ロボット系スタートアップが成功するには何が必要か

編集部注:本稿を執筆したRajat Bhageria氏は、Chef RoboticsのCEO兼、Prototype Capitalのマネージングパートナーである。


いたるところでロボットが活躍する時代が到来する―われわれはかつて、こう約束されていた。自動車を自在に運転できるロボットから、食器洗い、運送、料理、実験作業、法律文書の作成、芝刈り、帳簿の記帳、家の掃除まで、あらゆる作業を行える完全自律型ロボットが活躍するときが来る、と。

しかし現実には、ターミネーターやウォーリー、HAL 9000、R2-D2のようなロボットは存在しない。せいぜい、クリックする気にもならない広告が自動的に選別されてFacebook(フェイスブック)に表示されたり、夜更かしして鑑賞するほどの価値もないおすすめ映画がNetflix(ネットフリックス)で次々に表示されたり、iRobot(アイロボット)のロボット掃除機Roomba(ルンバ)が部屋を掃除したりする程度だ。

一体、どこで間違ってしまったのか。あの夢のロボットたちは今、どこにいるのだろう。

自らロボット開発企業を創業し(現在の社名はChef Robotics(シェフ・ロボティクス)、食品ロボット業界のステルス企業である)、Prototype Capital(プロトタイプ・キャピタル)というベンチャーキャピタルファンドを立ち上げて多くのロボット/AI関連企業に投資してきた筆者は、これまでずっとこの質問の答えを見つけようと、調査や考察を続けてきた。この記事では、その過程で学んできたことをまとめてみたい。

現状

まず第一に、ロボットは決して新しいものではない。実は、産業用の6自由度多関節型(6つのモーターが直列接続されている)ロボットアームが開発されたのは1973年頃のことで、今でも数十万台が稼働している。ただ、現在もその頃から何も変わることなく、厳密に管理されたファクトリーオートメーション環境で同じ作業を延々と繰り返しているというだけのことだ。このようなファクトリーオートメーション(FA)ロボットによって、FANUC(ファナック)、KUKA(クーカ)、ABB、Foxconn(フォックスコン)といった数十億ドル企業が多数誕生した(そう、これらの企業は自前でロボットを製造している)。どの自動車製造工場でも数百台(Tesla(テスラ)の場合、数千台)は動いている。FAロボットは本当によく働く。車一台分の大重量も持ち上げることができるし、ミリ単位の高精度な作業もこなせる。

もう少し全般的なことをいうと、現在、産業オートメーションの世界は完全成熟期に入っている。いわゆる「システムインテグレータ」が幾百社も存在しており、「(他に用途がない)極めて限定的な動作を数百万回実行するオートメーションマシンが欲しい。それができるシステムを作ってくれ」と頼めば、システムインテグレータは、いくらでも対応してくれる。Coca-Cola(コカ・コーラ)のボトル充填、Black & Decker(ブラック・アンド・デッカー)のドリル製造、Proctor & Gamble(プロクター・アンド・ギャンブル)のシャンプー製造など、一般的な製品の大半はこのような方法で製造されている。費用は100万ドル(約1億円)で完成まで1年待ちなんていう場合あるが、システムインテグレータに頼めば、ほとんどどんなシステムでも作ってくれる。このようなシステムの問題は、その大半がいわゆる「ハードオートメーション」であるという点だ。つまり、これらは電子機械工学システムであり、設計およびプログラムで指定されたとおりのインプットがあれば、寸分違わず動作する。しかし、例えばコカ・コーラの2リットルボトルを500ミリリットルボトル用の充填機に入れると、システムはたちまちどうしてよいかわからなくなり、正常に作動しなくなる。

もう1つ、多くの生産ロボットが稼働している分野がある(ただし、レコメンダーシステム、メールのスパム検出プログラム、写真アプリ用の対象認識システム、チャットボット、音声アシスタントといった、純粋にソフトウェアのみのAIエージェントは除く)。手術支援ロボットの分野だ。この分野の最大手企業の1つであるIntuitive Surgical(イントゥイティブ・サージカル、時価総額660億ドル(約7兆円))は、すでに約5000台の遠隔操作ロボットを製造設置した実績を持つ。ただし、これらのロボットは医師によって文字通り「遠隔制御」されるものであり、自律的に動作することはほとんどない。しかし、病院での死因のうち40%以上が医師によるミスに関連していることを憂慮して追加費用を支払ってでも手術支援ロボットによる手術を受ける患者が増えている。また、病院側もそのようなロボットを大量に導入しており、Verb Surgical(ヴァーブ・サージカル)、Johnson & Johnson(ジョンソン・アンド・ジョンソン)、Auris Health(オーリス・ヘルス)、Mako Robotics(メイコー・ロボティクス)など、この分野の大手企業がその流れに乗っている。

