EVなのにガツンと来る!アウディ「e-tronスポーツバック」の走りはスーパーカーも真っ青

2020年の春以降、コロナ禍の欧州市場で異変が起きた。EV(電気自動車)の販売台数が突如として増えたのだ。特に7月以降は“急増”といっても過言ではない伸びで、7月から9月にかけて5万4170台を販売したドイツなどは、前年同時期に比べて3.2倍もの売り上げを記録。イギリスやフランスも同2.7倍と好調だ。

欧州自動車工業会のまとめによると、欧州全体におけるEVの販売台数は同2.2倍になったという(ちなみに同時期、西欧18カ国では純粋なエンジン車がシェアを落とす一方、ハイブリッド車は1.9倍、プラグインハイブリッド車は4.1倍と伸び)。いずれにせよ2020年の夏、欧州の新車販売においてEV比率が高まったことは間違いない。

そんな欧州の最新EVは果たしてどんな魅力を秘めているのか? その実力と現状を、最新モデルであるアウディ「e-tron(イー・トロン)スポーツバック」に乗って確かめた。

■低く構えた姿がスポーティなEVクーペSUV

アウディのe-tronスポーツバックは、アウディが初めて日本市場に導入するピュアEVであり、EV専用デザインのボディをまとったモデル。ドイツ本国では「e-tron」というSUVが先に発売されたが、日本ではそのクーペ仕様であるe-tronスポーツバックの方が先行リリースされている。

基本構造をアウディ最大のSUVである「Q7」と共用するだけあって、ボディサイズは全長4900mm、全幅1935mmとかなりのボリューム。これを狭い道や駐車場で日常的に使うとなるとちょっとした覚悟が必要だが、アウディは今後、ひと回り小さなEV「Q4スポーツバック E-tron」も日本市場へ導入予定というから、e-tronスポーツバックが大きすぎるなら、そちらを待つという手もありそうだ。

今回上陸したe-tronスポーツバックはいわゆるクロスオーバーSUVだが、実車を前にするとルーフラインがかなり低く抑えられていて、流麗かつスポーティに感じられる。1615mmという全高は、セダンの旗艦モデルであるアウディ「A8」とわずか145mmしか違わないといえば、いかに低く構えたスタイルなのかをイメージできるかもしれない。

そうした車高の低さもあって、e-tronスポーツバックはかなりカッコいい。その決め手といえるのが、リアウインドウが大きく寝かされたクーペフォルムだ。そのため、一見すると車内が狭そうに感じるが、心配には及ばない。ボディの大きさを活かし、前後席ともしっかりと居住空間が確保されている。

特に後席の足下は、A8のような大型サルーンに匹敵するほど広く、乗員は足を組んで座れるし、頭上にも結構ゆとりがある。そのため、例えばVIPやゲストを後席に乗せるといった使い方でも問題はなさそうだ。

■“怒涛”という表現がふさわしい強烈な加速

今回試乗した「e-tronスポーツバック 55クワトロ ファーストエディション」は、最高出力408馬力、最大トルク67.7kgf-mと超強力。駆動方式は4WDで、前後に1基ずつ組み込まれたモーターから4本のタイヤへと駆動力が送られる。独自のフルタイム4WDシステム“クワトロ”を世に送り出したアウディらしく、強力なパワーとトルクを安定して路面へと伝えられる構成になっている。

そうしたパワートレーンの恩恵もあって、e-tronスポーツバックの走りは衝撃的だ。中でも中間加速は“怒涛”という表現がふさわしいほど強力で、勢い良くスピードが乗っていく。高速道路でのクルージング中にアクセルペダルを深く踏み込むと、まるで後ろから蹴飛ばされたかのように乗員は突然の加速Gに襲われ、首がカクンと後ろに傾く。どれだけハイパワーであってもガソリン車ではマネのできない強烈な走りだ。

電気モーターはエンジンとは異なり、ドライバーのアクセル操作に対して素早く反応し、しかも、回転を上げずとも一気に最大の駆動力を発生させることができる。そのためEVは、一般的にアクセルペダルを踏み込むと間髪入れず力強い加速を披露するのだが、e-tronスポーツバックの加速はそんなEVの常識さえも超えている。とにかくガツン! と来るのだ。これほど強烈な加速を味わえるのは、量産EVの中でも数えるほど。特に高速道路における中間加速では、そのままワープしてしまうのではないかとさえ思ったほどだ。

