IT NEWS

世界中に日本車の凄さを知らしめた「市販車」ベースのレースカーたち。日本の自動車メーカー7社の伝説のホモロゲーションモデルとは?

世界各国で開催される四輪モータースポーツのレース。

さまざまなカテゴリーのレースがありますが、その多くが国際自動車連盟・FIAが総括するもの。同団体がレースの競技規則の制定、ドライバーのライセンス発行、レースカーの設計基準、サーキットの安全基準、安全装備などを厳格に定めています。FIA公認レースには大きく分けて2つあり、F1などの「専用車両ベース」で競い合うもの、「市販車ベース」のレース車両の2カテゴリーがありますが、このうち「市販車ベース」のレースカーは、「ホモロゲーションモデル」と呼ばれます。

「ホモロゲーション」の語意は「承認」「認証」。FIAでは公認レースにおいて、各車両に対する「承認制度」を行なっていて、勝利を目的に特殊設計をしたモデルの参戦をさせないためにも「一定期間・規定台数以上を生産した『市販車』でなければならない」といったルールを定めています。

ここでは、世界中のレースで大活躍したトヨタ、日産、マツダ、スバル、三菱、ホンダ、スズキの「ホモロゲーションモデル」を選んで紹介します。

■【セリカ GT-Four ST185(トヨタ)】トヨタが世界ラリー界のトップに躍り出るきっかけとなったモデル

▲セリカ GT-Four ST185(画像:トヨタ自動車)

 

1990年代前半の世界ラリー選手権(WRC)を席巻した、セリカをベースにしたホモロゲーション・ラリーカー。2.0L直列4気筒ターボ+4WDを採用し、堅牢性と速さが評価され、1993年・1994年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得。トヨタが世界が挑んだ際の主力マシンとして知られています。

<主な戦績>
・1993年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・1993年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:ユハ・カンクネン)
・1994年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・1994年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:ディディエ・オリオール)
(WRC通算16勝)

■【GT-One(TS020)(トヨタ)】ホモロゲーション規定クリアのために公道仕様車もわずかに市販されたモデル

 

▲GT-One(TS020)(画像:トヨタ自動車)

 

1998年、1999年のル・マン24時間レース参戦用に開発されたプロトタイプカー。当時のホモロゲーション規定をクリアするため、公道仕様車をわずかに市販したという伝説のマシン。

3.6リッターV型8気筒ツインターボエンジンを搭載し、ル・マン24時間レースでは最速で時速351kmを記録したと言われています。

空力性能に優れていて、「史上最も美しいル・マンカー」として世界中から評価された1台でしたが、レース中のトラブルに見舞われ優勝には至らず、やがて第一線から退くことになりました。

<主な戦績>
・1998年……ル・マン24時間レース 総合9位
・1999年……ル・マン24時間レース 総合2位

■【R390 GT1(日産)】ル・マン24時間レースではエントリーした4台全てが10位以内にランクした伝説のマシン

▲R390 GT1(画像:日産自動車)

 

トヨタのGT-One同様、当時のホモロゲーション規定をクリアするため、公道仕様車を1台だけ市販したという幻のスーパーカー。3.5リッターV型8気筒ツインターボエンジンを搭載し、GT-Oneよりわずかに排気量が低いものの、最速で時速354kmを記録。

1997年のル・マン24時間レースに初参戦し、翌年1998年の同レースではエントリーした4台全てが10位以内での完走を果たし、観戦者の度肝を抜いたことでも知られています。

<主な戦績>
・1997年……ル・マン24時間レース 総合12位
・1998年……ル・マン24時間レース 総合3位、5位、6位、10位

 

【スカイライン GT-R(日産)】「29連勝」という圧倒的な強さから世界中で「ゴジラ」と呼ばれ恐れられた1台

▲スカイライン GT-R(画像:日産自動車)

 

1990年代前半のツーリングカーレースを支配した伝説のマシンで、ホモロゲーション基準を念頭に同年500台限定で市販された同名モデルがベースです。

圧倒的な成績の記録は1990年から1993年にかけての全日本ツーリングカー選手権(JTC)で、スカイラインGT-Rを持って、前人未到の「29連勝」という金字塔を樹立。日本国内の大会ではありますが、「GT-Rの快進撃」は世界中で恐れられ、「ゴジラ」と呼称されました。

