緊急事態宣言が解除されて以降、日本でも世界的にも、徐々に経済が動き始めている。特効薬もワクチンも未開発の現段階では、第二波の懸念もある中、恐る恐るではあるが、対応策を施しながらでも経済を回す段階に入ったようだ。これは日本に限ったことではなく、世界中で同じことが起こっている。自動車産業に関していえば、先月ご紹介した通り、デジタル化を進めているものの、クルマを作る人が出勤することは避けられず、生産現場に限ってはどうしてもテレワークができない。5月に入って以降、ようやく生産現場が再開し始めた。
従業員と同居する家族まで
血清学的検査を実施するフェラーリ
欧州では最も被害が深刻だったイタリアからも、ようやく明るいニュースが届きはじめた。彼の地では、コロナウィルスによる感染者数が23万5000人を越えて、欧州では英国、スペインに続く3位、死亡者数では3万4000人を越えて英国に続く2位と、日本と比べてかなり深刻だった。それもあって、自動車メーカーにとって生命線ともいえる生産現場に関しては、3月に入ってから工場の稼働を完全に停止していた。当初は4月末までだった操業の一時停止についても、7週間まで稼働停止を延長し、5月8日にようやく再稼働をしたのだ。
最も深刻な打撃を受けた北イタリアには、スーパー・スポーツカー・メーカーが集中していることもあって、再開を待つファンも多かった。イタリア政府の方針に沿って、フェラーリでは、マラネッロとモデナの工場を5月4 日から徐々に再開し、5月8日からフル生産に戻した。それに伴って、フェラーリでは4月30日から「インスタレーション・ラップ」と名付けた期間を設けて、生産の再開に向けた従業員向けの安全教育を実施したのだ。インスタレーション・ラップとは、レースにおいてマシンの動作確認を行うためにサーキットをテスト走行する周回のことである。
この教育では、あらゆる健康上のリスクを避けるために必要な最善の予防策を学ぶ。具体的には、各作業エリアの入口で健康のチェックを行った上で、個人用の防護具一式を支給する。また、共用スペースを使う際のルールも徹底する。もちろん、工場内の作業環境も感染症の予防対策が施されたレイアウトになっているし、仕事に復帰する前に任意で血清学的テストを受けることができる。
これと並行して、フェラーリでは本社勤務するスタッフの健康を守るための「バック・オン・トラック」プログラムを導入した。フェラーリの歴史上で、最も長い生産休止期間を経たのち、従業員が安全になおかつ安心して業務に復帰できるように配慮して組み立てられたプログラムだ。内容はソーシャルディスタンスを導入した新しい勤務規則や、従業員を対象とした新型コロナに関する検査、新しく導入される予防や安全の対策への理解の徹底を目的としたトレーニングの実施などが含まれる。さらに、6月に入ってからは、従業員のみならず、社内で活動するサプライヤーとその同居する家族、約4000人以上を対象に、血清学的検査を行うと発表した。
フェラーリが本社を構えるのは、ボローニャからクルマで一時間ほど走った郊外の町マラネッロである。構内にはフォーミュラ1の開発施設に加えて、フェラーリ・ファンの聖地であるフィオラノ・サーキットがある。なぜ、伝説か? といえば、フェラーリの名車はすべてこのテストコースから生まれたからだ。広大なサーキットの敷地に特設テントを設置し、ドライブスルー形式で血清学的検査は受けられるようになっている。また、さらなる検査が必要と判断されれば、咽頭をぬぐう検体採取も対応するという。
約1万8000人もの“フェラーリ・コミュニティー”全体が対象となる一大プログラムだ。もちろん任意ではあるが、マウリリオ・ミッセレ博士による医学的指導を受けて実施されており、3日以内に結果を受け取ることができ、定期的な検査にも対応するという。もちろん任意ではあるが、ここで得られた医療データは、守秘義務を守りつつ、国全体で行う新型コロナに対応する研究開発にも活用される予定だ。
フェラーリの新型車「ローマ」
新型コロナ対策を施した発表会を実施
こうした生産現場の復活を背景に、フェラーリは日本でも新型車「ローマ」の発表会を敢行した。従来の発表会は、3密の典型だった。大規模な会場に大勢が集って、新車に群がって撮影したり、エグゼクティブを囲んでインタビューをしていたからだ。
前回の連載でお伝えした通り、新型コロナ対応でオンラインでの発表会も実施されはじめており、ウェビナーによる商品の説明やXRを使った発表会のようなデジタル化によって、便利になったり、新しい表現が増えたのも事実だ。同時に、オンラインでは代替できない部分も見えてきた。例えば、記者向けの説明会はオンラインで代替ができても、商品の展示は、AR/VRなどの次世代技術を駆使しても完全には代替できない。
