「初めての海外旅行はどうでしたか」。
ITで21世紀のビールを作るスタートアップBest Beer Japan代表のPeter Rothenberg(ピーター・ローゼンバーグ)氏から、取材開始と同時に質問があった。とても刺激だったと答えた。「それは初めてクラフトビールを飲んだ時と同じ。これもビール!?と世界観が広がる。ビールは世界観が変わるツール。ビールを通して世界観を広げることは『ビールで人生にフレーバーを』という我われのミッションになる」とローゼンバーグ氏。Tシャツに書かれた「ビール好き?」の文字に込められた想いは想像以上だった。
Best Beer Japanは2018年5月に設立した。クラフトビールなどを作る醸造所向けに、ビア樽のシェアリング・レンタルサービス「レン樽」や在庫管理・酒税計算を簡素化する「樽管理システム」などを提供している。
これまではクラフトビール業界の物流を改善しようと、特に「レン樽」に力を入れてきた。しかし、コロナ禍の状況などを踏まえ、直近では醸造所専用のB2BECサイトのベータ版を、本格的に稼働させた。ビールやソーセージなどの混載販売や、請求書のワンクリック作成などに対応している。
また、Best Beer Japan はB2BECサイトの本格化だけでなく、醸造所向けERPの開発を進めるため、資金調達を実施している。ローゼンバーグ氏にクラフトビール業界の現状やコロナ禍の影響、今後の展望について話を聞いた。
レガシーなクラフトビール業界
ローゼンバーグ氏から画面共有された画像には、A4サイズのノートが映し出された。「ビアバーにビール20L」といった文字がノートを埋め尽くし、注文変更があれば二重線を引いて書き直していた。ローゼンバーグ氏によると、現在も受注管理などを紙とエクセルで行う醸造所は少なくないという。
ローゼンバーグ氏は「クラフトビール業界はレガシーな業界なので、我われのサービスを通じて業界全体をアップデートしていきたい」と語る。
受注は単純なメールでのやり取りも多く、多忙な醸造所の代表にLINE(ライン)やSMSなどで直接注文が来る。ローゼンバーグ氏は「あるメール画面では60件以上ものメッセージが未読になっていた」と振り返る。
返信ができなければ受注は取れず、機会損失に繋がる。また、すべての受注が一目でわからないため、在庫管理も難しい。さらに酒税の計算も大きな負担だ。醸造所は業務全体の3分の1をこれら事務作業に費やしている。
クラフトビールの値段は高いか
多くの人はクラフトビールと聞いて、スーパーで販売されている缶ビールよりも高いと考えるのではないだろうか。実際にクラフトビールの原価は600円以上する場合があり、ビアバーで注文すれば1000円以上することも珍しくない。ローゼンバーグ氏はその理由を3つ挙げた。
1つ目は、クラフトビールは小規模な醸造所が作っていることが多く、大量生産によるコスト削減ができないこと。帝国データバンクの調査によると、クラフトビール製造を「主業」とするメーカーのうち9割は売上高10億円未満で、7割は従業員10人に満たない。
2つ目は物流コストが高いことだ。クラフトビールにおける原価の2~3割が送料となるという。3つ目は酒税法で、現状、大手飲料メーカーと同じ税率で、醸造所はクラフトビールを作っている。
酒税法は海外と比べて、日本は対応が遅れている。ローゼンバーグ氏は「オーストラリアなどの他国では、醸造所の規模によって酒税の税率が変わる。クラフトビールの多くはスモールビジネス。大手と同じ税率では、小規模な醸造所は生産量が低いため、黒字を出しても資本を蓄積しづらい」と述べた。
その上で「クラフトビールがおもしろいのは、全国のさまざまな地域で作られていること。地域で醸造所が成長すれば、地域で雇用も生まれる。積極的に地域に醸造所を作ろうとしている人がいる中、現状はハードルが高い。酒税の税率を一律にせず、海外のように醸造所の規模によって変動するやり方も検討していくべきだ」とローゼンバーグ氏は主張する。
ビア樽のシェアリングサービス「レン樽」
クラフトビール業界の課題を解決しようと、Best Beer Japanがまず手を打ったのは物流の部分だ。Best Beer Japanは日本初となるビア樽のシェアリングサービス「レン樽」を提供している。
そもそもビア樽の運送費は往復2000円以上かかることも多く、またビア樽そのものも1つ8000~12000円ほどする。醸造所にとってビア樽の購入費と運送費は大きな負担になっている。
「レン樽」の使い方はシンプルだ。醸造所は自社の生産スケジュールに応じて、必要な本数をBest Beer Japanに依頼すればビア樽が届く。醸造所はビア樽を洗浄してビールを充てんし、レン樽アプリでビア樽をスキャンした後、出荷して終わりだ。
ビアバー側はビールを販売したあと、アプリでビア樽をスキャンすれば回収手配が済む。Best Beer Japanや連携する運送会社などがビア樽を回収し、倉庫や別の醸造所に運ぶ流れだ。
