漠の王”と呼ばれています」
「エンジニアとして日産に入社してもう20年以上。現在は『パトロール』のプランニングを担当しています」
と、かなり流暢な日本語で話し始めたのは、アントニオ・ロペスさん。同社商品企画部でチーフプロダクトスペシャリストとして「パトロール」を担当している。ちなみにご伴侶が日本人とのことで日本語もOKなのだ(以下「 」内コメントはアントニオさん)。
そんなアントニオさんと日産のつながりはさらにさらに以前、なんとお父様が母国スペインでの日産社員だったというからもう半世紀になろうか。
「これは『パトロールY60』です(下写真。1989年撮影)。この車はパリダカールラリーに出たディーゼル車で、当時スペインで発売された車をベースにしています。写っている子供は、10歳頃のわたし。もう36年前ですね。お父さんがこのラリーカーの仕事をしていて、わたしは『パパの仕事はかっこいいな。このクルマも超かっこいい!』と思いました。車内には本物の砂漠の砂が入っていて、この砂なに? なんで? 砂漠を走るラリーってすごい! 子供の頃そう思ったクルマに現在のわたしが関わることができ、すごく誇りに感じています」。
「パトロール」は2007年を最後に日本では未発売となっているが、北米(現地車名アルマーダ)、豪州、中東湾岸諸国、わけてもアラブ首長国連邦(UAE)では絶大な支持を集めているという。UAEは「パトロール」にとっての最重要拠点であり、「砂漠の王」として愛されているのだ。ただし、単に砂漠でのオフロード走行が優れているから、ではない。砂漠でも、大発展を遂げた街中、日常使いとしても快適で、走りやクルマの仕立てそのものに優美さがあるからだ。
「あわせて重要なのは、車両としてタフであることです。ほんの数十年前まで砂漠を移動するノマドな暮らしをしていた人々が、高度にハイテクが進んだドバイ、アブダビ、サウジといった大都会で、現代的な生活を送っています。そこに住む人々の選択肢のトップが『パトロール』であることは間違いありません。現地での訴求ポイントをまとめると、安全安心でタフ、運転が楽しく快適で、旅に出ることを促すクルマであること、となります」。
■「GT-R」に連なるV6ターボエンジンを搭載
クルマ関心層の読者にとって、現行「パトロール」のV6ターボエンジンが先代「GT-R」に連なり、日産「フェアレディZ」と兄弟というべき型式だといえば関心をもたれるだろう。
兄弟とはいえ走行フィールドが異なるのだから、性格付けも違う。端的にいえば「フェアレディZ」はスピード志向、「パトロール」はトルク志向だ。
また「GT-R」由来の独創的な技術が用いられているのも「パトロール」V6ターボのトピックだ。たとえばオイルポンプ、名称「スカンベンジングポンプ」。これは、カーブなどでの遠心力によりタンク内のオイルが偏った場合でもエンジンにオイルを供給することができる技術だが、砂漠での急斜面走行、急角度走行が多い「パトロール」においても、完全に有効なのだ。
「もちろんエンジンそのものは『GT-R』と違います。『GT-R』はVR38で、 VR35は『パトロール』用に新開発されました。V6ターボという形式は一緒ですが、VR35を開発するにあたって、『GT-R』で培った技術も入れながら、タフなシチュエーションでも性能が発揮できるよう、信頼性が確保できるよう煮詰めています。ですので『GT-Rがおじいちゃん?』と言われれば、間違いではありません。DNAはつながっていますから」。
また驚くほど大きなボディを安全に操ることができるよう備えられた、フロントビュー170°を見渡せる「ウルトラ・ワイドビュー」もトピックだ。これはハナ先の超広角レンズがほぼ水平まで映像をキャッチすることで、たとえば見通しの悪い交差点、駐車場からの出庫時などでも、クルマをほんの少し出すだけで道路の状況をつかめる、いわば電子の眼。「パトロール」に初搭載されたこの技術は、新しい「ルークス」にも積まれている。
■事実、アブダビの首長もハンドルを握る
様々な国、要人にクルマ好きは少なくないが、自らハンドルまで握る人は少ないだろう。その数少ないリアルドライバーがUAEのムハンマド・ビン・ザーイド大統領である。産油国であるアブダビ首長である氏はクルマ好きが多いUAEにおいても愛好家として知られた存在で、実際に「パトロール」を運転しているという。
