本当に出る?それとも出ない?ソニー製EVの気になる現在地☆岡崎五朗の眼

2022年1月5~7日に開催されたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)において、ソニーが新しいEV(電気自動車)のコンセプトカーを発表しました。

しかも、ソニーグループはEVビジネスの事業化を検討すべく新会社ソニーモビリティを2022年春に立ち上げるとアナウンスしたことから、国内外で俄然注目を集めています。

そんなソニーの動きを冷静に分析するのは、モータージャーナリストの岡崎五朗さん。これまで多くのソニー製品を愛用してきた岡崎さんの眼に、ソニーのEVはどのように映ったのでしょうか?

■自動車メーカーがCESに深く関わり始めた背景とは

毎年1月にアメリカ・ラスベガスで開催されるCES。かつては映像機器やゲーム機、パソコンといったエレクトロニクス系企業がショーの主役だったが、ここ数年、存在感を増してきているのが自動車メーカーだ。

日米欧の主要自動車メーカーが立派なブースを構え、自動運転やEVを中心とした新技術を発表。記憶に新しいところでは、トヨタ自動車が静岡県裾野市に建設中の実証都市Woven City(ウーブン・シティ)プロジェクト発表の場として2020年のCESを選んでいる。それに先立ち2018年のCESでは、豊田章男社長が「トヨタは自動車メーカーからモビリティカンパニーに変わる」という宣言をしたことが大きな話題を呼んだ。

自動車メーカーがCESに深く関わり始めた背景にあるのは、エレクトロニクスとクルマの融合だ。もちろん、従来のクルマにもエレクトロニクスは使われていた。ナビゲーションシステムはもちろんのこと、最新のエンジンに複雑な電子制御は欠かせない。しかし、CESで話題を集めるのはさらにその先。CASE(C=コネクテッド、A=オートノマス(自動運転)、S=シェアリング、E=電動化(エレクトリック)の頭文字をとった造語))や、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)といった新しい概念である。

20世紀は、走り、曲がり、止まる能力の高いクルマが“いいクルマ”とされた。しかし21世紀はそこに環境性能や安全性、より便利で効率的な移動、エンターテインメント性のさらなる追求といった要素が入ってくる。それらを実現するために必要とされているのが、最新のエレクトロニクス技術を駆使した電動化と自動運転だ。いい換えれば、今後の自動車ビジネスの勝敗は“従来型技術×新しい技術の掛け算”で決まるのである。

掛け算の数字を大きくするには、以下ふたつの方法がある。

(1)従来技術で勝る自動車メーカーがエレクトロニクス技術を磨き込む
(2)新技術で勝るエレクトロニクスメーカーが自動車技術を磨き込む

加えて、テスラのようにどちらの経験もない新規企業によるチャレンジが想定以上の好結果を生み出しているのも気になるところだ。

■ソニーらしい機能を具現するには自動運転の実現が必要

今回のテーマであるソニーのEVは、当然ながら(2)となる。ソニーの強みは半導体やセンサーといったエレクトロニクス領域の高い技術力と、おしゃれ、ユニークといったキーワードがふさわしい高いブランドイメージだ。最近こそ減ってしまったが、僕もかつてはウォークマン、ハンディカム、VAIOなどなど多くのソニー製品を所有していた。そんなメーカーがクルマを作ったら絶対に楽しいことになるだろう。

一方で気に掛かるのがクルマとしての実力だ。信頼性、耐久性、安全性、ハンドリング、乗り心地、静粛性などなど、クルマに求められる性能は多岐に渡る。思えばハンディカムはなぜか子どもの運動会のたびに壊れたし、VAIOはキートップがよく外れた。それでもカッコいいから使っていたが、命に関わる商品であるクルマがそれでは困るわけで、その辺りは不安材料となる。

その点、既存の自動車メーカーは有利だ。過去数十年間に渡って数千万台のクルマを実際に販売し、故障データの蓄積を信頼性の高いクルマ作りに役立ててきた。1年に1回の点検整備さえすれば、野ざらしのままでも10年15年動き続けてくれるというのは実のところすごいことなのである。

もちろん、ソニーもそこはきちんと理解していて、2020年のCESでファストバックスタイルのコンセプトカー「VISION-S01」を発表した際には、車載用センサー等の開発用試作車という位置づけだった。

VISION-S01

しかし、2021年の公道での試験走行を経て、2022年のCESではEVビジネスへの参入を本格的に検討することを表明。同時に、SUVタイプの新たなコンセプトカー「VISION-S02」を発表してきた。

VISION-S02

S02は基本技術をS01と共用しつつ、背の高いSUVフォルムとすることで室内スペースを拡大。7人乗りタイプも用意する。計5枚のディスプレイを備えた先進的なコックピットは「ホンダe」に似ている。

そういう意味で革命的というほどの驚きはないものの、スクリーンとスピーカーを使って乗員を楽しませる“ソフトウェア”もソニーの得意分野。映像配信サービスや、自宅にあるPlayStationに接続してリモートでゲームを楽しめる機能などを備えている。