レン樽を使えば、醸造所はビア樽をビアバーに送るだけとなり、送料が片道分だけで済む。物流コストやビア樽の購入費が抑えられれば、醸造所はクラフトビールの価格を下げることも考えられるようになる。
日本では画期的な取り組みだが、レン樽の仕組みは海外では一般的になっている。クラフトビール業界が急成長しているニュージーランドでは、醸造所の3分の2ほどがビア樽のシェアリングに参加しているという。
コロナ禍における変化
「我われと取引があった醸造所でも、破産してしまったところがある」(ローゼンバーグ氏)。クラフトビール業界も新型コロナによる不況のあおりを受けた。
醸造所は新型コロナの感染拡大以前は、ビア樽による販売が中心だった。しかし、コロナ禍でビアバーなどの飲食店が営業を縮小し、ビア樽を多く消費するイベントなども中止となった。このような中で、醸造所における販売形態のメインはD2Cに変わった。これまでクラフトビールファンなど個人からの売り上げは全体の2割以下だったが、その構造が逆転。現在はD2Cが約8割を占めるという。醸造所はコロナ禍で、ECサイト構築サービスのメイクショップなどを活用して転換を図った。
ただ急にハンドルを切ってもオンラインマーケティングが上手くいくとは限らない。ローゼンバーグ氏は「クラフトビールファンがコロナ禍でいきなり増えたわけではない。パイは変わらないまま、限られた市場に各醸造所が詰めかける格好となった。いまこの現状をみると、1つの醸造所にリピートしているファンは少ない。単発の注文で醸造所が利益を生むことは難しく、リピーター獲得が課題になっている」という。
さらに問題になるのがオンラインにおける瓶詰めでの販売だ。醸造所がこれまでビア樽で事業展開していたのは、ビア樽の方が瓶よりも利益率が高いためだ。小規模な醸造所は大手飲料メーカーのような全自動の瓶詰め機を持っていない。手作業で行うため、瓶詰め作業に多くの人手を割かなければならなくなっている。また、瓶や瓶に貼るシール、ふたをする王冠なども、ビア樽にはないコストとなってしまう。醸造所には厳しい状況が続いている。
また、ローゼンバーグ氏はこの先に新型コロナが収束しても、その3~5年後をより不安視している。ローゼンバーグ氏は「いわゆるコロナ融資を受けた醸造所も多い。この借り入れがあるからには、コロナ禍以前の売り上げに戻すのではなく、さらに伸ばさなくてはならない。醸造所に限ったことではないが、厳しい状況はなかなか解消されないかもしれない」と危惧する。
醸造所向けERPを開発へ
Best Beer Japanは2021年1月29日、総額1000万円の資金調達を行った。調達は、and factoryの小原崇幹会長が新たに設立したVCのbrewほか、前回(2018年7月31日)のエンジェルラウンド出資者のうち7人からとなる。Best Beer Japanはコロナ禍でも売り上げを上げていたが、ERP開発などを加速していくため、今回の調達を行ったという。
ローゼンバーグ氏は「我われのロードマップに醸造所向けERP開発は元から存在していた。まずは物流コスト削減のためにレン樽を進めてきたが、コロナ禍における醸造所の状況を踏まえて、ERP開発を前倒しで行うことにした」と強調した。
Best Beer Japanでは、コンポーネント型ERPの開発を進めている。すでにある樽管理システムとレン樽のアプリ、受注システムは独立している部分があるため、今後はシームレスに繋いでいく。さらに醸造管理や材料・レシピ管理、マーケティング管理といった新たなERP機能をアップデートしていく。醸造所は自分たちが必要とする機能を選んでカスタマイズすることができる。
Best Beer Japanは醸造所のバックオフィス部分を網羅的にカバーしていくことで、クラフトビール業界全体の業務効率化を後押ししていく考えだ。
ローゼンバーグ氏は「最終的なゴールは、醸造所はビールを仕込めば完了、ということ。事務作業は我われに任せてもらう。これまで多くの時間を割いていた事務作業を効率化することでコスト削減にも繋がる。空いた時間でブルワーは美味しいビール作りに専念でき、新規顧客の開拓も進められるはず」と狙いを語った。
その上で「我われもクラフトビールファンなので、安く美味しいクラフトビールが飲めるようになったら、それはとても嬉しいことだ」とローゼンバーグ氏は笑顔で語った。
画像クレジット:Best Beer Japan
- Original:https://jp.techcrunch.com/2021/03/19/bestbeerjapan/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Yuichi Hirawata
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