デジタルコレクティブル(デジタル版のコレクターズアイテム)は今、大きな変化のときを迎えている。2021年2月、Beeple(ビープル)というアーティストのデジタルアート作品が、デジタルアート専門のオンラインマーケットプレイスNifty Gateway(ニフティ・ゲートウェイ)に出品され、660万ドル(約7億2000万円)で売れた。また、米ロックバンドLinkin Park(リンキン・パーク)のMike Shinoda(マイク・シノダ)氏は最近、オンラインマーケットプレイスのZora(ゾラ)で楽曲クリップを発売した。さらに、Dapper Labs(ダッパー・ラブズ)が運営するNBA Top Shot(NBAトップ・ショット)では、試合中のNBA選手の写真や動画1万631点のうちのたった1点を購入するために、20万人以上が何時間も順番待ちをした。
これらは、ブロックチェーンを利用したデジタル資産、別名「NFT(非代替性トークン)」を売買できるマーケットプレイスの例である。数週間前にNBA Top Shotを始めたばかりの筆者にとって、NFTはまったく未知の世界だ。そこで筆者は、NFTクリエイター数人に連絡を取って、NFTについて詳しく教えてもらった。またその際に、この分野の展望や全体的なポテンシャルに関する意見も語ってもらった。
「NFTとは『真の所有者と来歴が確認できるデジタル資産』のことだ、と説明できると思う。NFTは、その出どころを追跡でき、一度に1人しか所有できない資産だ」。そう語ったのはRonin the Collector(ローニン・ザ・コレクター)だ。
例えばNBAのStephen Curry(ステファン・カリー)選手が3点シュートを決めた瞬間を収めた動画など、自分のコンピューターに無料でダウンロードできる短い動画ファイルになぜお金を払う人がいるのか、疑問に思ったことがある人は、筆者の他にもたくさんいると思う。
ローニンは次のように説明する。「それを進んで認めるかどうかは別として、人間は本質的に『モノを所有したい』という欲求を持っているものだ。モノを所有することは人間として生きていくうえで欠かせないことだと思う。何かを所有するということは、何かとつながるということであり、それが生きる理由につながる。物を所有することには独特のの意義があるんだ。それに、所有していれば、例えばそれが動画なら、好きなだけ何度も視聴できる。でも、それを売れるかどうかはまた別の問題だ」。
This is the one! All the @nba_topshot https://t.co/KBFsTK1IIs?
— Big Italy (@BigItaly42) February 26, 2021
その動画がNFTであるなら、売ることができる。例えば、CryptoSlam(クリプトスラム)を見ると、2021年2月にLeBron James(レブロン・ジェームズ)選手のダンクシュート動画を20万8000ドル(約2270万円)で購入したユーザーがいたことがわかる。Top Shotのマーケットプレイス取引高は先月、約5000万ドル(約54億4600万円)に達した。さらに先週は、24時間の間に3700万ドル(約40億3000万円)以上を売り上げた日があった。これもCryptoSlamの情報だ。
これほど爆発的な人気を集めている理由は、パンデミックのせいでコンピューターを使用する時間が否応なく増えたことと、使い始めるのが簡単であることだとローニンはいう。例えばTop Shotの場合、筆者のような「超」初心者でも非常に簡単に登録できるようになっており、仮想通貨ウォレットを持つ必要はなく、クレジットカードが使える。これはNifty Gatewayも同じだ。
しかし、ローニンによると、Top ShotとNifty Gatewayは例外らしい。大抵のNFTプラットフォームは、Ethereum(イーサリアム、ETH)と呼ばれる仮想通貨のウォレットを持っていないと利用できない。Audius(オーディウス)でクリプト戦略を統括しているCooper Turley(クーパー・ターリー)氏は、TechCrunchへの寄稿記事の中で「つまりコレクターは、Coinbase(コインベース)などの仮想通貨取引所を通じてETHを購入し、それを、長い文字列と数字からなる自己管理ウォレット用アドレスに送信しないと、NFTプラットフォームを利用できない」と書いている。
それこそまさに、筆者が(少なくとも個人としては)NFTの世界に飛び込めない理由だ。大抵のプラットフォームにおいて使い始めるまでのハードルが高いことは、以前からNFT業界の課題だった、とローニンはいう。