ファクトリーオートメーションロボットと手術支援ロボットの共通点として気づくのは、どちらも細部に至るまで管理および制御された環境で動作するという点だ。ファクトリーロボットは、実際には「考えている」のではなく、同じ動作を延々と繰り返しているだけだ。手術支援ロボットの場合、ほとんどすべての知覚、思考、および制御は人間のオペレータ(つまり医師)によって行われている。しかし、ファクトリーオートメーションロボットに自分で考えさせたり、手術支援ロボットに人間からの指示なしで判断させたりすると、システムはたちまち機能不全に陥る。

ロボットが増えない理由

ひとつはっきりさせておきたいのは、日常生活、つまりまったく制御されていない環境で動くロボットが今の世界にはまだ出現していない、という点である。日常の世界で動くロボットが存在しないのはなぜなのか。ロボットが活躍するディストピア的な未来の実現を阻止している最も大きな要因は何だろうか。ハードウェア、ソフトウェア、インテリジェンス、経済的な要因、人とロボットのインタラクションなど、さまざまな問題が考えられる。

この質問に答えるには、ロボットとは一体何なのかを理解しておくことが重要だ。文献によると、ロボットとは次の4つを実行するエージェントである。

  • 知覚する:何らかのセンサー(カメラ、LiDAR(光検出と測距)、レーダー、IMU(慣性計測装置)、温度センサー、光センサー、圧力センサーなど)を使って世界を知覚する。
  • 考える:センサーのデータに基づいて判断を下す。ここで登場するのが「機械学習」だ。
  • 行動する:判断に基づいて作動し、自分の周りの物理世界に変更を加える。
  • 通信する:自分の周りにいる他者と通信する(この部分はごく最近、モデルに追加された)。

この50年の間に、どの領域でも劇的な進歩が見られた。

  • 知覚する:カメラやその他のセンサー(LiDAR、IMU、レーダー、GPSなど)は劇的に価格が下落している。
  • 考える:Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス)やGoogle Cloud Platform(グーグル・クラウド・プラットフォーム)などのクラウドコンピューティングにより、ソフトウェアを驚くほど安く構築できるようになった。しかも、こうしたクラウドコンピューティングサービスは従量課金制で利用できる。ゲーム用のグラフィックスカードに使用されていたGPU(NVIDIA製のものなど)が、機械学習アプリケーションに最適な並列処理の実行に利用されるようになった(今は、クラウド上でホスティングされているGPUもある)。旧来のパーセプトロン上にディープニューラルネットワークなどのアルゴリズムを構築することで、物体の認識や自然言語の理解だけでなく、新しいコンテンツの作成も可能となった。
  • 行動する:この領域がおそらく最も成熟していると思われる。ロボットの世界を大きく2つの分野、つまり、操作ロボット(人間が手を使うときと同じように世界とやり取りするロボット)の分野とモバイルロボット(歩く/動き回るロボット)の分野に分けられるとすると、自動車業界はモバイルロボットハードウェアにおけるほとんどの問題を解決してきたし、産業オートメーションは(物体の体勢は一定であるという条件下における)物体の操作に関する多くの問題を解決してきた。ロボット業界はハードウェアの製造には極めて熟達しており、基本的に何でも実行できるロボットを作るのに必要な基本ハードウェアはそろっている。
  • 通信する:2000年代および2010年代のインターネット革命やモバイル革命により、ユーザーインタラクションの世界は大きく進歩した。あまりにも劇的な進歩だったため、シンプルなUI(ユーザーインターフェイス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)を提供していない会社の話など聞く気にもならない。この分野には、Jibo(ジーボ)、Anki(アンキ)、Rethink Robotics(リシンク・ロボティクス)といった今はなき企業が大きく貢献した。

