【解説】相次ぐコード生成AIへの大型投資にみる、企業の経済効果と未来|“DX内製化”に貢献、技術者の生産性向上から人材育成まで

コード生成を支援するAIツールを開発するスタートアップへの大型投資が相次いでいる。GitHub Copilotがリードするコード生成AIツール市場で急速な成長を遂げる米Codeiumは、1億5,000万ドルの大型資金調達と、評価額が12億5,000万ドルに達したことを8月に発表。また、製品化前でありながら米Magicは同8月に3億2,000万ドル、米Augmentは4月に2億2,700万ドルの資金を調達した。

こうしたコーディング支援ツール活況の背景として、米国企業が同ツールの活用による経済効果をすでに実体験していることがひとつ挙げられる。

生成AI活用による事業へのインパクト大、定着化も進む状況

マッキンゼーが2023年6月に発行したレポートでは、調査対象とした63件の生成AI活用事例において「年間2.6~4.4兆ドル相当もの経済効果をもたらす可能性」があり、さらに今回対象としたユースケース以外のタスクに使用されている既存のソフトウェアに生成AIを組み込んだインパクトを考慮すれば、“この試算はおよそ2倍になる”と予測。

その後、今年5月にマッキンゼーが発表したレポートでは、2024年はじめの時点で回答者の65%が「自組織に生成AI利用が定着している」と回答し、コスト削減と収益増の実益をすでに経験しているとしている。

また同調査では、生成AIの活用によって創出される価値の約75%は、「顧客対応」「マーケティング&セールス」「ソフトウェアエンジニアリング」「研究開発 (R&D)」の4つの領域に集中していると指摘。さらに、生成AIがあらゆる産業分野に多大なインパクトをもたらすことへの期待についても言及している。

コード生成AIは日本のDX内製化にも今後影響か

なかでもコード生成ツールは、生成AI利用が大きく成功した分野のひとつであると筆者は目している。一方で、日本のDXにはIT導入を長らくITベンダーに依存してきた特殊事情がある。

先進する米国をはじめとする海外企業や行政のDXにおいては、自社内でDX推進を統括する“自分でつくるDX”がスタンダードだ。このDXの内製化にこそ、コード生成ツールが貢献し、経済効果をもたらすことが可能となる。

この流れをうけて、日本においても「内製開発」と呼ぶ、海外企業と同様のスタイルに変革する動きもでている。IDC Japanが今年2月に実施したユーザー調査を分析したレポートによると、国内企業*に所属するDX推進担当者の75%がすでに内製化に取り組んでいるという。
*従業員1,000人以上の企業

ImageCredit:IDC Japan

こうした機運を背景に、DX内製化を志向する日本企業にとって、コード生成AIツール市場の最新動向は目が離せないのではないだろうか。

有能なソフトウェア技術者の生産性を向上

Image Credits:GitHub Copilot

米国企業の経営者にとって有能で高給をとるソフトウェア技術者は、最も貴重な経営資源のひとつである。ところが、Stripeが2018年9月に発行したレポートによると、米国経営者は「有能な技術者の不足」が経営上の最大の脅威のひとつであるとしながら、技術者への不適切な仕事の割り当てにより年間850億ドルの機会費用を損失しているという。週あたり平均41.1時間の技術者の労働時間のうち、17.3時間がコードの修正など保守作業に費やされているというのだ。

ちなみに、2024年の米国ソフトウェアエンジニアの平均給与は約14万ドル(約2,000万円)であり、一貫した上昇傾向にある。コード生成AIツールは、こうした有能なソフトウェア技術者を労働集約的な作業から解放することで企業経営に貢献する。マッキンゼーの2023年6月の公式ブログでは、コード生成AIツールの利用によって、以下の領域において技術者の生産性向上に大きく貢献することを明らかにしている。

定型的作業の自動化:定型的なコーディングやドキュメント化を自動化することで、技術者は複雑な課題の解決や新機能の開発に集中できる。

新規コードのドラフト作成の高速化:コード生成AIツールは、技術者が発行した指令文(プロンプト)から新規コードを提案できる。

既存コードの修正や洗練化の高速化:プロンプトを発行することで既存コードの修正や洗練化が高速にできる。

こうしたコード生成AIの活用による生産性向上の効果は、技術者のクリエイティブワークへの集中を支援し、有能な技術者が本来発揮すべき職能を生かせる環境の構築につながる。

