“逆輸入車”という言葉に心躍らせた経験があるのは、古くからのバイク乗りでしょうか。今では耳にする機会がほとんどなくなったバイクの逆輸入車は、なぜ生まれ、なぜ少なくなったのか。代表的な名車とともに、その歴史を振り返ってみたいと思います。
■きっかけは「CB750FOUR」だった!?
逆輸入車とは、その名の通り国内メーカーが製造しているのに、海外から輸入しなければならなかったモデルのこと。なぜそんな面倒な手順を踏む必要があったかというと、国内モデルには多くの規制(自主規制を含む)が存在したからです。
▲1969年式ホンダ「ドリームCB750FOUR」
その代表的は、排気量の上限が750ccとされていたこと。これはメーカー各社による自主規制だったのですが、1969年に発売されたホンダの「ドリームCB750FOUR」がきっかけで導入されたものでした。当時、世界最速の性能を実現してしまったがゆえに“これ以上速いバイクを国内で走らせるのは危険”という判断が働いてしまったのは皮肉な結果です。
▲1972年式カワサキ「Z1(900 Super4)」
この750cc規制の影響を受けたモデルといえば、カワサキの「Z1/Z2」でしょう。「Z1」(正式名称は「900 Super4」)は“打倒CB750FOUR”を実現するため900ccという排気量で開発されたのですが、規制のためそのままでは国内販売することができず、排気量を750ccにダウンさせた「Z2」(正式名称は「750RS」)が生まれます。ただ、怪我の功名と言っていいのでしょうか、排気量ダウンに当たってボア(シリンダー内径)だけでなく、ストロークも短くするという手間をかけたおかげもあり、「Z2」は高回転まで回るエンジンが高い評価を受け、国内ではヒットモデルとなりました。逆輸入車として「Z1」が盛んに輸入されるようになるのは、少し後年のことです。
▲1982年式スズキ「GSX750S」
逆に、負の影響を大きく受けてしまったのがスズキの「カタナ」です。1981年に輸出が開始された「GSX1100S KATANA」が初代モデルですが、国内向けには1982年に「GSX750S」として発売されます。ただ、前傾姿勢の強いセパレートハンドルやスクリーンは国内では認可されず、“耕運機”と揶揄されるアップタイプのハンドルとなっていました。「カタナ」という名称も凶器を連想させるとして用いられませんでした。当然、購入者は輸出仕様のハンドルなどにカスタムしましたが、これは違法改造として取り締まられ、当時は“カタナ狩り”などと言われました。
▲1984年式カワサキ「GPZ900R」
もう1台、750cc規制の影響を受けたモデルとして挙げられるのが、カワサキが1984年に発売した「GPZ900R」。今や同社の多くのモデルが冠している“Ninja”という名称は、元々このモデルに与えられたペットネームでした。映画『トップ・ガン』でトム・クルーズが乗っていたマシンとしても知られています。
このモデルも国内向けには「GPZ750R」が用意されていたのですが、“900こそが本当のNinja”というイメージが強かったためか、750はあまり売れず、多くの「GPZ900R」が逆輸入されました。当時は円高でアメリカから輸入しても、750との価格差が小さくなっていたことも影響したと思われます。“逆輸入”という言葉が、ある種のステイタスとして語られるようになったのは、この頃からでしょう。
▲1988年式ホンダ「GL1500ゴールドウィング」
この750cc規制は、1988年にホンダがアメリカ製の「GL1500ゴールドウィング」を国内でも輸入モデルとして正規販売したことで有名無実化し、1990年に撤廃されます。導入も廃止も、ホンダのバイクがきっかけとなったのは何かの縁でしょうか。
■750cc規制はなくなったものの…
▲1985年式ヤマハ「VMAX1200」(輸出仕様)
750ccオーバーの国内モデル第1号となったのがヤマハ「VMAX1200」。1985年から輸出されていたモデルですが、バブルの好景気もあってかなりの台数が逆輸入というかたちで国内に入ってきていました。その人気に応えるために国内仕様が導入されたわけですが、まだ出力の上限は100馬力という自主規制が存在していたため、最高出力は輸出モデルの145馬力に対して98馬力に抑えられ、高回転で1気筒当たり2つのキャブが動き出すVブーストシステムも非搭載とされます。このため、市場では逆輸入モデルが人気で、国内仕様を見下すような風潮すら存在しました。