以上からわかるように、純粋に技術的な観点から見ると(経済的側面および人とのインタラクションについては後述する)、知覚や行動は大きなボトルネックにはなっていないようだ。高性能で安価なセンサーは手に入るし、優れたアクチュエーション技術もある(これは産業オートメーションの寄与するところが大きい)。

したがって、問題は主に「考える」部分にある。University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)工学部の学部長でRobotics GRASP Lab(ロボティクス・グラスプ・ラボ)の創業者でもあるVijay Kumar(ビジェイ・クマール)氏によると、日常生活で働くロボットが現れないのは「物理世界が連続的であるのに対して、コンピュータの世界、つまりロボットの知覚と制御は離散的であり、現実世界は極めてあいまいで推測不能だからだ」という。言い換えると、ある操作ロボットがティーカップを持ち上げられるからといって、その同じロボットがワイングラスを持ち上げられるとは限らないということだ。大半の企業が採用している「考える」というパラダイムは現在、機械学習、より具体的にはディープラーニングの考え方に基づいている。このパラダイムの基本的な前提は、従来のコンピューティングにおける「プログラミング」のように何らかの入力を受け取りそれに基づいて出力を吐き出すのではなく、トレーニングデータという形でエージェントに大量の入力と出力の両方を与え、エージェント自体にプログラムを作らせるというものである。われわれが代数の授業で直線の式はy = mx + bであると習ったように、機械学習アルゴリズムにyとxを与えると、そのアルゴリズム自体がmとbを見つけることができる、というのが基本的な考え方だ(もちろん、式はこれよりはるかに複雑だが)。大抵の場合、このアプローチで目的はほぼ達成できる。

しかし、われわれが住むこの世界はとてつもなく予測不能であるため、「こうなったら、これを実行する」というトレーニングデータをいくら大量に与えてもうまくいかない。どれだけ多くのトレーニングデータを与えても、実世界に存在する、ありとあらゆるケースを予測することなどできないからだ。われわれは、自分が何を知らないのかを知らない。したがって、過去にエージェントに発生したことのあるケース、およびこれから発生するであろうすべてのケースについてのトレーニングデータが得られない限り、このディープラーニング型モデルでは完全な自律性を実現することはできない(起こり得るかどうか自分でもわからないことを予測することなどできるはずがない)。知的生命体としての人間は本当の意味で考えることができる。ディープラーニング型のエージェントは考えていない。パターンのマッチングを行っているだけだ。エージェントがそれまでに与えられたことのあるどのパターンにも一致しないケースに行き当たると、そのロボットは異常終了する(自律運転車両なら衝突事故を起こす)。

本当に使えるロボットを増やすために私たちができること

以上の理由から、ディープニューラルネットワークでは完全自律型システムはおそらく実現できないと思われる(OpenAI(オープンAI)などの企業がパブロフの報酬/罰則型学習アプローチを模倣した強化学習アルゴリズムに投資している理由もそこにある)。とはいえ、「完全自律型エージェントを構築するにはどうすればよいか」という質問自体が間違っているとしたら、ロボット系スタートアップは当座どうすればよいのだろうか。

完全自律性を追求しないという考え方を実証している企業がある。自律型の紙文書デジタル化に特化したスタートアップRipcord(リップコード)だ。本社はカリフォルニア州ヘイワードにある。今、企業はデジタル化したい大量の紙文書を抱えている。「大学まで出てホチキスの針を外す仕事をしたい人などいない」と同社のAlex Fielding(アレックス・フィールディング)CEOはいう。このニーズに応えるのがリップコードだ。デジタル化したい大量の文書をリップコードに送ると、ロボットセルがそれらの文書を取り込み、1枚ずつ取り出してはスキャナーに置いてスキャンし、元通りに積み重ねていく。工場でアレックスと話しているときに気づいたのだが、彼は「人間が行う作業を自動化する」という考え方には一度も触れなかった。「リップコードは人の作業効率を40倍にする」というのが同社のうたい文句だ。筆者はそれを実際にこの目で見てきた。リップコードの作業施設では、1人の作業員が4つのロボット作業セルを監視している。筆者の見学中に、超高速で書類の山を1枚ずつ処理していたロボットが、あるページまで処理したところで迷って停止したことがあった。すると、システムを監視していた作業員が見ている画面に、発生した問題を伝える明確な通知が表示された。作業員が10秒ほどで問題を手早く修正すると、ロボットは即座に復帰して次のページの処理を始めた。

