新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックが猛威を振るっている。
米国で感染者が激増する中、新型コロナの急激な感染拡大で最もありそうな可能性の1つは、病院の対応能力がパンクしてしまうことだ。ニューヨークのような都市の病院はすでに患者であふれており、出動した病院船(「希望と連帯という名の7万トンのメッセージ」)や、現場を支援する退職医療従事者や卒業前の医学生にも頼っている。
テレヘルス(遠隔医療)はその動きと並行して、米国の保健システムにとって「あるといい」ものから「なければならぬ」ものへと急速に進化している。
テレヘルスは名前先行から期待を経て、ついに導入へ
このタイミングは予見的だ。テレヘルスのテクノロジーは完成度はまちまちだが数十年にわたり存在してきた。ただこれまであまり実践に取り入れられてこなかった。2005年から2017年まで、テレヘルスを介した医師の診察は150回に1回、専門医の診察は5千〜1万回に1回にとどまった。
導入の主なきっかけは2週間前の連邦政府の発表だ。テレヘルスの使用に関するメディケアの適用制限を一時的に解除すると発表したのだ。政策の変更には、専門分野や利用局面の点での対象範囲拡大、自己負担の撤廃、HIPAA(医療の携行性と責任に関する法律)のプライバシー要件緩和などがある。例えば、HIPAAは従来、AppleのFaceTimeなどのユビキタスなテレビ会議テクノロジーを禁止していた。
発表を機に、いわば一夜にしてテレヘルスはついに主流となった。
米国最大級の医療機関でテレヘルスの採用が急速に進んでいる。マサチューセッツ総合病院では、オンライン診療の1週間の予約数が過去数週間で10〜20倍に増えた。ニューヨーク大学ランゴーン医療センターでは、新規予約の急増に対応するためスタッフを5倍にした。米国最大のバーチャルケアプロバイダーであるTeladoc(テラドック)では現在、毎週10万を超える予約が報告されている。
テレヘルスの利用事例の多様化
先駆的な医療システムを利用したテレヘルスの急増により、米国の医療業界ではこれまでになかったユニークな利用事例が生まれている。
利用事例はさまざまな局面で見られる。いくつか例を挙げれば、緊急治療、集中治療、トリアージ(重症度の選別)、経過観察などだ。病院以外では、ヒューストンのProject Emergency Telehealth and Navigation(ETHAN、緊急遠隔医療及びナビゲーションプロジェクト)などの国内の先進的な取り組みにおいて、救急隊員と救急救命士がテレヘルスを初期対応に使用した先例がある。 こうしたプログラムは、新型コロナに対応するRapidSOS(ラピッドSOS)などのスタートアップが積極的に開拓してきた。
Kaiser Permanente(カイザーパーマネンテ)、Intermountain Health(インターマウンテンヘルス)、Providence Health(プロビデンスヘルス)などの医療関連企業は、フィラデルフィアのジェファーソン病院の業績に基づき、病院への玄関口となる緊急治療室で、医療提供者と新型コロナの疑い患者(patients under investigation)の接触を最小限に抑えるための遠隔受け入れプログラムを採用した。
病院へ搬入する際にテレヘルスを使って患者の状態を観察し、医療提供者の安全を確保している。こうした技術は、個人用保護具が大幅に不足している状況で極めて重要であることが証明されつつある。
ワシントン州エバレットのプロビデンス地域医療センター(アメリカで最初に新型コロナの症例が発生した場所)では、ICU(集中治療室)患者の遠隔監視プログラムを6週間かけてゼロから構築した。EarlySense(アーリーセンス)のようなスタートアップが、マルチモーダルセンサー(1つのチップで複数種類のデータを取得できるセンサー)と視聴覚機能を組み合わせ、混み合っていない病棟の臨床的悪化を遠隔で検出・評価することを可能にした。
緊急治療室や入院病棟から出た後は、TytoCare(タイトケア)のような遠隔スクリーニングツールを使用すれば、以前は医師で対面で行っていた治療や検査が遠隔から可能になる。新型コロナの不安定な臨床経過を踏まえれば、緊急治療室から出た後は効率的で定期的な診断によって症状を観察し、その後必要となる集中的な治療にうまく導くことが重要になる。
同様に、特にICUを出た後は病気がすんなりと回復しない可能性があるため、遠隔テクノロジーはいわゆる「退院後症候群」を緩和し、入院治療後の長期的な健康を確保するために不可欠だ。