ただし、こうした機能が真に意味あるものになるには自動運転を実現する必要がある。現行の法規では、走行中に動画系コンテンツを表示することは許されていないからだ。最低でもレベル3、できればレベル4以上の自動運転とセットでなければ、映画もゲームも走行中は後席専用コンテンツになってしまう。もちろん、ソニーは自動運転を見据えているが、事故の際の責任がドライバーではなく車両側となるレベル3以上の自動運転は想像以上に難しく、世界中のシンクタンクや自動車メーカーは相次いで実用化の後ろ倒しを表明している。いくら半導体やセンサー類で高い技術をもつソニーといえども、他に先駆けて自動運転をものにできるとはちょっと考えづらい。

■開発と組み立ては手慣れたマグナ・シュタイヤー社が担当

クルマとしての機能はどうか。この点については、現状でもかなり高いレベルに仕上がっていると想像する。というのも、開発と組み立てをマグナ・シュタイヤー社が担当しているからだ。

マグナ・シュタイヤー社はオーストリアの自動車受託製造会社だが、車両設計能力が高く、BMWの初代「X3」は生産だけでなく開発も担当。そのほか、ジャガー「I-PACE」、プジョー「RCZ」、BMW「Z4」、トヨタ「GRスープラ」などの生産も行っている。丸投げとまではいわないものの、彼らに車両開発の大部分を任せれば、箸にも棒にも引っかからないようなクルマにはならない。これまでマグナ・シュタイヤー社が製造してきたクルマを味見してきた僕としては、逆に相当いいクルマに仕上げてくるに違いないと思っている。

そんなクルマに、ソニーが持っているエレクトロニクス技術とエンターテインメント資産を組み合わせれば、これはもう楽しいクルマになるのは間違いない。しかし前述したように、そんな魅力をユーザーにアピールするには自動運転という高いハードルを飛び越えることが求められるだろう。今後数年以内というタイムラインで眺めた時、第一の懸念となるのがそこだ。

とはいえ、たとえ自動運転がものにならなかったとしても、ソニーのバッジを付けた近未来感満載の高性能プレミアムEVが登場すれば、乗りたいと思う人も出てくるだろう。新興メーカーであるテスラが一定の成功を収めていることを考えれば、可能性は決してゼロではない。そういう意味で、自動運転の実用化を待たずにソニーがクルマ業界に参入してくることは十分考えられる。

では、その可能性はどれくらいなのか? 僕は、参入するかしないかを予想することに大きな意味はないと思っている。むしろ問われているのはソニーの覚悟だ。エンターテインメント商品である以前に、クルマは人の命を乗せて走る工業製品である。また、通勤や通院や買い物やレジャーといった、人々の日々の暮らしを支える移動手段でもある。故障したら生活に支障が生じる人が出てくるだけに、そう簡単に壊れてもらっては困る。それでも機械である以上、ある程度の確率で故障するのは仕方ないが、だからこそ故障したら速やかに修理が受けられる体制作りが欠かせない。

具体的には、できれば各都道府県、最低でも札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡には重整備が可能なサービス拠点を用意すること。補修用パーツの供給体制にも気を配り、なおかつそのモデルの生産が中止された後も最低10年間は補修パーツを供給し続けること。こうしたアフターセールス関連にもきちんと取り組む気があるのなら、僕はソニーカーを大歓迎したいと思う。しかしその気がないのなら止めておいた方がいい。

実際、販売が急増しているテスラは、アフターセールス面に大きな課題を抱えている。北海道のテスラオーナーが修理を希望したところ、近場の契約工場では手に負えず、横浜のサービスセンターまで持ち込む必要ありと告げられ、引き取り料金として20万円を請求されたという事例や、軽い衝突でもパーツが入荷せず修理工場で3か月間放置されたという事例など、ちょっと考えられないことが報告されている。

先日起こった67万台の大量リコールにしても、脆弱なサービス体制ではいつになったら全車の改修作業が完了するのか想像すらつかない。時流に乗ったEVとして人気を博しているものの、こんな状態が長く続けばいずれユーザーは離れていくだろう。ソニーにはテスラの轍を踏んで欲しくないのだ。

後ろ向きなことを多く書いたが、僕は決してソニーが自動車業界に参入してくることに反対しているのではない。むしろ日本発の貴重なブランドとして、ぜひとも既存メーカーにはできないワクワクするようなクルマを出してもらいたいと思っている。ただし、ハイテクやエンターテインメントだけでなんとかなるほど甘くはないのが自動車ビジネスである。得意領域ではユーザーの期待を大きく上回り、信頼性やアフターセールスといったベーシックな領域ではユーザーの期待を裏切らない。そんな状況を作ることができれば、自動車業界の新たなプレーヤーとしてソニーはきっと成功するはずだ。

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