▲2004年式ホンダ「CBR1000RR」(国内仕様)
排気量の自主規制が撤廃されてからも、最高出力の上限は規制されたままだったので、逆輸入車のステイタスは高いままでした。2004年に発売されたホンダ「CBR1000RR」は、輸出仕様は最高出力が172馬力なのに対して国内仕様は94馬力。約半分のパワーしかないわけですから、速さを求めるライダーは逆輸入車を選んだり、“フルパワー化”と呼ばれるカスタムに勤しんだりしました。
この最高出力の上限が撤廃されたのは2007年のこと。しかし、2008年式の「CBR1000RR」の最高出力は118馬力。まだ、輸出仕様とは大きな差がありました。これは日本独自の騒音規制と排出ガス規制によるもの。まだまだ、逆輸入車を選ぶ価値があったといえます。
▲2015年式ホンダ「RC213V-S」
そんな状況を象徴するようなマシンが、ホンダが2015年に発売した「RC213V-S」。MotoGPを走るワークスマシン「RC213V」に保安部品を付けて公道走行を可能にしたようなマシンで、2190万円という価格も話題になりましたが、このマシンも国内仕様の最高出力は70馬力という耳を疑う数値でした。レース用のキットパーツを組み込むと215馬力までアップするというギャップにも驚かされましたが、当時の騒音と排出ガス規制に対応しようとすると、そこまで牙を抜かなければならなかったということです。
ハイパワーモデルの足かせとなっていた騒音・排出ガス規制から解放されることになったのは2016年。この年から欧州で導入された環境規制「ユーロ4」に日本も足並みを揃えることになったからです。つまり、欧州仕様とは実質的に出力などの性能差がなくなったということになります。
▲2020年式ホンダ「CBR1000RR-R」
その証拠に、2017年発売の「CBR1000RR」の最高出力は輸出仕様と同じ192馬力となりました。そして、今年発売された「CBR1000RR-R」は何と218馬力。ちょっと極端なんじゃ…と思ってしまう数値です。
▲2020年式ヤマハ「YZF-R1」
そのCBRシリーズのライバルといえば、ヤマハの「YZF-R1」。こちらも先日、最新モデルが発表され、同時に日本での正規販売が復活しました。そう、実はこのモデル、2014年以降は正規モデルではなく逆輸入モデルとして国内では流通していたのです。
ちなみに、最後の国内仕様だった2014年モデルの最高出力は、国内仕様が145馬力に対して輸出仕様は180馬力。こういうマシンを購入する層は当然輸出仕様が欲しいだろうという判断があったのかはわかりませんが、販売はヤマハの逆輸入車を専門に扱うプレストコーポレーションという関連会社が行っていました。
ちなみに、2020年式の「YZF-R1」の最高出力は201馬力。当然、輸出仕様と同じ数値です。そして、このモデルの発表と前後して、プレストコーポレーションは役割を終えたとして25年に渡る業務の終了を発表しています。国内仕様と輸出仕様の差がなくなったことで、逆輸入車という存在が役割を終えたことを象徴するような出来事です。
* * *
国内規制が存在することによって価値が生まれ、一時期はステータスにまでなっていた逆輸入車。国際基準に合わせるかたちで規制が緩和されたことで、存在感がなくなってきたことは、ユーザーにとっては喜ばしいことなのかもしれません。ただ、ユーロ規制は年を追うごとに厳しくなり、今年導入される「ユーロ5」によって姿を消すことが予想されているモデルもあります。現在のハイパワー競争も、いつか終わりを迎える日が来るのかもしれません。
<文/増谷茂樹>
増谷茂樹|編集プロダクションやモノ系雑誌の編集部などを経て、フリーランスのライターに。クルマ、バイク、自転車など、タイヤの付いている乗り物が好物。専門的な情報をできるだけ分かりやすく書くことを信条に、さまざまな雑誌やWebメディアに寄稿している。
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- Original:https://www.goodspress.jp/features/312844/
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