読者諸氏もご存知の通り、筆者は無類のテック好きだし、フェーラリ側もここ数年で強烈にデジタル化に舵を切っている。事実として、デザインや開発プロセスにおいて、CADをベースに制作された動画やシミュレーションも多用されている。それでもやはり、自らの目で見た実車から得る印象は格別だった。
もちろん、発表会のスタイルは従来とまったく異なる。招待する人数を絞って、一日に何回かのセッションに分わけて、開放されたスペースを使っての発表会を実施したのだ。いわゆる密を避けるためだろうが、従来の大規模な発表会と比べると、手間もかかるし、招待する人数が限定されれば、費用に見合う効果があるかはかりにくいだろう。
とはいえ、なんでも横並びの日本において、新車発表会をリアルで開催することの口火を切ってくれた勇気には、自動車メディアにかかわるものとして感謝したい。これは私たちメディアに限ったことではなく、顧客へのセールスにあたっても、オンラインとリアルなコミュニケーションとを使いこなす必要があるだろう。従来と同じとはいかないまでも、安全な形でのコミュニケーションのあり方を考えることは、自動車に限らず、どの分野でも重要だろう。
そろそろ、実車に目を向けよう。「イブニングドレスに身を包んだF1マシン」と称されるスタイリングは、エレガントさを前面に押し出したものだ。2019年末に発表されたフェラーリの新型GTモデル「ローマ」は、フロントミドにV8エンジンを搭載した2+クーペという位置づけであり、日常的に使えるグランツーリズモのカテゴリーに属する。フェラーリ曰く「まったく新しいカテゴリー」を目指しているため、スタイリングが大きく異なっている。
「F1マシンを頂点とするフェラーリのハイパフォーマンスカー作りへの情熱は、『ローマ』にも受け継がれています。2+2のレイアウトにしても、1950年代に遡れば、フェラーリの伝統的なレイアウトなのです。マラネッロにある工場も再開し、F1も夏には開幕戦が予定されており、生産現場もF1チームも同じ情熱を共有しています。もちろん、お客様も同じ情熱を共有できるのが、フェラーリの素晴らしいところだと自負しています。お客様によるイタリア本社への来訪も、再開できるように準備を進めています」と語るのは、2020年にフェラーリ・ジャパンの社長に就任したパストレッリ氏だ。
フロントミドに搭載されるV8ユニットをターボで過給することによって620ps/7500rpmもの最高出力を発揮する。近年、回転数を抑えて、トルク重視型のパワートレインが主流になりつつあるが、フェラーリは相変わらず、高回転型エンジンを採用している。技術的には、新しいカムプロファイルの採用に加えて、タービンの回転数を検知する速度センサーを設置することで、タービンの回転数を最大で5000rpmも高めているのだ。
組み合わされるのは、新設計の8速デュアルクラッチ・トランスミッションとなる。従来の7速DCTと比較して、6kgも軽量で、小型化されている。最高速は320km/h,0-100km/hをわずか3.4秒で加速するという俊足ぶりから、いくらエレガンスを重視したといっても、フェラーリの真骨頂である走行性能において一切の妥協がないことがわかる。同時に、日常域での使い勝手についても心配りがなされている。トランスミッションのロスの低減によるスムーズなシフトチェンジや低速域でのトルクの強化などによって、普段使いにも十分耐える仕様に仕上げている。
運転席に座ると、マネッティーノなる走行モード切り替えのスイッチが目に入ったり、ボンネットを開けると、真っ赤な跳ね馬付きのエンジンカバーが目に飛び込むといったこと、ひとつ一つが、リアルな発表会ならではだ。
私たちメディアの反省点でもあるのだが、普段、どうしても華やかな新車やイベントに目がいきがちだし、そうしたニュースばかり配信してしまっていた。しかし、今回の新型コロナウィルスとの戦いにおいて、自動車メーカーにとって最も大切なのはモノ作りの現場であるという認識を新たにすることができた。
日々の足として使う軽自動車やミニバンだけではなく、スーパー・スポーツカー・メーカーでも、その点は同じだ。しかも、新型コロナウィルスとの戦いはまだ終わったわけではない。例えば、記者発表やセールスをオンラインでできる仕組みができあがっても、実際のクルマに手を触れたり、 生産する現場はリアルな世界から抜け出せない。新型コロナウィルスとの自動車産業は、モノ作りに支えられている。新型コロナウィルスとの戦いを通して、そのことを再認識することができた。
- Original:https://www.digimonostation.jp/0000125843/
- Source:デジモノステーション
- Author:川端由美
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