「ロボット開発企業を成功させるためにはどうすればよいか」という質問を、「人間が行う作業を自動化するエージェントを作るにはどうすればよいか」ではなく、「人間の作業効率を40倍にすると同時に、人間の知性を利用してあらゆるエッジケースにも対応できるエージェントを作るにはどうすればよいか」という質問に置き換えてみたらどうだろう。人工知能のさらなる進歩を待つ間、当面はこのアプローチがロボット開発企業を成功に導く公式になりそうだ。

このアプローチを実証している企業がもう1つある。Kiwi Robotics(キウイ・ロボティクス)だ。カリフォルニア州バークレーに本社を置くキウイ・ロボティクスは、食品デリバリー用モバイルロボット「Kiwi(キウイ)」を製造している。しかし、CEOのFelipe Chávez(フェリペ・チャヴェス)氏は「当社はAI企業ではない。デリバリー企業だ」という。フェリペはキウイ・ロボティクスを創業したとき、高給取りの機械学習エンジニアを大勢雇うのではなく、ハードウェアプロトタイプを作成し、キウイを遠隔操作するための低レイテンシーソフトウェアを構築した。最初はすべての判断を人間がキウイに代わって行い、いずれは完全自律になるように徐々にアルゴリズムを構築していく、というのがフェリペの作戦だった。現在、キウイ・ロボティクスは(フェリペの出身地である)コロンビアに数十人の遠隔操作員で構成されるチームを置き、10万件を超える配達実績を持つ。1人の操作員が複数のロボットを監視しており、ロボットがほとんどすべての判断を行う。操作員は配達経路を修正するだけだ。対照的に、完全自律型ロボットに投資している競合他社の多くは、1000件の配達を達成するのにも苦戦している。[情報の完全開示:筆者は自ら立ち上げたファンド、プロトタイプ・キャピタルを介してキウイ・ロボティクスに投資している。]

この両社において最も重要な要素は、機械学習アルゴリズムではなく、マンマシンインターフェイスだ。昨今のロボット開発企業に欠けているのはこれではないだろうか。ドローンによる血液配送会社Zipline(ジップライン)の創業者で、ロボット工学の先駆者でもあるKeenan Wyrobek(キーナン・ワイロベック)氏によると、「『人件費削減』という宣伝文句は米国市場のビジネス経営者が使うには効果的だが、私はそういう考え方で失敗したロボット系スタートアップを数え切れないほど見てきた。設計・エンジニアリング担当チームには、システムを使う全ユーザーの生産性を上げることに注力させるべきだ。ロボット自体が優秀かどうかはどうでもよい。ロボットにはユーザー(セットアップ、再構成、トラブルシューティング、保守などの担当者)がいる。ユーザーの生産性のほうが重要だ。ユーザーこそ設計プロセスの中心に据えるべきである。そうでなければ、投資利益を達成するようなロボットを開発することなどできない」。

また、Bright Machines(ブライト・マシーンズ)のCEOでAutodesk(オートデスク)の元共同CEOのAmar Hanspal(アマー・ハンスパル)氏は、「ブライト・マシーンズもオートデスクもそうだったが、ロボット開発企業というのは初めに技術ありきでスタートしてしまい(ロボットは高度な技術でありワクワク感もあるので、技術自体が最終目的になってしまう)、解決しようとしている問題が二の次になる傾向がある。重要なのは解決しようとしている問題を明確にし、続いて、その問題を解決するための優れたUXを構築することである。ロボットは目的を達成するための手段であって目的そのものではない」と説明する。

日常の中で活躍するロボットを増やすために他にできること

ここまでで、ロボットが日常生活の中で活躍するようになると期待されながら、それが一向に実現してこなかった最大の理由の1つは、日常世界が極度に不確かで推測不能であり、ディープラーニングモデルに基づく人工知能でありとあらゆるケースに対応するのは不可能であるため、ということがわかった。したがって、ロボット開発企業が目指すべきなのはおそらく、人件費節約モデルではなく、「人間拡張」モデルだと思われる。Apple(アップル)とAirbnb(エアービアンドビー)がよい例だ。両社ともエンジニアリングではなく人間中心型設計を第一とする考え方を持ち、すばらしいユーザーエクスペリエンスを実現するために投資している。