最初に導入すべきはどこか、いやあらゆる場所か
さまざまな形のテレヘルスの利用がほぼ一夜にして解禁されたことはポジティブなニュースだが、米国では広範囲な普及を妨げる障壁が残っている。 現代医学のメッカで進められるプロトタイピングの段階から、ヘルスケアの広い局面で役立つツールへと移行する前に、テレヘルスはいわゆる「ラストマイル問題」の解決に取り組まねばならない。
ここで言うラストマイルとは、地域で医療を提供するにあたっての非技術的または現場実践的な要素を指す。テレヘルス同様、医療提供に伴う実践的な要素への対応が不十分である場合、医療提供者が患者に新しいテクノロジーを適用することはできない。テレヘルスの場合、ラストマイルは4つの領域にグループ化できる。(a)適用範囲と償還(b)法的な懸念(c)臨床治療(d)社会的課題の4つだ。連邦政府の今月の政策変更は、不法行為責任の制限、厳密にはHIPAAに準拠していない可能性がある一般的な電話会議プラットフォームの許可など、いくつかの法的問題を解決する上で大きな一歩だった。
ただし、特に米国人の86.5%を占めるメディケア非対象者にとって、テレヘルスの利用を妨げる大きな障害が他の3つの領域で立ちはだかる。新型コロナに効果的に対処するには、リソース不足の状況下で、米国2億8100万人にくまなくテレヘルスを届ける必要がある。ウイルスが広く蔓延する中、地域の医療システムは足下の症例急増に対処するためテレヘルスのようなテクノロジーに大きく依存している。
テレヘルスの拡大に不可欠なもの
患者の補償範囲に関して、2019年4月の時点で保険プランにテレヘルスサービスの補償を義務付けている州は36のみだった。補償対象者の1回の診療にかかる自己負担額はおおむね50〜80ドル(約5500〜8700円)だった。自己負担を免除しているプランもあるが、将来ほぼ上昇が見込まれる追加の年間保険料が必要だ。こうした個人の費用負担は、現在の感染拡大の中で、非メディケア患者のテレヘルス利用を妨げる。
United Healthcare(ユナイテッドヘルスケア、4500万人の米国人が加入)、Humana(フマナ、3900万人)、Aetna(エトナ、1300万人)などの民間保険会社は、この2週間でテレヘルスサービスの自己負担額を免除した。残りの数億人の米国人をカバーする民間保険会社はこれに続くべきだ。マサチューセッツ州は先月、すべての保険会社にテレヘルスをカバーするよう義務付けた。他の州が続けばこの動きは加速する。
医療提供者への償還に関しては、わずか20%の州が保険償還率の同等性(payment parity)を義務づけている(そもそもテレヘルスが保険でカバーされていればの話だ)。同等性とは、テレヘルスに関する保険からの償還率(日本の診療報酬点数に相当)を、同様の診断を対面で受けたときと概ね同じにすることだ。償還率の格差によってテレヘルスの採用が望ましくない、あるいは受け入れがたいものになってきていた。テレヘルスの償還率は同等の対面診療よりも平均20〜50%低い。
テレヘルス導入の障壁は独立系の医療機関にとってさらに高い。標準的なテレヘルスプラットフォームを使用するには利用料を支払う必要があるが、一方でテレヘルスを取り入れると収益が約30%減少してしまう。新型コロナの感染が拡大する中、大規模な医療機関や個人経営の医院によるテレヘルス採用を金銭面で実施可能にするために、各州はここでもマサチューセッツ州にならい、民間保険会社からの償還率の同等性を導入するチャンスを活かすべきだ。
最後に、臨床治療については、テレヘルスをどこでどのように実施しうるかに関して多くの課題がある。具体的な実践に移すにあたり、テレヘルスを臨床診療の既存のワークフローと統合する必要があるが、現在の保険ルールがこれを妨げている。たとえばオンラインでの「訪問」や定期検診は再診患者にのみ認められている。新規の患者については、精密検査を必要としない軽度の症状または一時的な問題を示す患者であっても許されていない。これは最近のCMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)のポリシーでもそうだ。
さらに、「ストアアンドフォワード」(医療情報を電子的に別の場所に送信すること)を利用した助言や遠隔患者モニタリングなどの非同期方式はほとんどの州で制限されている。これらは地域的に散らばった患者へ柔軟に医療を提供する上で不可欠であり、効率的で拡張性の高い方法だ。