同時に、日産のワークスブランド「NISMO」の名を世界中に知らしめることにもなった伝説のマシンです。

<主な戦績>
・1990〜1993年……全日本ツーリングカー選手権(JTC) 29連勝
・1991年……オーストラリアツーリングカー選手権(ATCC)優勝
・1992年……オーストラリアツーリングカー選手権(ATCC)優勝

【787B(マツダ)】日本車初のル・マン24時間レースで優勝したロータリーエンジンモデル

 

 

▲787B(画像:マツダ)

 

マツダは1960年代から独自のロータリーエンジン開発を進めており、その技術を世界中にアピールする目的で、1970年代からル・マン24時間レースに参戦。しかし、世界の壁は厚くポルシェ、ジャガーといったレシプロエンジン(ピストンエンジン)勢には太刀打ちできず、長らく苦戦を強いられていました。

そんな紆余曲折を経験し、排気量654ccの4ローターの「R26B型」エンジンを開発。破格の最高出力700馬力を実現します。他方、FIAが定めたホモロゲーション規定「グループC」では、プロトタイプを対象としており、必ずしも市販車ベースのモデルでなかったとしても、安全基準、車格や構造などが規定内であれば、参戦できるというもの。この「R26B型」を搭載した市販車は存在しなかったものの、この「グループC」基準には適合することができました。

1991年、このエンジンを搭載した787Bでル・マン24時間レースに参戦し、悲願だった優勝を飾りました。日本車としては初優勝となり、他メーカーのレースマシン開発にも影響を及ぼした1台です。

<主な戦績>
・1991年……ル・マン24時間レース 総合優勝

【RX-7(IMSA GTO)(マツダ)】アメリカのレース、IMSAシリーズのために開発されたRX-7ベースのレースマシン

▲RX-7(IMSA GTO)(画像:マツダ)

 

マツダのFC3S型RX-7をベースに、アメリカIMSAシリーズ用に開発されたホモロゲーションモデル。

マツダ独自のロータリーエンジンの高回転性能を武器に、ポルシェ、ジャガーなどの強豪に挑んだことで知られています。レース参戦ごとに技術向上を重ね、その技術は後に輝かしい戦績を収める787Bへとつなぐ礎となったレースマシンです。

<主な戦績>
・1990年……IMSAシリーズ 総合優勝

■【インプレッサWRC(スバル)】スバルのワークス「STI」が開発した伝説の世界ラリー選手権モデル

▲インプレッサWRC(画像:スバル)

 

「SUBARUを世界一にする」という理念のもと、1988年に設立されたワークス「STI」が、世界ラリー選手権(WRC)に向けて、インプレッサをベースにレーサーに仕上げたホモロゲーションモデル。

主に1990年代から2000年代にかけて活躍し、活動時期は「通算46勝」の快挙を果たしました。また、コリン・マクレー、リチャード・バーンズ、ベター・ソルベルグといった名ドライバーがハンドルを握って、その威力を見せつけたことでもよく知られる1台です。

<主な戦績>
・1995年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・1995年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:コリン・マクレー)
・1996年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・1997年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・2001年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:リチャード・バーンズ)
・2003年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:ベター・ソルベルグ)

 

【レガシィRS Gr.A(スバル)】通算1勝という戦績ながらも、インプレッサWRC開発の礎を築いた1台

▲レガシィRS Gr.A(画像:スバル)

 

1990年、スバルは世界ラリー選手権(WRC)に本格参戦を果たしますが、その初年に投入されたレースマシンがレガシィベースの、レガシィRS Gr.A。しかし、世界の壁は甘くなく、参戦初年から1993年までの4年間ではわずか1勝という戦績にとどまりました。

他方、スバル独自のボクサーエンジンの高いポテンシャルにより、1991年の英国ラリー選手権ではタイトルを掴むなど、切磋琢磨を重ねながら進化していったモデルでもありました。結果的に、後に輝かしい戦績を収めるインプレッサWRC開発の礎にもなりました。

<主な戦績>
・1991年……英国ラリー選手権 優勝
・1993年……WRC 優勝

■【ランサーエボリューション(三菱)】1990年代後半のモータースポーツ史に輝かしい戦績を残した伝説のモデル

▲ランサーエボリューション(画像:三菱自動車)

 