もちろん、これは日本のソフトウェア技術者にとっても朗報である。エーピーコミュニケーションズが今年6月に実施した調査*では、ドキュメント化などに手をとられることで3人に2人のエンジニアがコアな開発業務への稼働が50%を下回り、1割が「全くさけていない」と回答。開発・運用担当のIT人材がコア業務に時間を割けていない実態が明らかになっている。日本の技術者を非コア業務から解放し、クリエイティブなコア業務への集中を支援するコード生成AIツールのメリットは大きいと思われる。
*ITエンジニアもしくはソフトウェアに関連する業務に従事している20歳以上の経営者・役員・会社員約550名を対象

“トレーニングの教師”として人材育成にもAIが貢献

他方、日本の特殊事情に目を向けると、もうひとつのメリットにも光をあてるべきだ。

海外企業と同様に内製開発に舵を切った日本企業は、社内人材の育成をこれから始める必要がある。米国企業で実践されているように、コード生成ツールを“トレーニングの教師”として利用する効用が日本でも大きいのではないか。

AI活用によるコード生成の限界と今後の課題

ImageCredit:Stack Overflow

米Stack Overflowが今年5月に発表したレポートによると、Stack Overflowコミュニティ1,700人の回答者のうち76%がコード生成を支援するAIアシスタントをすでに利用している。同調査によると、汎用ツールであるChatGPT(84%)を筆頭に、専用ツールとしてGitHub Copilot(49%)の利用率が際立っている。

GitHub Copilotをはじめ、成長著しいCodeiumや、製品化を目指すMagicおよびAugmentなどといった専用ツールベンダーには、共通して解決に取り組む課題がある。

倫理的な問題とリスク管理:コード生成AIツールはその出力の質がトレーニングデータに大きく依存するため、バイアスや公平性、知的財産権侵害、プライバシー侵害などの倫理的な問題やリスクが生じる可能性がある。たとえばトレーニングデータに偏りがある場合、生成されたコードも偏ったものになる可能性がある。また生成AIが著作権で保護されたコードを学習しそれを出力してしまうと、知的財産権侵害になる可能性がある。

説明可能性と信頼性の問題:コード生成AIツールは複雑なニューラルネットワークを基盤としており、その意思決定プロセスがブラックボックス化されているため、生成されたコードの根拠や理由を説明することが難しい場合がある。また同じプロンプトを与えても常に同じコードが出力されるとは限らず、信頼性の問題も存在する。

セキュリティ上の脆弱性:コード生成AIツールは悪意のある攻撃者にとって格好の標的となる可能性がある。たとえば攻撃者はトレーニングデータを改ざんして、悪意のあるコードを生成させたり、システムに侵入したりする可能性がある。

これら課題に対する専用ツールベンダーの解決アプローチは多様であり、これらベンダーに投資が集中する背景ともなっている。また米国に限らず、脆弱性保護に特化したスタートアップも登場した。

AIは人間の能力の“代替”ではなく“拡張機”

Image Credits:Codeium blog

コード生成AIツールを展開するスタートアップはいずれも、生成AIは人の仕事を代替するものではなくて、人間の能力の拡張機であることを強調している。事実、マッキンゼーの先のブログでは、単にツールを導入するだけではその可能性を最大限に引き出すのに十分でないと指摘。コード生成AIツールの能力をいかに引き出せるかは、利用するエンジニアのスキルに依存するとの指摘がなされている。以下の領域において、技術者の関与が不可欠とされているのだ。

認識した欠陥や修正案の妥当性評価:コード生成AIツールは、欠陥の認識を誤ったり、誤ったコードを提案したりすることがある。

組織の状況の理解の限界:コード生成AIツールはコードについて大量のソースから学習し多くの知識を備えているが、特定の組織の具体的なプロジェクトの状況についての知識を備えていない。

複雑な要件への対応:コード生成AIツールは、まだ複雑なプロンプトに対する応答に不足がみられることがある。

そのほか、いまのコード生成AIツールは、大きなシステムの概要設計全体など、大きな文脈の理解に不足があるという指摘もある。これを背景に、Magicの1億トークンモデルなど、大きな文脈の理解に対する開発努力が進められている状況だ。

上述のような課題もあるが、今日のコード生成ツールでもタスクを最大2倍の速さで完了でき、保守作業など労働集約的な開発作業から高価な技術者を解放することで、企業経営に実益をもたらしている。

マッキンゼーの同記事では、生成AIツールを導入して生産性を最大化し、リスクを最小化するためには、生成AIのトレーニングとコーチング、ユースケースの選択、従業員のスキルアップ、リスク管理を含む構造化されたアプローチを採用する必要があると述べられている。

(文・五条むい)


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