むろんノーマルままではない特別仕様だ。たとえばセキュリティ上、Wi-Fiや電話機能は外されているし、エンジンについては、彼ら自ら手を入れるほど! というのも現地のユーザーはたとえばディーラーやモーターショーに行った際も、まず最初にボンネットを開けてエンジンルームをチェックするのがカーガイとしての当たり前、つまり「イジってなんぼ」なのだ。
ちなみに現地では11色を展開しているが「圧倒的人気は白!」というのも、彼らの装束を見れば納得至極と言えよう。
■中東湾岸諸国の発展と「パトロール」の深化
「パトロール」の進化は湾岸諸国の発展とシンクロしている。砂漠を走る、タフに走るクルマから、近代化された都市を走るラグジュアルなクルマへと。最新「パトロール」の姿はとりわけ湾岸諸国の経済の発展や暮らしを反映していると見ることができる。
「7代目ローンチの際に多く尋ねられたのが『EVの日産なら《パトロール》のEV化は?』という問いでした。回答はニーズです。現在のロイヤルカスタマーのニーズはV6ターボにあると判断しています。ですので逆に言いますと、現地での電動化ニーズが高まれば『パトロール』においても検討を進めることになります」。
産油国市場に配慮して「パトロール」の電動化を控えているのでは、というのは邪推に過ぎないようだ(笑)。
意外にといっては失礼だが、燃費は悪くない。むろん走り方によるが、いい時は9~10㎞/L前後まで届くというから、タンク容量98Lで600~700㎞くらいは担保できる算数になる。ちなみに湾岸諸国に次いで普及しているオーストラリアでは、アフターセールスでセカンドタンクがもっとも売れるという。
■もし日本に「パトロール」を導入するなら
全長5.35メートル、全幅2.35メートルと車格は大きい。もし日本の道を走ったらと思うと不釣り合いにも見える。
「わたしの日常の脚はミニバンの『セレナ』です。趣味がサーフィンなので鎌倉や湘南によく行きますが、この界隈は道がタイトなので『パトロール』はもちろん、『セレナ』でもすれ違いに苦労します。その意味で『パトロール』の車格は日本には大きすぎる。ただ実際にはピックアップとか、タイタンとか、ランクル300が走っているのをけっこう見かけます。要はニーズに適えば車格の問題は超えられるということです」。
とはいえ「パトロール」の日本名「サファリ」は2007年に日本市場から姿を消している。さすがに再登場は望み薄とみるが。
「私の個人的な意見ですが、 もし日本に車両を導入するのであれば『サファリ』ではなく、『パトロール』であろうと思います。かつての『サファリ』はオフロードカーであり、高機能車という位置づけでした。両車はつながっているのですが、性格がだいぶ変わっているのですね。 むろんオフロード性能の高さは変わりませんが、私たちはよりラグジュアルな要素や車内空間の広さに配慮しています」
「かつて私はスペインの日産で『パトロール』に長く関わった父の仕事を見て育ちました。『パトロール』は今のところ日本の路上を走っていませんけれども、もし走るようになった暁には、私が子供の時に父の仕事を見て誇りに思ったように、私も自分の息子に感じてもらいたい。 走っている様子を見て、これがお父さんの仕事なんだというのを伝えたい。さらには日本の路上を走ることで、日産で働いている皆さんにも誇りを感じてもらいたい。
このクルマには王様になったかのようなフィーリングがあります。とりわけ『GT-R』が製造終了したいま現在のタイミングでは、間違いなく日産最高のクルマは『パトロール』ですから」。
【Specifications】
日産パトロール LE TITANIUM
全長×全幅×全高:5350×2350×1955mm
ホイールベース:3075mm
車重:2778kg
エンジン:3492cc DOHC,V6,CVTCS,DIG Twin Turbo
変速機:9速AT
最高出力:425HP@5600RPM
最大トルク:700NM@3600RPM
乗車定員:8名
燃費:10.1km/L
>> 日産自動車
<取材・文/前田賢紀>
前田賢紀|モノ情報誌『モノ・マガジン』元編集長の経験を活かし、知られざる傑作品を紹介すべく、フリー編集者として活動。好きな乗り物はオートバイ。好きなバンドはYMO。好きな飲み物はビール
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- Original:https://www.goodspress.jp/columns/703428/
- Source:&GP
- Author:&GP