以下、日常の中で活躍できるロボットを増やすためにできることを他にもいくつか挙げてみたい。

まずは、「製品を作る前に売る」ことだ。シリコンバレーのソフトウェア界では、Eric Ries(エリック・リース)氏の著書「リーン・スタートアップ」によって、「素早くローンチして、製品が市場にフィットするまで検証と学びを高速で繰り返す」という考え方が広まった。この考え方をソフトウェアスタートアップに適用すると、驚くほどうまくいく。しかし、ハードウェアおよびロボットの世界では事情が異なる。工学系の人材が多いスタートアップは創業当初、売ることについてはあまり考えず、エンジニアリングに集中し、とにかくロボットを作ることばかりに注力する。ロボットが完成すると、次は客先に出向いて売ろうとするのだが、顧客には「このロボットでは当社の目的を達成できない」と言われ、ランウェイの短いスタートアップは作り直す余裕がなく、そのまま破綻してしまう。そんなことが何度も繰り返されてきた。ソフトウェアスタートアップであれば、リーン・スタートアップ式のアプローチが機能する。なぜなら、クラウドのおかげでローンチにほとんど費用がかからず、現場で検証と学びを繰り返し、高速でデプロイできるため、シードラウンドでも目標達成まで5~6回は試行錯誤が可能だ。しかし、ハードウェアの世界では、開発に初期費用がかかり、デプロイにも時間が必要で、試作と検証を繰り返すサイクル期間も長いため、目標達成までに試せるのはせいぜい1~2回である。

誤解のないようにはっきりさせておくが、ハードウェアはロボット業界にとって大の得意分野である。しかし、ソフトウェア中心型のシリコンバレーにとってはそうではない(アップルとテスラは明らかな例外だが)。おそらくロボット系スタートアップが破綻する原因の1つは、作る前に売るという考え方が欠如していることだ。典型的な例を1つ挙げよう。Boeing(ボーイング)社は、Pan Am Airlines(パンアメリカン航空)の伝説的創業者Juan Trippe(ファン・トリップ)に機体を売り込む際に、「こちらがBoeing 747です。お気に召しますでしょうか。ダメですか。承知しました。では持ち帰って作り直してきます。…(作り直してきたものを見せて)こちらでいかがでしょうか」などとは言わなかった(つまり「リーン・スタートアップ」式の検証と学びの繰り返しは行わなかった)。その代わり、ボーイング社はパンアメリカン航空が望む機能をすべて装備した機体十数機の前払い注文を取り付けた。これでボーイング社は、最初からパンアメリカン航空の意に沿った機体を作ることができたのだ。言い換えると、ボーイング社は機体を作る前に売っているのである。システムインテグレータも何かを作る前には必ず受注を確定させ、前払い金を支払ってもらう。ハードウェア企業や政府の軍事部門もやはりそうだ。ロボット開発企業も、Bill Gates(ビル・ゲイツ)の先例に倣って、MS-DOSを書く前にMS-DOSをIBMに売るのと同等の戦略を取ればよい。

作る前に売ることには、ユニットエコノミクス(ビジネスの最小単位1個あたりの収益性)が適正かどうかを素早く確認できるという利点がある。ロボット産業は、技術的なリスクだけでなくユニットエコノミクスのリスクも抱える分野の1つだ。制約がある環境下でもすばらしいアイデアを思い付き、試作機を作り、ベンチャーキャピタルから出資を受け、優れたマンマシンインターフェイスを構築したのはよいが、採算が取れずにやはり破綻していった企業は多い。作る前に売ることで、自社の経済状況だけでなく顧客の経済状況も分析して、折り合いを付ける必要がある。作る前に売ろうとして誰も欲しがらない場合は、「そのようなプロダクトは完成したとしても顧客は買ってくれない、だから次のアイデアに進もう」という決断を、極めて低リスクのうちに下せる。