また、テレヘルスを実施できる「場所」は、患者の自宅でのサービス提供を禁止する「サービス発生場所」の方針によって制限されている。いくつかの条件を満たす必要もある(脳卒中の診断やアヘン吸引からのリハビリなど)。こうした一貫性を欠く過剰規制がテレヘルスの普及を非現実的なものにしている。さらに、求められる免許が州単位のため、医師は州境をまたいで医療を提供できない。これは、19世紀に州によって医療の質に差があったことが背景にある。
患者が集中している地域で新型コロナに対応する医療を支えるために、各州はニューヨーク州とフロリダ州にならい、州外の免許使用禁止を一時停止して免許の移転を許可するか、少なくとも他州との「免許協定」を通じて相互の免許融通を進める必要がある。
社会的課題に関しては、人口層別にアクセスにかなりの格差が存在する。たとえば、米電気通信情報局の2018年の調査によると、高齢者などの脆弱さを抱える層は全人口平均に比べ、インターネットへアクセスする割合は21%低く、ビデオ通話については約50%低い。貧困層がオンラインで医師とコミュニケーションをとる割合は34%低い。その他の人口統計上の少数派(ヒスパニック系や低学歴層など)も、テレヘルスのテクノロジーにアクセスしたり利用したりする可能性は低い。
そうした層は、新型コロナにより死亡率が上昇する健康に影響する社会的決定要因や併存疾患に直面する可能性が高く、新型コロナなどへの感染リスクを減らす健康リテラシーのレベルも低い。そのため、テレヘルスへのアクセス不平等は、新型コロナの流行曲線を平坦化する国としての能力に重要な影響を及ぼす。
そうした人々の医療へのアクセスを広げる唯一かつ最良の施策の1つは、医師以外の医療提供者の診療範囲を拡大することだ。医師以外の医療提供者は、難解な法律によって翼を奪われている。各州の医師会が、ほとんどの患者には医師による「監督」が必要だと主張し、この法律をがっちりと擁護している。これは1980年代以降に行われたさまざまな分析に反する見解だ。各種分析によって、医師以外のヘルスケアプロバイダー(看護師や医師の補助者など)が医師と同等の高品質のサービスを提供できることが示されている。
さまざまな医療関連従事者(登録看護師、薬剤師、歯科医、救急隊員、ソーシャルワーカーなど)を動員し、より裁量をもたせてスクリーニング、診断、治療、処方に従事してもらえば、新型コロナを前に「戦力倍増装置」としてテレヘルスの能力を補強できる。緊急事態で専門医と総合医を結ぶプラットフォームを提供するThe MAVEN Projectのようなスタートアップの可能性を解き放つこともできる。
カリフォルニア州のように地理的に広がりのある州では2030年までに、医療関連従事者がプライマリ・ケアの半分を占めると予想されており、彼らを活用する政策が特に重要だ。静かに進む新型コロナの感染拡大から全国の患者を保護するために、なかなか進まないカリフォルニア州議会法案890のような、医療関連従事者を活用する取り組みを推進するために設計された法案を承認すべきだ。
要約する。連邦および州の機関による初期の新型コロナ対応がテレヘルスの普及を促した。だが、ウイルスが国全体を包囲しつつある状況では、より包括的な解決策が早急に必要だ。この目に見えない敵を倒すために、テレヘルスを生み出す者、使う者、便益を受ける者に、何としても必要な武器を与えることになるからだ。今、テレヘルスを強化するには、ペンと紙が最も重要なテクノロジーだと思われる。短期的には上院議員へ送る手紙が、我々の手元にある最も強力な弾薬かもしれない。
【編集部注】筆者のEli Cahan(エリ・カハン)氏はニューヨーク大学の医学生で、スタンフォード大学のナイト・ヘネシー奨学生として保健政策の修士過程に進む予定。同氏はデジタル健康イノベーションの有効性、経済性、倫理性を研究テーマとしている。
画像クレジット:BSIP / Getty Images
[原文へ]
(翻訳:Mizoguchi)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2020/04/08/2020-04-04-why-telehealth-cant-significantly-flatten-the-coronavirus-curve-yet-2/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:ゲストライター
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