【ようこそ、オーディオの“沼”へ】
世の中にはさまざまなイヤホン&ヘッドホンが溢れ返っています。技術やデザインは日々更新され、その選択肢は最早無限に等しいと言っても過言ではありません。これから新しく購入しようと思った際、何を選ぶべきか悩む人も多いはずです。そこでひとつの指標として、音楽のプロ=アーティストたちに取材を敢行しました。果たして彼らは何を愛用し、そしてなぜそのアイテムを使っているのでしょうか。今回出演するのは、かせきさいだぁさん。愛用のイヤホン・ヘッドホン、さらに音楽に対する姿勢などについて伺いました。
■安いモノを選ぶ、その理由とは?
日本のHIP-HOP黎明期、最もカオスで楽しかった1990年台に活動を開始し、現在までシーンを支え続けているうちのひとり、かせきさいだぁさん。ラッパーとしてだけではなくイラストや文筆などでも活躍し、マルチに才能を発揮し続けているかせきさいだぁさんが愛用しているイヤホン・ヘッドホンとは? なぜ選んだか、さらには自身の音楽制作の際に気を付けていることなど、あらゆることを語ってもらっています。
――まず、かせきさいだぁさんが愛用しているイヤホン・ヘッドホンから伺いたいのですが、3台ありますね?
かせきさいだぁ(以下、かせき):そうです、イヤホン2つとヘッドホン1つ。1番長く使っているのがゼンハイザーで、確か購入当時は2~3000円くらいだったと思います。15年くらい前かな。これはね、TOKYO No.1 SOUL SETの川辺(ヒロシ)くんに教えてもらったんです。「かせき、これ安いのにすごく良いよ、十分だよ」って。ぼくも気に入ってずっと使い続けているんですけど、このモデルがもうなくなっちゃったみたいで。それで同じくらいのイヤホンを探していたところに、これまたほかのミュージシャンがオーディオテクニカも良いよって教えてくれて。
――手に取りやすい価格帯のイヤホンですよね。
かせき:仕事で地方に行くことも多いんですけど、うっかり忘れることもあるじゃないですか。そんなとき、これくらいの価格帯のアイテムって大抵、駅近くの量販店に行けば買えるんで。しかも結構イヤホンをポケットに入れたまま洗濯しちゃったりするんですよね。それで乾かして、また使ってみたいな。
――イヤホン、洗濯して壊れないんですか?
かせき:それが壊れないんですよ。もうダメだ、と思ってもしっかりちゃんと乾かしたら全然問題ない。全然、平気。強者のイヤホンと呼んでいますよ(笑)。
――確かにそれは強者ですね。最初に購入したきっかけは教えてもらったからとのことですが、使い続けている理由は何でしょうか?
かせき:やっぱり若い頃は1、2万円のヘッドホンを使っていたんですけど、外に持って出るとコードをどこかに引っ掛けて断線させてしまったりすることもあるじゃないですか。こんなに高いモノが一瞬で壊れてしまった、と毎回ショックだったんですよね。それで安くてそこそこ音が良ければ、まあいいかと思うようになったというか。
あと、実は20代の頃、ナムコ(現在のバンダイナムコエンターテインメントの前身)ってゲーム会社で働いていたんですよ。ゲームに出てくるドット絵を描く仕事をしていて、それで土日はラップやってデビューしたあとは退社したんですけど。
――そうだったんですね。でも、それとイヤホンに関係が?
かせき:5年くらいドット絵を描く仕事をしていたんですけど、当時すごく性能が良いPCを使っていて。当然、とてもきれいにぼくが描いたドット絵が映るんですよね。それで確認用のきれいなモニターで見て、みたいな感じだったんですけど上司に「ブラウン管だともっと色が滲むからこんなにきれいには映らないから」って言われて。それでブラウン管のテレビで見てみたら、本当だ、全然色が違うってなって。とにかく色が滲んでぼやけちゃう。わざとぼやけさせて色を増やして見せる、みたいな技もあったりはするんですけど。
90年代初頭って大体ゲームをやっている世代って子供で。もう使わなくなったお古のボロボロのテレビでプレーしてたりするんですよね。だから、すごいボロいブラウン管のテレビであえてチェックしたりもしましたね。
そしてミュージシャンとして活動し始めたら、今度は当然スタジオで良い音でチェックしてひとまず曲を完成させますよね。それでOKってなるわけではなく、今度は一度カセットテープに録音するんです。それで当時はまだカーオーディオってカセットが多かったので、友達のクルマに乗せてもらって聴いてみて。みんなが聴く環境でどんな風に聴こえているのかをチェックしたかったんですよ。それでちょっと低音がうるさいかな、とか高音がキツいなとか調整して。あえてヘボい環境でチェックするっていう。
■大事にしているのは聞き手の環境
――聞き手側のリアルな環境でチェックしていたんですね。
かせき:そう、そう。みんなスタジオみたいなすごく良い機材でなんて聴けないんだから。ぼくらだってスタジオでしか聴けないくらいだし。良い機材で聴くとそれで満足しちゃうんですよ。最高だって言って。でも実際みんなが聴くときはそうじゃない。だから一般の人が持っていそうな音でぼくも聴き続けたくて、それで手に取りやすいイヤホンをずっと使っているっていうところもあります。
――オーディエンスサイドに寄り添っているんですね。すごくプロフェッショナルな考え方だと思います。
かせき:レコーディングで今でも演奏はしますけど、録音はデジタルじゃないですか。それをマスタリングという作業で昔のオープンリールのテープがあるところに行って、新品とちょっと使っていたモノと何度も使用している古いテープと3種類録音して聴き比べて、それを調整しながら作っているんですよ。デジタルで良い音で録ったモノをちょっと音を悪くさせるというか、マイルドにさせるというか。まあ、もちろん良いスピーカーなどは本当に良い音ですけど、誰もが買えるモノではないですから。
――良い音で作った曲をユーザーには押し付けないスタンスなんですね。
かせき:そうですね、ナムコ時代があったから今もそういうスタンスなんだと思います。制作している最中は尖った姿勢だと思うんですけど、最終的には尖りすぎないように気を付けているというか。それが「みんなに届ける」ということなのかなあ、みたいな。ナムコでやっていたチェックの作業って面倒だし周りはあまりやりたがらなかったんですけど、チェック中はそれ以外の仕事はしなくて済むので忙しいフリをしながら1番やっていましたね(笑)。
――なるほど(笑)。ちなみに、ヘッドホンはどちらのモノでしょう?