エコノミクスの側面をより全体的に考えると、前払いモデルからRobotics as a Service(サービスとしてのロボティクス、RaaS)モデルにシフトする必要があるだろう。ロボット製品を購入する企業の多くは利益率が非常に低く、たとえ1~2年で投資を回収できるとしても、システムに10万ドル(約1100万円)を超える額を前払いする余裕はない。さらに悪いことに、「すでに機能しているものがある」ときに何かを変えるための行動を起こすには多大のエネルギーが必要であるため、よほど強力なインセンティブがないと購入に踏み切れない。そのため、大抵の顧客はロボットの導入をあきらめ、結果としてロボット開発スタートアップは破綻する。ここで手本にできるのが太陽電池業界の例だ。太陽電池の収益モデルは多くのマイホーム所有者にとって大変説得力のあるものだが、2000年代のかなり長い間、太陽電池の設置台数は低迷していた。なぜだろうか。多くの米国人にとって、太陽電池導入の初期費用は、たとえ数年で採算が取れるとしても負担が大きすぎたためだ。太陽電池業界の転換点は、技術ではなく収益モデルの改革によって訪れた。Solar City(ソーラー・シティ)、Sunrun(サンラン)、Sun Power(サン・パワー)などの企業が、顧客側の初期費用はほぼゼロで太陽電池を設置し、発電された電気の料金をPPA(電力購入契約)に基づいて1キロワット時単位で支払ってもらうという革新的な収益モデルを導入したのだ。同じことはクラウドコンピューティングによるイノベーションにも当てはまる。OracleやSAPを使うために多数のサーバーを自社で購入する代わりに、サーバーを「使った分だけ支払う」(従量課金)モデルを、Salesforce(セールスフォース)などの企業が考案した。ロボット開発企業が成功するには、収益モデルを工夫することが必要である。そうすれば、顧客側の初期費用をほぼゼロに抑えて、使った分だけ支払ってもらうことができる(ロボットの稼働時間分、スキャンした紙の枚数分、洗った皿の枚数分、走行距離分、出荷した積荷のキロ数分、等々)。

作る前に売ることには、ハードウェアを作っている最中でも現場で常にテストできるという利点もある。「デプロイ後に検証と学びを繰り返す」というのは従来、ソフトウェアが持つ利点だった(ただしAppleはMacのハードウェア開発をローンチの5~7年前に開始することが多い)。すでに受注契約が成立しているため、顧客自身もそのプロダクトを機能させることに強い関心を持つことになる。成功事例が非常に多い1つの戦略として、創業初期は顧客にアドバイザー株を提供して、そのプロダクトを経済的にも技術的にも軌道に乗せるために開発側と協力していこうという強いインセンティブを顧客に与えるという方法がある。

しかし、何もかもソフトウェア界の流儀に倣う必要はない。昨今のシリコンバレーでは、VCの大半がハードウェア偏重のロボット系スタートアップへの出資に二の足を踏む傾向がある。彼らは「もっとソフトウェア的なアプローチを取ってもらえれば出資する」と言う。このため、多くのロボット系スタートアップがほぼ100%市販のハードウェアを使い、持てる力のすべてをソフトウェアに注ぎ込もうとする。それでうまくいくロボット導入事例もある。しかし実際には、ハードウェアのエラー発生率はソフトウェアよりもずっと低い。ハードウェアは何千年も前から存在しており、ハードウェアに比べればまだ発生初期であるコンピューティング時代よりも、われわれはその扱いに習熟している。多くの場合、ハードウェアの問題解決能力はソフトウェアよりもずっと高い。例えば、ビンピッキングの例を考えてみよう。現在、数十社のスタートアップが大手VCから数億ドルを調達し、容器から物体を取り出して置くことができる汎用的なビンピッキング機能を実現するためのディープラーニングおよび強化学習システムを開発している。一方、筆者はラスベガスで開催されたPACK Expoで、Soft Robotics(ソフト・ロボティクス)という企業を見つけた。この企業はほぼ完全にハードウェアベースのアプローチでビンピッキング機能を実現している。コンピュータビジョンをまったく使わない新型のグリッパーで、物をつかんで置く動作を見事にこなす(コンピュータビジョン系スタートアップのロボットよりもずっと安定している)。もちろん、ソフトウェアとトレーニングデータで性能向上を図ることは重要なのだが、もっとシンプルで堅牢な解決策があるのに、なぜわざわざ複雑な方法で問題を解決しようとするのだろうか。ハードウェアから逃げるべきではない。ハードウェアの使い方を考え直せばよいだけだ。

