エンジン命!のマツダが量産する初めてのEV「MX-30」の狙いと本気度☆岡崎五朗の眼

“スカイアクティブ”という名を冠した高効率エンジンを展開し、内燃機関の可能性追求に並々ならぬエネルギーを注いでいるマツダ。そんな“エンジン命!”の同社から、ついに量産EV(電気自動車)が登場しました。

その実力を高く評価するのはモータージャーナリストの岡崎五朗さん。さまざまな課題が指摘されているEVに対し、時に厳しい目を向けることも多いクルマのプロは、マツダ製EVにどこに魅力を感じたのでしょうか?

■欧州市場でのビジネスを意識したEVの市場投入

マツダといえば、魅惑的なデザインと走りへの強いこだわり、そしてeスカイアクティブXを始めとする革新的なエンジン技術をウリにするメーカーだ。そんなマツダがついにEVを投入してきた。

とはいえ、かねてから主張しているように火力発電中心の日本ではEV化による二酸化炭素削減効果は限定的だ。むしろ、価格、航続距離、充電時間、充電インフラなどなど、失うものに対して得るものは少ない。もちろん、そういった問題は徐々に解決されていくだろうし、していかなければならないが、だからといって1年や2年で解決されるはずもなく、まずは第1ステップとして2030年(政府は現状、2013年度比26%減の目標をさらに厳しくする見込み)、次に2050年のカーボンニュートラルに向けて少しずつ前進していくしかない。いい換えれば、メーカーは無理して大急ぎでEVを出す必要はないということだ。

では、なぜマツダはこのスペックのEVを出してきたのだろう? 答えはシンプルで、欧州でのビジネス上、必要だからである。欧州ではメーカーごとの平均燃費(=二酸化炭素排出量)に厳しい規制を敷いていて、基準を上回ると莫大な罰金を徴収される。つまり、計算上は二酸化炭素排出量ゼロ(実際は製造段階で大量に出るのだが、現状EUはそれを無視している)のEVを販売すると平均燃費が向上し、罰金を回避、あるいは軽減できる。そこで各メーカーは、罰金を払うよりはマシだということで利益を削って、あるいは赤字を出しつつも必死にEVを売っている。

2020年12月の欧州市場でのちょっと異常なEV販売台数は、罰金回避のための“押し込み販売”だったというのが真相だ。ご多分に漏れず、マツダも欧州では2020年12月までの3カ月足らずでMX-30 EVを1万台も販売した。欧州各国政府によるEVに対する多額の補助金も追い風となったが、1万台という数字は売れたのではなく、必死で売ったと考えるべきだろう。実際、マツダに限らず各メーカーのEV販売台数は2021年1月になり急落した。

■少なめのバッテリー搭載量は“LCA”を考慮した結果

話題は再び日本に戻る。改めていうが、欧州のような罰金制度がない日本では、今、EVを無理して売る必要はない。それでも発売してきたのは、大手メディアの「昨今のEVブームに乗り遅れた日本のメーカー」という多分にミスリードを含んだ論調に対するガス抜きとの意味合いが強いと僕は見ている。事実、MX-30 EVの国内販売予定台数は年間わずか500台。まあ、日本全国を見渡せば酔狂な人物が500人くらいはいるだろうという、そんな程度の台数であり、3カ月で1万台を売った欧州のケースとはかなり様相が異なる。有り体にいってしまえば、重要なのは販売しているという事実であり、マツダが考えている本命は2022年に登場予定の発電用ロータリーエンジンを搭載したレンジエクステンダーEVである。

ここで改めてMX-30 EVのスペックを見てみよう。価格は451万円〜495万円。最上級グレードで500万円を切ってきたところにマツダの踏ん張りがうかがえるが、それでもハイブリッドモデルと比べればざっと200万円は高く、最大76.6万円の補助金を差し引いても割高感は拭えない。しかも航続距離はカタログ記載のWLTCモードで256kmにとどまる。ヒーターを多用する冬場などは実用で200km、ちょっと元気に走ったら150kmと思っておいた方がいい。テスラに代表される大容量バッテリー搭載のEVが増えてきて、300kmとか400kmという航続距離が一般的になりつつある今、正直、MX-30 EVのスペックには物足りなさを感じてしまう。これが街乗り前提のコンパクトカーであれば問題ないのだが、比較的コンパクトとはいえSUVであることを考えると、35.5kWhというバッテリー容量には「もうひと息頑張って!」と注文をつけたくなってしまう。ちなみに量産EVの草分けである日産「リーフ」のバッテリーは40kWhと62kWh。先頃登場したレクサスの「UX300e」は54.4kWhだ。