ローニンは次のように説明する。「どのNFTプロジェクトも、今やっと『使いやすさ』に注目し始めたばかりだ。これはまさにぎりぎりのタイミングだったと思う。Clubhouse(クラブハウス)で最近一番興味深いと感じたルームは、世界中の注目を集めているNFTプラットフォームをどうやってうまく発展させていくか、というトピックについて話し合っているものだった。Top Shotのように、使い始めるのも登録も簡単で、気軽にアイテムを購入できるサービスが出てきている。クレジットカードは必要だが、仮想通貨は不要で、誰もがオンラインで利用できる環境になり、まさにそのタイミングで、Beepleのデジタルアート作品が300万ドル(約3億2700万円)で売れた。これがきっかけで、全世界が突然、NFTに注目し始めた」。
しかし、NFTの領域においてTop Shotよりもさらに大きくて興味深いのは、NFTアートの世界だ。Sirsu(サースー)というアーティスト名で活動するAmeer Carter(アミール・カーター)氏は、2020年の夏に友人のすすめでNFTの世界に足を踏み入れたという。同氏は、始めてすぐに、このテクノロジーには大変革を引き起こす可能性があると感じたそうだ。
「文字どおり不朽のクリエイティブ作品を生み出せるようになったと感じた」と同氏はTechCrunchに語った。
とはいえ、アート界には昔から黒人や有色人種のアーティストを歓迎しない傾向があり、NFTの世界ではその傾向が特に顕著だ、とカーター氏は語る。旧来のアート界はエリート主義で、カーター氏自身も正統派のアートを学んだ経歴を持っているにも関わらず、旧来のアート界に参入することはできなかったという。
「努力が足りなかったわけではないんだ」とカーター氏はいう。
何人ものアートキュレーターが作品を気に入ってくれたが、どのキュレーターも「(カーター氏の)作品は、系統化して学術的に確立させられるものではない」と話した、とカーター氏は語る。NFTは、カーター氏のようなアーティストが、これまでは手が届かなかった方法で自分のアート作品を創作、共有することを可能にするテクノロジーだ。
SIRSU Trading Card Series, "Androinomicon" explores themes of human nature through alliteration and android motifs.
Pack two: Pile / Push / Pull.
27 remaining! pic.twitter.com/XwmA04W01J— (vain) sirsu.eth (@sirsuhayb) January 27, 2021
カーター氏はこう続ける。「NFTは、アート作品を創作、共有できる環境を提供してくれる、非常にオープンで利用しやすいプラットフォームだ。私が目指すのは、アーティストが作品を発表できるそのような環境を整え、彼らの創作能力を強化することだ。売れない芸術家が経験する苦悩を取り除くのが私の使命である。私は、アートは安っぽいものではない。アートとは豊かなものだ。生活を豊かにして、生きがいを与えてくれるものだと思う」。
しかし、黒人のアーティストがすでに行ったことを、白人のアーティストがまるで自分が初めて試みたかのように見せて手柄を横取りしていく事例を目にするようになった、とカーター氏は語る。
ブロックチェーンを使った作品を初めて生み出したアーティストたちと、そのようなアーティストたちより著名であることを利用して「初めてブロックチェーンを使ってアート作品を生み出したのは自分たちだ」と周りに思い込ませようとしているアーティスト達がおり、この2つのグループの間で攻防が続いている、とカーター氏は説明する。
例えば、Connie Digital(コニー・デジタル)やHarrison First(ハリソン・ファースト)などの黒人アーティストは、ブロックチェーンを使ったファン向けのソーシャルトークンを初めて導入したアーティストたちの例だ。
「彼らこそアルバム、EP、シングル曲をNFTとして初めて売り出したアーティストたちだ。しかし、最近になってBlau(ブラウ)がNFTのアルバムを発表すると、人々はBlauこそがNFTでアルバムを売り出した最初のアーティストだと言い出した。本当は違うのに。しかし、『誰が初めて行ったか』という評判は、大きな話題として取り上げられるかどうか、大きな売り上げを達成するかどうかに左右される。それは今も昔も変わらない。より大きな注目を集めた方が『初めて試みた』というタイトルを手にする。私が興味深いと思うのは、NFTの場合はその来歴を文字通り追跡できて、Blauが最初ではないことを示す動かぬ証拠がある、ということだ」。
カーター氏はこのような現象を見て、自分がNFTのアーキビスト(保存価値のある情報を査定、整理、管理し、閲覧できるよう整える専門職)にならなければと思ったという。