かせき:これはソニーです。値段も3000円台だったかな、仕事で台湾に行ったときに見つけて気に入って。しかも、そのすぐ後にプライベートでも行ったんですけど、イヤホンを忘れたのに気付いて羽田空港で買いました(笑)。
――そこまで気に入られた理由は何ですか?
かせき:価格もそうですけど、折り畳むと小さくなるのが良いんですよ。仕事で移動することが多いですし、持ち運びのことを考えたらコンパクトになるのってとても便利で。前に違うヘッドホンも持っていたんですけど、それは変形させるのが難しくて。その点、今使っているのは簡単に折り畳めるんで。
何年も前に買って、壊れたら買い直そうと思っているんですけど、全然壊れないんですよ。イヤーパッドは2回替えましたけどね。安いモノって良くも悪くも構造がシンプルだからか、案外丈夫ですよね。DJもやったりしますが、フロアが暗かったりビールをこぼしたりすることもあって、それが2万円もするヘッドホンとかだったら嫌じゃないですか。
――確かに、高いモノだと扱うときに気を使いますよね。ところで、最初にイヤホンやヘッドホンを買うときはどのような選び方をすれば良いと思いますか?
かせき:ぼくとかは幸運なことに周囲にミュージシャンがいて教えてくれましたけど、確かに普通はあまりいないですもんね。そうですね、個人的にはソニーとかガチなAVメーカーの安いモノをまずは買えば良いんじゃないかなって思います。エントリーとして、まずは試してみる感じ。
――なるほど。確かにメーカー側のクセみたいなものもありますし気に入ったらさらに探す、みたいな感じでも良いかもしれませんね。ほかにこだわりはありますか?
かせき:ぼくは絶対有線ですね。ワイヤレスだと電池が切れることもあるじゃないですか、それが嫌なんですよ。出かけた先で使いたいときにすぐ使いたい。あと、ペアリングがなかなかできないこともあったりしますし、ちょっとしたストレスになりますよね。有線ならそういったことに悩まされないので。
――便利なようで不便さも確かにありますね。普段はどういったシーンで使用されますか?
かせき:DJのときもそうですし、日常生活においても使います。映画を観るときも使うし。使うときは音は小さめ。特に移動中は周りの音も聞こえていないといけませんし、あとはミュージシャンだから耳を壊したくないというのもある。普段小さい音でしか聴いていないので、安価なモノでもそこまで音質こだわらなくていいか、みたいなところもありますね。ミュージシャンは耳が大事なんで。命ですよ、命。大事にしたいから音量は絶対小さめ。
――普段から耳を大事にされているんですね。音楽はやはりHIP-HOPやラップを聴くのでしょうか?
かせき:いえ、ラップはもうほとんど聴きませんね。昔のちょっとソウルっぽい曲やディスコで流れていそうな曲とかが多いかな。あと、チルウェーブって言われているジャンル。最近、海外の人たちがやっているゆるい感じの音楽なんですけど、よく聴いていますよ。ちゃんと買ってね。自分もミュージシャンなんで、サブスクでは聴かないようにしています。この良い曲を作ってくれたミュージシャンに少しでもお金が行くようにね。
――素敵な心掛けですね。
かせき:そういった心掛けというか、こだわりみたいなのって案外楽しい気がするし。買うとなると適当に買ってられないぞって思うし、曲も適当に聴けなくなるし。昔、CDやレコード時代は大体アルバムで売られていましたし、シングルよりも高いからこれを何としてでも聴いていくうちに好きにならねば、みたいに思ったもんですよ。元を取るというか(笑)。
>> かせきさいだぁ
<文/手柴太一(GoodsPress Web) 写真/高橋絵里奈>
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