一般的に、シリコンバレーのVCは、「10億ドル(約1100億円)の価値が見込めない会社は、経営する価値もなければ、投資する価値もない」という考え方を生み出した。このため、ロボット開発企業の創業者はVCから資金を調達しようと、想定されるあらゆる顧客が使える汎用的な技術を創り出そうとする。その結果、VCを説得して出資を取り付けたとしても、結局1人の顧客も本当に満足させることができない製品ができあがることになる。今でこそ一流と呼ばれる企業も、創業当初は本当に小さな市場で勝負していた。さまざまな側面を持つこの現実世界で汎用的に使えるロボットを、創業初日から作ろうとするのが間違いなのだ。それよりも、最初は1、2社にターゲットを絞り込み、そこだけに注力することが重要だ。その顧客の問題を解決できたら、他の顧客もおそらく同じようなものを求めていることに気づくだろう。ロボット開発企業の場合、創業当初はおそらく、消費者向けまたは企業向けソフトウェアの開発企業ほど短期間で急成長することはないだろう。これには前例がある。実は、Intel(インテル)とパソコンが登場する前の時代には、今のオートメーションシステムインテグレータとよく似たやり方でコンピュータビジネスが行われていた。例えばミサイルの軌道計算など、1つの機能だけに特化した専用コンピュータの開発をエンジニアリング会社に依頼すると、100万ドル(約1億円)の費用と半年ほどの納期で、部屋を占領するくらい巨大なコンピュータが納品されていた。コンピュータ業界も最初は成長が遅くて拡張性もなかった。ロボット業界も最初はそうなるだろう。それでよい。数十億ドルの利益を回収できる可能性は十分に残っている。

成功するロボット系スタートアップを作る方法の最後の点は、消費者向けB2C企業を設立するのではなく、垂直型B2Bのソリューションを売る(つまり、ドリルを売るのではなく、「壁に空けた穴」を売る)ことだ。B2C企業の将来性には限界があった。では、自社の技術が既存の顧客に受け入れてもらえない、あるいは採算が取れないのであれば、自社で開発した技術を自社が顧客になって使えばよいのではないか。結局のところ、自社の技術が他社より優れているのなら自力でも利益を出せるだろうし、それに、環境も管理できるため技術的にも容易になるはずだ。かつて革新的な高頻度取引(コンピュータと独自のアルゴリズムを持つプログラムを用いて毎秒何百回にも及ぶトレードを自動的に行うこと)企業が、自社技術を他のヘッジファンドに売る代わりに自分でヘッジファンドを設立したことがあったが、要はそれと同じ考え方だ。われわれはこれまで、B2Cのロボットレストラン、AIを構築して自動化を図ったエンドツーエンドの法律事務所、ロボットが消費者を接客するカフェなどが失敗した例を見てきた。問題は2つあった。1つは、レストランのようなB2Cビジネスの大半はうまくいかず、スタートアップも大半は破綻するが、両方やるのは、ランウェイが制限されているスタートアップには難易度が高すぎるという点。もう1つは、こうしたブランド店が成功しなかったのは技術が機能しなかったからではなく、その消費者ブランドが弱かったからという点だ。高度な技術製品を作るために必要なチームと消費者ブランドを作るために必要なチームはまったく異なる。よくあるのが、技術は機能していても、ブランドが弱いため、顧客は一度来店して写真くらいは撮るが、リピート率が悪く採算が取れるレベルまでには至らないというケースだ。同じことが教育関連ロボットや「おもちゃ」のロボットにも当てはまる。こうしたロボットは「格好いい」けれど、そのようなロボットを売る会社が安定して継続的に利益を上げた例はない。なぜなら、そのようなロボットは「あれば格好いい」けれど「どうしても必要なもの」ではないからだろう(今回のコロナ禍のような経済的危機が起こると誰もそんな製品は欲しがらない)。