カーター氏は次のように述べる。「私は必ずしも歴史家ではないが、NFTの分野に深く関われば関わるほど、私がNFT専門のアーキビストとしての役割を果たすことが緊急に必要だと感じるようになった。分散型で誰もが使える仕組みの中であっても、私たちのようなアーティストの存在が文化的な意味で消し去られないようにするためだ」。
カーター氏がBlacksneakers(ブラックスニーカーズ)のような黒人アーティストの作品をアーカイブするためにThe Well(ザ・ウェル)を立ち上げている理由の1つはそこにある。The Wellは、黒人アーティストが安全だと感じ、サポートを得られ、不当に搾取されない環境で自分のNFTをミント(創出)できるプラットフォームとしても機能する予定だ。
現在利用されているさまざまなプラットフォームでは、ウェブサイトやソーシャルメディアにおけるプロモーションの面で、全体的に白人アーティストの方が黒人アーティストよりも優遇されているように感じる、とカーター氏はいう。
「黒人アーティストにも、アーティストとして成長し、進歩するそのようなチャンスを得る権利がある。それなのに、チャンスを手にしているのは、多くの自称アーティストばかりだ」と同氏は述べる。
カーター氏は、黒人アーティストにチャンスを提供することはNifty GatewayやSuperRare(スーパーレア)をはじめとするプラットフォームの義務だと言っているわけではない。同氏が指摘したいのは、そのようなプラットフォームには、黒人アーティストがよりよいチャンスをつかめる環境を整える力がある、という点だ。
それは、カーター氏がThe Well Protocol(ザ・ウェル・プロトコル)で目指している目標の1つでもある。同氏は、6月19日の奴隷解放記念日にローンチ予定のThe Wellを通じて、NFT作品のアーティスト、コレクター、キュレーター向けのインクルーシブなエコシステムを築きたいと考えている。作品を発表するにはいつもTwitterを使うしかないと感じているアーティストに、彼らを全面的にサポートして作品を増やしていくためのエコシステムを提供したい、と同氏は語る。
「どこを見ても、黒人ではないアーティストはメディアで好意的に評価されたり、ニュース番組で取り上げられたりしている。一方、黒人アーティストは彼らほど頻繁に注目されることはなく、同じ土俵に上がって競争する機会が少ない。私は、真の意味で公平な環境を築こうとしている。つまり、私たちが躍進していけるツールとエコシステムを作り上げていく」。
「アートは富裕層だけのもの、と考える時代は終わりにしたい」とカーター氏はいう。
同氏はこう続ける。「私たちには、そのような考え方を完全に覆せるだけの力がある。私たちの取り組みを機能させるには、検討を何度も、何度も、そう何度も重ね、協力して動く必要がある。しかし、すでにNFTを使っているアーティストを、金に物を言わせて排除しようとする者がNFTの世界に入ってきたら、私たちの目的は達成できない。アーティストが成長できる環境を整えるためのプラットフォームに、そのような輩を参入させてはならないんだ。概して不安をあおり、一部のアーティストをプラットフォームから排除しようとするような人を私たちの取り組みに関わらせることはできない」。
NFTを単に投資目的のコレクティブルだとみなさないことも重要だ、とカーター氏は述べる。
「一獲千金を狙ってNFTの売買を始める人ばかりだが、それは間違っている。NFTの取引にはアーティストの人生とキャリアがかかっているのだ」とカーター氏はいう。
ローニンによると、大きな注目を集め始めたNFTだが、今はまだアーリーアダプション(初期採用)の段階であるため、まだNFTの売買を始めていない人も焦る必要はない、とのことだ。
ローニンは次のように説明する。「正直なところ、そのアーリーアダプション期でさえ本格的に始まったとは言えないと思う。安定した取引が全体的に行われるようになってはじめて、アーリーアダプション期を過ぎたと言える。今はまだアルファ版のような段階だ」。
ローニンがこのようにいうのは、これから5年後、あるいは10年後には、NFTの可能性が今とは比べものにならないほど広がっていると考えているからだ。例えば、ローニンは将来的にVR、AR、XRを超えるNFTエクスペリエンスを実現しようとしているアーティストに会ったことあるという。
「そのアーティストが私と組んで仕事をしようと言ってくれて、とてもワクワクしたよ。アドバイザーの役目を仰せつかった。彼女はこのテクノロジーで世界を変えることができると思う」とローニンはいう。
それこそまさに、ローニンがNFTに大きな魅力を感じている理由だ。このテクノロジーには、人々の生活を変え、世界を変える力がある、とローニンは語る。
