熊本県美里町が高齢者にeスポーツ事業を展開するのはなぜか?高齢者が小学生と対戦する光景も

各自治体は、行政の効率化やサービス向上を目的として、あらゆる行政サービスにおいてデジタル化を推し進めています。そんな中、デジタル化を推進する障壁となっているのが「高齢者のデジタルデバイド問題」です。

デジタルデバイドとはインターネットやデジタルデバイスを使える人と使えない人との間に生じる格差のことです。特にデジタルツールに馴染みの薄い高齢者にとって、デジタルサービルを利用することは高いハードルとなっています。

今回は、一般社団法人官民共創未来コンソーシアム 代表理事の小田理恵子氏に、高齢者のデジタルデバイド問題の解消に貢献した熊本県美里町の取り組みとして、「高齢者のeスポーツ事業」を成功した理由とともに解説していただきました。

高齢者のデジタルデバイド問題

自治体が推進する行政サービスのデジタル化の障壁となっているのが、「高齢者のデジタルデバイド問題」です。

例えば、行政窓口の電子化を検討する際に、職員から「高齢者はデジタルツールを使えない。そのため、かえって電子と紙の両方の業務が併存してしまい、業務負荷が上がる」と反対意見が出ることがあります。高齢化の進んでいる地方の小規模自治体ほど、そうした傾向が強いです。

デジタルデバイドの解消に役立つ「eスポーツ」

このような状況を打破するために、各地で様々な取り組みが行われています。中でも注目したいのが、「高齢者のeスポーツ」で、富山県や神戸市など全国各地の自治体で行われています。自治体は大学や企業と協力して、eスポーツ大会や実証実験を行っています。

これらの取り組みの本来の目的は、高齢者の健康増進や認知症予防ですが、同時に高齢者のデジタルリテラシーの向上にも貢献をしています。

特に、自治体主導でeスポーツ事業を展開した美里町は、この分野において先駆的な役割を果たしています。この記事では、美里町がこの取り組みを開始した経緯や工夫などについて紹介します。

高齢者のデジタルデバイド対策の参考になるだけでなく、社会課題解決に向けて新たなアイデアを取り入れる際のヒントとなることでしょう。

高齢者のeスポーツ事業の先駆け。美里町の取り組み

熊本県の中央部、県都・熊本市の南東約30kmに位置する美里町は、人口約1万人が暮らす自然豊かな町です。旧中央町と旧砥用町が合併して2004年11月に誕生しました。

美里町では、2020年に始まったユニークな取り組みが注目を浴びています。コンピューターゲームの対戦で腕を競い合う「eスポーツ」を通じ、高齢者の介護や認知症を予防するというものです。

これは、小学生のプログラミング教育や世代間交流など、町全体を盛り上げる取り組み「eスポーツでいい里づくり事業」の一環として展開されています。

eスポーツと高齢者を結びつけた「行政らしからぬ思い切りの良い施策」は、美里町の上田泰弘(うえだやすひろ)町長が知人からeスポーツを紹介されたことがきっかけでした。

上田町長は、年齢や性別を問わず、誰でも楽しめるeスポーツの特徴に興味を持ち、町の企画情報課の職員に詳細を調査するよう指示しました。職員と共に少しずつ計画を練り上げていき、現在に至ります。

生き生きとeスポーツに参加する高齢者

こうして始まった高齢者のeスポーツ、最初は抵抗感を覚える高齢者もいました。しかし、実際に参加すると楽しいという声が多く、生き生きとした様子でゲームに向かっています。

美里町では今でも全国から事業への視察が殺到していますが、視察に来た人たちも、この高齢者の様子には驚くそう。

また、デジタルツールを使うことが苦手な高齢者にとって、eスポーツは脳を刺激する効果があり、自宅に閉じこもりがちな方には交流の場を提供し、介護や認知症の予防につなげる可能性があるとのこと。

以前筆者が上田町長にインタビューした際、町長からはこんなコメントをいただいています。

「美里町は中山間地域を抱え、高齢化も進む自治体ですが、DXに真剣に取り組まなければ行政サービスの質が低下する可能性があると考えています。

現在と同程度の行政サービスを維持するためには、いずれは何らかの形で高齢者にもデジタルに触れてもらうことが必要な時代が来るはずです。

このような状況を見据えると、eスポーツはデジタルに対する抵抗感を軽減させる良いきっかけになります。全国の自治体がデジタルデバイドの課題に向き合う中、美里町は先駆けて1つの解を示したことになります。