ちなみに公式データでは、停止状態から100km/hまでの加速タイムは5.7秒と発表されている。なお駆動システムは、通常は後輪駆動だが、必要とあればわずか0.03秒でフロントモーターが駆動力を発生し、4WDとなって最大の能力を発揮する。この鋭い切り替わりも、エンジン車にはマネのできない電気4WDならではの制御といえるだろう。

e-tronスポーツバックに搭載されるバッテリーの容量は95kWhとかなり大きく(ちなみに日産「リーフ」は40kWhと62kWh)、満充電時における航続距離は、カタログ記載値で405kmとされている。出力50kWの急速充電器では30分間で約117km走れるだけの電気が補充でき、1時間半あれば残量ゼロの状態から約80%の容量まで充電できる。

一方、200Vの普通充電では、8kWの充電器で1時間当たり約37km走行分を、3kW充電器で同約14km走行分の充電が行える。つまり8kW充電器でも、半日もつないでおけば満充電になる計算だ。

■アウディが目指すは“とにかく速いEV”

そんなe-tronスポーツバックに触れながら、ある疑問が頭に浮かんだ。「どうしてアウディは、第1弾のEVとしてスーパーカーのような走りを味わえるモデルを作ったのだろう?」、「もっとコンパクトでリーズナブルなモデルの方が売りやすいのではないか?」と。でもその答えを出すのは、思いのほか簡単だった。VW(フォルクスワーゲン)グループの一員としてアウディに期待されているのは、“手頃なEV”ではなく“インパクトを与えられる超高性能EV”だからである。

今、VWグループは、EVの未来へ向けてグループを挙げて全力で取り組んでいる。大衆車ブランドらしくEVの普及を目指すVWは、先頃、欧州でデリバリーが始まったばかりの「IDシリーズ」で“同クラスのディーゼル車と変わらないプライス”を実現させ、EVの市場拡大を目指している。

一方、同じVWグループにあっても、アウディが目指すのは“とにかく速いEV”。VWとは別のベクトルからアプローチし、価格やエコ性能はひとまず置いておいて、ガソリン車では実現できないモーター車ならではの速さや鋭い加速を追求している。強力なイメージリーダーを持って、EVの性能の高さを人々に印象づけていこうという考えだ。

そんなアウディのEVとイメージが重なるのが、あのテスラである。ちなみにVWグループは、2020年夏に“ミッションT”というプランを立ち上げたという。Tとはもちろんテスラの頭文字で、普及価格帯のVWと並行し、アウディではハイパフォーマンスかつ高価格路線で攻め、グループとしてEVプロジェクトを積極的に推進しながら、同時にテスラ包囲網を敷こう、という考えのようだ。

そのためVWグループは、アウディにグループのEV(と自動運転)に関するテクノロジーをいったん集約させ、グループ全体へと波及させていく考えのようだ。そこには、環境に優しいとは一切いわず、とにかく加速の鋭さをアピールし続ける「タイカン」擁するポルシェはもちろんのこと、ベントレーやランボルギーニといったVWグループに属す高級&スーパーカーブランドが参加する可能性も十分考えられる。グループの総力を結集して盤石の態勢を築き、“打倒テスラ”を目指すのではないだろうか。

そのミッションTの一例として挙げられるのが、先頃発表されたe-tronスポーツバックのハイパワーバージョン「e-tron S スポーツバック」だ。こちらは後輪の左右にそれぞれモーターを配した3モーター仕様で、最高出力503馬力、最大トルク99.2kgf-mを発生。その結果“パワーをかけてタイヤを滑らせ、ドリフトを楽しめる性能”を実現しているという。

■世界的に進むEV購入へのバックアップ

冒頭、欧州市場でEVの販売台数が増えていると書いたが、その背景にあるのはドイツやフランスが行ったコロナ禍に起因する経済対策だ。例えばドイツでは、去る6月からEVとプラグインハイブリッド車に対する購入補助金が2021年末までの期間限定で増額され、EVは最大9000ユーロ(約114万円)、プラグインハイブリッド車は最大6750ユーロ(約85万円)まで拡大された。そうしたことも「買うなら今!」と購入者の背中を押したことは間違いない。

このように現時点においては、EVの販売を左右するのは各国政府のバックアップ次第といえる。参考までに、2020年12月に日本でe-tronスポーツバックを買うと、約40万円の減税と、40万円の補助金を受け取ることができる。日本政府は現在、条件次第でEV購入に対する補助金を1台当たり最大40万円から、倍の最大80万円に増額する策を検討中とされるが、そうなるとエンジン車との価格差が小さくなり、EVにとっては間違いなく追い風となるだろう。ただし、充電施設を始めとするEVを取り巻くインフラはまだまだ完全ではない。この機に乗じてEVは普及を加速させることができるのか? 興味は尽きない。

<SPECIFICATIONS>
☆55クワトロ ファーストエディション(バーチャルエクステリアミラー仕様車)
ボディサイズ:L4900×W1935×H1615mm
車重:2560kg
駆動方式:4WD
最高出力:408馬力
最大トルク:67.7kgf-m
価格:1346万円

文/工藤貴宏

工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。


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