ちょうどAWSが昨今のインターネット企業の成功をサポートするプラットフォームとなってきたように、最近、ロボット開発企業の成功をサポートするプラットフォームが構築されているようだ。これも一見すばらしいアイデアのように思えるが、AWSとは大きく異なる点がある。AWSの場合、プラットフォームが登場するより前にはすでに、すばらしいビジネスを構築し、より優れた製品を開発するためにAWSに料金を支払う余裕のあるソフトウェア企業が数多く存在していた。しかし現在、ロボティクス分野でそのようなB2Bプラットフォームを機能させるには、十分に収益を上げているロボット開発企業の数が明らかに足りない。iPhoneのキラーアプリが豊富にあってはじめてApp Storeというプラットフォームが意味をなすのと同じだ。

間もなく急発展しそうな分野

ロボット開発企業が選択を間違いかねないポイントがこれほど多いと、日常生活でロボットが活躍するようになるまでの道のりはまだ遠い。以下に、今後2~4年ほどの短期間で日常的に見かける機会が今より増えそうなロボットのタイプをいくつか挙げてみたい。

より自律性の高いファクトリーオートメーションロボット。ファクトリーオートメーションの場合、顧客はすでに存在する。システムの自律性をさらに向上させる優れた技術が開発されれば、導入を希望する顧客は大幅に増えるだろう。

半自律型遠隔操作ロボット。手術支援ロボット、テスラのオートパイロット、キウイなどと同じように、一部自律型で、人間を置き換えるのではなく、人間拡張を目標とするロボット開発企業が大幅に増えるだろう。

工場に似た環境で動くマニピュレーション(作業)ロボット。2015年にグーグルが自動運転車に投資したことが大きなきっかけとなって、VC各社が「これからは自動運転だ(driving is driving is driving)」と考えて、自律運転車に数億ドルを投資した。1つの街で1台の車の自律運転を実現できれば、それを広く展開することは極めて容易だろう。現在、自律運転車の開発はちょっとした冬の時代に入っており、次にすべきことについて何かアイデアを持っている企業はほとんどない(現実世界があまりにもランダムで予測不能なため、ディープラーニングでは対応できないことがその主な理由だと考えられる)。一方、後れを取っていたマニピュレーションロボット開発が今、勢いを取り戻しつつある。というのは、自律運転車の開発企業を辞めるエンジニアが増えており、彼らは、もっと近い将来に実用化できるものを探し求めているからだ。マニピュレーションロボットのシステムは細部まで制御された環境で動くことが多く、これから数が増えると思われる(ブライト・マシーンズのMicrofactories(マイクロファクトリーズ)やAMP Robotics(AMPロボティクス)のリサイクル仕分けロボットなど)。

同じように、現在、「クラウドへ移行する」動きが進んでいる。考えてみてほしい。第一次産業革命が起きるまで、織物は家庭で作られていた。しかし、織物の生産を工場で集中的に行えば、スケールメリットを生かせることが発見された。その結果、織物を家庭で作る人はほとんどいなくなった。これを現在の状況に当てはめて、日常のありとあらゆる作業が「クラウド」へと移行した世界を想像してみてほしい。料理、食器洗い、洗濯、衣類の折りたたみなどの家事は、集中ロボット施設を使って代行してくれる人に委託できる。そのような世界なら、ロボットが最も効率よく働ける環境(工場)で、という条件付きではあるが、日常生活の中でロボットが活躍する機会はいくらでもある。

そうなると、人が自宅で行う家事はおそらく掃除くらいになるだろうが、そこにも、部屋の掃除、芝刈り、屋内モール清掃や他のB2B用途、屋外の雪かきなど、掃除ロボットシステムが活躍する機会はいくらでもある。

ロボットの未来にはまだまだ大いに期待できるし、その未来は確かに実現可能なものだ。作る前に売る、早期に低リスクでユニットエコノミクスを健全化する、現場で頻繁にシステムをテストする、早期の顧客にアドバイザー株を供与して作る側と同じインセンティブを与える、汎用的なロボットを作るのではなく特定の顧客の問題を解決するロボットを作る、ロボットを単にソフトウェアとして考えるのではなく、優れたハードウェアとソフトウェアの組み合わせとして考える、垂直型のB2Bアプリケーションを追求する、といった点を実践することが役に立つ。より広い意味では、何でもソフトウェア事業と同じ考え方で対応するのではなく、今こそ問題へのアプローチ方法を一から考え直すべき時期なのかもしれない。

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カテゴリー:ロボティクス

タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)


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