「ランエボ」の呼称で知られる三菱のランサーエボリューション。当時最新鋭の高性能4WDシステムとターボエンジンが秀逸だった市販車をベースに、レーサーに仕上げたホモロゲーションモデルによって、1990年代後半の世界ラリー選手権を席巻。

同時期のスバルのインプレッサとの熾烈な戦いは、ラリー史に残る名勝負として語りつがれています。

日本国内のレース、ラリーでも「絶対王者」として知られ、数々のシリーズチャンピオンで常勝するモデルでもありました。

<主な戦績>
・1996年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:トミ・マキネン)
・1997年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:トミ・マキネン)
・1998年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:トミ・マキネン)
・1998年……WRCマニュファクチャラーズチャンピオン
・1999年……WRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:トミ・マキネン)

 

【パジェロ(三菱)】「世界一過酷」と呼ばれるダカールラリー用に開発された「日本車のホモロゲーション」モデルの代表格

▲パジェロ(画像:三菱自動車)

 

三菱を代表する名車・パジェロは1983年に初めてダカールラリーに参戦しました。サハラ砂漠を走り抜け、市販車無改造クラスではいきなり優勝。総合でも11位という快挙を果たしました。この伝説はレースファン以外にも語り継がれるようになります。

初参戦からわずか3年後の1985年には、ダカールラリーにおける初の総合優勝を果たし、並外れたポテンシャルを世界中に知らしめました。余談ですが、同時期にはカップヌードルのTVCMにもパジェロによるレースシーンが採用されたことも、当時の強い影響力を物語っていると言って良いでしょう。

以降、1990年代から2000年代にかけては前人未到の7連覇を達成するなど、日本車のホモロゲーションモデルの代表格として長らく君臨し続けました。

ただし、三菱はリーマンショックの影響による経営悪化、パジェロの販売不振などを理由に、2009年をもってダカールラリーからワークス撤退を発表。さらに市販モデルのパジェロも2019年に静かに生産終了に至りました。

ただし、パジェロの優れた性能と伝説を知るユーザーたちの間で復活を望む声が後をたたず、これを受けて2026年秋には、新型クロスカントリーSUVとしての復活が発表されました。さらなる「レース参戦の復活」に期待する声も多く、今後の動向にも目が離せないモデルです。

<主な戦績>
・1985年……ダカールラリー 総合優勝
・1992年……ダカールラリー 総合優勝
・1993年……ダカールラリー 総合優勝
・1997年……ダカールラリー 総合優勝
・1982年……ダカールラリー 総合優勝(トップ3は全てパジェロ)
・2001年……ダカールラリー 総合優勝
・2002年……ダカールラリー 総合優勝
・2003年……ダカールラリー 総合優勝
・2004年……ダカールラリー 総合優勝
・2005年……ダカールラリー 総合優勝
・2006年……ダカールラリー 総合優勝
・2007年……ダカールラリー 総合優勝

【RA272・RA300(ホンダ)】ホモロゲーション制度が緩かった1960年代に開発されたホンダの2台のF1マシン

【RA272・RA300(ホンダ)】ホモロゲーション制度が緩かった1960年代に開発されたホンダの2台のF1マシン

 

▲RA300(画像:ホンダ)

 

1960年代から四輪部門でも世界レースに挑んでいたホンダ。ただし、当時は厳格なホモロゲーション制度は存在せず、FIAの規定は「指定の排気量と自然吸気エンジンであること」といった基本構造のみで、エンジン・シャシーの仕様変更などはチームの裁量に委ねられていました。

この時代にF1マシンとして開発されたのがRA272、RA300というレースマシン。いずれも、厳密にはホモロゲーションモデルではないものの、RA272はF1参戦2年目にして日本車初の優勝を果たし、また、RA300も1967年のデビュー戦でいきなり優勝を果たしました。いち早く世界レースに参戦したホンダの歴史を語る上で、欠かすことができない名車です。

<主な戦績>
・1965年……メキシコGP 優勝(RA272)
・1967年……イタリアGP 優勝(RA300)

【NSX-GT(ホンダ)】GT500クラス参戦のために開発された伝説のマシン

▲NSX-GT(画像:ホンダ)

 

1996年、全日本GT選手権(JGTC)のGT500クラス参戦のために開発されたホンダのワークス車両。2005年にJGCT自体がFIA公認のSUPER GTとなり、国際レースに転じられた後も複数回のドライバーズチャンピオンを獲得しました。