1日の大半を自宅で過ごす高齢者は、テレビのリモコン以外の電子機器にはほとんど触れないのではないかと思います。

そんな人たちが外に出て集まり、皆でワイワイとゲームを楽しめば、おのずとデジタルデバイスに興味を持つのではないでしょうか。

実際にタブレット端末を自分で購入した方もいらっしゃいます。eスポーツは、来るべきデジタル社会に自然に対応できるようになるための1つの手段になっていると考えています。」

年齢を超えたつながりができたことが成功のカギ

町長はじめ、職員や関係者の協力によって始まった高齢者のeスポーツ事業ですが、今では町に定着しつつあります。このように美里町で事業が成功している理由は2点あります。

1つ目は、「eスポーツでいい里づくり事業」が子どもや高齢者など、世代間を超えて結びつける取り組みの一環であったことです。

この「eスポーツでいい里づくり事業」は、3つの柱で構成されています。

1つ目は介護や認知症予防の取り組み、2つ目は子どもたちへのプログラミング教育、そして3つ目は世代間(他地域間)交流による地域活性化です。具体的には、eスポーツを活用したプログラミングの授業や、高齢者と子どもたちがゲームで交流する場を提供するものです。

高齢者はゲームを練習して対決に臨み、小学生はプログラミング教育を受けた上で参加します。この取り組みにより、「孫と会話するときの話題が増えた」「孫と共通の話題で盛り上がれるようになった」といった声が寄せられています。

事業を始めた当初は介護・認知症予防の意義が強かったのですが、最近は世代間交流において大きな成果が上がっているとのことです。この3つの柱が相互作用を生み出していることがポイントです。

自治体が一丸となってeスポーツを推進

もう1つの理由は、美里町の福祉課との協力体制です。

「eスポーツでいい里づくり事業」は、企画情報課が主導して進められました。

高齢者の認知機能を改善するためには、福祉課との協力が不可欠です。しかし、業務範囲外であるeスポーツ事業に、福祉課の職員は当初は難色を示したそうですが、粘り強く説得して協力を得たとのこと。

仕組みを整える必要性を感じたため、来年度には、福祉計画の中にeスポーツの取り組みを書き込む予定だと伺っています。

最初に述べたように、全国各地で高齢者のeスポーツ事業が展開されていますが、単に形だけ整えたとしてもうまくいかない場合があります。まずは高齢者が興味を持ち、楽しんで参加してもらうことが大切です。

美里町は、子どもから高齢者まで様々な世代の交流を促す取り組みの中で、高齢者が楽しくeスポーツを行うことができる環境を整えました。その上で福祉課と協力して、健康増進や介護予防、デジタルデバイド対策などを行っています。

その結果、美里町ではこの事業をきっかけにデジタルデバイスに興味を持ち、タブレットを購入した高齢者も出てきています。

美里町の取り組みは、住民本位であり、高齢者の気持ちに訴えかける取り組みとして、自治体DXの本質である「誰1人取り残さない」という理念を実践していると言えます。

自治体で新しい取り組みに挑戦する場合、担当課ではなく総合政策課やDX推進課などの企画調整組織が推進するのが定石です。しかし実装・運用段階になってから現場組織を巻き込もうとしても上手くいかないケースがよくあります。

<著者プロフィール>

小田理恵子
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム
代表理事

大手SI企業にてシステム戦略、業務プロセス改革に従事。電力会社、総合商社、ハウスメーカーなど幅広い業界を支援。

自治体の行政改革プロジェクトを契機に、地方自治体の抱える根深い課題を知ったことをきっかけに地方議員となることを決意し、2011年より川崎市議会議員を2期8年務める。民間時代の経験を活かし、行財政制度改革分野での改革に注力。

地域のコミュニティと協働しての新制度実現や、他都市の地方議員と連携した自治体を超えた行政のオープンデータ化、オープンイノベーションを推進し国への政策提言、制度改正へ繋げるなど、共創による社会課題解決を得意とする。

現在は官と民両方の人材育成や事業開発(政策実現)の伴走支援・アドバイザーとして活躍。


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