「NFTは誰もが自由に使い始めることができ、大きな夢を描くことや、その夢を実現させる方法を見つけることを可能にするテクノロジーだと思う。AR、VR、モバイル、インターネット、何でもアリだ。あらゆるものを使って、空間、時間、生活の中に存在する壁を越えるNFTエクスペリエンスを創造できる。NFTはそれほど強力なテクノロジーだ。人々はNFTにもっと注目すべきだと思う」とローニンはいう。
今後はブロックチェーンをつなげて「NFTをビットコイン、イーサリアム、WAX、Flowなどで実現できるようにすることがかなり重要になってくる」とローニンは予想している。
カーター氏は、The Wellの取り組みにより、インクルーシブな前例を確立して、NFTへの門戸を広げたいと考えている。また、カーター氏が、初めてでもスムーズにNFTを作り始められるようアーティストをサポートするMint Fund(ミント・ファンド)を立ち上げようとしてることも注目に値する。NFTを制作するには、Ethereumネットワークの混雑具合に応じて50ドル~250ドル(約5400円~2万7000円)の費用がかかるのだが、NFT初心者のアーティストの場合はMind Fundがこの費用を負担して、NFTという新しい世界に踏み込む手助けをする仕組みだ。
「すぐに行動を起こし、適切なタイプのコミュニティ主導型アプローチでMind Fundを実現しなければ、機を逃してしまう。そうなると、単に『うまくいかなかった』では済まない、悲惨な結果になってしまう。持つ者がさらに富を得る一方で持たざる者はさらに貧しくなるという悪循環に再び陥って抜け出せなくなる。現在の経済とシステムにおいて常に最善の方法で富を再分配する方法を見つけなければならない。それを見つけられなければ終わりだ。少なくとも私はそう考えている」とカーター氏は語る。
NFTを制作するにはかなりのエネルギーが必要とされるため、それが生態系に与える影響についても議論が行われている。カーター氏によると、この点については現在、2つの意見があるという。1つは、NFTの創出は生態系に大きなダメージを与えるという意見、もう1つは、生態系への悪影響はミンターの責任ではなく「ミントだけでなく(ブロックチェーンに関わる)他のさまざまな処理を行うためにすでに構築されたシステム上でミントする」ことについて、ミンターが責めを負うべきではない、という意見だ。
カーター氏は、前者の意見が正しいかもしれないとは思うが、現時点では単に批判が飛び交っているだけの状態だ、という。
「私たちミンターは、このような批判によって全体的に困惑させられて『これ以上は身動きが取れない』と考えてはならない」とカーター氏は述べる。
カーター氏はまた、作品をまとめて印刷、出荷することにもエネルギーが必要であると指摘する。
カーター氏は次のように説明する。「私がミントした作品1点を販売する場合と、例えば印刷版1000部を20ドル(約2200円)で販売するのにかかる場合の、エネルギーコストと排出量を比べる必要がある。後者の場合、1000部をそれぞれ別の場所に販売し、それらを1000件の異なる住所に配送することになる。これが正しい比較方法かどうかはわからない。現時点でこのような計算をすることにあまり興味はない」。
最終的にはこの分野における再生可能エネルギー源の利用量を増やし、より革新的なハードウェアを使用することが必要だとカーター氏は考えている。
「そのような革新的なハードウェアの開発、生産にも再生可能エネルギーを使う必要がある。つまり、フレームワーク全体としてカーボンネガティブになることを目指すべきだ。ミンティングだけでなくマイニングや製作に至るまで、可能な限りカーボンニュートラルまたはカーボンネガティブにする必要がある。これはサイクル全体として取り組むべき課題だ」とカーター氏は付け加えた。
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カテゴリー:ブロックチェーン
タグ:NFT、コラム、アート、crypto art
画像クレジット:TechCrunch/Bryce Durbin
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(文:Megan Rose Dickey、翻訳:Dragonfly)
- Original:https://jp.techcrunch.com/2021/03/27/2021-03-02-explosive-inclusive-potential-nfts/
- Source:TechCrunch Japan
- Author:Megan Rose Dickey,Dragonfly
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