SUPER GTの最高峰となるGT500クラス参戦車で、エンジンは2.0リッターの直列4気筒直噴ターボ。最高出力は550馬力を超え、レース全体を盛り上げる1台でもありました。

2023年に市販モデルのNSXが生産終了となり、FIAが定めるホモロゲーション規定に適合しないことでレース自体からも撤退。2024年から参戦するシビックTYPE R-GTにその役目をバトンタッチすることになりました。

<主な戦績>
・2000年……JGTC 優勝(GT500クラス)
・2007年……SUPER GT 優勝(GT500クラス)
・2018年……SUPER GT 優勝(GT500クラス)
・2020年……SUPER GT 優勝(GT500クラス)

 

【SX4 WRC(スズキ)】テスト参戦、フル参戦のわずか2年で姿を消した幻のスズキのホモロゲーションモデル

▲SX4 WRC(画像:スズキ)

 

2007年、2008年の2年にかけて世界ラリー選手権(WRC)に参戦したスズキのクロスオーバーSUV、SX4のホモロゲーションモデル。わずか2年という短いレース参戦で、目覚ましい戦績は残せませんでしたが、ベース車両の持つコンパクトな車格と粘り強い走破性をもって、世界中にその存在を知らしめました。

後にスズキはリーマンショックの影響などで、レース参戦を無期限休止(事実上の撤退)を発表。レースでのさらなる活躍が幻となりました。

<主な戦績>
・2007年……WRCテスト参戦(順位なし)
・2008年……WRCマニュファクチャラーズ5位

■【スイフト S1600(スズキ)】ジュニア世界ラリー選手権を舞台に活躍したラリーカー

▲スイフト1600(画像:スズキ)

 

世界ラリー選手権と併催される形で2001年より始まったFIA スーパー1600カップ。2002年にはジュニア世界ラリー選手権(JWRC)と改称され、この年よりスズキは同レースに参戦。そのラリーカーが、市販車・スイフトを条件内でレーサーに仕上げたスイフトS1600でした。

ジュニア世界ラリー選手権(JWRC)のホモロゲーション規定は、市販モデルをベースにしながらも、その改良範囲が厳しく制限されていました。改良範囲が限られていたため、「参戦する各市販車の優位性」が強く反映されるレースでもありました。また、市販車モデルからはるかにかけ離れたレーサーではないことで、「若手ドライバーの登竜門」としての意味もありました。

このJWRCにおいてスイフトS1600は、著しい戦績を残せぬ数年間にマシンの熟成を進め、2010年にはJWRCのドライバーズチャンピオンを獲得しました。

SX4 WRC同様、スズキのレース参戦自体が終了したことで、スイフトS1600もまた、さらなる活躍が幻となりました。

<主な戦績>
・2010年……JWRCドライバーズチャンピオン(ドライバー:アーロン・ブルカート)

■ホモロゲーションモデルのベース車は当然、各社の中でも優れた市販車ばかり

 

 

▲ホモロゲーションモデルのベース車は各社の中でも自慢の市販車ばかりです

 

ここまでトヨタ、日産、マツダ、スバル、三菱、ホンダ、スズキのホモロゲーションモデルを選んで紹介しました。各モデルとも戦績にはバラツキがありますが、いずれのレースカーにも各メーカーの威信をかけた本気のスペックのモデルばかりであることはわかっていただけと思います。

また、各自動車メーカーがホモロゲーションモデルのベース車として抜粋された市販車は、当然、各社の中でも特長溢れる車両でもあるとも感じます。これらベースとなった市販車に乗る人は、ここまでの各モデルの逸話に特に強い思いを抱くことでしょう。

<取材・文/松田義人(deco)>

松田義人|編集プロダクション・deco代表。趣味は旅行、酒、料理(調理・食べる)、キャンプ、温泉、クルマ・バイクなど。クルマ・バイクはちょっと足りないような小型のものが好き。台湾に詳しく『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)をはじめ著書多数

 

【関連記事】
◆一度は見てみたかったクルマが勢揃い「オートモビルカウンシル2026」
◆世界最高峰のラリーカーを間近で見られる!公道で行われるラリージャパンを車中泊しながら見てきた
◆スカイライン伝説は終わらない【2026 MODEL CARS】

モバイルバージョンを終了