もっとも、マツダが35.5kWhというバッテリー容量を選択してきたのには理由がある。まず価格を抑えたかったこと。おそらく日本メーカーのバッテリー調達価格は1kWh当たり200ドルを超えているため、15kWh積み増したら単純コストで30万円は高くなる。車両価格でいけばもっとだ。

次に、マツダの言葉を借りれば「LCAを考慮した」となる。LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)とは製造から廃棄までのトータルでの二酸化炭素排出量のこと。前述したようにバッテリーは製造段階で大量の二酸化炭素を排出するので、大量のバッテリーを積んだEVは重荷を背負って生まれてくる。80kWhとか100kWhといった大容量バッテリーを搭載したEVは、再エネ電力を使った工場ででも生産しない限り、決してエコではないのだ。で、エンジンを搭載するマイルドハイブリッド仕様のMX-30とLCAをほぼ同等に抑えるべくマツダが導き出した容量が35.5kWhである。これは「EVで二酸化炭素を減らそうと思ったら、航続距離はある程度割り切ってもらう必要があるんですよ」というメッセージでもある。

■回生ブレーキがほぼゼロのモードで“滑走”を楽しむのもいい

さて、ここまで説明してようやく試乗インプレッションに進んでいける。結論からいえば、MX-30 EVはとてもマツダらしいクルマだ。テスラのようにドッカーンと加速するわけでもなく、ハンドリングにも角がない。ブレーキのフィーリングもEVとは思えないほど自然だ。僕がこれまで乗ったEVの中ではダントツに扱いやすいブレーキである。つまり、走る、曲がる、止まるというクルマの基本三要素が高度にバランスされ、かつ、きれいなループを描いている。もう少し具体的にいうなら、運転していて違和感がない自然な走りに仕上がっているということだ。路面からの強い入力に対しては少々リア側の硬さを意識させられるケースもあるが、バッテリー周りのガッチリしたケース構造によってボディ剛性はさらに高まり、そこに190kg増した車両重量、EVならではの優れた静粛性と厚みのある低速トルクは、ある種の上質感さえ演出することに成功している。マイルドハイブリッド仕様と乗り比べたら、おそらく半数以上の人がEVに軍配を上げると思う。

もう1点、地味ながらも実際に運転してみて大いに気に入ったのが、ステアリングホイールに付くパドルで回生ブレーキの効きをいつでも自由自在に選べる仕組みだ。ちょうどAT車のパドルシフトのように、左側のパドルを引くと回生ブレーキが強まり、右側を引くと弱まる。強めの回生ブレーキ状態でワンペダルドライブを楽しむのも悪くないが、回生ブレーキがほぼゼロになるモードで“滑走”するのもまた気持ちがいい。エンジン車にもアクセルオフ時にクラッチを切る仕組みを取り入れたクルマが一部存在するが、基本的にはアクセルを戻すとエンジンブレーキがかかってしまう。そういう意味で、ワンペダルドライブ同様、それと正反対の“滑走”もまたEVならではの楽しさだ。特に高速道路では、上手く使えば“電費”を稼ぐこともできるだろう。

ということで、MX-30 EVは乗ってみると実によくできた商品である。それだけに価格と航続距離の問題は悩ましいが、それこそが今のEVの現実でもある。自宅に充電環境があり、長距離走行への要求度が低く、かつ予算に余裕があるなら、あえて酔狂な人物になってみるのも悪くないアイデアだ。そう考えると、EV早期投入のきっかけを作ったという意味で、マスコミのミスリードもあながち悪いことばかりではないような気がしてきた。

<SPECIFICATIONS>
☆ハイエスト セット
ボディサイズ:L4395×W1795×H1565mm
車重:1650kg
駆動方式:FWD
最高出力:145馬力/4500〜1万1000回転
最大トルク:27.5kgf-m/0〜3243回転
価格:495万円

>>マツダ「MX-30 EVモデル」

文/岡崎五朗 

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

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